週刊少年リビドー
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寝坊したのは久しぶりだった。昨日、夜ふかしして漫画を読んでいたからだ。
「何度も起こしたのに」という親の小言を聞き流しながら、朝ご飯を急いで口の中に詰め込む。身だしなみの点検もそこそこに、わたしは転がるようにして家を飛び出した。
懸命に走ったおかげで、どうやら遅刻は免れたようだ。校門の向こうにぞろぞろと歩く生徒たちの背中が見え、ようやく歩を緩める。乱れた呼吸を整えつつ、彼らの跡を追うように門をくぐった。
ほっとすると、周りを確認する余裕が出てくるものだ。昇降口で、わたしはふとガラスに映る自分の姿を見た。
「……あ、寝癖」
今になって気づいたが、髪の毛が一房、右耳の上あたりからぴょこんと飛び出ている。
そうだ——今朝は慌てて出てきてしまったから、身支度にあまり時間をかけられなかった。
まだ予鈴前とはいえ、今から女子トイレに行って丁寧に整える時間はない。幸い、何度か手ぐしで梳かすと寝癖は見えなくなった。……ように思えた。
ひとつ綻びを見つけると、そこからドミノ倒しのようにどんどん崩れていく。自業自得と言えばそれまでだけど、なんだか今日は肌の調子が悪いし、顔もむくんでいるような気がする。
これが二、三ヶ月前だったら、寝癖や肌荒れなんて、大した問題ではなかっただろう。でも、今は違う。見られたくない人がいる。
わたしはしきりに右耳の上を撫でつけながら、重い足取りで教室へ向かった。
扉をそろそろと開け、十センチ程度の隙間から教室の様子を観察する。「彼」は窓際で友達と喋っていて、こちらには意識を向けていない。
いつもならこのまま入って挨拶を交わすところだが、今日はあえて、反対側の扉から教室に入ることにした。
わたしは小走りで自分の机に向かい、音を立てないよう細心の注意を払いながら椅子に座った。ちらりと窓の方を見る。……よかった、セーフだ。全く気づかれていない。
けれど、思わぬ伏兵が近くにいた。ちょうどお手洗いから帰ってきたばかりの小柄な男の子が、わたしを見つけたのだ。
「あっ、ナマエさんおはよう」
——康一くん!
「お、おはよう……」
「もしかして今来たの? 君がギリギリに登校してくるなんて珍しいなあ。さっき仗助くんも心配してたよ」
まんまるの大きな瞳が、心配そうにわたしを見つめている。わざわざ声をかけてくれるなんて、康一くんはなんて良い人なんだろう。
だけど、今この時だけは、わたしのことを無視してほしかった。
窓際で億泰くんと話していた仗助くんが、会話を止めてこちらを振り向く。それに気づいていないふりをしながら、わたしは目の前の彼に話しかけた。
「康一くん、昨日発売の『ジャンプ』読んだ? わたし、ゆうべはつい何回も読み返しちゃって……だから今朝は寝坊しちゃったんだ」
「へえ〜っ、そうだったんだ。ぼくも読んだよ、確かにその気持ちわかるなあ〜……特に、新連載面白かったよね!」
席が近いこともあり、康一くんとはたまに漫画の感想を話す仲だ。ちょっとした時間稼ぎのつもりだったが、想像以上に話が盛り上がってしまった。緊張がほどけ、固まっていた口が滑らかに動き出す。
「うんうん! それに、今週の『ピンクダークの少年』も——」
「その漫画はよおー、彼氏をそっちのけにして盛り上がるほど面白いのかよ?」
声が聞こえたと同時に、机に大きな影が落ちる。
いつのまにか、彼氏の仗助くんがムスッとした表情でわたしの横に立っていた。
——正直な話、仗助くんのことを「彼氏」という言葉で呼ぶのは、未だに慣れない。
このぶどうヶ丘高校の中で、彼の容姿はひときわ目立っている。改造された学ランを身に纏い、髪型はリーゼント。今どき滅多に見かけない、「古風」な不良スタイルだ。
だから、凡庸な自分と比べてしまって、なんとなく気後れしているのかもしれない。彼自身は親しみやすい普通の男の子なんだけど……。
「お……おはよう。仗助くん」
「……よォー」
ただし、今は完璧に拗ねているが。
