花を知らぬ者
指名変更
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夜が更け、村の家々の灯りもひとつ、またひとつと落ちていく頃。
家の裏手。
湿った草の香りと、土の温度が残る空気の中で、焚き火が静かに揺れていた。
「……少し、火を起こしました。ああいった任務の後、眠れないこともあるかと思いまして」
利吉が言った。
緋華は何も答えず、隣に腰を下ろした。
火は小さく、熱も言葉も主張しない。
ただ、焚き火だけが間にあった。
沈黙が続いた。
虫の声と、木々の揺れる音だけが、時折場を撫でていく。
焚き火のはぜる音が、遠い昔の記憶を呼び起こすようだった。
緋華はしばらく黙って炎を見つめ、やがてぽつりと口を開いた。
「……いつからだったか、もう覚えてない」
声は、掠れていた。
「何人、殺したかなんて、数えたこともなかった。ある時から、もう……思い出そうともしなくなってた。最初の一人がどんな顔だったのかも。男だったか、女だったか……もう、思い出せない」
利吉は、何も言わなかった。
ただ、火の向こうから彼の気配が静かに寄り添っていた。
緋華の手が、無意識に拳を握る。
「覚えてないってことが、楽だった。
“それでいい”って、そうやって動いてきた。
誰かの命を終わらせることに、意味なんて考えたら駄目だから……
考えたら、壊れてしまうから」
そして、しばらく沈黙が続いた。
薪が崩れて、小さな火の粉が宙に舞った。
緋華は少し俯き、続けた。
「……でも、今日、人を殺して……ほんの一瞬、“怖い”って思った」
声が震えそうになった。けれど押し殺した。
「こんな感情、持ってはいけないのに。
あの一瞬が、命取りになるのに。
だけど、殺したあの人の目を見たときに……
どうしようもなく、自分の手が汚れている気がしたの」
沈黙。
言ってしまった――
そう自覚した瞬間、緋華の心は深く沈んだ。
けれど、すぐに、低く落ち着いた声が返ってきた。
「……そう思えたあなたは、まだ人間でいられるということです」
利吉の声は、何も押しつけなかった。
ただ、その場に寄り添うように、優しく届いた。
「感情があるから、怖いと思える。
怖いと思えるからこそ、あなたは“命”を知っているんです」
緋華は、ふと顔を上げて利吉を見た。
彼は、まっすぐこちらを見返していた。
火の光が、彼の瞳に淡く映っていた。
焚き火は、小さくぱちりと音を立てては、夜に赤い花を咲かせていた。
緋華の沈黙に、利吉はすぐに続きを求めることはしなかった。
ただ、隣に静かに座って、その火を見つめていた。
「……忍びには、感情なんていらない。
私はそう教えられてきた」
目は、炎ではなくその先の闇を見ていた。
過去の、自分を作った影を見ているようだった。
利吉は少し間をおいて、口を開いた。
「……そう言われることは、確かにありますね」
言い方は穏やかだったが、その奥に静かな確信があった。
「感情は判断を鈍らせる。任務を乱す。
情けは仇になる――そう教えられたことも、何度もあります。……でも、私は、思うんです」
緋華がゆっくり視線を彼に向ける。
「“感情を捨てられる者”だけが、強い忍びだというのなら……私は、ずっと弱いままでいい、と」
それは、静かな反抗だった。
「怒ることも、悲しむことも、迷うことも。
誰かを助けたいと思うことも。
それらをすべて“排除”した先にしか忍びの生き方がないのなら、私はそこに価値を感じません」
緋華は黙って聞いていた。
ただ、その心の奥に、確かに火がともったようだった。
利吉の言葉は続いた。
「……人を守るために、刃を振るうことはあります。本当に命を守ろうとするなら、自分が何を失っても構わないと覚悟した時だけそれができると私は思っています」
「覚悟……」
緋華が口の中で転がすように繰り返した。
「はい。感情を持ったまま、それでも刃を取るという選択。そこにこそ、忍としての“誇り”が宿ると、私は信じています」
語尾はやわらかく、けれど決して揺らぎはなかった。
焚き火の灯が、緋華の頬を照らしていた。
その目に、まだ言葉にはならない、けれど確かに“何か”が映っていた。
それは、自分の生き方が、
ほんのわずか、別の形でもあり得るのかもしれないと――
心の奥底で、かすかに灯る微かな光だった。