山田家での生活
指名変更
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湯気の立つ器の向こうで、母が漬け物の蓋を開けようとしていた。
けれど、その手が一瞬止まる。重石を動かすには、少しばかり力が要るらしい。
咲は、自分でも驚くほど自然に言葉を口にしていた。
「……それ、私がやります」
母が顔を上げた。
少し驚いたような、けれどすぐに和らいだ表情。
「そう? じゃあ、お願いしてもいいかしら」
「はい」
咲は頷き、ゆっくりと立ち上がった。
まだ痛みはあるけれど、動ける。そう思えたことが、少しだけ誇らしかった。
重石をどけ、蓋を開け、漬け物を器に移す。
それだけの動作なのに、呼吸がひとつ深くなった気がした。
「助かるわ、本当に」
母の何気ないその一言が、胸の奥に小さく残った。
ありがとう、じゃない。
“助かる”――そう言われたのは、久しぶりだった。
⸻
夜、縁側に出ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
月の明かりが強く、庭の影がくっきりと伸びていた。
利吉はすでに座っていた。
いつものように静かに、そこに。
咲も隣に腰を下ろす。
けれど、今夜は風が少し強い。
「……今日、漬け物の手伝いしたんだ」
「ええ、見てました。動きが自然で、安心しました」
「自分では、まだぎこちない気がしたけど」
「ぎこちなくても、“やろう”としていたことの方が、大事です」
「……そっか」
小さなやり取り。けれど、そのたびに呼吸が揃っていく気がした。
⸻
少しの沈黙のあと、咲がぽつりとこぼした。
「……私、やっぱりまだ怖い。
人と関わるのも……ここにいることすらも」
すぐに返事はなかった。けれど、隣で何かの気配が動いた。
「……怖くていいんです」
利吉の声は、低く、静かだった。
「あなたがそう言ってくれるのは……
私にとっては、嬉しいことなんです」
「……え?」
思わず横を見る。
すると、想像よりも近くに、利吉の顔があった。
月の光で照らされたその瞳が、まっすぐ自分を見ていた。
「壊れてしまった人間は、もう何も怖がれなくなる。
でもあなたは、今も“怖い”と感じて、生きてる」
その声音に、心臓が跳ねた。
「だから、怖くてもここにいてください」
ほんの少しだけ、利吉の体がこちらに傾いた気がした。
「……私があなたの逃げ場になりますから」
言葉を返せなかった。
胸の奥が、一瞬で熱くなっていた。
そのまま利吉は、そっと湯呑を差し出した。
「今夜は冷えます。……手が、震えてますよ」
「……うるさい」
けれど、湯呑を受け取る指が、確かに微かに揺れていた。