このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ワンライ参加

――風邪を引いてしまった
起きたときから、おかしいなとは思ったのだ。日が昇る頃に部屋を出た留三郎を、半分寝ぼけた状態で見送ったとき、ほんの少し頭痛がした。寝不足だからだと片付けて、あと少しだけと寝入ったあとに目を覚ませば、いくら冬とはいえ全身にひどい寒気を感じたし、肌がやたらと過敏になっていた。
保健委員長なのだから、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。今日は休日だし、様子を見るだけで部屋に戻ろうと思って、ほんの少しだけ保健室に顔を出したら、大騒ぎになった。
「伊作先輩、顔が真っ赤です」と乱太郎に指摘されてはじめて、伊作は自分が思っていた以上に深刻な症状であることに気がつくことになった。

昨日の忍務の帰りに雨に降られたことが原因だろうか。雨宿りにと身を寄せた洞窟で、眠っていた動物の尻尾を踏んづけてしまって追いかけっこをしたことだろうか。それとも、やっとの思いで帰ってきて、温まろうと思って入った風呂が水風呂だったことだろうか。
きっと全部だ。
昨日は特についてなかったけれど、それでも夜更け前には部屋に戻って、留三郎と話すことが出来たから幸せな気持ちで眠りについたのに、今は正反対の気持ちで眠りにつこうとしている。頭がぼんやりとして、全身が鉛のように重かった。
――早く眠って、治してしまおう
思っていたより疲れていたのかもしれない。
目を瞑ると視界が真っ暗になって、吸い込まれるように伊作は深い眠りへと落ちていった。

◇◇◇◇◇◇

引き戸が閉まる音がして伊作は目を覚ました。
気がつけば、額の上には体温を吸収して生ぬるくなった手拭いが置かれている。
誰の仕業かは、考えなくても分かった。
「……留三郎」
かすれた声で一言声をかければ、「お! 目が覚めたか?」とひどく優しい声が返ってくる。
「いつ戻ったの?」
「半刻ほど前。乱太郎たちが呼びに来たから、戻ったんだ」
衝立の向こう側から留三郎がひょっこり顔を覗かせる。にっこりと笑った顔が眩しくて、伊作はほんの少しだけ申し訳ない気持ちになった。用事を全て後回しにさせてしまったことへの罪悪感と、それでも戻ってきてそばに居てくれることへの喜びがごちゃ混ぜになってほろ苦い気持ちになる。
「……すまない、留三郎」
「何言ってるんだ、同室じゃないか」
思わずいつものように声をかければ、決まり文句が返ってきて、伊作は眉を下げて笑った。そんな心情を感じ取ったのだろうか。留三郎は、彼もまたほんの少し考える素振りを見せ、そして真っ直ぐに告げてくる。
「伊作は今、風邪と戦ってるんだろう? 修行はいつでも出来るんだ。それなら今は、俺も一緒にお前の風邪と戦わせてくれ」
――ああ、好きだなと思った。
「留三郎〜!!」
「ん? どうした?」
だから、伊作は真っ直ぐに告げる。
「好き! 大好き!」
ぽっ……と留三郎の顔が真っ赤に熟れていく。照れ隠しに衝立の向こうに消した姿を見て、ああやっぱり好きだなあと伊作は自然と微笑んだ。先程までの沈んでいた気持ちがどこかに吹っ飛んでしまって、身体はまだ重いのに、気持ちは軽く弾んでいる。
――と、その時だった。
ガタン、と音がして留三郎がこちら側にやってくる気配がした。
「……どうかした?」
思わず布団から身を起こして、すぐそばに座った留三郎の方を見れば、そこにはほかほかの粥をすくった匙を手にニヤリと笑う留三郎がいた。
「特別に作ってもらったんだ。食えるか?」
ぐうっと腹の虫の音が鳴る。
差し出された匙を前に、今度は伊作が頬を真っ赤に染め上げた。
2/5ページ
スキ