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夕暮れの学園食堂。
出汁の香りがふんわりと漂い、ごく少数の生徒たちがぽつぽつと席を囲んでいた。
そのざわめきは小さく、どこか満ち足りた静けさをまとっている。
利吉は盆を手に、空いた席を探して歩いていた。
ふと視線の先に、ひとり座る土井の姿を見つける。
「……こんばんは」
「ここ、空いてるよ」
土井は手元の湯飲みに目を落としたまま、自然な口調でそう答えた。
「失礼します」
利吉は軽く頭を下げて腰を下ろす。
湯気立つ味噌汁に手を伸ばしかけたとき、ふと、低い声でぽつりと呟いた。
「さっき、咲さんを夕食に誘ってみたんです」
「……そうなんだ」
「仕事があるって断られました。まあ、予想通りでしたけど」
苦笑混じりの声。
だが、そこに滲んでいたのは落胆ではなく、どこか納得したような響きだった。
土井は箸を止め、湯をひと口すすってから、静かに利吉へと視線を向ける。
「……咲さんのこと、よく知ってるんだね」
利吉は少しだけ眉を上げたが、否定の言葉は口にしなかった。
「知ってるというより……ただ、見てきた時間が長いだけです」
「それでも。今、彼女が何を思っているか、何に迷っているのか。
それを汲み取るのは、そう簡単なことじゃない」
「……土井先生は、どうなんですか?」
「どうだろうね。私は……まだ、見ようとしている途中だよ」
お味噌汁を啜りながら、土井は淡くそう返す。
静かな語り口には、自嘲のような、しかしどこか温かな響きがあった。
利吉もまた黙って箸を動かす。
そして、さりげない声で続けた。
「……なるほど。なら、私の方が先に進んでいそうで、少し安心しました」
その言葉に、土井は返さなかった。
沈黙がふたりの間を静かに包み込む。
ただ、それぞれの器から、湯気だけが淡く立ち上っていた。
しばしの沈黙のあと、利吉が箸を置き、まっすぐに土井を見た。
「……土井先生は、咲さんのことをどう思ってるんですか?」
声は穏やかだった。
問いかけも、静かで自然――けれど、間違いなく本気だった。
土井の手が、ふと動きを止める。
湯気越しに視線を伏せたまま、彼はしばらく黙していた。
まるで、答えを探すように、言葉を選んでいるようだった。
「……どう思ってる、って聞かれると……」
ゆっくりと湯飲みを持ち上げながら、低く息を吐く。
「……うまく言葉にはできないな。まだ」
言い終えたあと、湯をひと口すする。
それは沈黙をつなぐための、時間稼ぎにも見えた。
「ただ……気づけば、目で追ってることが多いんだ」
「教室でも、訓練場でも……何かにつけて、彼女を見てしまってる」
それが“好意”なのか、“心配”なのか、“ただの興味”なのか――
自分でも、まだはっきりとは分かっていない。
けれど、それでも。
咲が誰かに向けた笑顔や、
自分にではない誰かに向けて発せられた言葉のひとつひとつが、
心のどこかに残るようになったのは、ずいぶん前のことだった。
(……とっくに気づいていた)
「それ以上のことは……正直、まだ分からないよ」
利吉は静かに聞いていた。
やがて、口元にかすかな笑みを浮かべて言う。
「……正直ですね、先生」
「昔から、そういうのは苦手なんだ」
土井は肩をすくめながらも、少しだけ頬を緩めた。
「……でも、たぶんそれが――咲さんには一番、響く気がします」
その言葉に、土井は返さなかった。
ただ、湯飲みを見つめたまま、胸の奥にひとつ、静かな波紋が広がっていくのを感じていた。