週刊少年リビドー
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彼の「二人で探した方が効率的」という言葉の通り、日が沈む前にぬいぐるみは見つかった。
「『サザエさん』の歌に出てくるみてーなドラ猫ってよォー、マジに実在してたんだな……」
公園のベンチに倒れ込むようにして座った後、仗助くんは大きく息をついた。自販機の前でジュースを選びながら、彼の言葉に相槌を打つ。つい先ほど激闘を終えたばかりで、わたしたちは疲れ切っていた。
学校までの道筋をたどる中、わたしと仗助くんは焦茶色の野良猫に遭遇した。驚くべきことに、その猫は「獲物」を口に咥えたまま、歩道を悠々と闊歩していた。
……つまり、わたしのぬいぐるみは「運び屋」によって絶えず移動し続けていたのだ。これまでなかなか見つからなかった理由にも納得がいく。
この猫が本当に強敵だった。当然、彼(彼女)の気を引くようなおやつやマタタビを、わたしたちが都合よく持っているはずもない。何度か逃げられてしまったが、二人で力を合わせて挟み撃ちにすることで、ようやく奪還に成功した。
何にせよ——仗助くんがいなければ、ぬいぐるみを取り戻すことはできなかっただろう。
「今日は手伝ってくれてありがとう。……ささやかながら、これはお礼です」
仗助くんの隣に座り、たった今買った缶ジュースを手渡す。彼はパチパチと瞬きをして、わたしとジュースを交互に見つめた後、ぱあっと顔を輝かせた。犬のように無邪気な笑顔だった。
「サンキュー。生き返ったぜ」
男子高校生らしく豪快に飲み干す姿を横目で見ながら、わたしも缶の蓋を開ける。はじめ感じていた気まずさや緊張は、とうに消えていた。それはひとえに、彼の人柄によるものだろう。
「……わたし、これまで東方くんのこと誤解してたかも」
「誤解?」
「こんなに優しい人だとは思ってなかった」
予想外の返事だったのか、仗助くんがゴホゴホとむせる。彼は学ランの袖口で口元を拭ってから、わたしに訝しげな目を向けた。
「おめーは今までおれをどんなやつだと思ってたんだ?」
「え? それは……えっと」
不良。髪型。怖い。真っ先に浮かんだのはそれらのワードだったが、そのまま正直に言えるはずもない。頭をフル回転させ、当たり障りのない言葉を必死に考える。——だけど、深く悩む必要はなかった。
「……正直、ちょっと近寄りがたいイメージはあったかな。東方くんは有名人だし……だから、今日声をかけてもらった時はびっくりした。すごく良い子なのに、外見だけで決めつけてたなって。わたしもこれからは気軽に話しかけるよ」
口をついて出た言葉は、全て自分の本心だった。今日自分に起こったのは、ほんの些細なことだ。それでも、彼に対して何かを返したい気持ちが溢れている。缶ジュース一本分ではとても足りない気がした。
気がつくと、仗助くんは何とも言えない顔で黙り込んでいた。
「……あ、あれ、別に学校で話しかけてもいいよね?」
「そ……それはもちろん構わねーが、改まって言われるとよ、なんつーか……」
言い終わる前に、仗助くんは目を逸らした。彼の手元で空き缶がべこっと音を立てる。
何か変なことを言ってしまったのだろうか。不安に思って彼の表情を観察したが、気分を害したわけではなさそうだ。だとすると、残る可能性は……照れているとか?
