悪食なもので
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【002:職場見学】
家に戻ると、リゾットさんはベッドへ荷物を置いて、椅子に腰掛け私を手招きした。朝と同じように向かいに座ると、真剣な表情で話し始める。
『オレの仕事だが・・・・・・オレはギャングだ。パッショーネ、という組織に属している』
“ギャング”“パッショーネ”
断片的に拾った単語を整理して、私は成程と頷いた。
ギャングというと、映画なんかで見る麻薬を捌き葉巻を吸って、銃撃戦をしているあれだろうか。リゾットさんの常人ならざる雰囲気やお金がなさそうであるのも納得だ。
『お前を誘拐した奴らは、パッショーネの縄張りで勝手に商売していた連中だ。奴らを始末するのが、オレの任務だったんだが・・・・・・お前がそれを実行した後だった』
とてもゆっくり、一音一音ハッキリと発音してくれているのがわかる。わかるが内容は全然ちんぷんかんぷんだった。それが顔に出ていたのだろう、リゾットさんが途中で口を噤んだ。
『難しかったか・・・・・・』
とっても。答える代わりにコクリと頷いたら、リゾットさんは困ったように黙り込んだ。部屋がシンと静まり返り、外を走る車の音や犬の鳴き声が聞こえてくる。
『少し待ってろ』
そう言ってリゾットさんは立ち上がり、棚から手帳みたいなものとペンを持ってきた。文字に興す作戦か。読める気がしないぜ。
しかし彼は私の予想を遥かに凌駕してみせた。
『これがオレたち、パッショーネの暗殺チームだ。で、こっちがおまえが殺した誘拐犯たち。オレはこいつらを追ってて、お前を見付けた』
「お、おおう・・・・・・」
まさかの図解だった。フードに黒目で描かれたリゾットさん、誘拐犯らしき三人組と、私とシェフ。シェフの絵がすごく可愛い。
つまり、リゾットさんはパッショーネというギャングで、その中のヒットマン・・・・・・暗殺チーム?に身を置いている、と。
『わかったか?』
『多分。リゾット、幽波紋持ってる?』
『ああ、持っている』
『どんな?』
『見せてはやれないが・・・・・・こういう奴らで、オレの体内にいる』
「かわいい・・・・・・」
ムーミンに出てくるニョロニョロをダークにした感じの絵が手帳に増えた。鳴き声も付いてる。可愛い。
『これからオレのチームのアジトへ向かう』
私だと思われる絵と、リゾットさんの絵、それを丸で囲んで暗殺チームの所へ矢印を引き、下に「GO」と描く。
『わたし、死ぬ?殺す?』
『死なないし、殺させない。名前以外は言わなくていい』
リゾットさんはテーブルを回り込んで私の横に膝を着くと、ギュッと強く手を握ってくれた。
彼は私のことをじっと見上げて、一言一言ゆっくりハッキリと発音して、『わかったか?』ときいた。それに頷き返して、彼の手を握る。
『私、リゾットといる』
『・・・・・・ああ』
リゾットさんは私のパーカーについてるフードを被らせ、手を繋いだまま家を出た。向かう先はアジト、というやつなんだろう。やっぱり仄暗い地下とかなのかな。入口には強面のガードマンがいて、入るには合言葉がいる、とか。
緊張からかジワジワと手に汗が滲む。
つ、と彼を見上げてみる。私よりはるか上にある彼の表情はよく見えない。
ついた先はごく普通の建物だった。貸ビルなのかよくは分からないけど、いくつか隣接して建っている建物の一つがアジトとなっているらしい。
リゾットさんが扉を三回、二回、三回とノックすると、少しして扉が開いた。
顔を出したのは短い青髪の男の人だ。リゾットさんを見て、それから私を見て片眉をクイッと持ち上げた。
「マージだったのかよ、お前」
「話は中に入ってからだ、ホルマジオ。揃ってるんだろう?」
「ああ、中で二人が待ってるぜ。と、初めましてちっせぇシニョリーナ。オレはホルマジオってんだ」
「ほるまじお?」
『こいつの名前だ』
『初めまして、ホルマジオ。私の名前はマヤです』
ヤンキー座りで目線を合わせてくれたホルマジオさんにガチガチの英語でそう返したら、彼はブフッと吹き出した。顔を背けて肩を震わせながら笑っている。
「クックク、こいつぁ良いなぁ、可愛いじゃあねぇか」
「勘違いしているようだから言っておくが、こいつは男だぞ」
「はぁ?そうなの?ガキってーのは見た目じゃわかんねぇからなぁ」
『行くぞ、マヤ』
『うん』
「おいおい露骨に無視すんなよ」
まだ何か言っているホルマジオさんの横を通り抜けると、彼は英語で話し掛けてきた。
『出身は何処だ?歳は?幽波紋能力持ちって聞いたがどんなやつ?』
「矢継ぎ早に聞いてやるな、英語も拙い」
『えっと、日本人です。歳は十歳』
『十歳!でっきり六歳くらいかと思ったぜ。ちっちぇーなぁ』
『大きくなる、これから』
『あひゃひゃ、そりゃいい。こいつみたいにでっかくなれよぉ〜』
