悪食なもので
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【001:意思疎通を図る】
目が覚めると、こじんまりとしたアパートにいた。フカフカとは言い難いけれど柔らかいブランケットに包まれていて暖かい。ワンルームしかないその部屋は物が少なく、私の寝ているベッドとテーブル、棚が一つと椅子が二脚。簡素なキッチンスペース、その横に小さな冷蔵庫。
リゾットさんはベッドを背もたれにして座ったまま床で寝ていた。トントン、と肩を叩くと、眠そうな目をした彼が私の方を振り向いた。
『起きたか』
『おはようございます』
『ああ、おはよう・・・・・・』
どうやらまだ眠いらしく、大きな口を開けて欠伸をすると、彼はのっそりと立ち上がった。ベッド横の小さな棚からタオルを出して、私に差し出す。
『向こうにシャワールームがある』
『シャワー!』
久しぶりのシャワー!正直に言えばお風呂に入りたいけれど、あまり贅沢は言えない。タオルを受け取ってパタパタとシャワールームへ向かう。
「と、届かない・・・・・・!うー!」
『・・・・・・一人で入るのは無理か』
「わっ吃驚した」
『台・・・・・・は滑ったら危ねぇか』
何やら一瞬考え込んだリゾットさんは、バスタブに栓をしてお湯を貯め始めた。そして服を着たままの私をバスタブに入れ、シャンプー、石鹸、とジェスチャー付きで説明してシャワールームを出ていく。
着ていた服がびちゃびちゃになってしまったけれど、どっちみち汚れていたし、さすがに彼の前で脱ぐのは恥ずかしかったので助かった。
脱いだ服をバスタブに掛け、私は全身をしっかり洗い、タオルで体を隠した状態でリゾットさんを呼んだ。
程なくして腕捲り、裾捲りをしたリゾットさんが大きなバスタオルを持って入ってきて、わたしをバスタブから抱き上げると、着替えらしい大きなパーカーを置いて再び出ていった。
パンツがないのが心許ないが、致し方ない。体と髪の水気を十分に取り、パーカーに袖を通す。ブカブカで膝まで隠れた。当然手も裾から出ない。
そのままシャワールームを出ると、部屋の中は美味しそうな匂いが充満していた。リゾットさんがキッチンで何かを作っている。
『お手伝いする?』
『いや、大丈夫だ。座ってろ』
『はーい』
椅子に座ってプラプラと足を揺らして待っていると、スクランブルエッグとベーコン、トースト、ミルクが目の前に並べられた。リゾットさんの前にはビスケットとコーヒーだけ。
『食べたら出掛けるぞ』
『リゾットは食べない?』
『オレはこれで充分だ。お前は細すぎだから食べろ』
『わかった』
朝ごはんはあんまり食べないタイプらしい。袖を捲るのに四苦八苦していたら見兼ねてやってくれた。やっと顔を出した手を合わせて「いただきます」と言うと、不思議そうな顔をされた。
『今のは祈りか?』
「ぷれい?」
『今やった、「イタダキマス」はどういう意味だ?』
『んー、挨拶?』
『ふぅん』
詳しく聞くことを諦めたらしいリゾットさんは、少しの間動きを止めて、かと思えばさっき私がしたように両手を合わせて「イタダキマス」と口にした。発音が完璧だった。
「かわいい・・・・・・」
『なんだ?』
なんでもない、と首を横に振って、私は朝食を口に運んだ。
『美味しい』
『そうか』
口元をちょっとだけ緩めて、リゾットさんはコーヒーを飲んだ。
食べ終わったあとに「ご馳走様でした」と手を合わせたら、またリゾットさんが私に習ってご馳走様をしてくれた。それがなんだか無性に嬉しくて、頬が勝手に持ち上がってしまう。
下げた皿を洗いたかったけど、高すぎるキッチンには歯が立たず大人しくリゾットさんが片付けてくれるのを待った。早く大きくならないと、これじゃあ不自由が過ぎる。
『服と靴・・・・・・他に欲しいものはあるか?』
『パンツ』
『知ってる。他は』
『・・・・・・本。勉強する、リゾットの言葉』
『イタリア語を?・・・・・・そうか』