わたしの思考は、仗助くんのわざとらしい咳払いによって中断された。
「そうだ、あの猫から取り返したやつ、ポケットに入れてたよな?」
「ああ、うん——」
そういえば、もう落とすことがないよう、スカートのポケットの奥深くにしまっていた。複雑な気持ちはあるけど、そろそろ現実に向き合わなければいけない。
ポケットに手を入れ、ぬいぐるみをそっと取り出す。全身についていた砂はできる限り払い落としたが、綺麗になったとはお世辞にも言えない状態だ。ところどころに小さな穴や縫い目のほつれがあり、ボールチェーンも千切れている。
「おおっ……結構ボロボロになってんな」
「この程度の傷は仕方ないよ。戻ってきてくれただけでも嬉しいし……」
その言葉は、声に出してみると、思いのほか自分に言い聞かせるような響きがあった。布地を撫でれば、ボコボコとした感触が指に伝わってくる。
「東方くんは、大事にしてるものってある?」
なぜこんなことを話そうと思ったのか、自分でもよくわからなかった。顔を上げ、再び仗助くんと目を合わせる。
「わたしは……もうわかったと思うけど、漫画やアニメが好きなんだよね。このぬいぐるみも、小さい頃からずっと好きだった、お気に入りのキャラだよ」
作品のタイトルを口にしたが、彼はぴんときていない様子だ。
「悪いが聞いたことねーな。おれが知ってんのは『ドラえもん』とか『サザエさん』ぐれーだからよお〜」
「あはは、まあ、大抵の人はそうだよね」
仗助くんが発する言葉に嫌味は一切ない。だからこそ、わたしも自然に笑みを浮かべることができた。
「漫画のキャラの生き方に憧れたり、作中のセリフに勇気をもらったり……たとえフィクションだとしても、わたしにとってはすごく特別なものなんだ。でも、他人の目が気になって、堂々としていられない部分もあって」
ずっと、大切なものを軽んじられ、傷つくことを恐れていた。他人に否定されることを見越して、あらかじめ予防線を張っておくようになった——その方が、好きなものの価値を守れると信じていたからだ。
今はもう、信じていない。
「だから、嬉しかった。東方くんにとっては何でもないことかもしれないけど、一緒に探してくれたこと、すごく感謝してるんだよ」
「……それは、どういたしましてってやつだな」
仗助くんは口角を上げて微笑んだ。茜色の夕陽に照らされ、彼の顔は鮮やかに色づいている。映画の一場面を切り取ったかのような光景に、思わず見入ってしまう。
「それ、ちょっと貸してくれ」
「? うん、いいけど……」
わたしからぬいぐるみを受け取った彼は、それをしげしげと色んな角度から眺めた。……もしや、興味があるのだろうか。もしも詳しく教えて欲しいと言うのならば、説明はやぶさかではない。
ソワソワと数秒待ったが特に何も言われなかったため、わたしは近くのゴミ箱に空き缶を捨てに行った。ベンチに戻ってくると、仗助くんはわたしの手を取り、その上にぬいぐるみを乗せた。
「……えっ」
「ついでになおしといたからよ」
手を取られたことにもびっくりしたが、一番驚いたのは、ぬいぐるみが完璧に修繕されていたことだった。
わたしがベンチを離れていたのは十秒にも満たない時間だ。その間にソーイングセットを取り出して縫い合わせたとでも言うのだろうか。
仗助くんは平然と笑っている。その後、少しだけ雑談をして、わたしたちは別れた。何事もなかったように振る舞っていたが、頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。
奇妙な現象は、家に帰ってからも続いた。
夜、お風呂に入る前に絆創膏を剥がすと、膝の傷が綺麗さっぱり治っていた。傷跡一つなく、まるで最初から、怪我なんてしていなかったかのようだった。
——仗助くんがやったんだ、と思った。確証はないが、そうとしか考えられない。
その日を境に、わたしは彼を目で追うようになった。
誰とでも分け隔てなく接し、困っている人を見かけたら迷わず助けに行く——東方仗助くんという男の子は、知れば知るほど、気のいい人物だった。
