その他cp

「なぁ少しで良いんだ。歯を見せてくれないか?」
「しつこい!」
放課後の学園の廊下に声が響いた。アーチ状の天井から跳ね返る振動に遠くの生徒が肩をビクつかせ辺りをキョロキョロと見回す。
全速力の声を投げ付けられたトレイは渋い表情で両手を少しだけ挙げると、セベクはふいとそっぽを向いて足早に立ち去った。残された少年は廊下のへりに腰掛けて自身の緑の髪をかき混ぜ溜息をつく。もう何度こうやって呆れさせたかわからないと俯いていると、不意にその視界が眩しいくらいのオレンジ色で満たされた。
「怒られた〜。しつこい男は嫌われるぞー?」
「ケイト……お前にだけは言われたくないんだが?」
しゃがみ込んでトレイの様子をまじまじと見ていたケイトはトレイの横に腰掛けて足を組む。そして口を尖らせて頬杖をついた。
「どういう意味?」
「ヴィルにしつこくツーショットを迫ってるの知ってるからな」
「いいの。一生懸命アタックしなきゃ、人気者のヴィルくんはオレなんかすぐ忘れちゃうから」
ケイトは暗い表情をしていたトレイよりも沈んでいた。先程まで親友をからかい半分で眺めていたとは思えない程に陰鬱だ。
「今日はネガティブケイトなのか?」
「ポジティブケイトだったことなんてないよ」
「そんなことはないだろ?」
「ヴィルくんに対してはずっとネガティブなの!」
聞いてくれるなと言わんばかりに視線を逸らすケイトにトレイは深く追求をやめてセベクの姿を思い浮かべる。学園内で同級生たちと仲良さげに話す彼を見掛ける度に感じる、その視界に自分が映らないことの歯痒さ。とっつきにくいくらいに愚直だが素直で可愛い後輩だと感じて以来、彼のことがもっと知りたくて仕方がないのに、その術をトレイは持っていなかった。
「ネガティブにもなるよな……。気持ちはわかる。俺はセベクともっと話をしたいだけなんだが、あいつは口を開けばマレウスのことばかりだし、俺とはなかなか日常会話にもならない」
「え?あれ日常会話だと思ってたの?」
「悪かったな、口下手で。共通の話題で盛り上がるに至らないんだよ」
「ごめんて」
たまに学園内で行動を共にする機会は巡ってくるが、その際の話題は専ら勉学かマレウスか。マレウスがどんなに素晴らしい存在かということを一方的に話されて、トレイはそれを頷きながら聞いている。相槌を打って、セベクは本当にマレウスが好きなんだなと声を掛ける度に心臓を針で刺される心地だった。痛い、痛い、それが恋だと知ってからは自分が気の毒で余計に会話が弾まない。
そんなトレイの横顔をじっと見つつ、ケイトもまた彼の想い人を頭に浮かべた。トレイのことを馬鹿にしたが自分も全くと言っていい程に同じで、同じだからこそ自分を馬鹿にするようにトレイをからかったのだ。本当は揶揄できる立場ではない。
「片想いはツライよね〜。オレは今日も写真せがんで冷たくされちゃった……。写真が無くたって話せたら良いけどさ、ヴィルくんの興味ある話題が提供出来るかもわからないのに話しかけづらいんだよね。隣に居られるだけの関係になれたら良いのにな……」
同調して自己嫌悪に陥るケイトを不憫に思ってか、トレイは先日彼が掴んだ情報を開示することにした。本当はお節介になるからと言うつもりはなかったのだが。
「……良いこと教えてやろうか」
「いいこと?」
「誕生日にヴィルがケイトに対して写真の指導をしたと言っていただろ?」
「あー、オレの盛れる角度を教えてくれたやつね」
「そのことをヴィルに言ったんだ。『ケイトのかっこよく見える角度を知ってるなんて、ヴィルはケイトのことをよく見てるんだな』って。そしたらヴィルはなんて言ったと思う?」
「……一度見ればわかるわよ、とか?」
「『そんなに見てないわよ!』って返してきたよ。顔を真っ赤にしてな」
「!?」
ケイトは目を見開いた。次いで顔を赤くして手で口を隠す。どうやらにやける口元を押さえているらしい。
「いつも涼しい顔をしてるヴィルとは思えなかったよ」
「これって脈アリかな……」
「ナシではないだろうな」
「オレ、ヴィルくんに会いに行ってくる!」
「行ってこい」
元気よく立ち上がったケイトの背中をトレイがばんと叩くと、ケイトはくるっと振り向いてにやっと笑った。
「トレイくん、お礼にオレからも良いこと教えてあげる。セベクちゃん、誕生日にトレイくんに背中押してもらったことあるの、リリアちゃんに嬉しかった、心強かったって話したらしいよ。甘いお菓子に詳しいトレイくんの知識に興味あるみたいで、トレイくんの作ったお菓子が食べたいともこぼしたって。リリアちゃんが代わりに作ったって言ってたけど」
「そ…れは早く言ってほしかったぞ!意地が悪いな!?」
「あはは!!お互い様でしょ!」
いたずらっ子のように笑うケイトの顔を見上げたトレイは眉を顰める。自分の想いを知っているのにこんな大事な情報を長いこと黙っていた親友を咎めてやりたいが、これもまたお節介だと感じていた故かと想像すれば言及するのも無粋だ。それよりも今は大事なことがある。
「はー……、俺もセベクに会いに行くよ。何かしらのお菓子を作ってからな」
「今度はネガティブな片想いトークじゃなくてラブラブな恋バナしよーね☆」
「あぁ、それが出来るように頑張るよ」
手を振りながら離れていくケイトが廊下を曲がったところで、トレイもまた立ち上がる。向かう先は鏡舎から自らの寮のキッチンだ。
「さて、何を作るか……いや、何が食べたいのか、本人に聞いてみても良いかもしれないな」
ほぼ毎日ポケットに入れているお菓子を手渡して、セベクの好みを探ってみるのも楽しいだろう。何よりも今、彼は想い人に会いたくて堪らない。トレイはポケットから一つだけ包みを取り出して軽く握ると、意気揚々とディアソムニア寮に繋がる鏡の中へと飲み込まれた。
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