ヴィルケイss

「ヴィルくん食べないの?」
「食べないの?ってこれアンタが頼んだケーキじゃない……まさか、また全く口を付けないつもり?」
きょとんとした顔でアタシを見ていたケイトは自身のスマホに視線を戻した。お決まりのやつね。この子は甘いものが本当にダメなくせに映える写真の撮影には貪欲だから、綺麗で可愛いお菓子の噂を聞いてはこうやって誰かを引っ張ってカフェに入る。写真を撮った後に対象物を食べさせる為にね。今日はたまたまアタシだった。早朝のワークアウトを済ませてシャワーを浴びて時間が出来たから寮のテラスで紅茶でも頂こうと部屋を出たところでケイトに連行されたの。何故こんなところに居るのよって動揺したけど、「会いたかったから来たよ」って恋人に目を潤ませて可愛く迫られたら流石に弱いわ。でもときめきは束の間、次の瞬間には腕を掴まれてそのまま早足で学園の外に飛び出していた。崖下の街までノンストップで下りて川沿いの小さなカフェに入った頃にはアタシの額には汗が滲む。さっきシャワー浴びたところなんだけど?というか、今日は寮で読書や運動をして過ごそうと思っていたから薄化粧だったのに、こんなところまで連れてきてどういうつもりなの!?って問い質してやりたい気持ちを未だに抱えてるんだけど。
「ハッピーバースデー、ヴィルくん。それはヴィルくんへのバースデーケーキ」
「……え?」
「え、何その顔。もしかして忘れてたの?」
その顔ってどんな顔よ?誕生日?ってアタシの?今日……四月九日…だわ。スマホの画面を見ると映し出される今日の日付と、メッセージアプリのアイコン右上の通知数が目に入った。何十件も来ていることに気付き、開いてみるとそのうち三件はケイトからだった。
─誕生日おめでとう
─今日がヴィルくんにとって最高の一日になりますよーに♪
─オレが最高の一日の始まりを作りたい…ダメかな
今の今まで未読だったメッセージ。返事が来ないことでケイトは強行突破に出たのね。でも許可も得ずにこんなことしちゃダメじゃない?恋人のおねだりを拒絶するはずないんだから。
「ありがとう、ケイト。最高の一日になりそうよ」
口元が綻び覗いた八重歯が愛らしくて愛しい。ケイトが用意してくれた小さなタルトにはイチゴが載ってその上には粉糖がキラキラと輝いている。見るからにカロリーが高そうな重厚感のあるケーキにフォークを入れることを躊躇したけど、この場合は食べなきゃ男が廃るじゃない。誕生日くらいは全然良いのよ。写真を撮り終わったケイトはコーヒーをちびちびと啜っていて、ケーキには見向きもしない。代わりにアタシの目をじっと見つめていた。
「無理しなくてもいいよ?」
「無理じゃないわ。美味しそうだもの、遠慮なく頂くわ」
サクッとフォークを刺して掬ったイチゴとクリームを口に入れて感じる素朴な甘みと酸味の調和に舌鼓を打つ。美味しい……。
「そのケーキ、オレが考案したんだ」
「そうなの?」
「このカフェは一年の頃から通ってるからマスターとよく話すの。ケーキの案がないか聞かれたから、ヴィルくんのこと考えてレシピを作ったんだよ」
このケーキがアタシなの?タルト台にクリームとイチゴ、ブルーベリー……言っちゃ悪いけど何の変哲もないベリータルトじゃないのかしら。
「タルト台はグルテンフリー、ホイップクリームはアーモンドミルクで糖質と脂質カット、バターはヨーグルトにほぼ置き換えて香り付け程度の使用で脂質カット、砂糖はてんさい糖を使ったから上白糖より低GIだし風味が豊かじゃない?どう?美味しい?」
見破られてるわね。カロリーの高いお菓子は食べない、食べたくないって、アタシのことを完全に理解してる。それもそうよね。付き合って一年は経つし、当然よ。……当然、なのかしら?アタシはこの子をこんなにわかってる?甘いものは嫌い、辛いラーメンが好き、でもどんな辛さが良いのかわかってる?
アタシ、もっとケイトのことを知りたい。前よりもっと、こんなに好きにさせてきたこの子を離さない為に。
「大好きよ」
「……そんなに気に入ったの?そのケーキ。お土産用にもっと貰う?」
「ケーキじゃないわ。でも寮生に配るからありったけ買って帰ることにする」
不思議そうにアタシをまじまじと見ていたケイトが立ち上がって厨房の方へと歩いていく。テーブルの上にはカップの中があと少しばかりのコーヒーと食べ終わりのケーキ。もうじきこのデートは終わる。最高の一日になりそうな朝なのに、終わらないでとどこか寂しくもある今のこのゆったりとした時間を、何て表現して良いものか今のアタシにはわからないけれど、この先長く共に居ればいつかは饒舌に語れる日が来るのかしら。
両手にケーキの入った箱を携えて戻ってきた恋人の頬にキスを贈り、アタシは最高の一日を続ける為に帰路に就く。二人、仲良くね。
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