その他
「数馬、何か良いことあったの?」
うららかな昼下がり。いつもよりも上機嫌で包帯巻きを続ける数馬に、伊作は思わずそう問いかけた。
数馬は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに伊作の言葉を理解したらしく、ワタワタと慌てた様子を見せた。
(何かあったんだな)
そんな数馬の様子がほほえましくて、伊作は微笑んだ。
あの慌てっぷりと顔の赤さを見る限り、数馬の恋人である作兵衛絡みのことなのだろう。
「何々?富松くんと何かあった?」
「ど、どうして作ちゃんがでてくるんですか?」
ますますオロオロと取り乱す数馬に確信する。
「僕の直感かな。で、どうしたの?今日の数馬、すっごく幸せそう」
後輩には申し訳ないが、気になるものは気になる。伊作は詰め寄った。
そんな伊作の様子に、数馬は自分の先輩が引く気がないのを悟り、懐を探った。そして一枚の葉を取り出した。
「これって…シロツメクサだよね」
数馬の手にある葉。それはシロツメクサだった。しかし、通常のものとは違い、葉が四枚ついている。懐にしまっていたからだろうか。その葉は少し元気をなくしている。
「今朝、作ちゃんにもらったんです。なんか、幸せを呼ぶ効果があるらしくて」
照れくさいのだろう。顔を真っ赤に染めてうつむいている。
「組が違っていつも助けてやれないから、お守りにって…くれたんです」
それでもやはり嬉しいのだろう。数馬の表情は喜びに輝いていた。
「そっか。じゃあ数馬にとってそれは大切なシロツメクサなんだね」
「……はいっ!」
その返事を聞いて、伊作は立ち上がった。そして空の容器に水を入れると、数馬のほうへ差し出す。
「少し萎れちゃってるから、つけておこうか」
「ありがとうございます!」
数馬は伊作から容器を受け取ると、急いでシロツメクサをいれた。これであと数分もすれば、少しは元気を取り戻すだろう。
「それで、大丈夫だね」
「はい。でも……いつかは枯れちゃうんですよね」
「えっ?」
「せっかく作ちゃんにもらったのに、いつかは枯れちゃうんだと思うと、少し寂しくなるな…と思って」
「大丈夫だよ」
伊作はそういうと、驚く数馬を尻目に医学書を手繰り寄せ、ページをめくった。そして一枚の色のついた紙を取り出した。
「先輩、これって…」
「そう。四葉のシロツメクサだよ」
そこには、押し花にしたシロツメクサがあった。少し色はくすんでしまっているが、変わらぬ姿がそこにある。
伊作はシロツメクサを押し花にして、栞にしていたようだ。
「こうしておけば大丈夫って、昔長次から教えてもらったんだ」
「中在家先輩に……」
「こうしておけば枯れても大丈夫。作り方を教えてあげるから、数馬もつくってごらん」
「はい。ありがとうございます!」
数馬の表情に笑顔が戻る。伊作もそれを見て安堵の表情を浮かべた。
しかし、それもつかの間。今度は伊作が数馬からの質問に慌てる番だった。
「ところで、伊作先輩はどなたからこれをいただいたんですか?やっぱり、食満先輩からですか?」
「な、なんでそんなこと…!」
「直感です!」
少し前の自分と同じ答えを笑顔で返す数馬に、伊作はため息をついた。話さないわけには行かないだろう。
「うん。これは、数馬の言うとおり留三郎にもらったんだ。ちょうど……僕が今の数馬の年くらいの年のときだったかな?」
「伊作先輩が?」
「うん」
「そのときの話、聞かせてもらっていいですか?」
伊作はうなづいた。そしてゆっくりと思い出すように、当時の思い出をを語り始めた。
伊作と留三郎がまだ三年生の頃のことである。
当時も、伊作は相変わらず保健委員で、相変わらず不運だった。落とし穴があれば落ちるし、飛んでいる鳥の糞は制服に落ちる。そんな事は日常的なことだった。
伊作にとって不運は日常のことであり、すでになげくほどのことではなかった。むしろ、気にしていたのは留三郎のほうだ。何故伊作ばかりがこんな目に遭うんだと不運を嘆き、いつも伊作を助けてくれた。
伊作としては、自分の不運よりも、留三郎のその思いのほうが嬉しかったのだ。
そんなある日のこと。いつもより、留三郎の帰りが遅かった。
