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ヴィルケイss

香りに敏感なヴィルくんのことだから仕方ないって思うんだけど、プレゼントしたものがあまり使われてないって気付いた時少し悲しくなる。好みもあるから責められる筈もないし、ましてやこっちが勝手にプレゼントしたわけだから余計に言えるわけない。
去年オレがヴィルくんの誕生日にあげたアロマオイル、どうやら殆ど使ってないみたい。
ヴィルくんの部屋に行けばドレッサーの一番目立つ場所に置いてあるのが見えるんだけど、部屋であの香りがしたことはほんの二、三度だけ。気に入らなかったかな?とか聞くのも申し訳なくて、ずっともやもやしてる。だってオレだって誰かから誕生日に貰ったのに使わずに放ったらかしてる物がそこそこの数あるから。そんな数ある物の中の一つになってしまっただけ。何も悲しむ必要はない。
ない……けど、もやもやはするし、今年の誕生日は何をあげようって頭を悩ませることはある。香りにうるさいヴィルくんにはきっとそういった物以外が良かったんだよなって思いながら、オレは来る日も来る日も雑誌を捲ってプレゼントを探してた。

新緑の匂いを運ぶ強風吹き荒れる音と巻き上がる砂粒を窓に受けながら、相反する静かな談話室でケイトは監督生とソファに腰掛けていた。黒と白のストライプの柄と同じ模様の大きなリボンをつけた黒い獣が、端でクッションを独占して眠る。
「ケイト先輩、今年はヴィル先輩の誕生日に何あげるんですか?」
ケイトは例によってオンボロ寮の監督生の横でヴィルへのプレゼントを探していた。もう幾度となくこの光景を目にしてきた監督生にとってはケイトが悶々とした状態になっていることが珍しくないのか、平然とした顔でクリームソーダをストローで啜りながら問う。勿論彼は心内も何も感じていない。クリームソーダはケイトにも勧められたが、甘いのはちょっと……と拒絶し、持参したマグボトルに手を伸ばす。サイドテーブルに置かれたその中身はディンブラ・テ・オレ。濃い目に煮出してミルクは多めに、砂糖は無し。今日はそんな気分で淹れた紅茶を、ぐいっとボトルの半分以上飲むと、ケイトは溜息混じりに返した。
「決まってない」

