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短編(鉢雷)

ぼくのともだちは、変装が上手だ。
どんな理由があるのかは知らないけど、ずっと本当の顔を見せずにほかの人の顔をして過ごしている。

三日前は、学園長先生の顔をしていた。
授業中、すぐとなりに学園長先生の顔があるものだから気になって集中出来なかった。耐えられなくなって文句を言ったら「ごめん、ごめん」と大して悪びれもせずに謝られた。ぼくはちょっと怒ったけど、三郎が「らいぞう、そろそろ許しておくれよ」といいながら、デザートをくれたからゆるしてあげた。

二日前は、中在家長次先輩の顔をしていた。
尊敬する先輩の顔が近くにあると、それが三郎だと分かってはいても緊張してしまっていつもより迷い癖がひどくなった。でも三郎が何も言わずに待ってくれたから、ぼくは安心して考えることができた。

昨日は、級友たちの顔を次々と変えていた。ぼくもクラスのみんなも慣れているから平気だし、三郎の変装の腕は年月を重ねる度に上手くなっているからその上達ぶりがよく分かってすごいなと思った。三郎が褒められると、ぼくもちょっとだけ誇らしくなった。

とにかく、三郎はいつも違う顔をしている。
知っている顔もあれば、知らない顔もある。顔が違えど、三郎は三郎だからぼくはそれでよかったし、それが、ぼくらの日常だった。

そして今日。ぼくは三郎と待ち合わせをしていた。本当は一緒に出かけるはずだったのに、三郎が先輩の顔をして悪さをしていたみたいでお灸を据えられていたから、ぼくは先に学園を出たのだ。
「らいぞ〜! 置いていかないでくれ〜!」と眉をへの字に下げて懇願されたけど、立花仙蔵先輩に怒られるのは真っ平御免だった。

しばらく待って、ぼくは不安になってきた。
さっき、ぼくはつい「ぼくと出かける予定があるのに、なんでそんなことしたの!」と言ってしまった。先輩に叱られる上に、ぼくにまであんなことを言われて置いていかれたら、三郎は怒ってしまったかもしれない。
ぼくは、三郎を見つけられるだろうか。さっきは立花先輩の顔をしていたけど、今度は誰の顔をしているんだろう。三郎がへそを曲げて、正体を明かしてくれなかったらどうしよう。

せっかく評判の団子を食べに行こうと期待に膨らんでいた気持ちはどこかへ消えてしまって、ぼくはやけに心細くなって俯いて立ちすくんでいた。三郎がやってきたのはその時だった。

「雷蔵! さっきはよくも見捨ててくれたな」

ぱっと顔を上げると、ぼくの顔がそこにいた。ちょっと眉を釣り上げ、手を腰にあてて怒っているぞと全身で示しているけれど、この顔はぼくの顔だった。ということは間違いない。三郎だ。だってぼくはここにいる。ぼくじゃなかったら、三郎だ。迷いなく、言い切れた。

「……三郎!」

不安で堪らなかった気持ちがどこかへ吹っ飛んで、ぼくは思わず三郎の手を取った。

「雷蔵? どうしたの? 何かあった?」

三郎が戸惑っているが、そんなことはお構い無しにぼくは言った。

「よかった! その顔だと、三郎がすぐ見つけられる!」

◇◇◇◇◇

僕の親友は、変装名人だ。
どんな理由があるのか知らないけれど、ずっと素顔を明かさずに生きている。
誰の顔にでもすぐに変装してしまえるほどの腕前だけれど、どういうことか、普段は親友の僕の顔をしている。

先輩や同輩たちには、どうして僕の顔をしているのか聞かれることがあるけれど、理由は僕にも分からない。

後輩たちには、いつから鉢屋先輩は不破先輩の顔をしているんですか?と聞かれるけれど、僕もいつからか思い出せない。

気がつけば、三郎は僕の顔をして僕の隣で笑っていた。

でも僕は、それでよかった。

だって、僕は世界中の誰よりも早く、三郎のことを見つけられるのだから。

◇◇◇◇◇◇

わたしは変装が上手だ。
忍術学園に入学する前から練習していたし、本当の顔を誰にも見せないと心に決めている。

三日前は、学園長先生の顔をした。
この仮面はかなり自信作だった。だから、授業中もずっとこの顔でいた。隣の席の雷蔵が、「三郎! 気になって集中できないよ」と文句を言ってきたが、わりとよくあることだったので軽く謝った。が、これが間違いだった。雷蔵は昼食の時間になっても怒っていたのだ。耐えきれなくなってついデザートをあげてしまったら、すぐににこにこ笑顔を向けてくれたのが可愛いなと思ったけれど、言うと怒られそうだからやめておいた。

