ヴィルケイss
パチっと音が鳴って「きゃっ」と小さな悲鳴を上げながら手を引っ込めたヴィルくんと目が合って三秒。澄んだ紫の宝石のような目は信じられないものを見るそれだった。
「ヴィルくんが会ってくれないんだけど〜」
「ついに破局か」
オレが頬杖をつきながら不貞腐れると向かいに座っていたトレイは何の気なしに返答した。今はハーツラビュルのキッチンでお菓子が焼けるのを待っている最中。オーブンの中からタルトタタンのカラメルとバターが香る。待ち時間に暇だからと話し始めたオレたちだったが、オレの脳内は最近その姿を視界に収めていない恋人が占拠していて親友との談話どころじゃなかった。あっ、トレイとの会話がつまらないってことじゃないんだけどさ。
「ついにって何だよー」
「お前ずっと『オレじゃヴィルくんと釣り合わないよね』とか『あんなにかっこいい人が付き合ってくれるなんて奇跡』みたいなこと言ってただろ」
「……オレそんなにイタイ奴だった?」
「そうだな」
「それは、本当にダメなのかもなぁ」
想像だにしなかった指摘を受けてへこんだ。さすがにウザいよね。そんな構ってちゃんが四六時中一緒に居たら胃に穴が空くかも。
トレイは真顔だった。本気でそう思ってるって表情だ。元よりこいつはわざわざ嘘を付くような性格でもない。
「今後は気を付ける」
「今後があればな」
「結構言うよねー。傷付く」
「言ってやるのが親切かと思ってな。俺も良かれで人を駄目にするタイプだとお前の恋人に指摘されてる。教えてやったほうが吉とみた」
「それはどーも」
ただの暇つぶしだしとりわけ話題があるわけでもない。話に飽きたらスマホでゲームをしたり本を読んだり課題をやったり、過去にはそんな時間の使い方をしてきたのに今日はやけに空気が重い。
「はー、ごめん。十分くらい歩いてくる」
「焼き上がりには戻ってきてくれよ?」
「はいはーい」
何でヴィルくんの相手がオレなんだ?って幾度も思う。
思い出せる初恋はヴィルくんで、新しい一面を知っては何度も何度も惚れ直した。溢れんばかりの想いが決壊して告白すると、その想いは意外なことに受け入れられて、付き合って一年半経つ。学生にしては結構長いんじゃない?なんて。
ヴィルくんのことを好きな人は沢山いる。その中の一人が平々凡々なオレで、見た目はそこそこ良いんじゃないかと思うけど、それもヴィルくんに比べたら月とスッポン。釣り合いは取れてないよね。
気質も違うし、趣味も違う。共通の話題も殆どない。だって君に話を合わせるために美容や健康、学業のことだって必死で勉強してるから。知識を詰め込んで話についていこうとしてる。
リリアちゃんとかイデアくんの方が話しやすいし気軽、トレイだったらぶっちゃけパンイチで歩いてても問題ない。友達とプール行くような感覚だし。
ヴィルくんは特別だから、あの日の君の顔が忘れられない。
多分だけど髪の毛に触れようとして静電気がおきたんだよね?ヘアケアしてないって呆れたんだと思う。そう!最近サボってたんだ。テスト近くて美容を疎かにしてた。ヴィルくんはサボらない人だって知ってたくせに。そこから約三週間顔を合わせてない。姿も殆ど見てないんだ。
第三者からしたら、たったそれだけのことって思われるかもしれない。たったそれだけのことで、きっと多くの取り繕いがバレてしまったんだ。
あーーー、いっそ本音をぶちまけてやろうかな?こんなオレだけど愛せよ!ってスケボーの技でも決めてみる?
いやいや、ないない。唖然としたヴィルくんの顔が目に浮かぶ。
気を紛らわせるために風に当たりたくて寮舎の外に出て薔薇の生垣の迷路の外側を歩いていると、オレは突然肩を掴まれて後ろに引っ張られ振り向かせられた。何が起きているのか理解するよりも先に自分よりも遥かに強い力でぎゅっと抱き込まれる。オレの頬に当たるポムフィオーレの寮章の刺繍。シャンパンからラベンダーの色へ変わる毛先、表情が読み取れないのにバサッと長い睫毛が視界に入り、抱き締めてきた相手をヴィルくんだと断定して身を預けた。
「ケイト!」
「えーっと……なに?」
「よかった。誰かに危害は加えられてないわね?」
「危害?」
ぱっと離れたかと思いきや、返事を待つことなくペタペタとオレの体を触りながら何かを確認した後、ヴィルくんはもう一度強く抱き締めてくる。
「アンタ監視の魔法を掛けられてたのよ。防衛魔法との組み合わせみたいな感じになっていて、ケイトがストーカー魔法掛けられてるってルークが教えてくれたの」
「ストーカー……?」
どうやらオレには『触ると攻撃とみなして防御魔法で反射する』っていう魔法が掛けられてたようで、約三週間前、ヴィルくんはオレに触ろうとして誰だか知らない人に手を弾かれるみたいに防御されたらしい。それに驚愕し、目を見開いたと。元々はレオナくんが気付いてくれたみたいで、それをルークくんが聞いて、ヴィルくんに伝えたらしい。
いやオレにも教えてくれて良くない?
