ヴィルケイss
寒い寒いとポケットに手を突っ込みながら通り過ぎたミニスカートの女たちから恋しい香りが漂った気がした。ネロリやレモンのような爽やかさとシュガーハニーの甘い匂い。紅茶と一緒にテーブルに並ぶ焼き菓子が思い浮かぶ、アフタヌーンティーの時間を煮詰めたみたいな香りにアタシは思わず振り返った。
「ケイ……」
そこには先程視認した女たちしか居ない。
寒空の灰色の街は年末の景色で、店はどこもシャッターが閉まっている。その中を離れていく栗毛の人物たちと思い浮かんだ人は全然違う雰囲気なのに、何故こんなにも気になるのかなんてアタシにもわからない。
……ケイトから連絡がない。
とは言っても、ただホリデーで会えてないだけなのよ。まだ一週間も離れてない。だけど恋しいと感じてしまうくらいアタシの中でケイトの存在は大きいんだわ。はっきりそう相手に伝えれば良いのに、こんなに孤独を感じてるのはアタシだけなんじゃないかと考えると、胃が痛んで何もできなくなる。
溜息混じりに視線を元の道へ戻した瞬間、アタシは目の前の人物にぶつかった。嫌だわ、前を見てなかったなんて大失態。
「ごめんなさい!大丈夫かし……」
目の前の人はぶつかったアタシに対して満面の笑顔だった。にぱっと笑って溢れた八重歯の輝きが衝撃的で、側頭部を殴られたのかってくらいにはクラクラしてる。
「ヴィルくん!やっぱりヴィルくんだ!」
「ケイト……」
何でここに?とか連絡くらい寄越しなさいよ!とか色んなことを言いたいはずなのに何も言葉が出てこない。アタシってこんなに弱かった?文句の一つでも呟きなさいよ。脳内は目まぐるしく動いて次の言葉を考えていたのに身体がまず最初に動いた。両腕を広げてケイトを抱き締める。それだけでもう何も言わなくていい気がした。何を言っても意味を成さないのよ。だってこの心を簡潔に表す言葉をアタシは知らない。
「ヴィルくーん、会いたかったよ〜。家でこき使われちゃってすっごい忙しかったんだー。姉ちゃんたちが首都の百貨店まで買い物行くって言うから、ヴィルくんに会えないかなーってついてきたらホントに会えた!」
予想はついていたわ。休みの前に毎年こうだって聞かされてたんだもの。でも本当に連絡がなくなるとは思ってなかったし、連絡がないだけでこんなに悲壮感に苛まれるとは微塵も考えていなかった。だってアタシは強いはずだから。
「寂しかった……」
信じられない。今の言葉アタシの口から出たの?気恥ずかしくて顔が見られない。ケイトのかぶっているニットの帽子に鼻を埋めるくらいに近付けて、ダウンジャケットの空気という空気を抜くほどにきつく腕を回す。
「あは、オレも寂しかったよ。こうやって抱き締めたかった。でも姉ちゃんたちがそろそろ探しにきちゃうからまたね」
離れていく。恋しい人が手を離して花笑む。どうして?今日は十二月三十一日、もうすぐ年越しよ。世間ではニューイヤーの瞬間は恋人と過ごしてるわよ。アタシには望めないことなの?