当時は鍛錬もそこそこだったため、いつも日が暮れる前には帰ってきていたのだが、その日は日が暮れてだいぶたつというのに戻ってくる気配がなかった。
結局留三郎が帰ってきたのは、日が変わるころだった。
泥だらけでひどく疲れていた。それでも、留三郎の顔は輝いていた。そして、オロオロとする伊作を抱きしめると、こう叫んだのだった。
「伊作!これでやっと、お前の不運が直るぞ!」
……と。
呆気にとられる伊作に、留三郎は早口で語りだした。いわく、四葉のシロツメクサを持っていると、幸運になれるらしい。
それで、伊作に渡すためにずっと探し回っていたということだった。
そのときの感情は一言では言い表せない。
腹立たしくて、申し訳なくて……それでも嬉しくて。色々な感情がせめぎあって、伊作は泣き出した。
ただ、「ごめんね。ありがとう」と繰り返し告げ、泣いた。
それに驚いた留三郎が「どうした?」だとか「どこか痛むのか?」などと見当違いなことをいっても、伊作は泣き止まなかった。
結局、伊作の不運は直ることはなかった。それでも、伊作は幸せだった。
「そんなことがあったんですか」
「うん。留三郎も無茶するよね」
呆れたようにいっているが、その口調は優しく、伊作は幸せそうに笑っている。
そんな伊作を見て、数馬は思う。
(伊作先輩は、幸せなんだな)
そして…自分もそうだ。
想い人の顔を思い浮かべる。彼はいったいどんな苦労をしたのだろうか。
「なんだか、作ちゃんに会いたくなりました」
「うん…。僕も留三郎に会いたいな」
愛しい恋人がなんだか無性に恋しくなる。
そんなとき、医務室の外から声が聞こえた。
「伊作ー!!」
「数馬ー!!」
噂をすれば……だ。
二人はお互いに微笑みあう。そして、扉が開いた瞬間、想い人の方へ駆け出した。
結局、二人の不運が発動し、包帯に足を絡めて転んでしまったが、それを受け止めてくれる人がいる。
『あぶない!!』
重なった声の後、愛しい人の腕に包まれて、二人は笑いあった。
今、幸せだと間違えなく言える。
愛しい人と共にいられる。それだけで、十分だ。
緑色の葉っぱが風に揺れた。
うららかな昼下がり。いつもよりも上機嫌で包帯巻きを続ける数馬に、伊作は思わずそう問いかけた。
数馬は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに伊作の言葉を理解したらしく、ワタワタと慌てた様子を見せた。
(何かあったんだな)
そんな数馬の様子がほほえましくて、伊作は微笑んだ。
あの慌てっぷりと顔の赤さを見る限り、数馬の恋人である作兵衛絡みのことなのだろう。
「何々?富松くんと何かあった?」
「ど、どうして作ちゃんがでてくるんですか?」
ますますオロオロと取り乱す数馬に確信する。
「僕の直感かな。で、どうしたの?今日の数馬、すっごく幸せそう」
後輩には申し訳ないが、気になるものは気になる。伊作は詰め寄った。
そんな伊作の様子に、数馬は自分の先輩が引く気がないのを悟り、懐を探った。そして一枚の葉を取り出した。
「これって…シロツメクサだよね」
数馬の手にある葉。それはシロツメクサだった。しかし、通常のものとは違い、葉が四枚ついている。懐にしまっていたからだろうか。その葉は少し元気をなくしている。
「今朝、作ちゃんにもらったんです。なんか、幸せを呼ぶ効果があるらしくて」
照れくさいのだろう。顔を真っ赤に染めてうつむいている。
「組が違っていつも助けてやれないから、お守りにって…くれたんです」
それでもやはり嬉しいのだろう。数馬の表情は喜びに輝いていた。
「そっか。じゃあ数馬にとってそれは大切なシロツメクサなんだね」
「……はいっ!」
その返事を聞いて、伊作は立ち上がった。そして空の容器に水を入れると、数馬のほうへ差し出す。
「少し萎れちゃってるから、つけておこうか」
「ありがとうございます!」
数馬は伊作から容器を受け取ると、急いでシロツメクサをいれた。これであと数分もすれば、少しは元気を取り戻すだろう。
「それで、大丈夫だね」
「はい。でも……いつかは枯れちゃうんですよね」
「えっ?」
「せっかく作ちゃんにもらったのに、いつかは枯れちゃうんだと思うと、少し寂しくなるな…と思って」