トレイも知ってたでしょこれ?ルークくんから部活中に聞いてたんでしょ?
「アンタはどうにも無防備だから防御するためにプレゼントを持ってきたのよ。もうすぐ誕生日だし、これをあげるわ」
「ボディクリーム?」
「全身に塗るとバリアが出来るわよ」
「えっかっこいい」
「毎日塗りなさいね。なくなったらまた新しく作るから」
ポンプ式のボトルに木の絵が描いてあるそれをワンプッシュだけ出してみる。森の奥の豊かな木々の落ち着く香りがした。
「ありがとね、ヴィルくん」
「トレイに聞いたわよ。交際の破局を納得してたみたいね」
「あー、そうね。仕方ないのかもって」
「アンタは本当に無防備なアホね」
「な!?」
「毎日かかさずにこれを使って毎日思い出して。アタシに守られてることを」
花笑むヴィルくんは本当に綺麗で眩しくてオレは思わず顔を両手で覆った。手の中に充満した木の香りは、まるで気落ちした時に頭を撫でてくれるヴィルくんのように優しかった。
ケイトがタルトタタンのことを思い出し、ヴィルに背を向けて駆けていく。ケイトの姿が完全に見えなくなった後、ヴィルの背後から突如金髪の狩人が現れ自らの寮長に声を掛けた。
「ヴィル、キミは本当に悪い人だ」
「どこがかしら?」
「魔法の解呪と防御魔法で良かったはずなのに、束縛の魔法で打ち消しているのだろう?」
「そんな魔法あるかしら?」
「キミの得意な薬草学は歴史が深いし、古代呪文に詳しいレオナくんと仲が良いヴィルなら当然知っているだろう?古くは拷問に使われた緊縛の魔法と、心を操る魔法の応用が確か数十年前に……」
「あまりおしゃべりが過ぎると鉄製の仮面をプレゼントする羽目になるから注意して、ルーク」
「オーララ……肝に銘じるよ」
「ヴィルくんが会ってくれないんだけど〜」
「ついに破局か」
オレが頬杖をつきながら不貞腐れると向かいに座っていたトレイは何の気なしに返答した。今はハーツラビュルのキッチンでお菓子が焼けるのを待っている最中。オーブンの中からタルトタタンのカラメルとバターが香る。待ち時間に暇だからと話し始めたオレたちだったが、オレの脳内は最近その姿を視界に収めていない恋人が占拠していて親友との談話どころじゃなかった。あっ、トレイとの会話がつまらないってことじゃないんだけどさ。
「ついにって何だよー」
「お前ずっと『オレじゃヴィルくんと釣り合わないよね』とか『あんなにかっこいい人が付き合ってくれるなんて奇跡』みたいなこと言ってただろ」
「……オレそんなにイタイ奴だった?」
「そうだな」
「それは、本当にダメなのかもなぁ」
想像だにしなかった指摘を受けてへこんだ。さすがにウザいよね。そんな構ってちゃんが四六時中一緒に居たら胃に穴が空くかも。
トレイは真顔だった。本気でそう思ってるって表情だ。元よりこいつはわざわざ嘘を付くような性格でもない。
「今後は気を付ける」
「今後があればな」
「結構言うよねー。傷付く」
「言ってやるのが親切かと思ってな。俺も良かれで人を駄目にするタイプだとお前の恋人に指摘されてる。教えてやったほうが吉とみた」
「それはどーも」
ただの暇つぶしだしとりわけ話題があるわけでもない。話に飽きたらスマホでゲームをしたり本を読んだり課題をやったり、過去にはそんな時間の使い方をしてきたのに今日はやけに空気が重い。
「はー、ごめん。十分くらい歩いてくる」
「焼き上がりには戻ってきてくれよ?」
「はいはーい」
何でヴィルくんの相手がオレなんだ?って幾度も思う。
思い出せる初恋はヴィルくんで、新しい一面を知っては何度も何度も惚れ直した。溢れんばかりの想いが決壊して告白すると、その想いは意外なことに受け入れられて、付き合って一年半経つ。学生にしては結構長いんじゃない?なんて。
ヴィルくんのことを好きな人は沢山いる。その中の一人が平々凡々なオレで、見た目はそこそこ良いんじゃないかと思うけど、それもヴィルくんに比べたら月とスッポン。釣り合いは取れてないよね。
気質も違うし、趣味も違う。共通の話題も殆どない。だって君に話を合わせるために美容や健康、学業のことだって必死で勉強してるから。知識を詰め込んで話についていこうとしてる。
リリアちゃんとかイデアくんの方が話しやすいし気軽、トレイだったらぶっちゃけパンイチで歩いてても問題ない。友達とプール行くような感覚だし。
ヴィルくんは特別だから、あの日の君の顔が忘れられない。
多分だけど髪の毛に触れようとして静電気がおきたんだよね?ヘアケアしてないって呆れたんだと思う。そう!最近サボってたんだ。テスト近くて美容を疎かにしてた。ヴィルくんはサボらない人だって知ってたくせに。そこから約三週間顔を合わせてない。姿も殆ど見てないんだ。
第三者からしたら、たったそれだけのことって思われるかもしれない。たったそれだけのことで、きっと多くの取り繕いがバレてしまったんだ。
あーーー、いっそ本音をぶちまけてやろうかな?こんなオレだけど愛せよ!ってスケボーの技でも決めてみる?
