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ヴィルケイss

「アンタここで何してるの」
「いや、ヴィルくんこそ何してるのさ?」

まさかこんな場所で同級生、しかもオレの想い人と会うなんて思わないじゃん?

じっとりとした視線を向ける美麗な顔面から目を逸らし、この場所まで来るに至った過去をオレは思い起こした。


ハーツラビュル寮の各部屋の窓から見える青々とした木々や花が咲き乱れる世界とは裏腹に、厳冬期である二月。部屋の中だけでなくこの寮の敷地内であれば何処に居たって、季節感を忘れる暖かな春の陽気に包まれる。気紛れな妖精の影響で雪が降ることもしばしばあったが、現在はいつもの陽気に満ちているようだ。
ケイトは自室のベッドの上であぐらをかき、求人情報とにらめっこしていた。スマホで大手サイトをただスクロールしていくのだが、その目は酷く冷めている。自分の条件に合ったものがなかなか見つからないからだ。

彼はナイトレイブンカレッジを卒業後に一人暮らしをすることを夢見た。就職先はまだ決まっていなかったがとにかく家を出たいと思っている。その理由はケイトの二人の姉にあった。彼は姉達のことが嫌いではなかったが、可愛いものが好きでケイトにも時折それを強要する二人を苦手としている。出来ればあまり顔を合わせたくはない。それ故真っ先に頭に浮かんだのは家を出ることだったが、一人暮らしは物入りだ。だがケイトの実家は中流階級で、特別裕福という訳ではない。学費を出してもらっているが、卒業したら一人暮らしをしたいと口に出そうものなら自分で働いた金でやれと言われるに決まっている。
しかしケイトは直ぐにでも一人で生活をしたかった。『一人暮らし』というものに憧れていたのもある。共同生活も嫌いというわけではないがやはり完全に一人で暮らす方が彼にとっては気が楽なのだ。
そうした思いで金を貯めようと購買部のニューイヤーセールでのバイトに手を上げた訳で、それによりそこそこ稼げたのだが目標金額にはだいぶ足りなかった。だが足りないからといって普段の学園生活、学業に支障をきたす程に労働するわけにはいかない。全寮制且つ、転移装置である鏡の使用は許可がいる為、ほいほいと賢者の島の外にも行けない。
どうするのが最適なのか熟考するも、もう半月は同じことの繰り返しだ。

その時、うんうんと唸りながら絶えずスマホの上を滑っていたケイトの指がぴたりと止まった。彼の視線は求人情報ページにたまたま張り付いていた広告に注がれている。
「これじゃん!」
ケイトの指がタップしてスマホ画面いっぱいに広がったきらびやかな世界の写真と、未経験者歓迎や時給、雇用期間の表示に彼は目を輝かせる。
その広告は、とあるホストクラブのものだった。期間限定で学生アルバイトを雇ってイベントを盛り上げるという店の募集に、ケイトは食いついた。そのままエントリーページまで進み、あっという間に自身の情報を打ち込むとさっさと送信する。
「ホストかー。モストロ・ラウンジでバイトもしたことあるし、結構合ってるんじゃないかな」
ケイトはスマホの画面を消してにやりと笑うとベッドにどさりと寝転んだ。


その頃、ポムフィオーレ寮のボールルームでヴィルは寮生の一人とハゴイタの対戦をしていた。年始の購買部でのアルバイトで経験して以来すっかりハゴイタの虜となった彼は、寮生のトレーニングにこのバトルを追加したのだ。意外と全身運動になるし動体視力も鍛えられる。テニスやバドミントンと違ってネットも必要ないから準備も片付けも楽。こんな手軽な運動はそうないのだ。
このところほぼ毎日のようにバトルで体を動かす彼らは、この日は四組が距離をとってバトルしていた。白熱したラリーの後、羽を床に落としたヴィルの対戦相手は悔しそうに唇を噛んで部屋の端に寄る。そこでヴィルの携帯がけたたましく鳴った。
「煩いわね……何よ」
部屋の隅に畳んで置いた自身の上着の上に乗せたスマホの画面にはマネージャーの名前が表示されている。ヴィルはふぅと息をつくとすかさず電話に出た。
「何?」
「貴方に仕事よ。ホストクラブの」
「ホストクラブですって……?何でアタシがあんな愛憎渦巻く場所に行かなきゃならないのよ」
「お金持ちのスポンサーに顔を売る為かしらね。輝石の国で一番規模が大きくて売上の高いクラブで、バレンタインイベントがあるのよ。その初日にヴィルを招待して歌を披露してほしいって」
「歌だけ?」
「……出来ればお酌してきて」
「嫌よ。知らない女共に媚びを売るなんて絶対に嫌」
ヴィルは吐き捨てるように呟くとハゴイタバトルで滲んだ汗をタオルで拭う。声を荒げた彼に、ボールルームの視線が集まっているがそれを手を払うように見るなと指示する。
「お願いよ、ヴィル。これは貴方の為でもあるの。次に貴方が出られそうなビッグな映画の話が絡んでるのよ。監督がそのホストクラブに来るっていうから!監督の名前は貴方もよく知ってる……」
マネージャーがごねる声を聞きながら、ヴィルはじっと一点を見つめていた。窓の外、薄く積もる雪の中に生えた木の一つに赤い実が成っている。沢山の実をつける中で一つだけ染まりそこねた緑の実があった。その実にある人物の瞳の色を思い出したヴィルはそっと瞼を閉じる。