考えるまでもなく、今回の件はわたしに非がある。康一くんの話によれば、仗助くんは登校が遅いわたしのことを心配してくれていたようだし。
チクチクと胸を刺す罪悪感に耐えられず、わたしは正直に全てを話した。
「寝癖ェ〜? そんなこと気にしてたのかよ」
仗助くんは机に頬杖をつき、色んな角度からまじまじとわたしを観察し始めた。なんだか落ち着かなくて、思わず視線を逸らしてしまう。少し離れた場所で、大量の涙を流す億泰くんが康一くんに慰められていた。
「別にいつもと同じに見えっけどなあ〜……」
「お、同じ?」
がん、と頭を殴られたような衝撃が走った。
フォローのつもりで言ってくれたのはわかるけど、それはそれで複雑な気分だ。ヘアスタイルに人一倍こだわっている仗助くんなら共感してくれると思っていたのに。
みるみる口角が下がっていく。今度はわたしが拗ねる番だった。
「そりゃあ仗助くんのカッコいい髪型には敵わないかもしれないけど、これでも毎朝セットしてるんだよ? 全然同じじゃないって……」
「え? あ、ああ。わかってるけどよ」
不穏な空気を感じ取ったのか、仗助くんの目に困惑の色が浮かぶ。わたしは握り締めた拳に力を込め、身を乗り出して堂々と宣言した。
「はっきり言わせてもらうと、今日のわたしは最悪だよ!」
「じ、自信満々に言うことじゃあねーだろ……」
彼の意見ももっともだ。プライドも乙女心もズタズタになったが、これでようやく溜飲を下げた。
——明日からは夜の十時に寝よう。おそらく守られないであろう何度目かの決意を固めた瞬間、予鈴が鳴り出した。
みんなが慌ただしく自分の席に戻り始める。しかし、仗助くんは動こうとしなかった。
「どうしたの? そろそろ先生が入ってくるよ」
「……同じって、そういう意味で言ったわけじゃあねーよ」
ざわめきの中で、彼がぽつりと呟く。
よく耳を澄まさないと聞き取れないような、とても小さな声だった。奥歯に物が挟まったような歯切れの悪い態度で、彼はさらに言葉を続ける。
「さっきおれが言いたかったのは、だな……。
つまり、なんつーか……い、いつも通り……か」
最後の言葉は、チャイムの音にかき消されて全く聞こえなかった。
「何度も起こしたのに」という親の小言を聞き流しながら、朝ご飯を急いで口の中に詰め込む。身だしなみの点検もそこそこに、わたしは転がるようにして家を飛び出した。
懸命に走ったおかげで、どうやら遅刻は免れたようだ。校門の向こうにぞろぞろと歩く生徒たちの背中が見え、ようやく歩を緩める。乱れた呼吸を整えつつ、彼らの跡を追うように門をくぐった。
ほっとすると、周りを確認する余裕が出てくるものだ。昇降口で、わたしはふとガラスに映る自分の姿を見た。
「……あ、寝癖」
今になって気づいたが、髪の毛が一房、右耳の上あたりからぴょこんと飛び出ている。
そうだ——今朝は慌てて出てきてしまったから、身支度にあまり時間をかけられなかった。
まだ予鈴前とはいえ、今から女子トイレに行って丁寧に整える時間はない。幸い、何度か手ぐしで梳かすと寝癖は見えなくなった。……ように思えた。
ひとつ綻びを見つけると、そこからドミノ倒しのようにどんどん崩れていく。自業自得と言えばそれまでだけど、なんだか今日は肌の調子が悪いし、顔もむくんでいるような気がする。
これが二、三ヶ月前だったら、寝癖や肌荒れなんて、大した問題ではなかっただろう。でも、今は違う。見られたくない人がいる。
わたしはしきりに右耳の上を撫でつけながら、重い足取りで教室へ向かった。
扉をそろそろと開け、十センチ程度の隙間から教室の様子を観察する。「彼」は窓際で友達と喋っていて、こちらには意識を向けていない。
いつもならこのまま入って挨拶を交わすところだが、今日はあえて、反対側の扉から教室に入ることにした。
わたしは小走りで自分の机に向かい、音を立てないよう細心の注意を払いながら椅子に座った。ちらりと窓の方を見る。……よかった、セーフだ。全く気づかれていない。
けれど、思わぬ伏兵が近くにいた。ちょうどお手洗いから帰ってきたばかりの小柄な男の子が、わたしを見つけたのだ。
「あっ、ナマエさんおはよう」
——康一くん!
