週刊少年リビドー
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仗助くんはわたしの腕を掴んだまま、無言でずんずんと進んでいく。ほどなく目的地のコンビニが右手側に現れたが、彼は見向きもせず通り過ぎてしまった。大通りの賑わいから遠ざかり、いつのまにか、わたしたちの周囲からは人がいなくなっていた。
「コンビニに寄るんじゃなかったの?」
とうとう声を上げると、ようやく仗助くんは立ち止まった。
彼の手が離れる。自由になった自分の腕を見下ろすと、何となしに寂しさを感じた。
「ああ……やっぱいいかな〜、って思ってよ」
「そっか。……お腹の具合は大丈夫?」
「……? 別に腹は空いてねえな」
なんだか、微妙に話が噛み合っていないような気がする。ぷつりと会話が途切れ、わたしたちの間には再び沈黙が降りた。いつまで経っても仗助くんが喋り出す気配はない。
……一体どうしてしまったのだろう。彼の様子がおかしくなった原因が、先ほどの出来事に関係していることは明らかだった。
「そうだ、さっきの……露伴先生と知り合いだったなんてびっくりしたよ。だからこの前、『ピンクダークの少年』は知ってたんだね」
「……」
「仗助くん?」
「この際、正直に言わせてもらうとよ……」
露伴先生の話題に対して、仗助くんは言いにくそうに視線をさまよわせた。
「おめーに言ったら気を遣わせるかもしれねーと思って、黙ってたんだが……実はおれ、あの人のことちょっと苦手なんだよ」
「えっ」
予想外の告白に、驚きの声が漏れる。仗助くんはフレンドリーな性格だし、誰とでも仲良くなれるイメージがあったから、まさか彼に苦手な人がいるとは夢にも思わなかった。しかも、その相手があの岸辺露伴先生だなんて。
だけど、彼の言うことが本当だとしたら、今までの不自然な態度にも納得がいく。となると、わたしが一生懸命気を遣っていた腹痛云々は、全くの見当違いだったということになるけど……。記憶を遡るうちに恥ずかしくなってきたので、わたしはそれ以上考えるのをやめた。
「色々あったんだが、どーにも馬が合わねえっつーかよおー……あっちもおれのこと嫌ってるみたいだしな」
「そうだったんだ……。まあ人間だし、相性はあるよね。気にしないよ」
「そーそー、相性の問題なんだよ! どんなに仲良くなろうと努力しても、結局『無理なもんは無理』ってやつだからなあ〜」
ようやく仗助くんはいつもの調子を取り戻したようだ。堰を切ったようにぺらぺらと喋り始める彼を見て、ひとまず胸を撫で下ろす。
わたしは鞄の中にしまってある「家宝」——もとい、サインの存在に思いを馳せた。仗助くんは言及しなかったが、さっきは居心地が悪い気分だっただろう。いくら二人の関係を知らなかったとはいえ、彼をのけ者にしたようで、申し訳ない気持ちになってくる。
「……嫌だった?」
そう尋ねれば、彼の動きがぴたりと止まった。
「んなこと訊かれてもよォー、ナマエがあの漫画好きってことは前から知ってたしな……なんつーか、フツーに想像通りって感じだな」
「それ、答えになってないよ」
核心を避けた言い方にむっとして、咎めるように仗助くんの顔を見上げる。しばらくそのまま睨み合っていたが、やがて彼は観念した様子で息を吐き出した。
「そりゃもちろん……嫌だったよ」
口をへの字に曲げ、拗ねた子供みたいな表情で、さらに続ける。
「おめーが他のやつに笑いかけてんの、スゲー嫌だった」
あまりにも直球な返答に、一瞬言葉に詰まった。
「……そんなに笑ってたかな」
「自分では気づいてねーだろーが、おれが今日見た中で一番いい笑顔してたぜ。おれと話してる時よりも楽しそうだったよなあー」
びし、と顔に向かって指をさされる。
ここまであけすけに言われてしまえば、どんなに鈍感な人間でも察しがつくだろう。彼の気持ちを茶化す気は全くないけど——好きな人にやきもちを焼かれるというのは、自分にとって想像以上に嬉しい出来事だった。