監督とのツテが出来て映画でいい役を貰ったら、あの子は喜ぶのかしら。


そもヴィルはコネが大嫌いだ。実力で役をもぎ取る方が遥かに性に合っいるのだが、今回名前の出た監督は世界に名を馳せる人物で、ヴィルにとっても雲の上の人だった。相手の気分一つで人材はどうとでもなる。ならばご機嫌はとっておいたほうが良いとヴィルは判断した。
「わかった。やるわよ」
数時間我慢すれば良い仕事だからと渋々承諾して、ヴィルは通話を切る。投げ捨てるように畳んだ服の上にスマホを落として、床に置いたハゴイタを拾った。
そして周りの寮生に圧勝していたルークの向かいに立つと、青紫のハゴイタを構えて相手を怪しい笑みで挑発し日の暮れるまでボールルームで運動をしたのだ。


そもそもの話、ケイト・ダイヤモンドはヴィル・シェーンハイトに恋をしている。それはハーツラビュル寮では有名なことで、本人は隠しているつもりなのだが、知らない者など居ない程にはケイトの態度は明確だった。
ヴィルに対しての言動は柔らかく、他の人物に時折見せる冷たさは微塵もない。それは彼がヴィルとあまり関わっていないためでもあったが、ケイトはヴィルに嫌われたくない一心で接していたことが大きな要因だった。周りから見ても分かりやすく好きだと顔に書いてある。しかしその気持ちをヴィル本人に伝えるつもりは毛頭ないらしく、卒業したらすっぱり諦めて忘れようと思っているそうだ。

一方、ヴィル・シェーンハイトはケイト・ダイヤモンドを愛している。それはポムフィオーレ寮では有名なことで、本人も隠すつもりはないらしく、問われれば躊躇なくその想いを語る。しかしその気持ちをケイト本人にはまだ伝えるつもりがないらしく、今現在はひた隠しにする。けれど、これから先の人生でケイトを隣に置きたい気持ちは大きいので卒業と同時に告白をしようと考えていた。

だが三年の既に二月になった今も両片想いの状態が続いている。周りの人間達の方がやきもきしているくらいだった。


「ヴィルくんってバレンタインはプレゼントがトラックで来るの?」
「……そうねぇ」
平日の昼休みにケイトとヴィルは教室の一番後ろの席に隣同士で座っていた。先程まで授業を受けていたのだが、それが終わっても何処か名残惜しく双方共に動けないでいる。しかしこれといって話題もなく口籠ること三分、ケイトが思い出したように会話を切り出す。
それは一週間後に控えたバレンタインデーについてだった。好きな人にプレゼントを贈る日は男子校だとしても大いに盛り上がる。普段お世話になっている人に贈り物をする絶好の機会でもあるのでこの日の為にプレゼントを用意する者も多かった。
そしてケイトはヴィルのバレンタイン事情を思い出したのだ。いつだかにネットの記事で毎年相当な量のプレゼントがヴィルには届くことを知っていたが、その真偽を尋ねた。
しかしその問い掛けにヴィルはなんとも言えない浮かない顔をして腕を組む。
「世界中から沢山届くわよ。でも食べ物は受け取らないことにしてるから、その多くが花とかファンレターとか石鹸なんかのバス用品ね。確かにトラックで事務所から自宅まで届けられたこともあるわ。でも消費しきれないから最近はスタッフに配っちゃうのよ」
「えー!?ヴィルくんが使ってくれないの!?」
「手紙はアタシが読むけれど、物は本当に消費できないの。でも寮内で貰った物に関してはアタシが使うわよ」
「ヴィルくんに見てもらいたかったらファンレターしかないんだね……」
「そうね……まさかアンタも送ってくれていた?」
ケイトの眼をじっと見入るヴィルの眼差しは真剣だった。期待の滲む表情でケイトを見やる。
「送ってないよ」
「そう……」
丁度その時、教科書を忘れた生徒が教室に入ってきたことで、明らかに落胆したヴィルの姿はケイトの目に入らなかった。ヴィルは立ち上がると「またね」と言い残して教室を後にする。あのまま会話が続いていれば昼食も共にできたのかな、と残念に思う気持ちを殺してケイトは独りごちる。
「プレゼントやファンレターなんて……送れるわけないじゃん」
好きだと伝える勇気も自信もケイトには無かった。ただ視界の中にヴィルの姿を捉えていることが幸せで、彼にとってはそれだけでも満足なのだ。
ケイトは一人残された教室で、机に差し込む暖かな日差しを求めるようにそこに突っ伏し目を閉じた。