いやいや、ないない。唖然としたヴィルくんの顔が目に浮かぶ。
気を紛らわせるために風に当たりたくて寮舎の外に出て薔薇の生垣の迷路の外側を歩いていると、オレは突然肩を掴まれて後ろに引っ張られ振り向かせられた。何が起きているのか理解するよりも先に自分よりも遥かに強い力でぎゅっと抱き込まれる。オレの頬に当たるポムフィオーレの寮章の刺繍。シャンパンからラベンダーの色へ変わる毛先、表情が読み取れないのにバサッと長い睫毛が視界に入り、抱き締めてきた相手をヴィルくんだと断定して身を預けた。
「ケイト!」
「えーっと……なに?」
「よかった。誰かに危害は加えられてないわね?」
「危害?」
ぱっと離れたかと思いきや、返事を待つことなくペタペタとオレの体を触りながら何かを確認した後、ヴィルくんはもう一度強く抱き締めてくる。
「アンタ監視の魔法を掛けられてたのよ。防衛魔法との組み合わせみたいな感じになっていて、ケイトがストーカー魔法掛けられてるってルークが教えてくれたの」
「ストーカー……?」
どうやらオレには『触ると攻撃とみなして防御魔法で反射する』っていう魔法が掛けられてたようで、約三週間前、ヴィルくんはオレに触ろうとして誰だか知らない人に手を弾かれるみたいに防御されたらしい。それに驚愕し、目を見開いたと。元々はレオナくんが気付いてくれたみたいで、それをルークくんが聞いて、ヴィルくんに伝えたらしい。
いやオレにも教えてくれて良くない?
トレイも知ってたでしょこれ?ルークくんから部活中に聞いてたんでしょ?
「アンタはどうにも無防備だから防御するためにプレゼントを持ってきたのよ。もうすぐ誕生日だし、これをあげるわ」
「ボディクリーム?」
「全身に塗るとバリアが出来るわよ」
「えっかっこいい」
「毎日塗りなさいね。なくなったらまた新しく作るから」
ポンプ式のボトルに木の絵が描いてあるそれをワンプッシュだけ出してみる。森の奥の豊かな木々の落ち着く香りがした。
「ありがとね、ヴィルくん」
「トレイに聞いたわよ。交際の破局を納得してたみたいね」
「あー、そうね。仕方ないのかもって」
「アンタは本当に無防備なアホね」
「な!?」
「毎日かかさずにこれを使って毎日思い出して。アタシに守られてることを」
花笑むヴィルくんは本当に綺麗で眩しくてオレは思わず顔を両手で覆った。手の中に充満した木の香りは、まるで気落ちした時に頭を撫でてくれるヴィルくんのように優しかった。
ケイトがタルトタタンのことを思い出し、ヴィルに背を向けて駆けていく。ケイトの姿が完全に見えなくなった後、ヴィルの背後から突如金髪の狩人が現れ自らの寮長に声を掛けた。
「ヴィル、キミは本当に悪い人だ」
「どこがかしら?」
「魔法の解呪と防御魔法で良かったはずなのに、束縛の魔法で打ち消しているのだろう?」
「そんな魔法あるかしら?」
「キミの得意な薬草学は歴史が深いし、古代呪文に詳しいレオナくんと仲が良いヴィルなら当然知っているだろう?古くは拷問に使われた緊縛の魔法と、心を操る魔法の応用が確か数十年前に……」
「あまりおしゃべりが過ぎると鉄製の仮面をプレゼントする羽目になるから注意して、ルーク」
「オーララ……肝に銘じるよ」