危うく緩みそうになった口元をすかさず手で覆う。それを仗助くんは罪悪感から出た行動と受け取ったのか、「別に責めてるわけじゃあねーよ」と慌てて付け加えた。
「おめーは何も悪いことしてねーんだからな。おれが勝手に……なんか、負けたよーな気分になっちまっただけだよ。ナマエはおれと話してても、あんまし面白くねえんじゃあねーかとか——」
「そ、そんなことない!」
仗助くんにしては珍しく後ろ向きな発言だ。食い気味に否定したものの、この言い方では単なる気休め程度にしかならないだろう。もっとはっきり言葉にしなければ、彼には伝わらない。
「わたし、仗助くんと一緒にいるの楽しいよ」
「……その割には、今日は途中から楽しそうな感じじゃあなかったよな」
気づかれていた。わたしと同じように、彼もわたしの様子をこっそりとうかがっていたのだろうか。閉口したわたしを見て、仗助くんが「ほらやっぱり」とでも言うように眉根を寄せる。
「それは……緊張してたから」
「緊張ォ? 今さら、おれとおめーの間でかよ?」
なんだか彼に言われたくない気もするが、話が脱線するので突っ込まないでおく。
「そうだよね」
わたしはそう呟いて、仗助くんの顔から視線を外した。鞄を持っていない方の左手は、ポケットに突っ込むわけでもなく、体の横に下ろされている。——そこは今、完全に無防備な状態だった。
ほんの小さな隙間に、自分の右手を滑り込ませる。指の腹が擦れ合った瞬間、どくんと大きな音を立てて、心臓が激しく鼓動し始めた。
「今さら、手を繋ごうとするだけで緊張するなんて、変かも……」
好きな人に自分から触れることが、こんなに勇気のいることだとは思わなかった。タイミングを気にしてしまうし、相手が嫌な思いをしていないか不安になってしまう。仗助くんはいつも堂々としているように見えたけど、彼も本当はこんな気持ちだったのかもしれない。
なんとか自分を奮い立たせて、彼の手のひらを強く握り込む。
「他の人だったらたぶん、こうはならないと思う。緊張っていうか……こんな感じでドキドキするのは、相手が仗助くんだから。わたしにとって、仗助くんが特別だからだよ」
い……言い切った。やった!
まだ少し回りくどい言い方だけど、これでわたしの気持ちは伝わっただろう。達成感に一息ついたところで、仗助くんの手がプルプルと震えていることに気がついた。疑問に思う間もなく、頭上から溜め息混じりの声が降ってくる。
「勘弁してくれ〜……」
「ええっ」
予想外の反応が返ってきて、わたしは勢いよく彼の顔に視線を戻した。——頬が真っ赤だ。ついさっきまで固く結ばれていたはずの口元も、今は緩みきっている。
「この状況になったらよー、普通なら手を握り返すもんだよな? せっかく彼女が勇気出して手を繋ごうとしてくれてんのに、それを無下にするなんて男じゃあねーよな。……で、ひとつ相談なんだがよ」
「う、うん」
「……抱き締めるっつーのは、ありかよ?」
頭で考えるよりも早く、わたしは無意識のうちに手の力を緩めていた。
「もちろん……あり」
背中に仗助くんの腕が回り、近くに引き寄せられる。体格差があるせいで、わたしの全身は丸ごと彼の体の中に包まれてしまった。手のひらの感触や制服のにおい、至近距離で感じる息遣い——大量の情報が一気に流れ込んできて、頭がパンクしそうになる。
わたしも手を伸ばして、彼を抱き締め返す。その直後、チリンチリン! とベルを鳴らしながら、わたしたちの背後を自転車が通り過ぎた。
「……」
「……」
そういえば外だった。どちらからともなく、しぶしぶ体を離す。
浮かれた高校生カップルがイチャついているところを、通りすがりの人に見せてしまった。何日間か引きずりそうなほど恥ずかしい。唯一の救いは、目の前の仗助くんがわたし以上に動揺していて、すごく面白い表情になっているところだろうか。
「……ふ、ふふ……」
「ハハハ……」
