束の間の憩い
指名変更
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----利吉視点----
咲さんが出ていったあと、私は席に残った。
戸の揺れる音が止むのを待つように、湯呑みに視線を落とす。
湯気はもう、消えていた。
彼女があれほど動揺した姿を見たのは、はじめてだった。
指先の震え。目を伏せるまでの間。
「ひとりで行きたい」と言った、その声の張り詰めた質感。
(これは、ただの“寄り道”じゃない)
私の中で、その確信だけが妙に澄んでいた。
⸻
「……わからない。けれど……確かめずにはいられない」
そのときの言い方を、頭の中で何度もなぞる。
“確かめたい”という言葉が、まるで自分に言い聞かせるようだった。
怖れているのは、事実そのものではない。
“それが事実であった場合、自分がどうなるか”を、彼女は怖れている。
(あれは、戻るための一歩じゃない。壊れに行こうとする足だ)
もう、湯を飲み干す必要もなかった。
立ち上がって、戸を押し開ける。
外の風が、冷たかった。
⸻
彼女の足取りが向かった先は
ほぼ間違いなく“南の村”。
昔、地図にすら載らなかった小さな集落の名を聞いたことがある。
それ以上の情報はなかったが、それでも十分だった。
私は山道に足を向けた。
走るわけではない。
けれど、足は早かった。
(間に合わないかもしれない)
その言葉が脳裏を過ったとき、なぜか肺が少しだけ縮んだ。
咲さんがこのまま“戻れなくなる”ような気がしてならなかった。
⸻
私は、彼女が“城を抜けた後のこと”を何ひとつ聞いてこなかった。
それは、知りたいと思わなかったわけではない。
ただ、彼女が語ろうとしない限り、私の口からは踏み込まないと決めていた。
過去を口にすることで壊れてしまう人間を、何人も見てきた。
だからこそ、彼女が何も言わないことを、選ばれた沈黙として尊重してきた。
けれど――もし今、あの背中が消えてしまうな。
もう二度と、あの歩幅には戻れない気がした。
(……どうか)
風の中に、声にはならない祈りがこぼれる。
(どうか、遅すぎませんように)