束の間の憩い
指名変更
この小説の夢小説設定1章はくノ一「緋華」で統一しています。
2章以降入力していただいたお名前になります。ご了承ください
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
山を越えた先、風が変わった。
焦げた草の匂いが、風に乗ってきたのは、もう陽が傾きはじめた頃だった。
咲は走ることをやめなかった。
空気が変わるたびに、胸の奥で何かがざわめいた。
(まさか……まだ間に合う。そうであってほしい)
けれど、村の入り口にたどり着いたとき――
その願いは、音もなく砕けた。
かつて畑が広がっていた場所は、黒く焦げていた。
炊事の煙が立っていたはずの家々は、骨だけを残して崩れ落ちていた。
生きていた証が、どこにもなかった。
咲は、ゆっくりと歩いた。
焼けた土を踏む音だけが、自分の存在を証明していた。
あの家の柱も、井戸の屋根も、ひなの遊んでいた石畳も――
全て、黒と灰のなかに沈んでいた。
⸻
焼け残った井戸の傍に、誰かがいた。
蒼蓮だった。
静かに立っていた。
背筋は伸び、衣も乱れていない。
ただそこに在るというだけで、あたりの空気が冷えていくようだった。
その手に、小さな布切れがあった。
白地に草花の刺繍――ひなの着物の端。
咲は、よろけるように歩み寄り、絞り出すように言った。
「どうして……」
その問いに、蒼蓮は答えなかった。
代わりに、すっと腕を動かした。
彼の掌には、何もなかった。
ただ一瞬、咲の眼がそれに反応する。
(来る)
そう思った瞬間には、もう身体が動いていた。
焼け跡に転がっていた木片を、無意識に手が拾い上げていた。
振り上げるでもなく、ただ前に出す。
それは“攻撃”ではなく、完全な防御
――いや、“防衛本能”だった。
蒼蓮の目が細くなる。
次の瞬間、刃が放たれた。
風が裂ける音。
脇腹に深い痛みが走り、意識が遠のく。
咲は地面に膝をついた。
焼けた土が手のひらを焦がす感覚よりも、蒼蓮の声のほうが先に届いた。
⸻
「反応したな。……条件反射か」
「武器でもない。殺気でもない。
こちらが動いた、それだけで身体が勝手に構えた」
「染まった気でいても、躰は“殺すため”に作られたままだ」
「情を持ったつもりか。笑わせる。
お前の本質は、命を奪う動作に最適化された“構造”そのものだ」
「何かに成れた気でいるのなら――それは錯覚だ。
お前は鈍った刃だ。“刃であることすら、すでに不完全”な」
「選んだ場所にかつての自分を引きずった。
守るふりをして、壊すための過去を自ら連れてきただけだ」
⸻
足音が、一歩だけ近づく。
咲は、動けない。
ただ、蒼蓮の影のなかで呼吸をしていた。
そして彼は言い放った。
⸻
「……殺す価値もない」
「そのまま生きていろ。
刃にも、人にもなれず、何者でもないまま。
壊したものだけを抱えて、死にたくても死ねずに、這いつくばっていろ」
⸻
それきり、蒼蓮は背を向けた。
焦げた空気が再び流れ出す。
焼け跡のなかを、無音で離れていく足音。
そこにいた証すら、まるで最初から存在しなかったかのようだった。
咲の視界が暗くなる。
空は、泣くことすらなかった。
遠くで、土を蹴る音がかすかに聞こえた。
誰かが、来る。
けれど、その顔を見る前に、意識は落ちた。