気まずい空気なのに、なぜか笑いが込み上げてくる。数秒経って、彼が少しためらいながら差し出してきた手のひらに、わたしは迷いなく指を絡ませた。
仗助くんが「暗いから家まで送る」と言ってくれたので、素直に甘えることにした。早くなった日の入りに、嫌でも季節の移り変わりを感じる。帰路につく途中で、わたしは小さくぼやいた。
「夏に戻りたいな」
「えっ!?」
わたしの言葉を聞き取ったらしい仗助くんが、いきなり頓狂な声を上げる。そんなに驚くような話題だっただろうか。彼の反応に首を傾げながら、わたしは今思ったことを話した。
「夏って昼間が長いから、一日の時間が長くなった感じがしない? だから……」
その分、一緒にいられる時間も増える気がして、嬉しい。……とは、さすがに言わなかった。
「『お得感』があるよね」
「ああ、それはなんかわかるかもなあ〜。夏休みもあるしな」
だよね、と頷く。仗助くんと過ごす夏休みは楽しそうだ。彼と行きたいところはたくさんある。花火大会や海、遊園地に水族館……近場のデートスポットに思いを巡らせていると、彼が呟くような声で言った。
「でも、おれは戻りたくねーかな」
よどみない口調に、思わず仗助くんの顔を見上げる。日が沈んだ時間帯でも、彼の瞳はまばゆい輝きを放っていた。
「戻らなくても来年の夏が来るだろ」
力強い言葉だった。返事をするのも忘れて、わたしは彼の顔を見つめた。
確かに仗助くんの言う通りだ。生きている限り、わたしたちには来年がある。再来年も、その先も……。当たり前のことなのに、どうして頭から抜け落ちていたのだろう。
街灯の薄明かりの下を、二人でゆっくりと歩く。だけど数分後には自宅の前に辿り着いてしまって、名残惜しさを感じながらも、わたしは立ち止まった。
「送ってくれてありがとう。仗助くんも気をつけて帰ってね」
「ああ。じゃあな」
「……あ、そうだ」
手を振って別れようとしたが、先ほどの会話が頭をよぎり、わたしは再び口を開いた。
なんてことのない一言だ。どうせ明日も学校で会うのだから、その時に話せばいい。でも今は、なんでもいいから約束をしたい気分だった。
「次はまた、わたしの家に遊びにきて」
「コンビニに寄るんじゃなかったの?」
とうとう声を上げると、ようやく仗助くんは立ち止まった。
彼の手が離れる。自由になった自分の腕を見下ろすと、何となしに寂しさを感じた。
「ああ……やっぱいいかな〜、って思ってよ」
「そっか。……お腹の具合は大丈夫?」
「……? 別に腹は空いてねえな」
なんだか、微妙に話が噛み合っていないような気がする。ぷつりと会話が途切れ、わたしたちの間には再び沈黙が降りた。いつまで経っても仗助くんが喋り出す気配はない。
……一体どうしてしまったのだろう。彼の様子がおかしくなった原因が、先ほどの出来事に関係していることは明らかだった。
「そうだ、さっきの……露伴先生と知り合いだったなんてびっくりしたよ。だからこの前、『ピンクダークの少年』は知ってたんだね」
「……」
「仗助くん?」
「この際、正直に言わせてもらうとよ……」
露伴先生の話題に対して、仗助くんは言いにくそうに視線をさまよわせた。
「おめーに言ったら気を遣わせるかもしれねーと思って、黙ってたんだが……実はおれ、あの人のことちょっと苦手なんだよ」
「えっ」
予想外の告白に、驚きの声が漏れる。仗助くんはフレンドリーな性格だし、誰とでも仲良くなれるイメージがあったから、まさか彼に苦手な人がいるとは夢にも思わなかった。しかも、その相手があの岸辺露伴先生だなんて。
だけど、彼の言うことが本当だとしたら、今までの不自然な態度にも納得がいく。となると、わたしが一生懸命気を遣っていた腹痛云々は、全くの見当違いだったということになるけど……。記憶を遡るうちに恥ずかしくなってきたので、わたしはそれ以上考えるのをやめた。
「色々あったんだが、どーにも馬が合わねえっつーかよおー……あっちもおれのこと嫌ってるみたいだしな」