イタリー。つまりここはイタリアなのか。イタリア語なんて『美味しい』くらいしか知らない。英語だって出来ているとは言い難いのにイタリア語を勉強しなきゃいけないなんて、自分で言っといて何だが気が重い。
でも、顔を綻ばせたリゾットさんが頭を軽く撫でてくれたから、やる気が萎まずに済んだ。
『日本人は謙虚だな』
「じゃっぽねーぜ?」
『日本人、だ』
言葉の壁は厚い。けれどリゾットさんは、根気よく私に向き合ってくれている。
『そう言えば、年は幾つなんだ?』
『十』
『じゅ・・・・・・』
『リゾットは?』
『オレは二十一歳だ』
なんてこった、見た目よりも若いぞ。てっきり二十五、六かと思ってた。そして多分、リゾットさんは私をもっと小さいと思っていたことだろう。
元々履いていた靴を裸足で履いて、またリゾットさんに手を引かれながら街を歩く。通りは昨夜と打って変わって人で賑わっていた。これははぐれたら最後だな、と、繋いだ手に力を込める。
『どうした』
『なんでもない』
はぐれたら困る、そう伝える言葉が思い付かなくて、首を振る。じっと私を見下ろしていたリゾットさんが何事か納得したように頷くと、私を抱き上げて片腕に座らせるように抱えた。
『ありがとう』
『小さくて踏み潰されそうだ』
『みんな大きい』
『ふ、そうだな』
笑った。その顔に、何故だか胸がツキンと痛む。あとパンツ履いてないからパーカー越しにリゾットさんの腕がお尻に触っててムズムズする。
リゾットさんは迷わず大き店に入ると、子供服の方へ向かった。入口で近寄って来た店員さんへ二、三言何か伝え、私を下ろす。
『好きな物を選んで良い』
「え、えっと・・・・・・こっち」
正直言って買ってもらうのは落ち着かない、落ち着かないけれど背に腹はかえられない。リゾットさんの手を引いて、手頃な服を見繕っていく。パーカー、ジーパンを二本、長袖と半袖のTシャツ、靴下のセットと、下着は少し多めに。
『これで』
『・・・・・・オレに遠慮してるのか?もっとこう・・・・・・こういうのとか』
『動けない。動くがいい』
「・・・・・・すまないが、この子が着れそうなワンピースを何着か、あと靴も見たいんだが」
イタリア語っぽいので何かを店員さんに伝え、リゾットさんは選んだ服を渡した。それから私の手を引いて、靴売場までくると椅子に座らせて店員さんが持ってきた靴を渡してくる。
『少し大きめを買うか』
『これ、いい。軽い』
『こっちはどうだ?』
『痛い』
「このスニーカーと、あとそっちのブーツをくれ。ああ、スニーカーはこのまま履いていく」
近付いてきた店員さんが、始めに履いた靴の値札を取ってくれた。それに履き替え、レジまで着いていく。お金の数え方がよく分からないけど、決して安くはないだろう金額がレジスターに表示され、心が暗くなった。
『いつか・・・・・・』
『なんだ?まだなにかいるか?』
『いつか、返す。お金』
『・・・・・・そんなこと、子供が気にするんじゃない』
頭をぐしゃぐしゃと撫でくり回し、ポンと軽く叩かれる。そう言われてはいそうですか、と頷くのは難しい。いつになるか分からないけど絶対返す。静かにそう誓って、私はリゾットさんへ『ありがとう』と伝えた。
「可愛らしいですね。娘さんですか?」
「・・・・・・親戚だ。しばらく預かることになってな」
ひ、一つも単語がわからねぇ・・・・・・!ついつい顔から表情がこそげ落ちる。
それなりの大きさになった袋を持って、店の中を進む。下着の入った袋とジーパンを受け取って、トイレへ入った。
『何かあったら幽波紋・・・・・・シェフで知らせろ』
『うん』
ようやくパンツを履けてホッと一安心した。お腹が冷えて仕方なかったのだ。ついでに靴下も履いてトイレを出ると、壁に寄りかかって立っているリゾットさんへ駆け寄った。
『あとは本だったな』
『言葉の本』
『辞書も買ってやる』
リゾットさんの経済状況って、どうなってるんだろう。正直あんまりお金を持っているように見えないし、何より仕事が分からない。明らかにカタギではない。なんていうんだっけ、マフィア?