二日前は、中在家長次先輩の顔をした。
雷蔵が尊敬する先輩の顔だから、喜んでくれるかなと思ったけれど、尊敬する先輩の顔が近くにあると雷蔵は緊張してしまったみたいで、いつもよりたくさん迷っていた。迷っている雷蔵を待つのがわたしは好きだ。だから、雷蔵が決められるまで待っていた。

昨日は、級友たちの顔を次々変えて過ごしてみた。わたしが変装すると、変装相手はほんの少し嫌そうな顔を浮かべたり、びっくりした顔をしたりするけれど、クラスの奴らは気のいい奴が多いから、わたしが変装するとすごい、すごいと褒めてくれた。わたしが褒められると、雷蔵がちょっと誇らしそうに笑ってくれたのが嬉しかった。

そして今日。
わたしは雷蔵と出かける約束をしていたのに、それを台無しにしてしまった。ほんの出来心で立花仙蔵先輩の顔をしてイタズラをしていたら、本人にばれてしまったのだ。

学園の門を出ようとした時、「鉢屋三郎、こっちにこい」と笑顔で言われたときには肝が冷えた。雷蔵が先に門をくぐろうとするから、置いていくなと懇願したら、雷蔵にも怒られた。

先輩には、「私の顔を勝手に使って遊ぶんじゃない」とたっぷりこってり叱られた。
仕方がないから、食満留三郎先輩の顔をして急いでいたら、本人に見つかって叱られた。
わたしが何をしたというのだ。ただ変装しているだけではないか。
どうしたらいいのか分からなくなって、とりあえず雷蔵の顔をした。
雷蔵は同じ組、同じ部屋の親友だ。私が誰の顔をしていても、いつも一緒にいてくれる。
「顔が違っても、三郎は三郎だろ? なんでそんなこと言うのさ」と笑ってくれた。
だから、あえてあまり雷蔵の顔をしないようにしていた。だけれど、雷蔵の顔をすると何だか少し落ち着く気がした。

「雷蔵! さっきはよくも見捨ててくれたな」

わざと、眉をつりあげ、手を腰に当てて怒っているぞと全身で示した。ほんとは、そこまで怒っていない。むしろわたしのこの姿を見て、雷蔵がどんな反応をするのか内心はビクビクしている。でも、そんな鉢屋三郎を見破られたくないから虚勢を張った。

雷蔵が驚いた顔をしたのはほんの一瞬。

「……三郎!」

雷蔵は、すぐに笑顔でわたしの手を取った。嬉しくて嬉しくて堪らないんだと全身で示してくる。おかしいこれは、どういうことだ。

「雷蔵? どうしたの? 何かあった?」

戸惑うわたしのことはよそに、雷蔵はいつもの彼らしいマイペースさを発揮して真っ直ぐに言ってきた。

「よかった! その顔だと、三郎がすぐ見つけられる!」

――それは、青天の霹靂だった

◇◇◇◇◇

私、鉢屋三郎は変装名人だ。
とある事情があって、ずっと素顔を明かさずに生きている。
誰の顔にでもすぐに変装してしまえるほどの腕前だし、この技術はこの先も磨き続けるが、普段は親友の不破雷蔵の顔をしている。

先輩や同輩たちには、どうして雷蔵の顔をしているのか聞かれることがあるけれど、理由は誰にも話さない。

後輩たちには、いつから鉢屋先輩は不破先輩の顔をしているんですか?と聞かれるけれど、正確な時期は覚えていない。

気がつけば、私は雷蔵の顔をする日が増えていて、雷蔵の顔で彼の隣で笑うことが当たり前になっていた。

私は、不破雷蔵の顔を気に入っている。

世界中で、ただひとり。
君が、誰よりも早く私のことを見つけてくれて笑ってくれるこの姿が好きなのだ。
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