週刊少年リビドー
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わたしの日常の中に彼が現れてから、あっという間に春が過ぎ、何事もなく夏が過ぎていった。
「気軽に話せる」仲になっても、わたしたちの関係には名前がなかった。遠くから手を振り合い、すれ違えば立ち止まって雑談する程度にはお互いに気を許している。だけど、仗助くんの友達——たとえば、億泰くんや康一くんのように、彼と行動を共にしているわけではない。
欲を言えば、もっと仗助くんのことを知りたいし、彼に近づきたい。それなのに、あと一歩踏み込むことができない。
もしもわたしが男だったら、仗助くんと友達になれたのだろうか。……そもそも、わたしは彼との関係に、どんな名前をつけたいのだろうか?
夏休み明け、珍しく一人で帰っている仗助くんを見かけて、思わず駆け寄った。
「仗助くん」
「よお、ナマエ」
彼は人好きのする笑みを浮かべ、軽く片手を上げた。隣に並ぶと、わたしに合わせて歩調を緩めてくれる。
「今日は一人なんだ」
「ああ。億泰は用事があるっつって先に帰っちまったし、康一のやつは彼女とデートだとよ」
「康一くんの彼女……って由花子ちゃんだったよね? すごい、ラブラブだなあ」
艶やかな黒髪をなびかせた、容姿端麗な同級生の姿を思い浮かべる。
最初、彼女と康一くんが付き合い始めたことを知った時は驚いた。二人の見た目や性格は真逆で、何一つ共通点がないように思えたからだ。でも、外から見ているわたしにはわからないだけで、きっとお互いに何かしら惹かれ合うものがあるのだろう。……そういう関係性は、ちょっと憧れる。
二人で喋っているうちに、なんとなく、成り行きで一緒に帰ることになった。歩きながら、仗助くんが「前から気になってたんだが」と話を切り出す。
「そーいやナマエってよおー、今……付き合ってるやつとかいたりすんのかよ」
「え? ……いないよ」
「へ、へえ〜、いねーのか、そーか……」
もしかして、これは……恋バナというやつだろうか。
曲がりなりにも女子高生なので、友達と恋愛の話で盛り上がるのは日常茶飯事だ。……基本的に、わたしは聞いているだけだけど。でもそれは女子同士に限った話で、彼の口からこういった話題が出てくるとは思わなかった。
つい仗助くんの横顔をまじまじと見つめてしまう。今日は蒸し暑いからか、首筋に汗が伝っていた。
「……まあ、おれも彼女いねーんだけどよ」
「それは知ってるけど」
「えっ!? なんで知ってんだ?」
「クラスの女の子がよく話してるから、自然と耳に入ってくるんだよ。……実は、わたしも前から気になってたんだよね。仗助くんは彼女作る気ないの?」
こうして面と向かって話していると、改めて思う——仗助くんはかっこいい。この「かっこいい」が指しているのは、容姿のことだ。彼が近くを通るだけで女子たちは色めき立つし、アイドルの出待ちさながら、集団で囲まれている光景を見るのも珍しくない。
告白された経験も人一倍多いだろう。彼女を作らないのには、彼なりの理由があるのだろうか。
わたしの質問に、仗助くんは難しい顔で考え込んでいる。あまり訊かれたくないことだったのかもしれない、と後悔しかけた直後、彼が口を開いた。
「それ、よく言われるんだがよー、おれは女なら誰でもいいってタイプじゃあねーからな」
「理想が高いってこと?」
「いや、別に……そーいうのは人並みだな」
「……じゃあ、好きな人がいるとか?」
最後の質問に仗助くんは答えなかった。でも、彼の表情を見ただけで、わたしは全てを察してしまった。
彼の頬がじわじわと紅潮していく。暑いからではなく、もっと別の理由で。その様子を見ていられなくなって、すぐに目を逸らした。胸の内側で、心臓が嫌な音を立て始める。
「え、ええ〜……そうなんだ。なんか、すごいこと知っちゃった気分」
ショックだった。——何よりも、こんなことでショックを受けている自分に対して、ショックを受けていた。
なぜか今まで、仗助くんは、誰か一人だけに特別な感情を向けることはないだろうと思い込んでいた。だけど、今ならわかる。それはただの願望であり、無意識のうちに芽生えていた独占欲だったのだろう。
動揺したのは、わたしにとって仗助くんが特別な存在だったからだ。今さら気づいたって、どうすることもできない。
「大丈夫だよ、誰にも言わないから」
「……」
「その……好きな子に告白はしないの? 仗助くんに告白されて、断る女の子なんていないと思うけどな」
内心を悟られまいとして、やたら饒舌になってしまう。こんなかっこ悪い姿を彼に見せたくない。そう思いながらも止められなかった。
「……本気で言ってんのか?」
少し後ろで、仗助くんが立ち止まった気配がした。
「するってーと、なんだ……おれがナマエに『付き合ってくれ』っつったらよー、おめーは『付き合ってくれる』つーことになるよな」
「……ん? わたし?」
唐突に自分の名前が登場した気がする。聞き間違いかと思い振り返ると、仗助くんは唇を引き結んだまま、真剣な表情でこちらを見ていた。
あれ? もしかして今、告白された?