それから一週間が過ぎ、ケイトは輝石の国のホストクラブにやってきた。学園には連休の一時帰宅を理由に外出届を提出してアルバイトの面接に来たのだ。
だだっ広い空間にこれでもかという量で下がる豪華なシャンデリア。カットされたガラスはキラキラと光を反射させて、まるで王城のような真っ白な壁や大理石の床に虹色を映す。そんなフロアの黒い革張りのソファに足を組んで座る金髪の美青年は、にこりと笑って清潔感漂う白い歯を見せた。その手にはケイトが持参した履歴書がある。
「うん、採用だよ」
目の前に座るオレンジのウェーブヘアの少年に毒気のない笑顔を向けながら履歴書をテーブルに置いた。
「名門校に通ってて成績も申し分なさそうだし、受け答えもハキハキ出来てる上に社交的で愛想もいい。ホリデー期間だけってことにはなるけど、君がここを気に入ったら卒業後も居てもいいよ」
「はは、ありがとうございます。それはまた……じっくり体験してから考えます」
「そうだね……って煩いよ!もっと静かに運べ!面接してんだから」
穏やかな表情の店長が眉を釣り上げて背後に行き交うスタッフの一人を叱りつけた。箱に入った飾りを運んでいたのだが、注意されたことで小走りをやめて早歩きに切り替える。だが、その人物だけではなく店内に居るスタッフ全員が慌ただしく動き回っている。様々な色のハートの風船や、巨大なチョコレートファウンテンの配線を弄ったりするのが見えた。
「あの……今日は何かあるんですか?」
「そうなんだ。今夜はバレンタインイベントでね、飾り付けしなきゃいけないし、色んなゲストが来るっていうからその準備に余念がないの。それにスターを呼んでるからさ、俺もその応対しなきゃで。悪いんだけどいつ来てもらうかの連絡はまたするから今日は帰ってもらって……あれ、でも今日呼んだ芸能人って確か同じ学校だったよね!?」
「同じ学校……って」
誰が来るのかと問おうとしたところで、重厚感漂う金細工の施された扉を開けてスタイルの良い人物が店内に現れた。それはチェスターコートの下にスラッとしたレザーパンツを履きこなす、世界一の美貌を称賛される少年、ヴィル・シェーンハイトだった。大きな真っ黒のサングラスを外して心底驚いた顔で固まったヴィルは、首をぶんぶんと振るとこちらも動きが固まったケイトに近付く。

「アンタここで何してるの」
「いや、ヴィルくんこそ何してるのさ?」

慌ただしく動き回っていたスタッフ達からの視線を受けながらもそれを気にも留めずに、ヴィルはケイトの横に腰掛ける。
「アタシは仕事よ。ここに呼ばれたの」
「オレも仕事……の面接」
怒りの感情を漏らすヴィルに何故怒っているのか分からないケイトは肩を縮こまらせて呟いた。ヴィルから注がれる痛い程の視線と目が合わないようにケイトは店長の方を向く。すると彼は渋い顔をして二人を見比べていた。
「もしかして仲良しなの?」
「同級生ですから面識はあります。友達……です」
その言葉でヴィルはケイトの腰掛けている座面の後ろに手をついて、ずい、と近寄る。ケイトの鼻先すれすれまで顔を近付けてそのままヴィルは間近で問うた。
「何でこんな所でバイトを?」
「お金が必要なんだ」
「何の為に?」
「卒業後に一人暮らし……する為」
「そう……」
眉を顰めて頷いたヴィルはケイトの手首を握り立ち上がると、腕を引き歩き出した。他の者には一瞥もくれず一直線に出入り口に進む。
「店長さん、悪いけどケイトの採用は無しよ。他を当たって頂戴」