『リゾット、仕事は?』
『オレの仕事は・・・・・・あとで話す』
『分かった』
まぁ、どんな仕事をしていたって、構いやしないんだけど。
本を売っているコーナーで、観光客向けであろうイタリア語の入門書と、英伊辞典、それから日記帳を買ってもらった。何故日記帳?と眉間に皺を寄せたら、気付いたリゾットさんが『毎日書けば勉強になる』と笑った。
『よし、そろそろ飯にしよう。何が食べたい?』
『あー・・・・・・んー・・・・・・パスタ?』
『今の間はなんだ』
『何が食べる、出来るか分からない』
『あー・・・・・・』
考えるように宙を仰ぐリゾットさんに、さすがに正直過ぎたか、と後悔する。しかし、私が知ってるイタリア料理なんてパスタとピザ、リゾットくらいのものだ。名前が名前なのでリゾット食べたいは言いづらい。
しばし何事か考えていたリゾットさんは、ショップバックを肩に掛けるとまた私を抱き上げて歩き出した。
『何か食べたいものが見えたら言え』
『わかった』
なるほど、見て決めさせる作戦か。キョロキョロして歩くのは確かに危険だし、ある意味有効な手段かもしれない。リゾットさんの腕の中でキョロキョロと首を動かし、レストラン街を見回す。
『あ』
『ん?』
テラス席に座っているお姉さんが、プリンみたいなものを口に運んでいるのが見えた。苺のソースが掛かっているそれが、なんだかとても美味しそうに目に映る。
『ここにするか』
『うん』
テラス席へ通してもらい、一応メニューを見てみるも何一つ分からない。向かいに座ったリゾットさんが、一つ一つ英語で説明してくれるも、半分くらいしか分からなかった。
結局トマトソースのパスタとマルガリータを二人でシェアして、それから先程お姉さんが食べていたヤツをデザートに注文してもらう。
『リゾット、足りる?』
『ああ』
パスタもピザも流石は本場、と言った所でとても美味しかった。味を覚えておいたら、シェフも作れるようになるだろうか。ああでも、リゾットさんは食べるなって言ってたっけ。便利だと思うんだけどなぁ。
取り分けてもらった分を食べ切った所で、デザートが運ばれてきた。真っ白でプルプルしているプリンのような形、そこに果肉たっぷりの苺ソースが掛かっていて、甘酸っぱい香りが漂っている。めっちゃ美味しそう。
「・・・・・・!美味しい!」
「ん?」
「あっええと・・・・・・ぼ、ボーノ」
なんとなく恥ずかしくて、小さな声で言い直したらリゾットさんは驚いたように目を見開いた。その拍子に、ほんの少し白目が覗く。黒目が大きい、犬みたいな目をしているらしい。
『よく知ってるな』
『テレビで見た。食べる?』
パンナコッタを一口掬って、リゾットさんに差し出してみる。パチパチと瞬いたあと、身を乗り出してそれをぱくりと口に含んでいった。
『甘い』
『甘い、嫌い?』
『いや・・・・・・嫌いではないな』
美味しい、とさっき私が言ったようにイタリア語で言って、リゾットさんはコーヒーを口に運んだ。小さなカップのそれはエスプレッソなんだろう。あの苦い飲み物はリゾットさんに似合っているけれど、カップの小ささがアンバランスでなんだか可愛い。ギャップ萌えか。
パンナコッタを食べ終わって手を合わせると、丁度飲み終わったらしいリゾットさんが私を呼んだ。
『これから、荷物を置いたら行くところがある』
『行くところ』
『オレの仕事場・・・・・・のようなものだ。仲間に、お前のことを話す』
『わかった』
会計をするリゾットさんの横に立っていたら、店員さんに笑顔で何か話しかけられた。何と言われたのかわからなくて眉が下がる。どうしよう。
『美味かったか、と聞いてる』
「あ、えっと・・・・・・ボーノ!」
「パンナコッタが特に気に入ったらしい」
『それは良かった!また来てね』
リゾットさんが英語で通訳してくれたからか、店員さんも英語で返してくれた。カウンターに置いてあった飴を一粒私に渡して、ヒラヒラと手を振っている。それに手を振り返して、リゾットさんと店をあとにした。
