仮面の下に咲いた花
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雑渡昆奈門が静かに保健室を後にした。
包帯に覆われた背中が、音もなく扉の向こうへと消えていく。
名前は、その背を目で追いながら、胸の奥に残った微かな違和感を噛み締めていた。
保健室には、静けさだけが取り残されていた。
伊作は手際よく器具を片付けながら、何気ない声で口を開く。
「名前先生、雑渡さんのこと……気になりますか?」
名前は表情を崩さず、落ち着いた声で応じた。
「……学園に、タソガレドキの忍びが出入りしているのは珍しいと思っただけよ」
伊作はふふっと笑みを浮かべた。
「ですよね。普通なら、ありえないことですから」
伏木蔵もこくりと頷く。
伊作は包帯を箱に戻しながら、少し語るような調子で言葉を続けた。
「昔……合戦があったんです。
そのとき、僕……怪我をしてる人を手当てしたんです。敵も味方も関係なく。
その中に、雑渡さんもいたみたいで」
名前は静かに目を細めた。
伊作は、どこか遠くを見るような眼差しのまま、微笑を浮かべた。
「それ以来、たまにですけど……保健室に来るようになったんです。学園長も、黙認しています」
伏木蔵が小さく口を開いた。
「雑渡さん、悪い人じゃないです」
その言葉に、伊作もやわらかく頷く。
「怖いし、無口で、何を考えてるかも分からないけど……でも、悪い人じゃないですよ」
名前は、目を伏せたままその言葉を胸に受け止めた。
──“悪い人じゃない”。
それは、伊作にとっての真実なのだろう。
彼の目が見ているもの、彼の心が信じたもの。
だが、名前の中に残る感覚は、そう簡単には消えてくれなかった。
あの男が纏っていた空気。
肌が覚えている。あれは、確かに――戦場を生き抜いた者の気配だった。
(……“悪い人”かどうかなんて)
そんな単純な基準で、測れるものではない。
名前は静かに伊作に頭を下げる。
「ありがとう、伊作くん。助かったわ」
「いえ。何かあったら、いつでも来てくださいね」
変わらぬ笑顔が返ってくる。
名前は礼を告げて、保健室の扉を静かに閉じた。
だが、扉を閉めても、背後に残る気配は不思議と消えなかった。
──雑渡昆奈門。
確かに“悪い人”ではないのかもしれない。
けれど、それでも。
あれは、間違いなく――“危ない人”だ。
名前は小さく息を吐き、春の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
そのひと呼吸で、警戒心を少しだけ奥へと押しやりながら。
