ヴィルケイss
この世界で最も目映く最も気高い羽を持ったとされる美しい堕天使に近付きたかった。ただそれだけなのに……。
「なんでこんな柄になっちゃったんだよー!」
自室の鏡に映るオレの翼はまだらに彩られていた。正直言って羽根の一枚一枚を綺麗に染めるって難しい。ミカエル様の羽は孔雀みたいで凄く綺麗なのにオレの今の羽といったら緑と青に毒されたカビまみれの食パン。以前より仕事が出来るようになって昇進して偉くなっても魔法はあんまり得意とは言えない。羽根の一本一本に魔力を注入できる繊細な性格じゃなかったみたい。
へたくそ。こんなんじゃ、ヴィルくんに会えないよ……。
「ケイト、会議の前にデートしましょ……」
最愛の堕天使がドアを開けるなり硬直した。
サイアク。
オレが部屋に籠もってるって誰が漏らしたんだ。ていうか、ノックくらいしてよ。
ヴィルくんは楽園と地獄とを自由に生き来できる数少ない存在だけど、オレの部屋まで自由に入っていいわけじゃないよ!
「なんで勝手に入るの!」
「ごめんなさい」
「見ないで!!」
「どうしたの、その羽は」
聞かないで。見ないでよ。
失敗した醜い姿。
誰よりも美しい君の目に映るのがこんなオレじゃ嫌だ。でももう、どうすることも出来ない。こんなことならさっさとミカエル様に助けを求めれば良かった。
「染めたのよね?」
「うん……」
「アタシ、ケイトにはピンクが似合うと思うって言わなかったかしら?」
「聞いたけど、でも、ヴィルくんの昔の姿……見ちゃったから、オレも孔雀の羽が羨ましくて」
天使たちの職場は修道院みたいな造りをしてる。その二階の廊下の隅の隅、埃被った小さな扉を開けるとそこは物置部屋だった。中には誰かが使っていた古びた家財が詰まっていて、窓際には大きな絵が掛かっていた。
たまたま見つけた部屋をたまたま暇だったから換気をしてたら強い風が吹いて絵に被さっていた布が落ちたんだ。そこにはかつて上級天使を率いた者たちが描かれていた。麗しい見た目、三対の翼、艷やかな髪がやけにリアルで時を止めて閉じ込めたような質感だった。そこに在ったのは今は堕天使として名を連ねる者たちの肖像だったのだ。
オレは心奪われた。ヴィルくんは孔雀色の三対の翼を羽ばたかせ、優雅に空を飛んでいた。あまりの美しさに息を呑み、涙が溢れる。この羽と同じものを得て、オレも彼に近付きたい。彼の側にいたい、そう願っただけだったのに。
「アタシの絵姿を見つけたのね」
「そう。とても綺麗だった」
「あれは幻よ」
ヴィルくんはオレの翼に触れる。温かな指を羽先から根元、そして肩甲骨へとすべらせていく。羽が見えやすいようにと背中がガバっと開いた服を着ていたので無防備なオレの背に、ヴィルくんは口付けた。
「ちょっ……」
「アタシと同じ色を求めてくれたのでしょう?あの翼はもう存在しない。あの色は最早ミカエルのものだわ。ケイトはあいつと同じ色になってはダメ」
「でも……!」
「ダメ」
ヴィルくんはオレの背に唇を付けたまま何やら唱えだす。触れる吐息は羽の付け根に吹きかかり、羽の先までぶわっと広がる。ゾクゾクする。感じてるみたいにビリビリするのに、温かくて安心もする。血が巡るみたいに活力がみなぎってくる。不思議。
ヴィルくんはぶつぶつ唱えてた言葉を終えるとオレの項にキスをして離れる。少し遠ざかって全身をじっと見つめて満足げに微笑んだ。
「あら、とても良い色になったわね」
「どんな?」
さっきまで見るのが嫌になってた姿見に自分の背を映して覗き込むと、そこにはまだらだった翼はなかった。代わりにピンクのグラデーションに染まったオレの羽は、フラミンゴや鴇みたいに優雅な印象を受ける。
「キレイ……」
「本当に綺麗ね。これ、アタシの唇の色」
「えっ!?」
びっくりして振り返ると極上の笑顔がオレに近付いてくる。ほらご覧なさいと見せ付けられた唇に恥ずかしくなって顔を逸らすと、ぎゅっと抱き締められた。
「アタシの色を纏って。今も確かにある、アタシの色にだけ染まってほしいの」
「ヴィルくん……」
背負ったピンクの翼が熱い。似合うのかな?こんなキレイな色が?
君にはオレがこんなふうに見えてるのかな?かわいい?綺麗?
どんなふうに思ってる?
「オレに似合う?」
「とても似合ってるわよ。思った通りだわ」
「どう感じる?」
「どうって……」
ちょっと考えて言葉を探すみたいに視線を動かしたヴィルくんはオレの羽を撫でる。
「愛しい。愛らしくて、愛しい」
なんだろう、泣きそう。
絵の中のヴィルくんは三対の孔雀のような翼を持つ凛々しく強い天使だった。今君はもっと恐ろしい存在なのだと肌で感じるのに、危うくて儚い者にも感じるんだ。そんな君がオレを見て目を細める仕草をするだけで、オレは君のために生まれたんじゃないかって思ってしまう。君を支えてあげるためにここにいるんじゃないかって。
「オレも愛しい。君がどうしようもなく好きだよ」
そう返すと長い腕がオレをよりきつく締める。耳元で「嬉しい」と呟く君の声がオレの全身に響いていく。
そうだね、君の孔雀の羽はもう無い。あの色はもう追わないことにするね。この色をくれた意味を噛みしめていたいから。
だからヴィルくんには黒い翼に甘く重なるピンクの羽を、君の生きる意味としてほしい。
「なんでこんな柄になっちゃったんだよー!」
自室の鏡に映るオレの翼はまだらに彩られていた。正直言って羽根の一枚一枚を綺麗に染めるって難しい。ミカエル様の羽は孔雀みたいで凄く綺麗なのにオレの今の羽といったら緑と青に毒されたカビまみれの食パン。以前より仕事が出来るようになって昇進して偉くなっても魔法はあんまり得意とは言えない。羽根の一本一本に魔力を注入できる繊細な性格じゃなかったみたい。
へたくそ。こんなんじゃ、ヴィルくんに会えないよ……。
「ケイト、会議の前にデートしましょ……」
最愛の堕天使がドアを開けるなり硬直した。
サイアク。
オレが部屋に籠もってるって誰が漏らしたんだ。ていうか、ノックくらいしてよ。
ヴィルくんは楽園と地獄とを自由に生き来できる数少ない存在だけど、オレの部屋まで自由に入っていいわけじゃないよ!