目が覚めると、こじんまりとしたアパートにいた。フカフカとは言い難いけれど柔らかいブランケットに包まれていて暖かい。ワンルームしかないその部屋は物が少なく、私の寝ているベッドとテーブル、棚が一つと椅子が二脚。簡素なキッチンスペース、その横に小さな冷蔵庫。
リゾットさんはベッドを背もたれにして座ったまま床で寝ていた。トントン、と肩を叩くと、眠そうな目をした彼が私の方を振り向いた。
『起きたか』
『おはようございます』
『ああ、おはよう・・・・・・』
どうやらまだ眠いらしく、大きな口を開けて欠伸をすると、彼はのっそりと立ち上がった。ベッド横の小さな棚からタオルを出して、私に差し出す。
『向こうにシャワールームがある』
『シャワー!』
久しぶりのシャワー!正直に言えばお風呂に入りたいけれど、あまり贅沢は言えない。タオルを受け取ってパタパタとシャワールームへ向かう。
「と、届かない・・・・・・!うー!」
『・・・・・・一人で入るのは無理か』
「わっ吃驚した」
『台・・・・・・は滑ったら危ねぇか』
何やら一瞬考え込んだリゾットさんは、バスタブに栓をしてお湯を貯め始めた。そして服を着たままの私をバスタブに入れ、シャンプー、石鹸、とジェスチャー付きで説明してシャワールームを出ていく。
着ていた服がびちゃびちゃになってしまったけれど、どっちみち汚れていたし、さすがに彼の前で脱ぐのは恥ずかしかったので助かった。
脱いだ服をバスタブに掛け、私は全身をしっかり洗い、タオルで体を隠した状態でリゾットさんを呼んだ。
程なくして腕捲り、裾捲りをしたリゾットさんが大きなバスタオルを持って入ってきて、わたしをバスタブから抱き上げると、着替えらしい大きなパーカーを置いて再び出ていった。
パンツがないのが心許ないが、致し方ない。体と髪の水気を十分に取り、パーカーに袖を通す。ブカブカで膝まで隠れた。当然手も裾から出ない。
そのままシャワールームを出ると、部屋の中は美味しそうな匂いが充満していた。リゾットさんがキッチンで何かを作っている。
『お手伝いする?』
『いや、大丈夫だ。座ってろ』
『はーい』
椅子に座ってプラプラと足を揺らして待っていると、スクランブルエッグとベーコン、トースト、ミルクが目の前に並べられた。リゾットさんの前にはビスケットとコーヒーだけ。
『食べたら出掛けるぞ』
『リゾットは食べない?』
『オレはこれで充分だ。お前は細すぎだから食べろ』
『わかった』
朝ごはんはあんまり食べないタイプらしい。袖を捲るのに四苦八苦していたら見兼ねてやってくれた。やっと顔を出した手を合わせて「いただきます」と言うと、不思議そうな顔をされた。
『今のは祈りか?』
「ぷれい?」
『今やった、「イタダキマス」はどういう意味だ?』
『んー、挨拶?』
『ふぅん』
詳しく聞くことを諦めたらしいリゾットさんは、少しの間動きを止めて、かと思えばさっき私がしたように両手を合わせて「イタダキマス」と口にした。発音が完璧だった。
「かわいい・・・・・・」
『なんだ?』
なんでもない、と首を横に振って、私は朝食を口に運んだ。
『美味しい』
『そうか』
口元をちょっとだけ緩めて、リゾットさんはコーヒーを飲んだ。
食べ終わったあとに「ご馳走様でした」と手を合わせたら、またリゾットさんが私に習ってご馳走様をしてくれた。それがなんだか無性に嬉しくて、頬が勝手に持ち上がってしまう。
下げた皿を洗いたかったけど、高すぎるキッチンには歯が立たず大人しくリゾットさんが片付けてくれるのを待った。早く大きくならないと、これじゃあ不自由が過ぎる。
『服と靴・・・・・・他に欲しいものはあるか?』
『パンツ』
『知ってる。他は』
『・・・・・・本。勉強する、リゾットの言葉』
『イタリア語を?・・・・・・そうか』
イタリー。つまりここはイタリアなのか。イタリア語なんて『美味しい』くらいしか知らない。英語だって出来ているとは言い難いのにイタリア語を勉強しなきゃいけないなんて、自分で言っといて何だが気が重い。