フード越しに頭を撫でながら、ホルマジオは笑った。ちょっと面倒臭い人だ。それになんだか、笑ってるのに笑ってる感じがしない。
薄暗い廊下を歩いて、突き当たりにあった扉を通ると、更に薄暗い部屋だった。大きな二人掛けのソファが二つと、一人掛けが二つ。それぞれ向き合うように置かれていて、部屋の中は煙草とよく分からない臭いがした。ハッキリ言っていい匂ではない。
「来たか、リゾット」
「ああ。電話で話した奴だ」
入って正面、1人掛けのソファに座っていたおじさんが値踏みでもするように私を見る。その横、二人掛けソファには金髪碧眼のイケメンという俳優みたいなお兄さんが座っていて、眉間にググッと皺を寄せて私を睨む。こわい。
「ちいせぇが小綺麗なガキじゃぁねぇか。コッチの仕事より、客取らせた方が儲かりそうだ」
「生憎と、こいつは男だ。それに折角の幽波紋能力を腐らせるのは勿体ねぇ」
「どんな能力なんだ?」
『マヤ、シェフを出せ』
『わかった』
出てこーい、と頭の中で念じると、シェフは私の隣にスゥ、と姿を表した。後ろにいるホルマジオさんがヒュウ、と口笛を吹く。
「成程、確かに幽波紋か。で?何が出来るんだ?」
「触れたものを食べ物に変えられるそうだ」
「シェフ、あれをアイスに変えて」
「なんだって?」
日本語でシェフにテーブルの上の煙草の吸殻を指差して言うと、彼は無言で灰皿に手を伸ばし、それを両手で掴みあげた。金髪のお兄さんが警戒したように腰を浮かせる。
やがてシェフの両手で捏ねられた煙草の吸殻は、美味しそうなバニラアイスへ姿を変えた。
それを見て、リゾットさん以外の三人が目を見開く。
「こいつぁすげぇ・・・・・・どうなってんだ?」
「食ってみろよ」
「いやお前、これ煙草の吸殻だぞ?」
『食べられる』
あっとリゾットさんが私を止めるより先に、アイスに指を突き刺して掬いとって口へ運ぶ。甘くてひんやり。紛うことなきアイスの味だ。スーパーカップっぽい。リゾットさんが呆れたように溜息を吐く。
「害は無さそうだな・・・・・・標的はこいつが、と言っていたが、まさか生き物にもきくのか?」
「オレが着いた時には料理とこいつしかなかった。それも、調理場なんてものがない所でな」
『人間も食ったのか?』
「おいホルマジオ、」
『食べた。美味しかった』
ニヤけた顔のまま、ホルマジオさんとおじさんの表情が凍り付く。金髪のお兄さんは眉間に皺を、額に青筋を浮かべて舌打ちをした。こわい。
「確かに暗殺向きかもな・・・・・・証拠も残らねぇ。だが言葉が喋れねぇんじゃ、話にならん」
「英語は通じるみたいだけどな、一応」
「イタリア語も組織のことも、これから仕込む。幸い、素直で扱いやすい」
「子育てしようってのかぁ?ギャングのくせによ」
「何か問題があるか?この位の歳でこの世界に入る奴だって、珍しくはねぇ」
「俺は反対だぜ。乳くせぇガキなんか囲える程、俺たちに余裕があんのか?」
金髪のお兄さんはイライラした様子で煙草に火をつけると、灰をアイスの上へ落とした。
しばらくお兄さんとリゾットさんが無言で睨み合う。
その沈黙を破ったのは、おじさんだった。
「まぁいいじゃぁねぇか。今更堅気にゃ戻せねぇんだし、放り出して野垂れ死にされんのも目覚めが悪い。利用価値があるってんなら俺は構わねぇ」
「チッ!すっとぼけたこと抜かしやがってジジイが」
「おいおい、俺は一応このチームのリーダーだぜ?仲良くやろうぜ」
「・・・・・・話は決まりだ。こいつはこのチームに入れる。イタリア語が話せるようになるまでは、入団テストは受けさせねぇ」
「ハン!勝手にしろよ」
話が着いたのか、みんなの関心が私から逸れる。どういうことに落ち着いたのだろうか、と首を傾げたら、ホルマジオさんが教えてくれた。
『ここにいていいってよ。良かったな〜』
『ここに・・・・・・えっと、名前はマヤです、よろしく』
「ハハッ可愛いもんだ。俺はエンツォだ」
「・・・・・・プロシュートだ」
「エンツォ、プロシュート、ホルマジオ」
『よしよし、中々覚えがいいじゃぁねぇか』
またもわっしわしと頭を撫でられる。どうやらホルマジオさんは頭を撫でるのが好きらしい。
「イタリア後で話せ。耳で覚えさせなきゃ意味がねぇだろ」
「つってもよぉプロシュート、全然分かんねぇんじゃぁ、しょうがねぇだろ?」
「言葉っつーのはそうやって覚えるんだぜ。おいマヤ、こっちきて座れ」
プロシュートさんがポンポン、と自分の隣を叩く。リゾットさんを振り仰ぐと、行ってこい、というように一つ頷かれた。
プロシュートさんの隣に腰掛けると、彼は煙草を揉み消して灰皿を指差した。
「いいか、これは灰皿(ポッサチーネレ)」
「ポッサチィレ?」
「ポッサチーネレ」
「ポッサチーネレ」
「そうだ。んで、これは煙草(シィガロ)」
「シィガロ」
「良い子だ」