思えばケイトは監督生には色々世話を掛けてきた。ヴィルの誕生日にファッションショーがやりたいと言って巻き込んだこともあったし、バレンタインデーには一緒にチョコレートを掛けたドーナツ作りを手伝わせたりしたもので、ケイト自身よく彼に刺されたり嫌な顔をされないなと感心していた。非常に助かってはいるが、ホリデー期間の今の時期にわざわざ他寮の生徒を招いてくれるなど、いい人過ぎる気もして心配が勝る。
「ねぇ、学園長に怒られないかな?」
「何でです?」
「いや、気にしてないなら良いんだけどね。ところで、監督生ちゃんは学園長の誕生日は何をあげるの?」
「その質問……前もされた気がします」
監督生は実名を『ゆう』というらしいが、その名を呼ぶと睨まれる程に溺愛が過ぎるカラスと交際をしている。ケイト休みの日にこんなところに居ては嫉妬などされないかと案じたが、当の本人は全く気にしてはいなかった。
生徒の殆どからとんでもなく大きなカラスを手懐けるブリーダーだとか、何とかモンスターマスターだとか言われているが監督生は満更でもないようで、「俺のカラス可愛いでしょ」だなどと冗談を言ったりもした。周りに隠すことなく交際する二人に、ケイトもまたヴィルとのことを隠してはいなかったので、今回のように何か煮詰まっては監督生の元に赴くのだが、それは監督生が妙に落ち着いていたり敏かったりでケイトとしては丁度よい距離感で相談出来るからだ。
現に同じ相談を以前もしており、監督生もまたそれに気付いて苦笑した。
「誕生日は毎年来るんだから毎年聞いたって良いじゃん」
「うーん……前も答えましたけど、カラスなんでビー玉は喜ぶと思うんですよね。光り物好きなんで去年はグリムと一緒にシーグラス集めて写真立て作りました。つなぎ合わせるのはエペルがハンダ持ってるっていうから借りて、ステンドグラスみたいにして、材料費ほぼ0円の安上がり……素敵なプレゼントが出来ましたよ!」
ハンダなんて何故持っているのかと顔を顰めたケイトは以前マレウスの玩具を直したというデュースが「ハンドドリルやハンダくらい普通の男子は持ってますよね?」いうきょとんとした顔で言い放った言葉を思い出した。性質の近いデュースとエペルのことだからやはり持っているのだろうと一応は納得する。それよりもヴィルへのプレゼントを考えなくては。
「前にあげたアロマオイル、使ってないみたいなんだよね」
「……ファッションショーでプレゼントした簪とかはどうなんですか?」
「鍵付きのジュエリーボックスに仕舞われてる。普段使いなんてしないだろうし、それは良いんだよ。だから普段使いやすいものって考えてアロマオイルもあげたのに……気に入らなかったのかな」
「ケイト先輩は外せないブレスレットを常に着けてるのにフェアじゃないですね」
「そう!これ金具壊れちゃったらしくて外せないの……ヴィルくんには言えないんだけど。あ!絶対に言わないでね!?……え、でも何で知ってるの?」
「……ノーコメントで」
ケイトの手首には希少な魔法石をあしらったプレートブレスレットが今も輝いている。一本200万マドルする限定品だけあって高級な素材しか使われていない。ケイトはそんなブレスレットの留め具を自身が壊したと思っているようだが、ヴィルが外れないように魔法を掛けている。そしてその助言をしたのが監督生だった。
不思議そうに自身の手首にはまるブレスレットを眺めていたケイトからさっと視線を外した監督生はおよそ一年前の記憶を掘り起こす。
「またファッションショーみたいなイベントをやればいいのではないでしょうか?」
「誕生日は二人きりで過ごしたいって去年のうちに言われちゃったからイベントは駄目なんだ。その日はヴィルくんのことを一番に考えて他の人の話題は出さない、ヴィルくんだけに笑い掛ける、それが決定事項」
「はぁ……面倒くさい彼氏ですね」
頑張って叶える必要もなく二人きりで居れば常日頃からそうであるケイトに、わざわざ釘を刺すように約束させた溺愛執着彼氏ヴィルのそんなこと当然だと言わんばかりの美麗な微笑みを思い浮かべて、監督生は不快だと口をひん曲げた。そしてふと考える。あの全ての種族に厳しいと見せかけたケイト第一主義の先輩が、アロマオイルが気に入らないといって使わないということがあるだろうか、と。ヴィルは香水も自分で調香する程に香りに敏感である。彼の部屋か寮内には調香師の使うようなオルガンがミニチュアだとしてもある筈だと監督生は気付く。だとすれば当然アロマオイルだってかなりの数ある筈だ。実際にヴィルの部屋の隣の備品室は殆ど彼の私物で埋まり、見た目は魔女の部屋かというほどの薬草で溢れているが、その三分の一のスペースは調香の為のオルガンが置かれていた。その横には手作りのスキンケア用品を作る為のグリセリンやオーガニックオイルの数々。アロマオイルも綺麗にラベリングされて香りの種類ごとに引き出しいっぱいに収納されている。
それに勘付いた監督生はにやりと笑ってクリームソーダのアイスを掬って口へ運ぶ。そしてもごもごと咀嚼しつつケイトに目を合わせた。
「多分ですけどヴィル先輩はケイト先輩のことがすっっっごく好きなだけです」
「……どういうこと?」
気恥ずかしさに頬を染めたケイトの鼻先に人差し指をさして監督生はほくそ笑む。
「いいものを用意して差し上げますよ。ケイト先輩は何もせずにただ待っていてくださいね」
にやにやと笑う下級生の笑顔の奥に「私優しいので」という台詞が聞こえてくるようで、ケイトは苦い表情で固まった。