でも、顔を綻ばせたリゾットさんが頭を軽く撫でてくれたから、やる気が萎まずに済んだ。
『日本人は謙虚だな』
「じゃっぽねーぜ?」
『日本人、だ』
言葉の壁は厚い。けれどリゾットさんは、根気よく私に向き合ってくれている。
『そう言えば、年は幾つなんだ?』
『十』
『じゅ・・・・・・』
『リゾットは?』
『オレは二十一歳だ』
なんてこった、見た目よりも若いぞ。てっきり二十五、六かと思ってた。そして多分、リゾットさんは私をもっと小さいと思っていたことだろう。
元々履いていた靴を裸足で履いて、またリゾットさんに手を引かれながら街を歩く。通りは昨夜と打って変わって人で賑わっていた。これははぐれたら最後だな、と、繋いだ手に力を込める。
『どうした』
『なんでもない』
はぐれたら困る、そう伝える言葉が思い付かなくて、首を振る。じっと私を見下ろしていたリゾットさんが何事か納得したように頷くと、私を抱き上げて片腕に座らせるように抱えた。
『ありがとう』
『小さくて踏み潰されそうだ』
『みんな大きい』
『ふ、そうだな』
笑った。その顔に、何故だか胸がツキンと痛む。あとパンツ履いてないからパーカー越しにリゾットさんの腕がお尻に触っててムズムズする。
リゾットさんは迷わず大き店に入ると、子供服の方へ向かった。入口で近寄って来た店員さんへ二、三言何か伝え、私を下ろす。
『好きな物を選んで良い』
「え、えっと・・・・・・こっち」
正直言って買ってもらうのは落ち着かない、落ち着かないけれど背に腹はかえられない。リゾットさんの手を引いて、手頃な服を見繕っていく。パーカー、ジーパンを二本、長袖と半袖のTシャツ、靴下のセットと、下着は少し多めに。
『これで』
『・・・・・・オレに遠慮してるのか?もっとこう・・・・・・こういうのとか』
『動けない。動くがいい』
「・・・・・・すまないが、この子が着れそうなワンピースを何着か、あと靴も見たいんだが」
イタリア語っぽいので何かを店員さんに伝え、リゾットさんは選んだ服を渡した。それから私の手を引いて、靴売場までくると椅子に座らせて店員さんが持ってきた靴を渡してくる。
『少し大きめを買うか』
『これ、いい。軽い』
『こっちはどうだ?』
『痛い』
「このスニーカーと、あとそっちのブーツをくれ。ああ、スニーカーはこのまま履いていく」
近付いてきた店員さんが、始めに履いた靴の値札を取ってくれた。それに履き替え、レジまで着いていく。お金の数え方がよく分からないけど、決して安くはないだろう金額がレジスターに表示され、心が暗くなった。
『いつか・・・・・・』
『なんだ?まだなにかいるか?』
『いつか、返す。お金』
『・・・・・・そんなこと、子供が気にするんじゃない』
頭をぐしゃぐしゃと撫でくり回し、ポンと軽く叩かれる。そう言われてはいそうですか、と頷くのは難しい。いつになるか分からないけど絶対返す。静かにそう誓って、私はリゾットさんへ『ありがとう』と伝えた。
「可愛らしいですね。娘さんですか?」
「・・・・・・親戚だ。しばらく預かることになってな」
ひ、一つも単語がわからねぇ・・・・・・!ついつい顔から表情がこそげ落ちる。
それなりの大きさになった袋を持って、店の中を進む。下着の入った袋とジーパンを受け取って、トイレへ入った。
『何かあったら幽波紋・・・・・・シェフで知らせろ』
『うん』
ようやくパンツを履けてホッと一安心した。お腹が冷えて仕方なかったのだ。ついでに靴下も履いてトイレを出ると、壁に寄りかかって立っているリゾットさんへ駆け寄った。
『あとは本だったな』
『言葉の本』
『辞書も買ってやる』
リゾットさんの経済状況って、どうなってるんだろう。正直あんまりお金を持っているように見えないし、何より仕事が分からない。明らかにカタギではない。なんていうんだっけ、マフィア?