「ぶ、ぶら・・・・・・?」
「ゆっくりでいい」
あれは、これはとプロシュートさんはイタリア語で教えてくれた。ちゃんと言えるまで何度も発音して、言えたら良くやった、と頭を撫でてくれる。私の話をしている時物凄く嫌そうな顔をしていたからてっきり子供嫌いなのかと思っていたけど、面倒見の良いタイプなのかもしれない。
『青はなんて言う?』
「青(ヴェルデ)」
「ヴェルデ」
プロシュートさんの目は綺麗な青だ。リゾットさんを振り返って、『赤は?』と聞いてみる。
「赤(ロッソ)」
「ロッソ」
私が何を聞いてるのか気付いたらしいプロシュートさんが、ホルマジオさんを指差して「緑(ヴェルドゥーラ)」と教えてくれた。エンツォさんの目は私と同じ、黒だ。
「お前の目は黒(ネエロ)だな」
「ヴェルデ、ロッソ、ヴェルドゥーラ、ネエロ・・・・・・プピィラ?」
「耳が良いな。これならそう時間は掛からねぇだろ」
プロシュートさんもホルマジオさんも、結構良い人なのかもしれない。ギャングに良いも何もないって言われそうだけど。でも、エンツォさんはこわい。私を誘拐した人達と、なんとなく似ている気がする。
「折角新しい仲間が入ったんだ、今日はお祝いしようぜ」
「おっいいな。酒買ってこようぜ」
「ジュースもな。好きな果物はなんだ?」
「フルッタ?」
『果物、だ』
『オレンジ、好き』
「アランチオーネか」
「アンチオーネ」
オレンジはアランチオーネ、と頭の中で復唱する。英単語と全然違くて、頭が疲れそうだ。
「で、買い物は誰が行くんだ?」
「ホルマジオ」
「おまえらなぁ・・・・・・」
みんなが声を揃えてホルマジオさんの名前を呼ぶ。なんの話しなんだろう。彼はやれやれ、と言うふうに後ろ髪をガシガシかいた。
「一番下っ端はプロシュートだろ」
「だから何だ」
「ふてぶてしいこの後輩・・・・・・可愛い新人を見習えよな〜」
「ガキと比べてんじゃぁねぇぞ。・・・・・・いや、いい、行ってやる」
「おっ心変わりとは珍しい」
「ただしマヤも連れて行くぜ」
名前を呼ばれて、プロシュートさんを見上げると頭にポン、と手を置かれた。さっき果物の話をしていたし、買い物に行ってこい、とか?初めてのお使い?荷が重すぎる。
「ならオレが・・・・・・」
「親鳥と雛じゃぁねぇんだぞ、リゾット。次の仕事の話でもしてな。マヤ、行くぞ、買い物だ」
「買い物?」
買い物、は英語と同じなのか。扉の方へ顎をしゃくられてついリゾットさんを見上げてしまう。すごく微妙な顔をしていた。こう、酸っぱいもの食べた時みたいな、きゅっとした顔だ。
「リゾット?」
「気を付けて行ってこい」
プロシュートの手を離すな、と英語で言って、リゾットさんは私の頭をくしゃくしゃと撫でた。彼に頷き返し、プロシュートさんの手をギュッと握る。一瞬彼から呻き声みたいなのが聞こえた気がして顔を見上げたけれど、プロシュートさんはキリリとした表情で私を見下ろしただけだった。気のせいかな。
「甘やかすなよ〜プロシュート〜」
「うるっせぇ」
手を引かれるままプロシュートさんについて行く。彼は道すがら、目に止まる様々なものを指差してはなんと言うか教えてくれた。しかし正直、全部は覚えられない。
「一回で覚えなくていい。耳が馴染んでくれば、自然と覚える」
俯きそうになった私の頭を掴んで上向かせ、プロシュートさんは腰を折って私のフードを突破らい、名前を何度も呼びながら髪をグシャグシャに掻き回した。なんだか犬になったような気分だ。
スーパーらしきお店に着くと、彼はカートを持ってきて私をカートと彼の真ん中に入れ、店内を歩き始めた。トマト、パプリカ、玉ねぎ・・・・・・とどんどん食材を入れていく。
「これはなんて言うか覚えてるか?」
プロシュートさんが、オレンジの描かれたジュースのパッケージを私に見せる。
「アランチオーネ!」
「当たり。良い子だ」
オレンジジュースをカートに入れ、更に大量の酒を買い込んで行く。プロシュートさんはほかの三人に比べると随分細身だけれど、全部は持てるんだろうか。
「欲しいもんはあるか?」
お菓子コーナーで足をとめたプロシュートさんが、私を見下ろして何か問い掛けてくる。キョロキョロと周りを見回して、私は首を振った。見たことないお菓子ばかりだし、買ってもらって食べられなかったら申し訳ない。
『アレルギーは?』
『ない』
「チョコラートは好きか?」
「チョコ?」
うん、と頷いたら、彼は棚から一つ板チョコを取って籠に入れた。買ってくれるらしい。
「えっと、あー、んー、」
「どうした、他のが良いか?」
「グラッツェ、プロシュート」
「・・・・・・おお」
キョトン、とした顔をしたあと、彼は破顔して頷いてくれた。こわいこわいと思っていたけれど、笑顔はちょっとあどけなくて、それがすごく安心した。