4月8日、ヴィルの誕生日前日の夜23時半にケイトはオンボロ寮に呼び出された。前回の話し合いは監督生の不敵な笑みで終わっていたので気は進まなかったが、彼の言葉のままにケイトはヴィルへの誕生日プレゼントは何も用意せずに今日まで来ているのだ。無論全く何も準備しなかったわけではない。昨年のように気合の入ったことは何も考えていないだけで、手提げバッグには丁寧にラッピングしたプレゼントが入っている。
渋々やってきたオンボロ寮の中、指定時間に談話室に入るや否や追い剥ぎに遭遇したみたいにあれよあれよという間にパーカーとズボンを奪われ、インナーシャツとパンツのみで衝立の向こうに追いやられたケイトは何がなんだか分からずに呆然と立ち尽くす。
「は……?」
「早く着替えてください!」
「えっ!?これに?バカじゃないの!?おい、ちょっと!」
衝立で囲われた内側の椅子に畳んで置かれた服を広げてケイトは叫んだ。彼は見たことはあれど袖を通したことなどない服を前に動揺が隠せない。何故自分がこの服を着せられそうなのかも分からずに怒声を上げると、衝立の隙間から監督生の腕が伸びてきてケイトのインナーシャツを掴んで勢いよく引っ張り、遂にはパンツ一枚を残して裸に剥かれてしまう。春になったとはいえ肌寒い夜にくしゃみを一つしたところで、そろそろ服を返却して、ちゃんと説明をしてもらおうと背筋を伸ばして振り返った。
「仕上げ部隊出動!」
急な大声で呆気に取られたケイトが衝立の向こうから顔を覗かせると、真っ黒な仮面の中の金の眼と目が合う。
「がくえんちょ……!」
「はぁ、気は進まないんですがね、侑の話し相手になってくださっているようですし、力になって差し上げますよ。私、優しいので」
マントについたフサフサとした黒いカラスの羽が動いて杖が翳されると、黄色く眩い光が辺りに広がり、ケイトの体に覆い被さって纏わりついた。咄嗟に身構えてぎゅっと目を瞑ったケイトが次に目を開けた時、そこはポムフィオーレ寮のヴィルの部屋の前であった。

「えぇ!!?」
見覚えのあるドアの前に転移させられたケイトは一先ず自身の身体を探る。流石にパンツ一丁で他寮の廊下に立ってるなど不審者としか言いようがないが、腹の辺りを触ると布の感触がしたのでほっと胸を撫で下ろす。ただしその色や上質な感触に別の不安が過ぎる。ケイトは冷や汗をだらだらかいていた。このままここからダッシュで逃げれば、こんな時間にほっつき歩いているポムフィオーレ寮生は居ないだろうから、目撃されずに済むと足に力を入れた。刹那、彼は自身の纏う服の裾に足を取られ勢いよく転ぶ。
「ふぎゃ!」
猫が尻尾を踏まれた時のような声を上げて倒れた物音を聞きつけて、ヴィルが部屋のドアを開けた。
「もう、一体何?誰よこんな時間に……」
地面に伏したまま顔と身体を硬直させたケイトの姿を前にヴィルもまた目を見開いて硬直した。時が止まったかのように視線が絡む時間が続くと、それに飽いたのか、ヴィルはケイトの前にしゃがみふっと頬を緩める。
「こんなところで何をしてるの?お姫様」

