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指名変更
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とある日の午後、職員室に安藤夏之丞の高い声が響いていた。
「――いやぁ、は組は“出席率だけ”は無駄に優秀ですなぁ、土井先生!」
鼻を鳴らすように笑いながら、彼は手元の書類をひらひらと揺らした。
その視線には、隠す気のない嘲りの色が浮かんでいる。
「もう少し学力の底上げができれば、教師としての面目も保てましょうが……まぁ、は組には難しい話ですな!」
「……はぁ」
土井半助は表情を崩さずに淡々と応じたが、その背には、かすかな疲労とわずかな痛みがにじんでいた。
廊下の陰からそのやりとりを見ていた一年は組の生徒たちは、口を引き結び、静かに拳を握りしめた。
「……ほんと、嫌な言い方!」
「土井先生、ちゃんと教えてくれてるのに!」
「僕たちだって、やるときはやるんだ!」
「「うん、うん!」」
怒りと悔しさが混じったその声を、背後でそっと聞いていたのは咲だった。
「――咲先生!」
不意に振り返ったきり丸が、ぱっと声をかける。
「あっ……な、なにかあった?」
「今の、見てました!? 僕たち、絶対次のテストで見返してやりたいんです!」
「でも、僕たちだけじゃちょっと不安で……咲先生、手伝ってください!」
「もちろん! タダで!!」
「「お願いします!!」」
一斉に頭を下げてくる子どもたちに、咲はわずかに驚いた顔を見せたが、すぐに柔らかく笑った。
「……わかったわ。放課後、誰にも見つからないように、こっそり教えてあげる」
「「「やったぁあああ!」」」
歓喜の声が廊下に響くなか、咲はそっと職員室の扉へ目を向けた。
その奥、机に座る土井の手が、ほんのかすかに震えていた。
「土井先生……喜んでくれるといいね」
ぽつりと漏らした咲の言葉に、伊助がにやりと笑みを浮かべて返す。
「じゃあ、“土井先生を喜ばせる大作戦”ってことで!」
こうして始まった秘密の勉強会。
一年は組の教室で、静かに、しかし熱い戦いの幕が上がる――。
⸻
放課後の教室。
傾きかけた西日が窓から射し込み、柔らかな橙色の光が机の上を照らしていた。
黒板にはチョークの太文字で「秘密の特訓!」と書かれ、その下に「土井先生を喜ばせる大作戦!」の文字が続いている。
子どもたちは机を囲み、真剣な表情で資料に目を通していた。
「安藤先生にあれだけ言われたんだ。きっと土井先生、悔しかったと思う。だから……見返してやろう」
庄左ヱ門が静かに言うと、みんなが強く頷いた。
咲は黒板を見つめながら、そっと呟く。
「“秘密の勉強会”ってわけね」
そう微笑むと、子どもたちの目が一斉にきらりと輝いた。
「よし、じゃあ基本から振り返ろうか。まずは――五車の術。わかるかな?」
「……どしゃ?」
「土砂降りの術!?」
「雨を降らす術なんてあったけ?」
「「「あっ!わかった!まだ習ってないんだ!」」」
咲は眉をひそめて、苦笑混じりに小さくため息をついた。
廊下の方から誰かの転けた音が聞こえた。
「違う。絶対に習ってるはずだけど…まぁいいわ。“土砂”じゃなくて“五車”。五つの感情を表す言葉よ。“喜・怒・哀・楽・恐”。忍びの術に関わる“気”の基本」
「感情って、術に関係あるの?」
兵太夫が眉をひそめ、団蔵が身を乗り出す。
「もちろん。喜怒哀楽恐――この五つの気持ちは、忍びにとって“術”に通じる大切な要素なの。気づかないうちに、みんなもう使ってるかもしれない」
「じゃあさ!土井先生ってしょっちゅう怒ってるから、めっちゃ強いってこと!?」
「……それはちょっと違うけどね」
くすっと笑って、咲は黒板にチョークを走らせる。
『喜(よろこび)』
『怒(いかり)』
『哀(かなしみ)』
『楽(たのしみ)』
『恐(おそれ)』
「これを意識して、使いこなせるようになると、術の精度も深さも変わってくる。“今、自分は何を感じているのか”に気づくこと、それが始まりよ」
咲の声は静かに、しかし芯の通った強さをもって教室に響いた。
「相手をおだてたり、怒らせたり。不安にさせたり。感情を揺さぶるのも、立派な術のひとつなの」
「「……なんかかっこいい」」
誰ともなく漏れた声に、咲は少し照れたように笑った。
「よし、それじゃあ五車の術を使った場面を想定して、問題を作ってみようか」
「「は〜い!!」」
夕暮れの教室に、笑い声とチョークの音が交じり合う。
秘密の勉強会は、静かに、しかし確かな熱を帯びはじめていた。