現実を認識するのに、数秒の時間が必要だった。全身の血が再び巡り始め、冷え切っていた頭がようやく思考を再開する。
「ああ……」
「……」
「えっと、……うん。そうなるね」
「やった——」
破顔した仗助くんが小さくガッツポーズをする。しかし、はっとした表情で、すぐに握り拳をほどいてしまった。
「いやッ! ま、待て……今のってダセーよな。忘れてくれ。言いなおす」
「……ふふっ」
喜びと安心が入り混じり、抑えきれなくなった笑みがこぼれる。
やっぱりわたしは、彼のそばにいたい。十数年間生きてきて、こんな気持ちになったのは初めてだった。それは憧れのキャラクターに向ける感情よりも、もっと生々しくて、自己中心的で、他人には見せられない場所にある。
かっこいいところも、かっこつかないところも、全部ひっくるめて仗助くんのことが好きだ。
「付き合ってくれ」という言葉に頷いた日から、仗助くんはわたしの彼氏になり、わたしは仗助くんの彼女になった。
名前が与えられた関係は万能だ。一緒にいることも、触れ合うことも、全て「恋人だから」で説明できてしまう。だから、わたしたちはその言葉を拠り所にして——というより、その言葉に胡座をかいて、今まで過ごしてきた。
つまり……お互いに「好き」の一言すら言えないまま、こんなに時間が経ってしまうなんて、はじめは想像すらしていなかったのだ。
「気軽に話せる」仲になっても、わたしたちの関係には名前がなかった。遠くから手を振り合い、すれ違えば立ち止まって雑談する程度にはお互いに気を許している。だけど、仗助くんの友達——たとえば、億泰くんや康一くんのように、彼と行動を共にしているわけではない。
欲を言えば、もっと仗助くんのことを知りたいし、彼に近づきたい。それなのに、あと一歩踏み込むことができない。
もしもわたしが男だったら、仗助くんと友達になれたのだろうか。……そもそも、わたしは彼との関係に、どんな名前をつけたいのだろうか?
夏休み明け、珍しく一人で帰っている仗助くんを見かけて、思わず駆け寄った。
「仗助くん」
「よお、ナマエ」
彼は人好きのする笑みを浮かべ、軽く片手を上げた。隣に並ぶと、わたしに合わせて歩調を緩めてくれる。
「今日は一人なんだ」
「ああ。億泰は用事があるっつって先に帰っちまったし、康一のやつは彼女とデートだとよ」
「康一くんの彼女……って由花子ちゃんだったよね? すごい、ラブラブだなあ」
艶やかな黒髪をなびかせた、容姿端麗な同級生の姿を思い浮かべる。
最初、彼女と康一くんが付き合い始めたことを知った時は驚いた。二人の見た目や性格は真逆で、何一つ共通点がないように思えたからだ。でも、外から見ているわたしにはわからないだけで、きっとお互いに何かしら惹かれ合うものがあるのだろう。……そういう関係性は、ちょっと憧れる。
二人で喋っているうちに、なんとなく、成り行きで一緒に帰ることになった。歩きながら、仗助くんが「前から気になってたんだが」と話を切り出す。
「そーいやナマエってよおー、今……付き合ってるやつとかいたりすんのかよ」
「え? ……いないよ」
「へ、へえ〜、いねーのか、そーか……」
もしかして、これは……恋バナというやつだろうか。
曲がりなりにも女子高生なので、友達と恋愛の話で盛り上がるのは日常茶飯事だ。……基本的に、わたしは聞いているだけだけど。でもそれは女子同士に限った話で、彼の口からこういった話題が出てくるとは思わなかった。
つい仗助くんの横顔をまじまじと見つめてしまう。今日は蒸し暑いからか、首筋に汗が伝っていた。
「……まあ、おれも彼女いねーんだけどよ」
「それは知ってるけど」
「えっ!? なんで知ってんだ?」
「クラスの女の子がよく話してるから、自然と耳に入ってくるんだよ。……実は、わたしも前から気になってたんだよね。仗助くんは彼女作る気ないの?」