気軽に話しかけるとは言ったものの、彼の近くにはいつも億泰くんや康一くんがいる。友人同士の会話に割って入るのは気が引けるし、そもそも話しかける用事がない。
わたしには迷いがあった。
もしも、あの時の会話を真剣に捉えているのは自分だけで、彼の方は単なる社交辞令として受け取っていたとしたら……すごく恥ずかしい。
彼を見ていると、たまに視線が交わる瞬間がある。きっと自分の気のせいだと思いながら、何も行動を起こせないまま数日が経った。
掃除当番のため、教室のゴミを捨てに行った時のことだった。腕に感じていた重みが急になくなり、顔を上げると、仗助くんがゴミ箱を抱えていた。
「あ、ありがとう——」
「自分で言ったことはよー、キッチリ守るべきだよな?」
間髪入れず投げ込まれた言葉に、全身が硬直する。彼が何の話をしているのかすぐにわかった。きまりが悪そうな顔で、仗助くんは続けた。
「大人しく待ってたおれが馬鹿みてーじゃあねーかよ」
「『サザエさん』の歌に出てくるみてーなドラ猫ってよォー、マジに実在してたんだな……」
公園のベンチに倒れ込むようにして座った後、仗助くんは大きく息をついた。自販機の前でジュースを選びながら、彼の言葉に相槌を打つ。つい先ほど激闘を終えたばかりで、わたしたちは疲れ切っていた。
学校までの道筋をたどる中、わたしと仗助くんは焦茶色の野良猫に遭遇した。驚くべきことに、その猫は「獲物」を口に咥えたまま、歩道を悠々と闊歩していた。
……つまり、わたしのぬいぐるみは「運び屋」によって絶えず移動し続けていたのだ。これまでなかなか見つからなかった理由にも納得がいく。
この猫が本当に強敵だった。当然、彼(彼女)の気を引くようなおやつやマタタビを、わたしたちが都合よく持っているはずもない。何度か逃げられてしまったが、二人で力を合わせて挟み撃ちにすることで、ようやく奪還に成功した。
何にせよ——仗助くんがいなければ、ぬいぐるみを取り戻すことはできなかっただろう。
「今日は手伝ってくれてありがとう。……ささやかながら、これはお礼です」
仗助くんの隣に座り、たった今買った缶ジュースを手渡す。彼はパチパチと瞬きをして、わたしとジュースを交互に見つめた後、ぱあっと顔を輝かせた。犬のように無邪気な笑顔だった。
「サンキュー。生き返ったぜ」
男子高校生らしく豪快に飲み干す姿を横目で見ながら、わたしも缶の蓋を開ける。はじめ感じていた気まずさや緊張は、とうに消えていた。それはひとえに、彼の人柄によるものだろう。
「……わたし、これまで東方くんのこと誤解してたかも」
「誤解?」
「こんなに優しい人だとは思ってなかった」
予想外の返事だったのか、仗助くんがゴホゴホとむせる。彼は学ランの袖口で口元を拭ってから、わたしに訝しげな目を向けた。
「おめーは今までおれをどんなやつだと思ってたんだ?」
「え? それは……えっと」
不良。髪型。怖い。真っ先に浮かんだのはそれらのワードだったが、そのまま正直に言えるはずもない。頭をフル回転させ、当たり障りのない言葉を必死に考える。——だけど、深く悩む必要はなかった。
「……正直、ちょっと近寄りがたいイメージはあったかな。東方くんは有名人だし……だから、今日声をかけてもらった時はびっくりした。すごく良い子なのに、外見だけで決めつけてたなって。わたしもこれからは気軽に話しかけるよ」
口をついて出た言葉は、全て自分の本心だった。今日自分に起こったのは、ほんの些細なことだ。それでも、彼に対して何かを返したい気持ちが溢れている。缶ジュース一本分ではとても足りない気がした。
気がつくと、仗助くんは何とも言えない顔で黙り込んでいた。
「……あ、あれ、別に学校で話しかけてもいいよね?」
「そ……それはもちろん構わねーが、改まって言われるとよ、なんつーか……」
言い終わる前に、仗助くんは目を逸らした。彼の手元で空き缶がべこっと音を立てる。
何か変なことを言ってしまったのだろうか。不安に思って彼の表情を観察したが、気分を害したわけではなさそうだ。だとすると、残る可能性は……照れているとか?
