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ワンライ参加

ありがとう、そう返しながらも僕の意識は盃になみなみと注がれたそれに集中している。
零さないように気をつけながらグイッと流し込めば、特有の喉越しとともに喉の奥がカッと熱くなった。口の中に残る苦味は苦手だったけれど、そこにほんの少しの甘さを感じるようになったのはつい最近のことだ。

年の瀬を迎え、学園はいつもより静かだった。低学年たちは親元へ返り、上級生たちは就職を前に多くの者が帰郷したと聞いている。
僕たち5年生の馴染みの面々は、この冬は進級を前に鍛錬に励もうと約束し、学園に残っていた。
しかし、それは一刻ほど前の話。
年越しを迎えた今、この広い学園で僕らは羽を伸ばして、宴会を開いている。気を許した仲間たちと賑やかに過ごす時間は僕の胸を踊らせた。ほんの少しだけなら、酒に酔うのもいいかもしれないと言う気持ちにさせてくれる。
――お! 雷蔵! 豪快だな~!
やけに楽しそうに笑う八左ヱ門の顔が赤く染まっている。
この宴会は、彼がどこぞから酒をもらってきたことがきっかけではじまったことを雷蔵は思い出した。
えらいぞ~! と言いながら頭をわしわしと撫でられて僕はほんのちょっと困ってしまう。八左ヱ門は酔っ払っているし、絶対に僕は今、子ども扱いされている。
確かにこの間まで酒の味が分からなかったけれどそれはあくまでこの前までのこと。ほんのちょっとムッとしてしまうのは、もしかしたら酒に酔ってしまっているのかもしれない。抗議してやろう、そう決意して口を開こうとしたその時だ。
「……八左ヱ門!」
酒の場には似つかわしくない険しい声が響き、僕の肩がぐっと引き寄せられた。突然の衝撃に、僕は手にしていた盃をうっかり落としそうになってしまう。誰の仕業かなんてぼんやりとした今の僕でもすぐに分かった。三郎だ。
危ないじゃないか!と言おうと思ったけれど、そんな状況ではなさそうで僕は口を噤んだ。
「さぶろー、なんだよ」
「雷蔵が嫌がってる。それにさっきから酒を勧め過ぎだ」
「なんだ~、三郎も飲みたかったのか?」
ならそう言えよといいながら、八左ヱ門は笑いながら三郎の肩を叩いて酒を持ち上げた。
「…………ダメだ、雷蔵」
「えっ……?」
手を引かれて、僕は立ち上がる。
今度こそ盃を落としてしまったが、三郎について行くのが精一杯でどうしようもなかった。
「おーい、三郎!雷蔵!」
背中から八左ヱ門の声が聞こえる。
「ねえ、三郎。呼んでるよ」
慌ててそういうが、三郎は聞く耳を持ってくれない。
「悪いが私たちは先に抜けるぞ!!」
大声でそう叫んだかと思うと、三郎が僕の手を引いて走り出す。賑やかな喧騒はすぐに遠ざかり、静寂に包まれた。

◇◇◇◇◇

「さぶろー、なんなのさ」
酔いが回ってぼんやりとした頭で三郎を見つめると、彼はふいっと視線を逸らす。
「雷蔵、君。分かってないだろ」
「何が?」
三郎が差し出してくる水を受け取る。早く飲むんだ、と促されてゴクリと喉に流し込めば、火照った身体にヒンヤリとしたそれが心地よかった。夢中で飲んだから、ほんの少しだけ零してしまって、ついつい袖で拭ってしまう。無言で手ぬぐいを差し出され、ありがとうと返しながら、ふと三郎の顔を見れば、僕のマスク下がほんのり桃のように染まっているのが見えてしまって思わず笑みがこぼれた。酒の席では平気そうな顔をしていたのに、やっぱり三郎も酔うんだと思うと微笑ましくなる。
「さぶろ~も酔ってる?」
「……えっ?」
驚き、目を丸くする三郎が面白くて。もっと近くで見たくて距離をつめる。すぐ側まで顔を近づければ、三郎からほんのりと酒の香りがして僕はまた酔ってしまいそうな気持ちになる。
「ら、雷蔵!」
後ずさるように身を引く三郎の首元が真っ赤に染まっている。きっと、彼の素顔はもっと綺麗に染まっているに違いない。
「な~んだ、三郎も酔っぱらいじゃないか!」
楽しくて楽しくて思わず声を出して笑うと、三郎が「ち、違う! これは!」と慌てて弁解している声が聞こえてくる。その手を取って、僕は笑った。
「三郎!」
「……雷蔵。ど、どうした?」
「来年も、よろしく!」
遠くから、ボーンボーンと響く除夜の鐘と仲間たちの楽しそうな声が聞こえてきた。
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