こうして面と向かって話していると、改めて思う——仗助くんはかっこいい。この「かっこいい」が指しているのは、容姿のことだ。彼が近くを通るだけで女子たちは色めき立つし、アイドルの出待ちさながら、集団で囲まれている光景を見るのも珍しくない。
告白された経験も人一倍多いだろう。彼女を作らないのには、彼なりの理由があるのだろうか。
わたしの質問に、仗助くんは難しい顔で考え込んでいる。あまり訊かれたくないことだったのかもしれない、と後悔しかけた直後、彼が口を開いた。
「それ、よく言われるんだがよー、おれは女なら誰でもいいってタイプじゃあねーからな」
「理想が高いってこと?」
「いや、別に……そーいうのは人並みだな」
「……じゃあ、好きな人がいるとか?」
最後の質問に仗助くんは答えなかった。でも、彼の表情を見ただけで、わたしは全てを察してしまった。
彼の頬がじわじわと紅潮していく。暑いからではなく、もっと別の理由で。その様子を見ていられなくなって、すぐに目を逸らした。胸の内側で、心臓が嫌な音を立て始める。
「え、ええ〜……そうなんだ。なんか、すごいこと知っちゃった気分」
ショックだった。——何よりも、こんなことでショックを受けている自分に対して、ショックを受けていた。
なぜか今まで、仗助くんは、誰か一人だけに特別な感情を向けることはないだろうと思い込んでいた。だけど、今ならわかる。それはただの願望であり、無意識のうちに芽生えていた独占欲だったのだろう。
動揺したのは、わたしにとって仗助くんが特別な存在だったからだ。今さら気づいたって、どうすることもできない。
「大丈夫だよ、誰にも言わないから」
「……」
「その……好きな子に告白はしないの? 仗助くんに告白されて、断る女の子なんていないと思うけどな」
内心を悟られまいとして、やたら饒舌になってしまう。こんなかっこ悪い姿を彼に見せたくない。そう思いながらも止められなかった。
「……本気で言ってんのか?」
少し後ろで、仗助くんが立ち止まった気配がした。
「するってーと、なんだ……おれがナマエに『付き合ってくれ』っつったらよー、おめーは『付き合ってくれる』つーことになるよな」
「……ん? わたし?」
唐突に自分の名前が登場した気がする。聞き間違いかと思い振り返ると、仗助くんは唇を引き結んだまま、真剣な表情でこちらを見ていた。
あれ? もしかして今、告白された?
現実を認識するのに、数秒の時間が必要だった。全身の血が再び巡り始め、冷え切っていた頭がようやく思考を再開する。
「ああ……」
「……」
「えっと、……うん。そうなるね」
「やった——」
破顔した仗助くんが小さくガッツポーズをする。しかし、はっとした表情で、すぐに握り拳をほどいてしまった。
「いやッ! ま、待て……今のってダセーよな。忘れてくれ。言いなおす」
「……ふふっ」
喜びと安心が入り混じり、抑えきれなくなった笑みがこぼれる。
やっぱりわたしは、彼のそばにいたい。十数年間生きてきて、こんな気持ちになったのは初めてだった。それは憧れのキャラクターに向ける感情よりも、もっと生々しくて、自己中心的で、他人には見せられない場所にある。
かっこいいところも、かっこつかないところも、全部ひっくるめて仗助くんのことが好きだ。
「付き合ってくれ」という言葉に頷いた日から、仗助くんはわたしの彼氏になり、わたしは仗助くんの彼女になった。
名前が与えられた関係は万能だ。一緒にいることも、触れ合うことも、全て「恋人だから」で説明できてしまう。だから、わたしたちはその言葉を拠り所にして——というより、その言葉に胡座をかいて、今まで過ごしてきた。
つまり……お互いに「好き」の一言すら言えないまま、こんなに時間が経ってしまうなんて、はじめは想像すらしていなかったのだ。