「なんで勝手に入るの!」
「ごめんなさい」
「見ないで!!」
「どうしたの、その羽は」
聞かないで。見ないでよ。
失敗した醜い姿。
誰よりも美しい君の目に映るのがこんなオレじゃ嫌だ。でももう、どうすることも出来ない。こんなことならさっさとミカエル様に助けを求めれば良かった。
「染めたのよね?」
「うん……」
「アタシ、ケイトにはピンクが似合うと思うって言わなかったかしら?」
「聞いたけど、でも、ヴィルくんの昔の姿……見ちゃったから、オレも孔雀の羽が羨ましくて」
天使たちの職場は修道院みたいな造りをしてる。その二階の廊下の隅の隅、埃被った小さな扉を開けるとそこは物置部屋だった。中には誰かが使っていた古びた家財が詰まっていて、窓際には大きな絵が掛かっていた。
たまたま見つけた部屋をたまたま暇だったから換気をしてたら強い風が吹いて絵に被さっていた布が落ちたんだ。そこにはかつて上級天使を率いた者たちが描かれていた。麗しい見た目、三対の翼、艷やかな髪がやけにリアルで時を止めて閉じ込めたような質感だった。そこに在ったのは今は堕天使として名を連ねる者たちの肖像だったのだ。
オレは心奪われた。ヴィルくんは孔雀色の三対の翼を羽ばたかせ、優雅に空を飛んでいた。あまりの美しさに息を呑み、涙が溢れる。この羽と同じものを得て、オレも彼に近付きたい。彼の側にいたい、そう願っただけだったのに。
「アタシの絵姿を見つけたのね」
「そう。とても綺麗だった」
「あれは幻よ」
ヴィルくんはオレの翼に触れる。温かな指を羽先から根元、そして肩甲骨へとすべらせていく。羽が見えやすいようにと背中がガバっと開いた服を着ていたので無防備なオレの背に、ヴィルくんは口付けた。
「ちょっ……」
「アタシと同じ色を求めてくれたのでしょう?あの翼はもう存在しない。あの色は最早ミカエルのものだわ。ケイトはあいつと同じ色になってはダメ」
「でも……!」
「ダメ」
ヴィルくんはオレの背に唇を付けたまま何やら唱えだす。触れる吐息は羽の付け根に吹きかかり、羽の先までぶわっと広がる。ゾクゾクする。感じてるみたいにビリビリするのに、温かくて安心もする。血が巡るみたいに活力がみなぎってくる。不思議。
ヴィルくんはぶつぶつ唱えてた言葉を終えるとオレの項にキスをして離れる。少し遠ざかって全身をじっと見つめて満足げに微笑んだ。
「あら、とても良い色になったわね」
「どんな?」
さっきまで見るのが嫌になってた姿見に自分の背を映して覗き込むと、そこにはまだらだった翼はなかった。代わりにピンクのグラデーションに染まったオレの羽は、フラミンゴや鴇みたいに優雅な印象を受ける。
「キレイ……」
「本当に綺麗ね。これ、アタシの唇の色」
「えっ!?」
びっくりして振り返ると極上の笑顔がオレに近付いてくる。ほらご覧なさいと見せ付けられた唇に恥ずかしくなって顔を逸らすと、ぎゅっと抱き締められた。
「アタシの色を纏って。今も確かにある、アタシの色にだけ染まってほしいの」
「ヴィルくん……」
背負ったピンクの翼が熱い。似合うのかな?こんなキレイな色が?
君にはオレがこんなふうに見えてるのかな?かわいい?綺麗?
どんなふうに思ってる?
「オレに似合う?」
「とても似合ってるわよ。思った通りだわ」
「どう感じる?」
「どうって……」
ちょっと考えて言葉を探すみたいに視線を動かしたヴィルくんはオレの羽を撫でる。
「愛しい。愛らしくて、愛しい」
なんだろう、泣きそう。
絵の中のヴィルくんは三対の孔雀のような翼を持つ凛々しく強い天使だった。今君はもっと恐ろしい存在なのだと肌で感じるのに、危うくて儚い者にも感じるんだ。そんな君がオレを見て目を細める仕草をするだけで、オレは君のために生まれたんじゃないかって思ってしまう。君を支えてあげるためにここにいるんじゃないかって。
「オレも愛しい。君がどうしようもなく好きだよ」
そう返すと長い腕がオレをよりきつく締める。耳元で「嬉しい」と呟く君の声がオレの全身に響いていく。
そうだね、君の孔雀の羽はもう無い。あの色はもう追わないことにするね。この色をくれた意味を噛みしめていたいから。
だからヴィルくんには黒い翼に甘く重なるピンクの羽を、君の生きる意味としてほしい。
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