重い荷物は殆どプロシュートさんの腕に収まった。私は買ってもらったチョコとオレンジジュースを持って、手が空いていない彼の服の裾を掴ませてもらうことにした。
「男だってーのは無理があるよなぁ・・・・・・」
「プロシュート?」
「何でもねぇ。ああ、フードはずっと被っとけよ」
先程下ろされたフードを再び被せられ、よく分からずに首を傾げたらスタスタと歩き出されてしまったので遅れないよう慌てて小走りで追いかける。リゾットさんもそうだけど、プロシュートさんも随分と足が長くて羨ましい。
アジトへ戻る頃にはすっかり日が落ち、廊下は殆ど真っ暗だった。私は割と夜目が利く方なので、歩くくらいなら困りはしない。
荷物を抱える彼に代わって扉を開くと、部屋の中で既にお酒をあけていた三人が一斉に振り返ってきた。
「お、戻ったか。良かったな、リゾット」
「ああ」
「何の話だ」
「お前がその新人をどっかに捨ててきちまうんじゃぁねぇかって話してたとこだ」
カラカラと笑いながら話すホルマジオさんに向かって、プロシュートさんが買ってきた酒瓶を一本投げ付ける。なんなくそれをキャッチした彼は「怒んなよ、マードレ」と尚も楽しげだ。
「マードレ?」
「マードレは『お母さん』って意味だ。『お父さん』はパードレ」
「律儀に教えてんじゃぁねぇよ」
「マードレ・・・・・・パードレ・・・・・・」
お父さんとお母さん。その言葉に、目が下へ下へと降りていって床に着いてしまった。二人はどうしているだろう、私のことを探しているだろうか。
沈み込む私の背中をバン!とプロシュートさんが強く叩く。見上げると、静かな青色の瞳が私を見下ろしていた。
「俯くな」
「・・・・・・うん」
なんて言ったのか、正確には分からないけど、下を向いていてはいけない。そういうのは悪い人につけ込まれる隙になるだけだ。
「よしよし、俺がパードレ代わりになってやろうな〜」
「ハッ柄じゃぁねぇだろ」
「じゃあやっぱお前がマードレ代わりやるか?プロシュート」
「死にてぇらしいな」
「マヤ、こっちへおいで」
リゾットさんに名前を呼ばれ手招きされたので近寄ると、彼は私を持ち上げてひょいと膝の上へ乗せた。突然のことに驚いて固まってると、つまみにしていたらしいチーズを口へ運ばれる。
「リゾット?」
「あーん、だ」
「おいコイツ酔ってんぞ!」
「ぎゃははははは!おもしれぇ!カメラないのか、カメラ!」
完全に幼児扱いされている。リゾットさんからもホルマジオさんからも、強いお酒の匂いがした。助けを求めるようにプロシュートさんを見たら、厳しい顔でリゾットさんの頭を叩いて私を下ろさせてくれた。
「犬猫じゃぁねぇんだぞ、リゾットよぉ」
「わかってる」
「本当かよ・・・・・・」
「まぁまぁ。ところでよぉマヤ、お前、幽波紋の名前は決めたのか?」
『えっと・・・・・・?』
『幽波紋の名前、だ』
リゾットさんはすっかり翻訳機と化している。成程、名前か。見た目から取ってシェフ、と呼んでいるけど、それじゃぁ駄目なんだろうか。
『ホルマジオの幽波紋、名前は?』
「俺?俺のは『リトル・フィート』ってんだ」
『可愛い名前』
「ブハッ!そうかもなぁ〜」
素直な感想を述べたら、ホルマジオさん以外に微妙な顔をされた。うん、多分名前と違ってヤバい幽波紋なんだろう。知る機会がないことを願う。
しかし困った、名前か。全く思い付かない。コック、とか。シェフと大差ないな。
うーんうーん、と頭を悩ませていたら、リゾットさんがボソリと『ザ・サイレンス・オブ・ザ・ラム』と口にした。
「“羊たちの沈黙”ってか?」
「ああ」
「別に皮を剥がすとかは・・・・・・あー、そっちじゃぁねぇか」
「誘拐されたのは何も、コイツだけじゃぁねぇはずだ。他の奴らの行く末を見たとは限らんが・・・・・・」
ザ・サイレンス・オブ・ザ・ラム。な、長いな?もうちょっと短い方が有難いんだけど。
「なら、それで決まりでいいだろ。さぁ、今日は飲み明かすぞ〜!」
エンツォさんがワイングラスを乾杯するように持ち上げて、そのまま口を付けてゴクゴクと飲み込んでいく。異論を唱える間もなく、私の幽波紋名は決まってしまった。
「ザ・サイレンス・オブ・ザ・ラム」
呟いてみると、私の幽波紋がスゥ、と姿を現す。どうやら彼はこの名前が気に入ったらしい。試しに省略して「サム」と呼んでみたら、目と思しき黄色い丸が気に入らないと言いたげに細められた。中々ハッキリした意思表示をする。
「ほら、お前はこれ飲め」
「ありがとう」
プロシュートさんがグラスについでくれたオレンジジュースを受け取り、リゾットさんの隣に腰掛けてぼうっとそれを口に運んだ。ワイワイと盛り上がるみんなの話は当然ながら分からない。
日記帳を持ってくるんだったかな。今度、リゾットさんに鞄を頼もう。そんなことを考えながら飛び交うイタリア語に耳を傾けている内に、私はリゾットさんへ寄りかかって眠ってしまった。
