悪食なもので
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【000:誘拐事件発生】
お腹空いた。寒い。家に帰りたい。
ポツリと零した言葉は誰にも拾われることもなく、薄汚く仄暗い部屋に消えていった。もう何日経ったのか、ここが何処なのかも分からない。
何度か現れてはパサついたパンを寄越す男達の言うことは全く理解出来ず、私が今日本から遠い場所にいるということを知らしめた。
人身売買、臓器売買、などテレビでしか聞いたことの無い言葉が脳裏を過ぎる。
「・・・・・・死ぬのは嫌だ死ぬのは嫌だ死ぬのは嫌だ・・・・・・!」
大人しく殺されてなんて、やるものか。拳をギュッと握り締め、私は唯一の扉を睨み付けた。もうすぐ、男達の内の誰かがあの不味いパンを持ってくるはずだ。そしたら、どうにか、ここから出て・・・・・・考えていると、錆び付いた不快な音を立てて扉がゆっくりと開く。
現れたのは一人ではなく、三人の男だった。縄を手にしているもの、拳銃、それに注射針。
『おい、お前の買い手が決まったぞ』
『言っても分からねぇんだろ?とっとと縛っちまおうぜ』
『新しいご主人様に可愛がってもらえよォ』
日本語でも英語でも中国語でもない、耳慣れない言葉。なんて言ってるのかは分からないけど、そこに敵意があることだけはわかる。
縄を持った男が近付いてくる。それに怯えるような振りをして、近づいたところでガブリと腕に噛み付いてやった。
『いってぇ!んのガキ!』
『おい、顔は殴るなよ。商品なんだから』
腕を振り払われた衝撃で、壁に叩きつけられる。息が詰まって、私はゲホゲホと咳き込んだ。痛い。苦しい。なんで私がこんなに目に遭わないといけないの?どうして?
グルグル巡る思考の中、私の口から出た言葉は、一つ。
「殺して、やる・・・・・・!」
そう強く思って、三人を睨み付けた。そして、男達の後ろに立つもう一人の人物に気が付いた。
真っ黒な顔に、取ってつけたような黄色い丸々な瞳。シェフみたいな白い帽子と上着に、エプロン。首元には赤いスカーフが巻かれている。
「だ、れ・・・・・・」
そいつは答えることなく、三人のうちの一人、真ん中にいたやつを掴みあげると、悲鳴を上げて暴れる男をものともせず両手でこねくり回した。
真っ黒な手の触れた所から、男の体が作り変わっていく。まるでピザ生地を捏ねるように手を動かして、あっという間に男の姿は肉まんにかわった。ホカホカと湯気がたっていて美味しそうだ。
『は?な、なん、え?』
『なんだよおい、どうなってんだ!?』
シェフっぽいやつの姿が見えていないのか、男達は狼狽えて震えながら辺りを見回している。拳銃を持った男が、銃口を私に向けて何事か叫んだ。
『おいガキ!お前か?お前の仕業なのか?』
『何バカなこと言ってんだ!んな訳ねぇだろ!』
「何言ってんのかさっぱり分かんないけど、取り敢えず、私をこんな目に遭わせた罪は償ってよね」
言って、拳銃を持った男を指さすと、シェフ(面倒なのでそう呼ぶ事にした)は一つ頷き、先程したのと同じように男を掴んで捏ね回した。今度は油滴るソーセージになった。香ばしい匂いに、胃の虫が鳴き声を上げる。
完全に腰を抜かした男は泣きながら何事か喋っているが、何一つ分からない私は最後の一人を指さした。
『た、助けてくれぇええ!』
「今度は何を作るの?私ね、焼きそばが食べたい」
リクエストしてみると、シェフは麺を延ばすように男を捏ね、瞬く間にソース焼きそばにかえた。ちゃんとキャベツと人参、豚肉が入ってる。
「なんかよくわかんないけどいいや。いただきまーす」
得体の知れないもの、とはわかっているけれど、数日パンと水しか口にしていなかった上に充分とは言い難い量しか与えられていなかったので、私は原材料のことを頭の隅に追いやって料理を貪った。美味い。
『・・・・・・誰もいないのか?』
「だれ・・・・・・」
ひょっとして新手か?と身構えると、開けっぱなしだった扉から、男が顔を出した。銀髪に、黒目がすごく大きい。
