旅立ち
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桜花のみぎり、
漸く甲斐にも暖かな陽が舞い込み
木々や草花を照らしだす季節が戻ってきた頃
それは突然訪れた。
目の前にポツリと伏し目がちに座る我が娘を見やる。
今は亡き妻の面影を一心に映した姿に、真新しい白無垢。
そして帯の袂には儚げに添えられた武田を表すかの様な赤い花。
それと同じ赤い紅が塗られた唇から、
やはり姿に違わぬ声音で父である自分への拝謝の念が述べられる。
「父上、高坂…今まで大変御世話になりました。」
深々と礼をする立派に成長を遂げた姿を見て、
娘が嫁ぐ、という事が現実味を帯びて自身にのし掛かった。
嗚呼、この子は今まで幸せであったのだろうか。
そして此より先、嫁した先で幸せに生きて行けるのであろうか。
政略婚を強いられた我が母の様に不遇な人生を遂げやしないだろうか、と。
その様な事を考えていれば、隣に控えていた高坂が
労うかの様に優しく声を発するのが聞こえた。
「由諏姫様、浅井家掛かり合いの殿方に嫁いでも貴女様の御家は武田で御座います。…便りをこの高坂、心よりお待ち申しております。」
「高坂……お心遣い傷み入ります。」
「貴女様の御父上であらせられる若様も…同じ御気持ちで御座いますよ。」
そう告げられ深く頷いた後、
謝罪の心を静かに娘へと紡いだ。
「…由諏、最後の最後まで幸せにしてやれず申し訳ない。」
実母である遠山に"姫は要らぬ"と忌み虐げられた事、
我が武田の血と妻の織田の血の因縁にて苦悩したであろう事、
…そして今回、織田包囲網にて我が父武田信玄の決めた浅井家と
の同盟収束にて政略結婚を成さなければならなくなった事。
深々と頭を下げて詫びれば、娘は目を見開いた後
次第に穏やかな表情になり頭を左右に緩く振ってこう述べた。
「およし下さい、父上。私は武田に産まれ、父上の子として産まれた事に誇りを持っておりますし、幸せに御座いました。」
「それに此度の"藤堂高虎"様という方との御縁談は父上の御眼鏡に適った殿方で御座いましょう?…なればその様な方と御縁を持てる私はこの国一の果報者で御座います。」
「………そうか、ではあちらに嫁してお前が今以上心より幸せになる様、父はこの甲斐から切に祈ろう。…それと父より祝いの品だ。」
紅葉、あれを此方に。と伝えれば、
我が娘お付きの侍女は直ぐに仕立ての良い、"曼珠沙華"の模様が
金糸で施された紅色の着物を伴い由諏へと献上をした。
「…まぁ、とても素敵な御着物で御座います…!」
「"花は葉を思い、葉は花を思う"。この曼珠沙華の着物を見る度に思い出し、どうかこの言葉を忘れないで欲しい。」
「花は…葉を思い、葉は花を思う…。」
ふと思案の仕草を見せた娘だが、直ぐに
その言葉、心に刻みまして御座います。と礼をした。
聡い娘だから恐らく父が"何かを"伝える為に
述べた言葉だという事は判っている筈。
だから父は…お前にいつか誠の意味が伝わる日が来る事を祈ろう。
…花とは我が娘であるお前自身であり、
葉とは家紋でもある菱にちなみ、我が家である武田だという事が。
お前が武田を思えば
武田の者はお前を思う
そんな意味を込めて。
旅立ち
(嗚呼…八幡の神よ、どうか我が娘に幸多き日々を…、)