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ヴィルケイss

「一番星みーつけた!」

「はぁ……」
「どしたのー?溜息ついて。幸せ逃げるんじゃない?」
「何よそれ。というか、はじめましてよね」
「オレはケイト・ダイヤモンド!ハーツラビュル所属だよ」
「ヴィル・シェーンハイトよ。ポムフィオーレ」
「そんで、ヴィルくんは何で溜息ついてたの?」
「この授業が退屈だからよ」
「えぇー?そうなの?」
「アタシは占星術って好きじゃないわ。こんなのスピリチュアルじゃない。非科学的で存在しないもの、嘘っぱちよ」
「妖精も獣人もいるこの世界でよくそんなことが言えるなぁ。呆れるー」
「喧嘩売ってるの?」
「ムカついただけ。先人を否定して自分だけ高尚だと信じてる自分第一主義みたいでむかつく。オレは占星術好きなのに」
「それはごめんなさい。アンタを否定した覚えはないわよ」
「オレはね、占星術って学問だと思ってるんだ。占いは政治にも宗教にも関与してきた歴史的な文化だよ。でも、スピリチュアルだとも思ってて、切り離せない曖昧なところが興味深いんだ」
「占いなんて嘘っぱちじゃないと?」
「占星術は星の動きと生命の関連と、何百年何千年の積み重ねのデータを取ったから学問になるんだ。データが取れれば、非科学的なそれは否定される。ラプラスの悪魔みたいにね」
「なるほど?量子力学でいえば学問だけで説明ができるってわけね。未来を完全に予測出来るラプラスの悪魔なんて居ないって」
「でもね、時間を巻き戻せる可能性があるマクスウェルの悪魔ってのはいるんだ」
「マクスウェルの悪魔はいるの?」
「いるよ。熱力学の分野ではそういう存在があってもいいってずっと言われてきた。ないって説明は出来ないらしいから居るの。でもさ、そしたらラプラスの悪魔はいないってのがおかしいんだよね。ある仮定を元に立てた仮説では居ないってだけ。しかもさ、悪魔ってものが概念ではなくて本当に居るなら、人間が考えうる宇宙の一部として存在しているものなのかの証明がまだ出来ないわけじゃん」
「パラドックスね。つまり何が言いたいの?」
「占星術は嘘っぱちだとかスピリチュアルだって証明は誰にも出来ないってことだよ。オレは学問だと思ってるけど、スピリチュアルでも良いんだ。確実に言えることは嘘ではないってこと」
「……ごめんなさい。アタシ、アンタを見くびってたみたい。占星術が好きになれそう。ケイト、アナタのこともね」
「光栄だね。ヴィルくんみたいな美人さんに褒められるなんて」

「アンタがマクスウェルの悪魔なんて話をしたから熱力学についての本を読んだけど、難しすぎてちんぷんかんぷんだったわよ」
「だよねー。オレもよくわかんない。けど面白いこと考えるなーって思わない?」
「何もわからなかった時代の人たちが懸命にわかろうとした結果なのよね」
「オレに言わせればヴィルくんがやってる薬草学とか調香とかのがわかんないよ。草に匂いなんてある?」
「当たり前でしょ。森に行ったこと無いの?木や葉や花の香りが満ちて豊かな気持ちになるわよ」
「行ったことくらいあるけど匂いなんて意識してないんだもん」
「アタシは森って好きよ。懐かしい色が沢山溶け込んでる」
「色?」
「何でもない。香りについて興味があるならポムフィオーレに遊びにいらっしゃいな。調香オルガンを見せてあげるわ」
「ホント!?」
「その代わり、香りに気が付きやすいように匂いの強い食べ物はしばらく禁止」
「うん」
「コーヒーも駄目」
「えっ!?そんな殺生な!?というか何でもない日のお茶会とか……」
「白湯でも飲んでなさい」
「えー!?」


「ヴィルくんさ、エントロピーって知ってる?」
「あぁもうやめて。アンタの発言の影響で熱力学の本を読んだからその名前は知ってるけど半分も理解できなかった。言いたいことがあるなら端的に言って」
「人間は負のエントロピーの流れに依存してるんだって。時の流れは常に一定方向に進んでいて絶対に戻らない。エントロピーは散らかった部屋で説明されることが多くて、整然とした部屋から散らかった部屋になったのが勝手に元の整然とした状態になることは有り得ないんだ。人の生きる流れがそれに沿ったらゴミ屋敷の中で息絶えてるようなものだよね。綺麗な家に戻りたいって思いながら」
「過去に戻りたいってこと?」
「実はこの前話したマクスウェルの悪魔の問題は解決したって言われてるんだよ。何処かの有名な大学の頭の良い先生によって。悪魔が分子をより分ける時、悪魔の脳内もまたエネルギーの出入りが起きてる。悪魔が操作してる箱の中と同じようなことが起きてるんだから悪魔も箱とセットで考えれば何も矛盾してない……時を戻せる可能性のある悪魔の仮説は情報熱力学の前に破綻した。それが今の学者さんたちの答え」
「残念そうね」
「会いたい人が居るんだ。せめて名前を聞けば良かった」
「奇遇ね。アタシも同じように会いたいけど探しようがない人が居るわ。もう顔も思い出せないのに、その人を探すように鏡を見るのよ」
「鏡を?何で?」
「この眼を見ていると懐かしくて恋しい感情が蘇る気がするから」
「……ヴィルくんって初恋が自分自身?その相手って水鏡に映った自分なんじゃ?」
「そんなわけないでしょ」