「大丈夫だよ」
伊作はそういうと、驚く数馬を尻目に医学書を手繰り寄せ、ページをめくった。そして一枚の色のついた紙を取り出した。
「先輩、これって…」
「そう。四葉のシロツメクサだよ」
そこには、押し花にしたシロツメクサがあった。少し色はくすんでしまっているが、変わらぬ姿がそこにある。
伊作はシロツメクサを押し花にして、栞にしていたようだ。
「こうしておけば大丈夫って、昔長次から教えてもらったんだ」
「中在家先輩に……」
「こうしておけば枯れても大丈夫。作り方を教えてあげるから、数馬もつくってごらん」
「はい。ありがとうございます!」
数馬の表情に笑顔が戻る。伊作もそれを見て安堵の表情を浮かべた。
しかし、それもつかの間。今度は伊作が数馬からの質問に慌てる番だった。
「ところで、伊作先輩はどなたからこれをいただいたんですか?やっぱり、食満先輩からですか?」
「な、なんでそんなこと…!」
「直感です!」
少し前の自分と同じ答えを笑顔で返す数馬に、伊作はため息をついた。話さないわけには行かないだろう。
「うん。これは、数馬の言うとおり留三郎にもらったんだ。ちょうど……僕が今の数馬の年くらいの年のときだったかな?」
「伊作先輩が?」
「うん」
「そのときの話、聞かせてもらっていいですか?」
伊作はうなづいた。そしてゆっくりと思い出すように、当時の思い出をを語り始めた。
伊作と留三郎がまだ三年生の頃のことである。
当時も、伊作は相変わらず保健委員で、相変わらず不運だった。落とし穴があれば落ちるし、飛んでいる鳥の糞は制服に落ちる。そんな事は日常的なことだった。
伊作にとって不運は日常のことであり、すでになげくほどのことではなかった。むしろ、気にしていたのは留三郎のほうだ。何故伊作ばかりがこんな目に遭うんだと不運を嘆き、いつも伊作を助けてくれた。
伊作としては、自分の不運よりも、留三郎のその思いのほうが嬉しかったのだ。
そんなある日のこと。いつもより、留三郎の帰りが遅かった。
当時は鍛錬もそこそこだったため、いつも日が暮れる前には帰ってきていたのだが、その日は日が暮れてだいぶたつというのに戻ってくる気配がなかった。
結局留三郎が帰ってきたのは、日が変わるころだった。
泥だらけでひどく疲れていた。それでも、留三郎の顔は輝いていた。そして、オロオロとする伊作を抱きしめると、こう叫んだのだった。
「伊作!これでやっと、お前の不運が直るぞ!」
……と。
呆気にとられる伊作に、留三郎は早口で語りだした。いわく、四葉のシロツメクサを持っていると、幸運になれるらしい。
それで、伊作に渡すためにずっと探し回っていたということだった。
そのときの感情は一言では言い表せない。
腹立たしくて、申し訳なくて……それでも嬉しくて。色々な感情がせめぎあって、伊作は泣き出した。
ただ、「ごめんね。ありがとう」と繰り返し告げ、泣いた。
それに驚いた留三郎が「どうした?」だとか「どこか痛むのか?」などと見当違いなことをいっても、伊作は泣き止まなかった。
結局、伊作の不運は直ることはなかった。それでも、伊作は幸せだった。
「そんなことがあったんですか」
「うん。留三郎も無茶するよね」
呆れたようにいっているが、その口調は優しく、伊作は幸せそうに笑っている。
そんな伊作を見て、数馬は思う。
(伊作先輩は、幸せなんだな)
そして…自分もそうだ。
想い人の顔を思い浮かべる。彼はいったいどんな苦労をしたのだろうか。
「なんだか、作ちゃんに会いたくなりました」
「うん…。僕も留三郎に会いたいな」
愛しい恋人がなんだか無性に恋しくなる。
そんなとき、医務室の外から声が聞こえた。
「伊作ー!!」
「数馬ー!!」
噂をすれば……だ。
二人はお互いに微笑みあう。そして、扉が開いた瞬間、想い人の方へ駆け出した。
結局、二人の不運が発動し、包帯に足を絡めて転んでしまったが、それを受け止めてくれる人がいる。
『あぶない!!』
重なった声の後、愛しい人の腕に包まれて、二人は笑いあった。
今、幸せだと間違えなく言える。
愛しい人と共にいられる。それだけで、十分だ。
緑色の葉っぱが風に揺れた。