「そうだったんだ……。まあ人間だし、相性はあるよね。気にしないよ」
「そーそー、相性の問題なんだよ! どんなに仲良くなろうと努力しても、結局『無理なもんは無理』ってやつだからなあ〜」
ようやく仗助くんはいつもの調子を取り戻したようだ。堰を切ったようにぺらぺらと喋り始める彼を見て、ひとまず胸を撫で下ろす。
わたしは鞄の中にしまってある「家宝」——もとい、サインの存在に思いを馳せた。仗助くんは言及しなかったが、さっきは居心地が悪い気分だっただろう。いくら二人の関係を知らなかったとはいえ、彼をのけ者にしたようで、申し訳ない気持ちになってくる。
「……嫌だった?」
そう尋ねれば、彼の動きがぴたりと止まった。
「んなこと訊かれてもよォー、ナマエがあの漫画好きってことは前から知ってたしな……なんつーか、フツーに想像通りって感じだな」
「それ、答えになってないよ」
核心を避けた言い方にむっとして、咎めるように仗助くんの顔を見上げる。しばらくそのまま睨み合っていたが、やがて彼は観念した様子で息を吐き出した。
「そりゃもちろん……嫌だったよ」
口をへの字に曲げ、拗ねた子供みたいな表情で、さらに続ける。
「おめーが他のやつに笑いかけてんの、スゲー嫌だった」
あまりにも直球な返答に、一瞬言葉に詰まった。
「……そんなに笑ってたかな」
「自分では気づいてねーだろーが、おれが今日見た中で一番いい笑顔してたぜ。おれと話してる時よりも楽しそうだったよなあー」
びし、と顔に向かって指をさされる。
ここまであけすけに言われてしまえば、どんなに鈍感な人間でも察しがつくだろう。彼の気持ちを茶化す気は全くないけど——好きな人にやきもちを焼かれるというのは、自分にとって想像以上に嬉しい出来事だった。
危うく緩みそうになった口元をすかさず手で覆う。それを仗助くんは罪悪感から出た行動と受け取ったのか、「別に責めてるわけじゃあねーよ」と慌てて付け加えた。
「おめーは何も悪いことしてねーんだからな。おれが勝手に……なんか、負けたよーな気分になっちまっただけだよ。ナマエはおれと話してても、あんまし面白くねえんじゃあねーかとか——」
「そ、そんなことない!」
仗助くんにしては珍しく後ろ向きな発言だ。食い気味に否定したものの、この言い方では単なる気休め程度にしかならないだろう。もっとはっきり言葉にしなければ、彼には伝わらない。
「わたし、仗助くんと一緒にいるの楽しいよ」
「……その割には、今日は途中から楽しそうな感じじゃあなかったよな」
気づかれていた。わたしと同じように、彼もわたしの様子をこっそりとうかがっていたのだろうか。閉口したわたしを見て、仗助くんが「ほらやっぱり」とでも言うように眉根を寄せる。
「それは……緊張してたから」
「緊張ォ? 今さら、おれとおめーの間でかよ?」
なんだか彼に言われたくない気もするが、話が脱線するので突っ込まないでおく。
「そうだよね」
わたしはそう呟いて、仗助くんの顔から視線を外した。鞄を持っていない方の左手は、ポケットに突っ込むわけでもなく、体の横に下ろされている。——そこは今、完全に無防備な状態だった。
ほんの小さな隙間に、自分の右手を滑り込ませる。指の腹が擦れ合った瞬間、どくんと大きな音を立てて、心臓が激しく鼓動し始めた。
「今さら、手を繋ごうとするだけで緊張するなんて、変かも……」
好きな人に自分から触れることが、こんなに勇気のいることだとは思わなかった。タイミングを気にしてしまうし、相手が嫌な思いをしていないか不安になってしまう。仗助くんはいつも堂々としているように見えたけど、彼も本当はこんな気持ちだったのかもしれない。
なんとか自分を奮い立たせて、彼の手のひらを強く握り込む。
「他の人だったらたぶん、こうはならないと思う。緊張っていうか……こんな感じでドキドキするのは、相手が仗助くんだから。わたしにとって、仗助くんが特別だからだよ」
い……言い切った。やった!
