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ワンライ参加

――手を、繋ぎたい

意識してしまったが最後、三郎の頭の中はどうやって彼の手を取るのかでいっぱいになってしまった。

想いを通わせたのは、ほんの1か月前。
図書委員の当番だった雷蔵を迎えに行くと、そこには暖かな夕日に照らされながら、すやすやと居眠りをしている彼が待っていた。その光景が、いつか見たあの遠く愛おしい記憶と同じだったから三郎はつい「雷蔵、好きだ」なんてなんの捻りも無い言葉を呟いてしまったのだ。
そんなことを言うつもりはなかった。言うとしても、もっと特別な日にもっと情熱的に伝えるつもりだった。自分がこぼした言葉に気がついて、三郎は慌てて周囲を見回した。下校時間を過ぎた図書室とはいえ、万が一のことがあればと思ったのだ。
だが、それは杞憂だった。
ほっと息を吐いて、早く雷蔵を起こして帰ろうと前を向けば、そこには照れくさそう目を伏せながら「先を越されちゃったな」と微笑む雷蔵がいた。
長年拗らせていた片想いと別れを告げ、ようやく訪れた春に歓喜したあの日の記憶を、三郎は永遠に忘れないだろう。

そして、今日。
「一緒にどこかに行きたいね」と提案した雷蔵と計画を立て、ふたりは水族館に来ていた。
提案したのは雷蔵だが、実際に色々調べたのは三郎で、雷蔵はそれににこにこ頷いていただけなのだが、そんなことはどうでもよかった。ただ、雷蔵が喜んでくれて、待ち合わせ場所にやってきた彼が「初デートだね」と笑ってくれただけで幸せだった。

ふわふわと浮かれた気持ちを抱えたまま、水族館へと足を踏み入れた三郎を待っていたのは、たくさんの魚たちと、家族連れ。そして、仲睦まじい恋人たちだった。手を繋ぎ、楽しそうに過ごす人々を見て、三郎の心臓はドキリと跳ねた。ちらりと雷蔵の手に目をやって、煩いくらいにどくどくと鼓動が脈打つ。薄暗く、幻想的な雰囲気が、余計に悪い。
「三郎、見て。美味しそうな魚がいっぱいいるよ」
ロマンティックな気持ちを台無しにするぎょっとするような発言に、普段なら苦言のひとつでも呈するだろう。だが、その時自分が何と答えたか三郎は思い出せなかった。
ただ、覚えているのは雷蔵が何か考え込むような素振りを見せたこと。そんな彼を見て、慌てた自分。そして、その日一番の笑顔で「行こう、三郎」と雷蔵が手を差し出してくれたことだけだ。

――繋いだ手は暖かく、指先から伝わってきた鼓動がいつもよりほんの少しだけ早く脈打っていた
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