花を知らぬ者
指名変更
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夜が明けた。
まだ村は眠っている。
空は薄く白み、山の端には朝の霧がうっすらとかかっていた。
戸の前で、緋華は刀の柄に手を添えながら、空を見上げていた。
眠ったような、眠っていないような夜だった。
火の揺れ。
言葉。
利吉の声。
(……言ってしまった)
その事実だけが、夜の余熱のように胸に残っていた。
「おはようございます」
背後から、聞き慣れた穏やかな声が届く。
「昨夜は……少し、冷えましたね」
「……ええ」
言葉は交わしたが、目は合わなかった。
利吉は隣に立ち、同じように空を見上げた。
二人の間に流れるのは、沈黙ではなかった。
“知っていること”を、あえて語らないという空気だった。
しばらくして、利吉が静かに口を開く。
「……昨日、あなたが話してくださったこと。
無理に答えるつもりはありませんが、私は、あれを“綻び”とは思いません」
緋華は、視線をずらすことなく言った。
「“刃”が綻べば、命取りになる」
「“人間”が綻ぶのは、誰にでもあることです」
淡々としているようで、言葉のひとつひとつに選び取られた温度があった。
「それを恥じる必要も、否定する必要もありません。むしろ私は……昨日のあなたを、とても真っ直ぐな方だと思いました」
緋華は何も言わなかった。
だが、心のどこかに、何かが確かに触れた。
利吉は続ける。
「あなたがどんな選択をしてきたとしても、
今、目の前にある命を見て、立ち止まれる方なら――私は、その生き方を、信じたいと思います」
それは、まるで“赦し”のように響いた。
けれど、それは決して軽いものではなかった。
利吉の言葉は、同情ではない。
同じ“命を奪ってきた者”としての、静かな覚悟のうえで語られたものだった。
緋華は、小さく息を吐いた。
「……そんなふうに言う人は、あなたが初めて」
「私もこんなふうに言ったのは初めてかもしれません」
小さな微笑が、口元だけに浮かんだ。
互いにまだ踏み込んではいない。
けれど、焚き火の夜から続く空気の中で、
たしかに、ほんの一歩だけ、何かが近づいていた。
その日、村を発った二人の背中は、前夜より少しだけ並び方が近く見えた。
言葉は少なかったが、沈黙が冷たくなかった。
感情が芽生えたとしても、
それがすべてを壊すわけじゃない――
緋華の中に、まだ名もない“確かさ”が、静かに残っていた。