わたしの思考は、仗助くんのわざとらしい咳払いによって中断された。
「そうだ、あの猫から取り返したやつ、ポケットに入れてたよな?」
「ああ、うん——」
そういえば、もう落とすことがないよう、スカートのポケットの奥深くにしまっていた。複雑な気持ちはあるけど、そろそろ現実に向き合わなければいけない。
ポケットに手を入れ、ぬいぐるみをそっと取り出す。全身についていた砂はできる限り払い落としたが、綺麗になったとはお世辞にも言えない状態だ。ところどころに小さな穴や縫い目のほつれがあり、ボールチェーンも千切れている。
「おおっ……結構ボロボロになってんな」
「この程度の傷は仕方ないよ。戻ってきてくれただけでも嬉しいし……」
その言葉は、声に出してみると、思いのほか自分に言い聞かせるような響きがあった。布地を撫でれば、ボコボコとした感触が指に伝わってくる。
「東方くんは、大事にしてるものってある?」
なぜこんなことを話そうと思ったのか、自分でもよくわからなかった。顔を上げ、再び仗助くんと目を合わせる。
「わたしは……もうわかったと思うけど、漫画やアニメが好きなんだよね。このぬいぐるみも、小さい頃からずっと好きだった、お気に入りのキャラだよ」
作品のタイトルを口にしたが、彼はぴんときていない様子だ。
「悪いが聞いたことねーな。おれが知ってんのは『ドラえもん』とか『サザエさん』ぐれーだからよお〜」
「あはは、まあ、大抵の人はそうだよね」
仗助くんが発する言葉に嫌味は一切ない。だからこそ、わたしも自然に笑みを浮かべることができた。
「漫画のキャラの生き方に憧れたり、作中のセリフに勇気をもらったり……たとえフィクションだとしても、わたしにとってはすごく特別なものなんだ。でも、他人の目が気になって、堂々としていられない部分もあって」
ずっと、大切なものを軽んじられ、傷つくことを恐れていた。他人に否定されることを見越して、あらかじめ予防線を張っておくようになった——その方が、好きなものの価値を守れると信じていたからだ。
今はもう、信じていない。
「だから、嬉しかった。東方くんにとっては何でもないことかもしれないけど、一緒に探してくれたこと、すごく感謝してるんだよ」
「……それは、どういたしましてってやつだな」
仗助くんは口角を上げて微笑んだ。茜色の夕陽に照らされ、彼の顔は鮮やかに色づいている。映画の一場面を切り取ったかのような光景に、思わず見入ってしまう。
「それ、ちょっと貸してくれ」
「? うん、いいけど……」
わたしからぬいぐるみを受け取った彼は、それをしげしげと色んな角度から眺めた。……もしや、興味があるのだろうか。もしも詳しく教えて欲しいと言うのならば、説明はやぶさかではない。
ソワソワと数秒待ったが特に何も言われなかったため、わたしは近くのゴミ箱に空き缶を捨てに行った。ベンチに戻ってくると、仗助くんはわたしの手を取り、その上にぬいぐるみを乗せた。
「……えっ」
「ついでになおしといたからよ」
手を取られたことにもびっくりしたが、一番驚いたのは、ぬいぐるみが完璧に修繕されていたことだった。
わたしがベンチを離れていたのは十秒にも満たない時間だ。その間にソーイングセットを取り出して縫い合わせたとでも言うのだろうか。
仗助くんは平然と笑っている。その後、少しだけ雑談をして、わたしたちは別れた。何事もなかったように振る舞っていたが、頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。
奇妙な現象は、家に帰ってからも続いた。
夜、お風呂に入る前に絆創膏を剥がすと、膝の傷が綺麗さっぱり治っていた。傷跡一つなく、まるで最初から、怪我なんてしていなかったかのようだった。
——仗助くんがやったんだ、と思った。確証はないが、そうとしか考えられない。
その日を境に、わたしは彼を目で追うようになった。
誰とでも分け隔てなく接し、困っている人を見かけたら迷わず助けに行く——東方仗助くんという男の子は、知れば知るほど、気のいい人物だった。
気軽に話しかけるとは言ったものの、彼の近くにはいつも億泰くんや康一くんがいる。友人同士の会話に割って入るのは気が引けるし、そもそも話しかける用事がない。
わたしには迷いがあった。
もしも、あの時の会話を真剣に捉えているのは自分だけで、彼の方は単なる社交辞令として受け取っていたとしたら……すごく恥ずかしい。
彼を見ていると、たまに視線が交わる瞬間がある。きっと自分の気のせいだと思いながら、何も行動を起こせないまま数日が経った。
掃除当番のため、教室のゴミを捨てに行った時のことだった。腕に感じていた重みが急になくなり、顔を上げると、仗助くんがゴミ箱を抱えていた。
「あ、ありがとう——」
「自分で言ったことはよー、キッチリ守るべきだよな?」
間髪入れず投げ込まれた言葉に、全身が硬直する。彼が何の話をしているのかすぐにわかった。きまりが悪そうな顔で、仗助くんは続けた。
「大人しく待ってたおれが馬鹿みてーじゃあねーかよ」