「なんで薬草に興味持ったの?」
「懐かしい記憶の中にある草の香りが何だったのか知りたかったのよ」
「さっき言ってた会いたい人の話の続き?それで、わかったの?」
「まだわからないわ」
「このラベル綺麗だね」
「補色に印刷しているからね。目を引くのは当然だわ」
「補色?」
「その名の通り補い合う色よ。互いを引き立てあって美しい。青と黄色、赤と緑、紫と黄緑……アタシ達の眼の色みたいなね」
「はは、本当だ。オレ達って引き立てあってるんだね」
「厳密に調べると少し異なるかもしれないけれど概ね補色になりそう。反対だから目を引くし、ケイトの言葉を借りるならきっちりとした反対じゃなくて曖昧だから興味深いのかも」
「物理学で言うと……」
「やめて。アンタは物理学者にでもなりたいの?この学園の16歳で物理学や熱力学がどうのって言ってるのアンタくらいじゃない?」
「オレも物理は得意なわけじゃないんだ。星が好きだから天体物理学とか天文学とかをかじっててその基礎で参考書開いたりしてるだけ」
「星が好きなのね。だから占星術も?」
「うーんどうかなぁ。オレはただ顔も忘れちゃったあの子と見た一番星の名前が知りたかっただけなんだ」


「ねぇちゃんってば人使い荒すぎだし」
「今日は人居ない、ラッキー」
「……日が暮れる……帰るのヤダなぁ」
「……ケイト?」
「ヴィルくん!?何でここに!?」
「アンタこそ」
「オレは家が近いし、帰省するとたまに来てて……」
「そうなの?アタシはすぐそこのスタジオで仕事だったの。休憩がてら出て来たんだけど」
「へぇお疲れ様!」
「綺麗な場所よね。アタシが長いこと住んでる都会は灰色で汚く見えるの。ここは幼い時に住んでた場所に似てる」
「小さい時にこの辺に住んでたの?」
「いいえ、もっと雪が降るような北方よ。でも幼い時にもこの場所へ来たわ。懐かしい」
「そうなんだ。あっ、一番星みーつけた!」
「えっ……」
「綺麗だね。光り輝いてる」
「アタシも見つけた……。懐かしい色、思い出の…そうだったのね。だからアタシは自分の眼を……」
「えっ、何?どういうこと?わっ……!」
「今のアンタならわかってるとは思うけど、あの星は明星よ」
「そうだね?ん?……えっ、えぇ!?」
「そっかぁ……久しぶり。確かにここは落ち着く匂いがしてるね」

サ部への依頼
「森の匂いを再現する?」
「そう。やっぱり本物を嗅いでみたら閉じ込めたくなったの」
「閉じ込める……かい?」
「俺達は構わないが、そんなこと出来るのか?」
「現地の所有者に頼み込んでアロマオイル一瓶分、抽出出来る量の材料は分けてもらえることになったんだ」
「それで俺達にバトンパスか」
「オレの専門外だからさ、失敗するより適材適所ってやつだよ」
「……マーベラス!思い出を蘇らせるのだね!任せてくれたまえ!」
「絶対にヴィルくんに教えちゃダメだよ?」
「もちろんさ」
「じゃあ頼んだよ〜!」

「楽しそうだね、ムシュー・マジカメは」
「そうだな。以前よりも明るくなったような気さえするよ」


「はいこれ、ヴィルくんにプレゼント!」
「アロマオイルなのね」
「そう、森の香り!オレ達が初めて会った場所のね。再現してみた」
「アタシが出来なかったのにアンタが?」
「サイエンス部に協力してもらったの!森まで行って所有者に許可取って生えてる植物の
成分抽出してオイルを精製したんだ」
「それで最近ルークがニヤニヤしてたのね」

「材料がその場所のものだから完全に再現されてるはずなんだけど、オレも完成品の匂いを嗅いでなくて」
「えっ?人にあげるものの完成度がわからないの?」
「瓶に入ってる状態では嗅いでたよ!?でも時間なくてさ、ちゃんと出来てるとは思うけどまだ焚いてないの」
「アンタらしくないわね。まるでシュレディンガーの猫じゃないの?」
「……そうだね。観測するまで状態は確定してないもんね。もし全然違う匂いでも、これをまた新たな思い出にしてほしいな。何度でも作るから。オレ、きっと初めて会った時からヴィルくんが好き」
「いらっしゃい、このアロマを焚いて香りを確かめてみましょう。もうじき日が暮れるわ。アタシの部屋から見える一番星を眺めながら、この胸の高鳴りの意味を教えてあげる」
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