家に戻ると、リゾットさんはベッドへ荷物を置いて、椅子に腰掛け私を手招きした。朝と同じように向かいに座ると、真剣な表情で話し始める。
『オレの仕事だが・・・・・・オレはギャングだ。パッショーネ、という組織に属している』
“ギャング”“パッショーネ”
断片的に拾った単語を整理して、私は成程と頷いた。
ギャングというと、映画なんかで見る麻薬を捌き葉巻を吸って、銃撃戦をしているあれだろうか。リゾットさんの常人ならざる雰囲気やお金がなさそうであるのも納得だ。
『お前を誘拐した奴らは、パッショーネの縄張りで勝手に商売していた連中だ。奴らを始末するのが、オレの任務だったんだが・・・・・・お前がそれを実行した後だった』
とてもゆっくり、一音一音ハッキリと発音してくれているのがわかる。わかるが内容は全然ちんぷんかんぷんだった。それが顔に出ていたのだろう、リゾットさんが途中で口を噤んだ。
『難しかったか・・・・・・』
とっても。答える代わりにコクリと頷いたら、リゾットさんは困ったように黙り込んだ。部屋がシンと静まり返り、外を走る車の音や犬の鳴き声が聞こえてくる。
『少し待ってろ』
そう言ってリゾットさんは立ち上がり、棚から手帳みたいなものとペンを持ってきた。文字に興す作戦か。読める気がしないぜ。
しかし彼は私の予想を遥かに凌駕してみせた。
『これがオレたち、パッショーネの暗殺チームだ。で、こっちがおまえが殺した誘拐犯たち。オレはこいつらを追ってて、お前を見付けた』
「お、おおう・・・・・・」
まさかの図解だった。フードに黒目で描かれたリゾットさん、誘拐犯らしき三人組と、私とシェフ。シェフの絵がすごく可愛い。
つまり、リゾットさんはパッショーネというギャングで、その中のヒットマン・・・・・・暗殺チーム?に身を置いている、と。
『わかったか?』
『多分。リゾット、幽波紋持ってる?』
『ああ、持っている』
『どんな?』
『見せてはやれないが・・・・・・こういう奴らで、オレの体内にいる』
「かわいい・・・・・・」
ムーミンに出てくるニョロニョロをダークにした感じの絵が手帳に増えた。鳴き声も付いてる。可愛い。
『これからオレのチームのアジトへ向かう』
私だと思われる絵と、リゾットさんの絵、それを丸で囲んで暗殺チームの所へ矢印を引き、下に「GO」と描く。
『わたし、死ぬ?殺す?』
『死なないし、殺させない。名前以外は言わなくていい』
リゾットさんはテーブルを回り込んで私の横に膝を着くと、ギュッと強く手を握ってくれた。
彼は私のことをじっと見上げて、一言一言ゆっくりハッキリと発音して、『わかったか?』ときいた。それに頷き返して、彼の手を握る。
『私、リゾットといる』
『・・・・・・ああ』
リゾットさんは私のパーカーについてるフードを被らせ、手を繋いだまま家を出た。向かう先はアジト、というやつなんだろう。やっぱり仄暗い地下とかなのかな。入口には強面のガードマンがいて、入るには合言葉がいる、とか。
緊張からかジワジワと手に汗が滲む。
つ、と彼を見上げてみる。私よりはるか上にある彼の表情はよく見えない。
ついた先はごく普通の建物だった。貸ビルなのかよくは分からないけど、いくつか隣接して建っている建物の一つがアジトとなっているらしい。
リゾットさんが扉を三回、二回、三回とノックすると、少しして扉が開いた。
顔を出したのは短い青髪の男の人だ。リゾットさんを見て、それから私を見て片眉をクイッと持ち上げた。
「マージだったのかよ、お前」
「話は中に入ってからだ、ホルマジオ。揃ってるんだろう?」
「ああ、中で二人が待ってるぜ。と、初めましてちっせぇシニョリーナ。オレはホルマジオってんだ」
「ほるまじお?」
『こいつの名前だ』
『初めまして、ホルマジオ。私の名前はマヤです』
ヤンキー座りで目線を合わせてくれたホルマジオさんにガチガチの英語でそう返したら、彼はブフッと吹き出した。顔を背けて肩を震わせながら笑っている。
「クックク、こいつぁ良いなぁ、可愛いじゃあねぇか」
「勘違いしているようだから言っておくが、こいつは男だぞ」
「はぁ?そうなの?ガキってーのは見た目じゃわかんねぇからなぁ」
『行くぞ、マヤ』
『うん』
「おいおい露骨に無視すんなよ」
まだ何か言っているホルマジオさんの横を通り抜けると、彼は英語で話し掛けてきた。
『出身は何処だ?歳は?幽波紋能力持ちって聞いたがどんなやつ?』
「矢継ぎ早に聞いてやるな、英語も拙い」
『えっと、日本人です。歳は十歳』
『十歳!でっきり六歳くらいかと思ったぜ。ちっちぇーなぁ』
『大きくなる、これから』
『あひゃひゃ、そりゃいい。こいつみたいにでっかくなれよぉ〜』
フード越しに頭を撫でながら、ホルマジオは笑った。ちょっと面倒臭い人だ。それになんだか、笑ってるのに笑ってる感じがしない。