ケイトは監督生と学園長によってドレスを着せられていた。それも純白のプリンセスラインのドレスである。そのドレスが意味するものなど一つしかない。おまけに胸元には大粒のアメジストが飾られたネックレスのおまけ付きで、髪は昨年と同じで長くなるように魔法が掛けられ、ふわふわのオレンジのウェーブヘアが白いドレスに模様を彩る。腰を絞る白いリボン。瞼は薄くピンクに塗られ唇も普段より血色の良い色をしており艷やかだった。
羞恥心で口をぱくぱくさせるケイトを抱えて、ヴィルは自室に戻り扉を閉めた。鍵まできちんと掛けると、抱え上げたそのまま愛しい人に唇を寄せてキスを強請る。その表情があまりに嬉しそうであったので、ケイトはおずおずと自身の唇を重ねた。
「随分と可愛い格好をしてきたのね」
「オレが用意したんじゃないもん」
「そうなの?とても似合ってるわよ」
ケイトをベッドに下ろすとヴィルもそこに乗り上げて彼に頬擦りする。動物がじゃれつくように額や鼻で恋人の体に擦りついて、仰向けの相手の背に腕を回した。首の後ろを支えると再び口付けたが今度はケイトの口内を確かめるように舌を差し込む。艶のある吐息が漏れ出て来ると、もっと欲しいと懇願する瞳を意地悪く無視してヴィルは問う。
「何故アタシの部屋の前に居たのかしら?」
「ヴィルくんの誕生日、早くお祝いしたくて」
「そうなのね。『プレゼントはオレ』ってことかしら」
「ちがっ!これはその……」
何故か矢鱈と嬉しそうに微笑むヴィルを目にして、ケイトは自分で考えて準備をしていないことに悲傷した。この笑顔を作ったのは自分ではない。そう考えるとどうにも悲しくて涙が溢れそうになる。
「どうしてそんなに悲しそうな顔をするのよ?」
「だって……オレが考えたんじゃないし、オレはいつも空回っちゃって、ヴィルくんが喜ぶこと出来なくて……」
「そんなことないわよ」
「去年もショーより一緒に居たかったって言われちゃったし、アロマオイル、全然使ってくれないし……っ」
泣くのを我慢しているのが筒抜けの声をしたケイトは堪えきれずにぽろりと涙を零した。これ以上泣くものかと意地で堪える彼をヴィルは力強く抱き締める。
「違うの……。アロマオイルは勿体なくて使えないのよ。ケイトがアタシを想って準備してくれた物なのに使ったらなくなっちゃうでしょう?」
「……そういうものだよ?」
想定外のことを言い始めたヴィルに、ケイトは目を丸くする。
「ケイトから貰ったものが無くなるのは嫌なの。例えどんな物でもよ。それにアタシがやってることもエゴでしかない。ただの独占欲なのよ。ケイトがそんな顔をする必要ないわ」
ケイトの着けるブレスレット毎、彼の手首に口付けたヴィルは上目遣いでケイトを見やる。面倒見が良いが完璧主義で時に淡白であるので男としての性欲を失くしたからオネエ言葉を話してるだなんて影で揶揄されている彼が、情欲に塗れた目でケイトをじっと見つめていた。そんな視線を浴びればケイトはひとたまりもなく、途端に恍惚の表情を浮かべる。薄く開いた口から唾液に濡れた犬歯が光っていた。
「ヴィルくん、お誕生日おめでとう。プレゼント……貰って?」
「えぇ、生涯大事にするわ」

綺麗に結われたリボンを解かれ、ドレスはシーツへと変わる。日付が九日へと変わってから、ケイトは約束通りヴィルだけのものとして一日を過ごした。


夜が明けてからヴィルに手渡したケイトが用意したプレゼントはフォトフレームだった。監督生の話を受けて、たまには一緒に写真が撮りたいと催促も込めて贈ったのだが、その願いは直ぐに聞き入れられる。裸で密着していた彼を抱き寄せて、ヴィルが自身のスマホでセルフィーを撮ったのだ。唖然とするケイトに対して、ヴィルはお茶目な少女のように心底嬉しそうに微笑んだ。
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