まだ少し回りくどい言い方だけど、これでわたしの気持ちは伝わっただろう。達成感に一息ついたところで、仗助くんの手がプルプルと震えていることに気がついた。疑問に思う間もなく、頭上から溜め息混じりの声が降ってくる。
「勘弁してくれ〜……」
「ええっ」
予想外の反応が返ってきて、わたしは勢いよく彼の顔に視線を戻した。——頬が真っ赤だ。ついさっきまで固く結ばれていたはずの口元も、今は緩みきっている。
「この状況になったらよー、普通なら手を握り返すもんだよな? せっかく彼女が勇気出して手を繋ごうとしてくれてんのに、それを無下にするなんて男じゃあねーよな。……で、ひとつ相談なんだがよ」
「う、うん」
「……抱き締めるっつーのは、ありかよ?」
頭で考えるよりも早く、わたしは無意識のうちに手の力を緩めていた。
「もちろん……あり」
背中に仗助くんの腕が回り、近くに引き寄せられる。体格差があるせいで、わたしの全身は丸ごと彼の体の中に包まれてしまった。手のひらの感触や制服のにおい、至近距離で感じる息遣い——大量の情報が一気に流れ込んできて、頭がパンクしそうになる。
わたしも手を伸ばして、彼を抱き締め返す。その直後、チリンチリン! とベルを鳴らしながら、わたしたちの背後を自転車が通り過ぎた。
「……」
「……」
そういえば外だった。どちらからともなく、しぶしぶ体を離す。
浮かれた高校生カップルがイチャついているところを、通りすがりの人に見せてしまった。何日間か引きずりそうなほど恥ずかしい。唯一の救いは、目の前の仗助くんがわたし以上に動揺していて、すごく面白い表情になっているところだろうか。
「……ふ、ふふ……」
「ハハハ……」
気まずい空気なのに、なぜか笑いが込み上げてくる。数秒経って、彼が少しためらいながら差し出してきた手のひらに、わたしは迷いなく指を絡ませた。
仗助くんが「暗いから家まで送る」と言ってくれたので、素直に甘えることにした。早くなった日の入りに、嫌でも季節の移り変わりを感じる。帰路につく途中で、わたしは小さくぼやいた。
「夏に戻りたいな」
「えっ!?」
わたしの言葉を聞き取ったらしい仗助くんが、いきなり頓狂な声を上げる。そんなに驚くような話題だっただろうか。彼の反応に首を傾げながら、わたしは今思ったことを話した。
「夏って昼間が長いから、一日の時間が長くなった感じがしない? だから……」
その分、一緒にいられる時間も増える気がして、嬉しい。……とは、さすがに言わなかった。
「『お得感』があるよね」
「ああ、それはなんかわかるかもなあ〜。夏休みもあるしな」
だよね、と頷く。仗助くんと過ごす夏休みは楽しそうだ。彼と行きたいところはたくさんある。花火大会や海、遊園地に水族館……近場のデートスポットに思いを巡らせていると、彼が呟くような声で言った。
「でも、おれは戻りたくねーかな」
よどみない口調に、思わず仗助くんの顔を見上げる。日が沈んだ時間帯でも、彼の瞳はまばゆい輝きを放っていた。
「戻らなくても来年の夏が来るだろ」
力強い言葉だった。返事をするのも忘れて、わたしは彼の顔を見つめた。
確かに仗助くんの言う通りだ。生きている限り、わたしたちには来年がある。再来年も、その先も……。当たり前のことなのに、どうして頭から抜け落ちていたのだろう。
街灯の薄明かりの下を、二人でゆっくりと歩く。だけど数分後には自宅の前に辿り着いてしまって、名残惜しさを感じながらも、わたしは立ち止まった。
「送ってくれてありがとう。仗助くんも気をつけて帰ってね」
「ああ。じゃあな」
「……あ、そうだ」
手を振って別れようとしたが、先ほどの会話が頭をよぎり、わたしは再び口を開いた。
なんてことのない一言だ。どうせ明日も学校で会うのだから、その時に話せばいい。でも今は、なんでもいいから約束をしたい気分だった。
「次はまた、わたしの家に遊びにきて」
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