仮面の下に咲いた花
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忍術学園、保健室。
昼下がり。
授業を終えた名前は、右手のかすり傷を気にしながら、静かに保健室の扉を開けた。
「失礼します」
中は、いつも通りの静けさに包まれていた。
机の前では、保健委員会の委員長・善法寺伊作と、同じく委員の鶴町伏木蔵が薬草の仕分けをしている。
伊作がふと顔を上げ、にこやかに微笑んだ。
「こんにちは、名前先生。どうかなさいましたか?」
彼はまだ生徒である。
けれど、その所作や言葉遣いには、教師顔負けの落ち着きと、にじむような優しさがあった。
名前は傷を軽く押さえながら、落ち着いた声で応じた。
「……少しかすり傷を。手当てをお願いしてもいい?」
「もちろんです」
伊作はすぐに薬箱を取り出しながら、診療台の方へ視線で促した。
──そのときだった。
ふと、医務室の隅に目をやった名前の表情が、わずかに強張った。
そこにいたのは、黒ずくめの男。
顔の半分以上は包帯に覆われ、無言で椅子に腰掛けている。
気配を殺すようにして、ただそこに“在る”。
──雑渡昆奈門。
(……タソガレドキの、組頭)
背筋に冷えたものが走る。
長く鍛えられた本能が、無意識に呼吸を整えさせた。
(なぜ、ここに……?)
忍術学園の、しかも保健室という生徒の集う場所に、敵勢力の幹部がいるなど、あってはならないはずだ。
それとも──目的があって何かを探っているのか。
雑渡は、こちらをまっすぐには見ない。
ただふと、わずかに目線だけが動いた。
視線が交錯する。
研ぎ澄まされた刃のような眼差し。
けれど、感情は一切読めない。
ひどく静かで、ひどく深い――底の見えない目。
名前は警戒を表に出すことなく、頭を静かに下げた。
雑渡も、ほんのわずかに頷いて応じる。
伊作は、その張り詰めた空気に気づくこともなく、変わらぬ声で言った。
「こちらへどうぞ。手当てします」
名前はほんの一瞬だけ躊躇したが、何もなかったように腰掛けた。
そのあいだも、雑渡は隣で黙々と、自らの包帯を巻き直していた。
余計な刺激や動揺を、生徒の前で見せるわけにはいかない。
伊作は丁寧に手当てをしながら、ちらりと隅に目を向ける。
「雑渡さん、包帯巻き終わりましたか?」
名前の指が、ぴくりと止まった。
(……“雑渡さん”?)
まるで友人にでも話しかけるような、やわらかな口調。
だが、その相手は――
タソガレドキの組頭、雑渡昆奈門。
雑渡は、伊作の声にわずかに目を細め、巻き終えた腕を軽く上げて見せた。
「……ああ」
それだけ。
無愛想にも、無関心にも取れる返答。
けれど伊作は、まったく気にした様子もなく笑った。
「無理なさらないでくださいね。また薬草、作っておきますから」
雑渡は何も返さなかった。
ただ、包帯を巻いた手を小さく振った。
それだけのやりとり。
伊作はそれ以上、深入りしようとはしなかった。
名前は、その様子を見つめながら、胸の奥に波紋のようなざわめきを覚えていた。
(……どうして、あんなふうに話せるの?)
伊作は、疑うことを知らない。
人の痛みに敏感で、まっすぐで善良な子だ。
だからこそ──
名前は、警戒せずにはいられなかった。
雑渡昆奈門は、そのまっすぐな伊作を、どんな目で見ているのか。
視線を交わすたびに、名前は昆奈門のわずかな表情の変化を探っていた。
けれど、包帯の奥にあるその目は、終始何も語らなかった。
ただ静かに。
風も波も立たない水面のように、そこに座っていた。
まるで、嵐の前の静けさのように――。