薄暗い廊下を歩いて、突き当たりにあった扉を通ると、更に薄暗い部屋だった。大きな二人掛けのソファが二つと、一人掛けが二つ。それぞれ向き合うように置かれていて、部屋の中は煙草とよく分からない臭いがした。ハッキリ言っていい匂ではない。
「来たか、リゾット」
「ああ。電話で話した奴だ」
入って正面、1人掛けのソファに座っていたおじさんが値踏みでもするように私を見る。その横、二人掛けソファには金髪碧眼のイケメンという俳優みたいなお兄さんが座っていて、眉間にググッと皺を寄せて私を睨む。こわい。
「ちいせぇが小綺麗なガキじゃぁねぇか。コッチの仕事より、客取らせた方が儲かりそうだ」
「生憎と、こいつは男だ。それに折角の幽波紋能力を腐らせるのは勿体ねぇ」
「どんな能力なんだ?」
『マヤ、シェフを出せ』
『わかった』
出てこーい、と頭の中で念じると、シェフは私の隣にスゥ、と姿を表した。後ろにいるホルマジオさんがヒュウ、と口笛を吹く。
「成程、確かに幽波紋か。で?何が出来るんだ?」
「触れたものを食べ物に変えられるそうだ」
「シェフ、あれをアイスに変えて」
「なんだって?」
日本語でシェフにテーブルの上の煙草の吸殻を指差して言うと、彼は無言で灰皿に手を伸ばし、それを両手で掴みあげた。金髪のお兄さんが警戒したように腰を浮かせる。
やがてシェフの両手で捏ねられた煙草の吸殻は、美味しそうなバニラアイスへ姿を変えた。
それを見て、リゾットさん以外の三人が目を見開く。
「こいつぁすげぇ・・・・・・どうなってんだ?」
「食ってみろよ」
「いやお前、これ煙草の吸殻だぞ?」
『食べられる』
あっとリゾットさんが私を止めるより先に、アイスに指を突き刺して掬いとって口へ運ぶ。甘くてひんやり。紛うことなきアイスの味だ。スーパーカップっぽい。リゾットさんが呆れたように溜息を吐く。
「害は無さそうだな・・・・・・標的はこいつが、と言っていたが、まさか生き物にもきくのか?」
「オレが着いた時には料理とこいつしかなかった。それも、調理場なんてものがない所でな」
『人間も食ったのか?』
「おいホルマジオ、」
『食べた。美味しかった』
ニヤけた顔のまま、ホルマジオさんとおじさんの表情が凍り付く。金髪のお兄さんは眉間に皺を、額に青筋を浮かべて舌打ちをした。こわい。
「確かに暗殺向きかもな・・・・・・証拠も残らねぇ。だが言葉が喋れねぇんじゃ、話にならん」
「英語は通じるみたいだけどな、一応」
「イタリア語も組織のことも、これから仕込む。幸い、素直で扱いやすい」
「子育てしようってのかぁ?ギャングのくせによ」
「何か問題があるか?この位の歳でこの世界に入る奴だって、珍しくはねぇ」
「俺は反対だぜ。乳くせぇガキなんか囲える程、俺たちに余裕があんのか?」
金髪のお兄さんはイライラした様子で煙草に火をつけると、灰をアイスの上へ落とした。
しばらくお兄さんとリゾットさんが無言で睨み合う。
その沈黙を破ったのは、おじさんだった。
「まぁいいじゃぁねぇか。今更堅気にゃ戻せねぇんだし、放り出して野垂れ死にされんのも目覚めが悪い。利用価値があるってんなら俺は構わねぇ」
「チッ!すっとぼけたこと抜かしやがってジジイが」
「おいおい、俺は一応このチームのリーダーだぜ?仲良くやろうぜ」
「・・・・・・話は決まりだ。こいつはこのチームに入れる。イタリア語が話せるようになるまでは、入団テストは受けさせねぇ」
「ハン!勝手にしろよ」
話が着いたのか、みんなの関心が私から逸れる。どういうことに落ち着いたのだろうか、と首を傾げたら、ホルマジオさんが教えてくれた。
『ここにいていいってよ。良かったな〜』
『ここに・・・・・・えっと、名前はマヤです、よろしく』
「ハハッ可愛いもんだ。俺はエンツォだ」
「・・・・・・プロシュートだ」
「エンツォ、プロシュート、ホルマジオ」
『よしよし、中々覚えがいいじゃぁねぇか』
またもわっしわしと頭を撫でられる。どうやらホルマジオさんは頭を撫でるのが好きらしい。
「イタリア後で話せ。耳で覚えさせなきゃ意味がねぇだろ」
「つってもよぉプロシュート、全然分かんねぇんじゃぁ、しょうがねぇだろ?」
「言葉っつーのはそうやって覚えるんだぜ。おいマヤ、こっちきて座れ」
プロシュートさんがポンポン、と自分の隣を叩く。リゾットさんを振り仰ぐと、行ってこい、というように一つ頷かれた。
プロシュートさんの隣に腰掛けると、彼は煙草を揉み消して灰皿を指差した。
「いいか、これは灰皿(ポッサチーネレ)」
「ポッサチィレ?」
「ポッサチーネレ」
「ポッサチーネレ」
「そうだ。んで、これは煙草(シィガロ)」
「シィガロ」
「良い子だ」
「ぶ、ぶら・・・・・・?」
「ゆっくりでいい」