振り向くことなく歩き続けるヴィルの背中を小走りで追うケイトは、彼の発言の意図が分からずに前行く美丈夫の背中をバシバシ叩く。折角割のいいバイトにありつけたと思ったのに水の泡だ。ケイトは憤りすら感じている。
そんなケイトの心を知ってか知らずか、ただ無言で手を引いていたヴィルが、川沿いの歩道に足を踏み入れてやっと振り向く。ケイトはすかさず文句を言ってやろうとヴィルに人差し指を突き付けたが、そこで相手の表情が曇ってることに初めて気が付いた。
「……どうしたの?」
「嫌なのよ。ケイトが他の男…女にも愛想を振り撒くのが」
握った手は離されていない。そこからじわりと熱を帯びていくのをケイトは感じていた。
「好きなのよ、ケイトのことが。購買部で働くことさえひやひやしていたのに……ホストクラブなんかでバイトをしないで!」

泣きそうな顔で懇願するヴィルの手がケイトから離れ、ポケットからキーケースを取り出した。黒いモノグラムのハイブランドのケースを開き金具から鍵を外すと、ケイトの手を引き寄せる。撫でて開かせた手のひらの上に乗せたのはどう見ても部屋の鍵だ。どこの部屋なのか、ヴィルのケースの中には三つしか収められていなかった鍵を思うと、少し推理すれば誰でも分かりそうなものだったが、ケイトは気が動転しているのか明確な答えが欲しいのか口を開く。
「これ……なんの鍵…」
「輝石の国の首都にあるアタシの一人暮らしの部屋の鍵。あげるわ。部屋が一つ余ってるの」
「何で、その鍵をくれるのさ……。卒業したらオレたちは学友とか同級生でもなくなるのに」
「聞いてたでしょう!?友達じゃ嫌なのよ。アンタが出迎えるのはアタシだけであってほしい。アタシのことをそういう目で見られなくても、これから先の未来で好きになってほしい……愛してるのよ」

ケイトの目を真っ直ぐに見つめるアメジストのような瞳が鋭く輝いていた。クラブの中にあったシャンデリアよりもずっと眩く光るそこからケイトは目が離せない。
背後を流れる川の水面よりも頭上で照りつける太陽よりも、明るく眩しく意志が灯る瞳の熱量にのぼせたように頭がくらくらとしていた。
「不思議。ヴィルくんがオレに真剣に告白してるなんて」
ケイトはヴィルに抱き着いた。ボタンを留めていなかったグレーのチェスターコートの内側に手を差し入れて、ヴィルの腰に腕を回す。そしてケイトは目を丸くする美麗な顔面を見上げて隙だらけの唇を軽く啄んだ。
「嬉しい。オレもヴィルくんが大好き!」

ふわふわと風に舞うオレンジの髪を掻き集めるようにケイトの後頭部を包み、ヴィルは彼を抱き締める。ぴたりと合わさった場所から温もりがじわじわと伝わることに二人は頬を緩めた。


「あー良かった!ヴィルまで戻って来なかったらどうしようかと思ったよ〜」
二人がクラブまで戻ると、店長は巨大なチョコレートファウンテンに竹串に刺したバウムクーヘンを突っ込んでいた。一口大にカットした物をチョコレートの滝に潜らせては自分の口に運ぶ。空いた手には苺やキウイなどのフルーツが乗った皿を持っていたが、彼はひたすら焼き菓子にがっついていた。
「それでー?ケイトくんのバイトは無しなのね」
ばつが悪そうなケイトの代わりに、ヴィルは恋人の肩を引き寄せて口を開く。
「すみません」
「え?ヴィル、君が謝るんだ?……まぁいいさ。今日歌う歌をもう一曲追加してもらえばいい話だし」
「……わかりました」
堂々とした姿でなく項垂れるヴィルの姿の珍しさに、ケイトはにまりと笑うとスマホのカメラを向ける。
「一枚いーい?」
「ダメ。それは付き合ってもダメよ」
「ケチー」
仲睦まじい二人の様子を見て店長はバウムクーヘンに刺した竹串をそれぞれの胸ポケットに差し込んだ。二人共に左の胸に一口大のバウムクーヘンの花が咲く。
「俺からバレンタインプレゼント。そいつみたいに何層も何層も愛を重ねて味のある人生を歩みなよ、若者達」

店長はウインクをするとテーブルに皿を置いて次の準備に取り掛かる。ヴィルとケイトは顔を見合わせてはにかむと、プレゼントのお返しにと開店準備の手伝いの為に、床に散らばっていた風船に手を伸ばした。
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