『リゾット、仕事は?』
『オレの仕事は・・・・・・あとで話す』
『分かった』
まぁ、どんな仕事をしていたって、構いやしないんだけど。
本を売っているコーナーで、観光客向けであろうイタリア語の入門書と、英伊辞典、それから日記帳を買ってもらった。何故日記帳?と眉間に皺を寄せたら、気付いたリゾットさんが『毎日書けば勉強になる』と笑った。
『よし、そろそろ飯にしよう。何が食べたい?』
『あー・・・・・・んー・・・・・・パスタ?』
『今の間はなんだ』
『何が食べる、出来るか分からない』
『あー・・・・・・』
考えるように宙を仰ぐリゾットさんに、さすがに正直過ぎたか、と後悔する。しかし、私が知ってるイタリア料理なんてパスタとピザ、リゾットくらいのものだ。名前が名前なのでリゾット食べたいは言いづらい。
しばし何事か考えていたリゾットさんは、ショップバックを肩に掛けるとまた私を抱き上げて歩き出した。
『何か食べたいものが見えたら言え』
『わかった』
なるほど、見て決めさせる作戦か。キョロキョロして歩くのは確かに危険だし、ある意味有効な手段かもしれない。リゾットさんの腕の中でキョロキョロと首を動かし、レストラン街を見回す。
『あ』
『ん?』
テラス席に座っているお姉さんが、プリンみたいなものを口に運んでいるのが見えた。苺のソースが掛かっているそれが、なんだかとても美味しそうに目に映る。
『ここにするか』
『うん』
テラス席へ通してもらい、一応メニューを見てみるも何一つ分からない。向かいに座ったリゾットさんが、一つ一つ英語で説明してくれるも、半分くらいしか分からなかった。
結局トマトソースのパスタとマルガリータを二人でシェアして、それから先程お姉さんが食べていたヤツをデザートに注文してもらう。
『リゾット、足りる?』
『ああ』
パスタもピザも流石は本場、と言った所でとても美味しかった。味を覚えておいたら、シェフも作れるようになるだろうか。ああでも、リゾットさんは食べるなって言ってたっけ。便利だと思うんだけどなぁ。
取り分けてもらった分を食べ切った所で、デザートが運ばれてきた。真っ白でプルプルしているプリンのような形、そこに果肉たっぷりの苺ソースが掛かっていて、甘酸っぱい香りが漂っている。めっちゃ美味しそう。
「・・・・・・!美味しい!」
「ん?」
「あっええと・・・・・・ぼ、ボーノ」
なんとなく恥ずかしくて、小さな声で言い直したらリゾットさんは驚いたように目を見開いた。その拍子に、ほんの少し白目が覗く。黒目が大きい、犬みたいな目をしているらしい。
『よく知ってるな』
『テレビで見た。食べる?』
パンナコッタを一口掬って、リゾットさんに差し出してみる。パチパチと瞬いたあと、身を乗り出してそれをぱくりと口に含んでいった。
『甘い』
『甘い、嫌い?』
『いや・・・・・・嫌いではないな』
美味しい、とさっき私が言ったようにイタリア語で言って、リゾットさんはコーヒーを口に運んだ。小さなカップのそれはエスプレッソなんだろう。あの苦い飲み物はリゾットさんに似合っているけれど、カップの小ささがアンバランスでなんだか可愛い。ギャップ萌えか。
パンナコッタを食べ終わって手を合わせると、丁度飲み終わったらしいリゾットさんが私を呼んだ。
『これから、荷物を置いたら行くところがある』
『行くところ』
『オレの仕事場・・・・・・のようなものだ。仲間に、お前のことを話す』
『わかった』
会計をするリゾットさんの横に立っていたら、店員さんに笑顔で何か話しかけられた。何と言われたのかわからなくて眉が下がる。どうしよう。
『美味かったか、と聞いてる』
「あ、えっと・・・・・・ボーノ!」
「パンナコッタが特に気に入ったらしい」
『それは良かった!また来てね』
リゾットさんが英語で通訳してくれたからか、店員さんも英語で返してくれた。カウンターに置いてあった飴を一粒私に渡して、ヒラヒラと手を振っている。それに手を振り返して、リゾットさんと店をあとにした。