あれは、これはとプロシュートさんはイタリア語で教えてくれた。ちゃんと言えるまで何度も発音して、言えたら良くやった、と頭を撫でてくれる。私の話をしている時物凄く嫌そうな顔をしていたからてっきり子供嫌いなのかと思っていたけど、面倒見の良いタイプなのかもしれない。
『青はなんて言う?』
「青(ヴェルデ)」
「ヴェルデ」
プロシュートさんの目は綺麗な青だ。リゾットさんを振り返って、『赤は?』と聞いてみる。
「赤(ロッソ)」
「ロッソ」
私が何を聞いてるのか気付いたらしいプロシュートさんが、ホルマジオさんを指差して「緑(ヴェルドゥーラ)」と教えてくれた。エンツォさんの目は私と同じ、黒だ。
「お前の目は黒(ネエロ)だな」
「ヴェルデ、ロッソ、ヴェルドゥーラ、ネエロ・・・・・・プピィラ?」
「耳が良いな。これならそう時間は掛からねぇだろ」
プロシュートさんもホルマジオさんも、結構良い人なのかもしれない。ギャングに良いも何もないって言われそうだけど。でも、エンツォさんはこわい。私を誘拐した人達と、なんとなく似ている気がする。
「折角新しい仲間が入ったんだ、今日はお祝いしようぜ」
「おっいいな。酒買ってこようぜ」
「ジュースもな。好きな果物はなんだ?」
「フルッタ?」
『果物、だ』
『オレンジ、好き』
「アランチオーネか」
「アンチオーネ」
オレンジはアランチオーネ、と頭の中で復唱する。英単語と全然違くて、頭が疲れそうだ。
「で、買い物は誰が行くんだ?」
「ホルマジオ」
「おまえらなぁ・・・・・・」
みんなが声を揃えてホルマジオさんの名前を呼ぶ。なんの話しなんだろう。彼はやれやれ、と言うふうに後ろ髪をガシガシかいた。
「一番下っ端はプロシュートだろ」
「だから何だ」
「ふてぶてしいこの後輩・・・・・・可愛い新人を見習えよな〜」
「ガキと比べてんじゃぁねぇぞ。・・・・・・いや、いい、行ってやる」
「おっ心変わりとは珍しい」
「ただしマヤも連れて行くぜ」
名前を呼ばれて、プロシュートさんを見上げると頭にポン、と手を置かれた。さっき果物の話をしていたし、買い物に行ってこい、とか?初めてのお使い?荷が重すぎる。
「ならオレが・・・・・・」
「親鳥と雛じゃぁねぇんだぞ、リゾット。次の仕事の話でもしてな。マヤ、行くぞ、買い物だ」
「買い物?」
買い物、は英語と同じなのか。扉の方へ顎をしゃくられてついリゾットさんを見上げてしまう。すごく微妙な顔をしていた。こう、酸っぱいもの食べた時みたいな、きゅっとした顔だ。
「リゾット?」
「気を付けて行ってこい」
プロシュートの手を離すな、と英語で言って、リゾットさんは私の頭をくしゃくしゃと撫でた。彼に頷き返し、プロシュートさんの手をギュッと握る。一瞬彼から呻き声みたいなのが聞こえた気がして顔を見上げたけれど、プロシュートさんはキリリとした表情で私を見下ろしただけだった。気のせいかな。
「甘やかすなよ〜プロシュート〜」
「うるっせぇ」
手を引かれるままプロシュートさんについて行く。彼は道すがら、目に止まる様々なものを指差してはなんと言うか教えてくれた。しかし正直、全部は覚えられない。
「一回で覚えなくていい。耳が馴染んでくれば、自然と覚える」
俯きそうになった私の頭を掴んで上向かせ、プロシュートさんは腰を折って私のフードを突破らい、名前を何度も呼びながら髪をグシャグシャに掻き回した。なんだか犬になったような気分だ。
スーパーらしきお店に着くと、彼はカートを持ってきて私をカートと彼の真ん中に入れ、店内を歩き始めた。トマト、パプリカ、玉ねぎ・・・・・・とどんどん食材を入れていく。
「これはなんて言うか覚えてるか?」
プロシュートさんが、オレンジの描かれたジュースのパッケージを私に見せる。
「アランチオーネ!」
「当たり。良い子だ」
オレンジジュースをカートに入れ、更に大量の酒を買い込んで行く。プロシュートさんはほかの三人に比べると随分細身だけれど、全部は持てるんだろうか。
「欲しいもんはあるか?」
お菓子コーナーで足をとめたプロシュートさんが、私を見下ろして何か問い掛けてくる。キョロキョロと周りを見回して、私は首を振った。見たことないお菓子ばかりだし、買ってもらって食べられなかったら申し訳ない。
『アレルギーは?』
『ない』
「チョコラートは好きか?」
「チョコ?」
うん、と頷いたら、彼は棚から一つ板チョコを取って籠に入れた。買ってくれるらしい。
「えっと、あー、んー、」
「どうした、他のが良いか?」
「グラッツェ、プロシュート」
「・・・・・・おお」
キョトン、とした顔をしたあと、彼は破顔して頷いてくれた。こわいこわいと思っていたけれど、笑顔はちょっとあどけなくて、それがすごく安心した。
重い荷物は殆どプロシュートさんの腕に収まった。私は買ってもらったチョコとオレンジジュースを持って、手が空いていない彼の服の裾を掴ませてもらうことにした。