「ケイトー?」
遠くで女性の声がする。ケイトを呼ぶ声、きっとこの子のお姉さんね。困らせては駄目。アタシが我慢すれば良いだけのこと。我慢すれば……。
「ヴィルくん、今晩は時間ある?」
「今晩?」
「早寝早起きの君に夜更かしの提案なんて気が引けるんだけど、年越しの瞬間は一緒にいたくて。無理なら断ってくれても大丈夫」
さっきまでの笑い方と違う寂しそうな顔にまた衝撃を受けてしまった。寂しいのはアタシだけじゃない。この子だってきっと同じなんだわ。アタシのこと大好きだっていつも言ってくれてる。
「何時間でも作るわ。アンタと一緒にいたい」
ケイトはぱっと明るい表情に変わって「連絡する!」と言いながらアタシの後方へと走ってゆく。きょろきょろしながら弟の姿を探していた女たちの前でピタッと止まると、彼女らはケイトにデコピンしたり小突いたりした。
「ふふ、仲良しな姉弟ね」
アタシは再び灰色の街を歩き出す。足元は彼の面影を追うような少し暗いオレンジ色の革のブーツ。アフタヌーンティーの時間を煮詰めたみたいな残り香を少し吸って、今夜はどの靴を履こうかしらって、軽いスキップをしながら自宅に並ぶ紫の靴を頭に思い浮かべた。
「ケイ……」
そこには先程視認した女たちしか居ない。
寒空の灰色の街は年末の景色で、店はどこもシャッターが閉まっている。その中を離れていく栗毛の人物たちと思い浮かんだ人は全然違う雰囲気なのに、何故こんなにも気になるのかなんてアタシにもわからない。
……ケイトから連絡がない。
とは言っても、ただホリデーで会えてないだけなのよ。まだ一週間も離れてない。だけど恋しいと感じてしまうくらいアタシの中でケイトの存在は大きいんだわ。はっきりそう相手に伝えれば良いのに、こんなに孤独を感じてるのはアタシだけなんじゃないかと考えると、胃が痛んで何もできなくなる。
溜息混じりに視線を元の道へ戻した瞬間、アタシは目の前の人物にぶつかった。嫌だわ、前を見てなかったなんて大失態。
「ごめんなさい!大丈夫かし……」
目の前の人はぶつかったアタシに対して満面の笑顔だった。にぱっと笑って溢れた八重歯の輝きが衝撃的で、側頭部を殴られたのかってくらいにはクラクラしてる。
「ヴィルくん!やっぱりヴィルくんだ!」
「ケイト……」
何でここに?とか連絡くらい寄越しなさいよ!とか色んなことを言いたいはずなのに何も言葉が出てこない。アタシってこんなに弱かった?文句の一つでも呟きなさいよ。脳内は目まぐるしく動いて次の言葉を考えていたのに身体がまず最初に動いた。両腕を広げてケイトを抱き締める。それだけでもう何も言わなくていい気がした。何を言っても意味を成さないのよ。だってこの心を簡潔に表す言葉をアタシは知らない。
「ヴィルくーん、会いたかったよ〜。家でこき使われちゃってすっごい忙しかったんだー。姉ちゃんたちが首都の百貨店まで買い物行くって言うから、ヴィルくんに会えないかなーってついてきたらホントに会えた!」
予想はついていたわ。休みの前に毎年こうだって聞かされてたんだもの。でも本当に連絡がなくなるとは思ってなかったし、連絡がないだけでこんなに悲壮感に苛まれるとは微塵も考えていなかった。だってアタシは強いはずだから。
「寂しかった……」
信じられない。今の言葉アタシの口から出たの?気恥ずかしくて顔が見られない。ケイトのかぶっているニットの帽子に鼻を埋めるくらいに近付けて、ダウンジャケットの空気という空気を抜くほどにきつく腕を回す。
「あは、オレも寂しかったよ。こうやって抱き締めたかった。でも姉ちゃんたちがそろそろ探しにきちゃうからまたね」
離れていく。恋しい人が手を離して花笑む。どうして?今日は十二月三十一日、もうすぐ年越しよ。世間ではニューイヤーの瞬間は恋人と過ごしてるわよ。アタシには望めないことなの?
「ケイトー?」
遠くで女性の声がする。ケイトを呼ぶ声、きっとこの子のお姉さんね。困らせては駄目。アタシが我慢すれば良いだけのこと。我慢すれば……。
「ヴィルくん、今晩は時間ある?」
「今晩?」
「早寝早起きの君に夜更かしの提案なんて気が引けるんだけど、年越しの瞬間は一緒にいたくて。無理なら断ってくれても大丈夫」
さっきまでの笑い方と違う寂しそうな顔にまた衝撃を受けてしまった。寂しいのはアタシだけじゃない。この子だってきっと同じなんだわ。アタシのこと大好きだっていつも言ってくれてる。
「何時間でも作るわ。アンタと一緒にいたい」
ケイトはぱっと明るい表情に変わって「連絡する!」と言いながらアタシの後方へと走ってゆく。きょろきょろしながら弟の姿を探していた女たちの前でピタッと止まると、彼女らはケイトにデコピンしたり小突いたりした。
「ふふ、仲良しな姉弟ね」
アタシは再び灰色の街を歩き出す。足元は彼の面影を追うような少し暗いオレンジ色の革のブーツ。アフタヌーンティーの時間を煮詰めたみたいな残り香を少し吸って、今夜はどの靴を履こうかしらって、軽いスキップをしながら自宅に並ぶ紫の靴を頭に思い浮かべた。