『子供?確かリストには載っていなかったはずだが・・・・・・』
「貴方はだれ?あいつらの仲間?」
『は?なんて言ったんだ?』
「何言ってるのか全然わかんない」
『何語だ・・・・・・あー、英語は分かるか?』
スピークイングリッシュ、という言葉をなんとか聞き取って、私はうんうんと頷き、指でちょっと、と示した。多分おそらく、奴らの仲間ではない、気がする。
『ここで何をしている?』
「わっとひあ・・・・・・あー、んー、『日本からきた。今一人』」
『日本人か。成程、人攫いにでもあった、といったところか。お前を攫ったヤツらは何処へ行った?』
「ふぇあー・・・・・・ああ、ウェア、か。んと、『人、死んだ。全部』」
『全員死んだ・・・・・・?』
眉をひそめたその人が、鋭い目で私を見下ろしたきた。瞬間的に身の危険を感じ、後ずさると私を庇うようにシェフが現れ、男の前に立った。
『幽波紋使い、だと・・・・・・!』
『私、帰る。日本。家、帰りたい』
『・・・・・・どうやって?』
『どう・・・・・・分からない』
そう、取り敢えずの危機は脱したが、帰る方法がない。そも、ここが何処なのかすら分かっていないのだ。しょぼん、と肩を落とすと、シェフが慰めるように頭をポンポンと撫でてくれた。
『・・・・・・家に帰してはやれないが、ここじゃない所には連れてってやれる』
『なんて?』
『・・・・・・着いてこい。悪いようにはしない』
「じゃすっとらすみー?」
『・・・・・・問題が山積みだな』
はぁあ、と深いため息を吐いて、男は着ていたパーカーを脱ぐと私に投げて寄こした。よく分からないけど、助けてくれるみたいだ。
『貴方、私を助ける?』
『ああ』
『ありがとう』
お願いします、と言いたかったけど、単語が思い浮かばなかったので座ったまま手をついて頭を下げてみた。顔を上げると、なんとも言い難い表情をした男の顔が目に入る。なんか間違ったか。
『名前は?オレはリゾット・ネエロだ』
『名前はマヤです』
差し出された手を握り返しながら、私の頭には一つのことが浮かんでいた。
トマトリゾットが無性に食べたくなった、と。
リゾットさんに手を引かれて歩き出すも、私の二倍くらいあるんじゃないかってくらい大きい彼の歩幅と弱り切った私ではそもそも歩む速度が違い過ぎて、何度もツンのめったり繋いだ手が解けたり、と悪戦苦闘した。結果、私は彼に抱き上げられる形になった。
『私重い?』
『軽い』
まぁそりゃそうだわな。健康な十歳ならいざ知らず、痩せ細った私なんて、筋肉モリモリのリゾットさんにしてみれば猫みたいなもんだろう。
『お前のあの幽波紋はどういう能力なんだ?』
「すたん・・・・・・?」
『シェフみたいな奴のことだ』
「シェフ・・・・・・『シェフ、料理する。彼らも料理した』」
『・・・・・・意味がわからねぇ』
ありのまま起こったことを説明してみたが、リゾットさんは眉間に皺を寄せてわからん、と言った。そう渋い顔をされても、私の英語力でさっきあったことを説明するのは不可能だ。
『見る?』
『・・・・・・まさかオレを料理する気か』
『シェフ、出来る。なんでも料理する』
何かないか、と辺りを見回して、道端に落ちている誰のとも知れぬ靴を指さすと、煙のように現れたシェフがそれを捏ねる。出来上がった棒付きキャンディーを受け取って舐めようとしたら、リゾットさんに止められた。
『どうなってるんだ・・・・・・まさか、本当に飴に?』
『前もした。彼ら、美味しい』
『おいし・・・・・・食ったのか』
『うん』
ドン引きされてしまった。リゾットさんは飴をゴミ箱に向かって放り投げ、私を抱え直した。
『幽波紋使い・・・・・・なら、野放しには出来ないな。とはいえ家にも帰せないし・・・・・・』
『リゾット、寝る、いい?』
『ああ・・・・・・』
リゾットさんの首に手を回し、彼の肩に頭を預ける。気遣ってくれているのか、振動が弱くなった。優しい。
この優しい人から離れてはいけない。多分、私はもう家には帰れないだろうから。生きていくために、この人の傍にいる。
私は初めて人を殺めた日に、自分の行く末を選んだ。