「男だってーのは無理があるよなぁ・・・・・・」
「プロシュート?」
「何でもねぇ。ああ、フードはずっと被っとけよ」
先程下ろされたフードを再び被せられ、よく分からずに首を傾げたらスタスタと歩き出されてしまったので遅れないよう慌てて小走りで追いかける。リゾットさんもそうだけど、プロシュートさんも随分と足が長くて羨ましい。
アジトへ戻る頃にはすっかり日が落ち、廊下は殆ど真っ暗だった。私は割と夜目が利く方なので、歩くくらいなら困りはしない。
荷物を抱える彼に代わって扉を開くと、部屋の中で既にお酒をあけていた三人が一斉に振り返ってきた。
「お、戻ったか。良かったな、リゾット」
「ああ」
「何の話だ」
「お前がその新人をどっかに捨ててきちまうんじゃぁねぇかって話してたとこだ」
カラカラと笑いながら話すホルマジオさんに向かって、プロシュートさんが買ってきた酒瓶を一本投げ付ける。なんなくそれをキャッチした彼は「怒んなよ、マードレ」と尚も楽しげだ。
「マードレ?」
「マードレは『お母さん』って意味だ。『お父さん』はパードレ」
「律儀に教えてんじゃぁねぇよ」
「マードレ・・・・・・パードレ・・・・・・」
お父さんとお母さん。その言葉に、目が下へ下へと降りていって床に着いてしまった。二人はどうしているだろう、私のことを探しているだろうか。
沈み込む私の背中をバン!とプロシュートさんが強く叩く。見上げると、静かな青色の瞳が私を見下ろしていた。
「俯くな」
「・・・・・・うん」
なんて言ったのか、正確には分からないけど、下を向いていてはいけない。そういうのは悪い人につけ込まれる隙になるだけだ。
「よしよし、俺がパードレ代わりになってやろうな〜」
「ハッ柄じゃぁねぇだろ」
「じゃあやっぱお前がマードレ代わりやるか?プロシュート」
「死にてぇらしいな」
「マヤ、こっちへおいで」
リゾットさんに名前を呼ばれ手招きされたので近寄ると、彼は私を持ち上げてひょいと膝の上へ乗せた。突然のことに驚いて固まってると、つまみにしていたらしいチーズを口へ運ばれる。
「リゾット?」
「あーん、だ」
「おいコイツ酔ってんぞ!」
「ぎゃははははは!おもしれぇ!カメラないのか、カメラ!」
完全に幼児扱いされている。リゾットさんからもホルマジオさんからも、強いお酒の匂いがした。助けを求めるようにプロシュートさんを見たら、厳しい顔でリゾットさんの頭を叩いて私を下ろさせてくれた。
「犬猫じゃぁねぇんだぞ、リゾットよぉ」
「わかってる」
「本当かよ・・・・・・」
「まぁまぁ。ところでよぉマヤ、お前、幽波紋の名前は決めたのか?」
『えっと・・・・・・?』
『幽波紋の名前、だ』
リゾットさんはすっかり翻訳機と化している。成程、名前か。見た目から取ってシェフ、と呼んでいるけど、それじゃぁ駄目なんだろうか。
『ホルマジオの幽波紋、名前は?』
「俺?俺のは『リトル・フィート』ってんだ」
『可愛い名前』
「ブハッ!そうかもなぁ〜」
素直な感想を述べたら、ホルマジオさん以外に微妙な顔をされた。うん、多分名前と違ってヤバい幽波紋なんだろう。知る機会がないことを願う。
しかし困った、名前か。全く思い付かない。コック、とか。シェフと大差ないな。
うーんうーん、と頭を悩ませていたら、リゾットさんがボソリと『ザ・サイレンス・オブ・ザ・ラム』と口にした。
「“羊たちの沈黙”ってか?」
「ああ」
「別に皮を剥がすとかは・・・・・・あー、そっちじゃぁねぇか」
「誘拐されたのは何も、コイツだけじゃぁねぇはずだ。他の奴らの行く末を見たとは限らんが・・・・・・」
ザ・サイレンス・オブ・ザ・ラム。な、長いな?もうちょっと短い方が有難いんだけど。
「なら、それで決まりでいいだろ。さぁ、今日は飲み明かすぞ〜!」
エンツォさんがワイングラスを乾杯するように持ち上げて、そのまま口を付けてゴクゴクと飲み込んでいく。異論を唱える間もなく、私の幽波紋名は決まってしまった。
「ザ・サイレンス・オブ・ザ・ラム」
呟いてみると、私の幽波紋がスゥ、と姿を現す。どうやら彼はこの名前が気に入ったらしい。試しに省略して「サム」と呼んでみたら、目と思しき黄色い丸が気に入らないと言いたげに細められた。中々ハッキリした意思表示をする。
「ほら、お前はこれ飲め」
「ありがとう」
プロシュートさんがグラスについでくれたオレンジジュースを受け取り、リゾットさんの隣に腰掛けてぼうっとそれを口に運んだ。ワイワイと盛り上がるみんなの話は当然ながら分からない。
日記帳を持ってくるんだったかな。今度、リゾットさんに鞄を頼もう。そんなことを考えながら飛び交うイタリア語に耳を傾けている内に、私はリゾットさんへ寄りかかって眠ってしまった。
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