「お、おはよう……」
「もしかして今来たの? 君がギリギリに登校してくるなんて珍しいなあ。さっき仗助くんも心配してたよ」
まんまるの大きな瞳が、心配そうにわたしを見つめている。わざわざ声をかけてくれるなんて、康一くんはなんて良い人なんだろう。
だけど、今この時だけは、わたしのことを無視してほしかった。
窓際で億泰くんと話していた仗助くんが、会話を止めてこちらを振り向く。それに気づいていないふりをしながら、わたしは目の前の彼に話しかけた。
「康一くん、昨日発売の『ジャンプ』読んだ? わたし、ゆうべはつい何回も読み返しちゃって……だから今朝は寝坊しちゃったんだ」
「へえ〜っ、そうだったんだ。ぼくも読んだよ、確かにその気持ちわかるなあ〜……特に、新連載面白かったよね!」
席が近いこともあり、康一くんとはたまに漫画の感想を話す仲だ。ちょっとした時間稼ぎのつもりだったが、想像以上に話が盛り上がってしまった。緊張がほどけ、固まっていた口が滑らかに動き出す。
「うんうん! それに、今週の『ピンクダークの少年』も——」
「その漫画はよおー、彼氏をそっちのけにして盛り上がるほど面白いのかよ?」
声が聞こえたと同時に、机に大きな影が落ちる。
いつのまにか、彼氏の仗助くんがムスッとした表情でわたしの横に立っていた。
——正直な話、仗助くんのことを「彼氏」という言葉で呼ぶのは、未だに慣れない。
このぶどうヶ丘高校の中で、彼の容姿はひときわ目立っている。改造された学ランを身に纏い、髪型はリーゼント。今どき滅多に見かけない、「古風」な不良スタイルだ。
だから、凡庸な自分と比べてしまって、なんとなく気後れしているのかもしれない。彼自身は親しみやすい普通の男の子なんだけど……。
「お……おはよう。仗助くん」
「……よォー」
ただし、今は完璧に拗ねているが。
考えるまでもなく、今回の件はわたしに非がある。康一くんの話によれば、仗助くんは登校が遅いわたしのことを心配してくれていたようだし。
チクチクと胸を刺す罪悪感に耐えられず、わたしは正直に全てを話した。
「寝癖ェ〜? そんなこと気にしてたのかよ」
仗助くんは机に頬杖をつき、色んな角度からまじまじとわたしを観察し始めた。なんだか落ち着かなくて、思わず視線を逸らしてしまう。少し離れた場所で、大量の涙を流す億泰くんが康一くんに慰められていた。
「別にいつもと同じに見えっけどなあ〜……」
「お、同じ?」
がん、と頭を殴られたような衝撃が走った。
フォローのつもりで言ってくれたのはわかるけど、それはそれで複雑な気分だ。ヘアスタイルに人一倍こだわっている仗助くんなら共感してくれると思っていたのに。
みるみる口角が下がっていく。今度はわたしが拗ねる番だった。
「そりゃあ仗助くんのカッコいい髪型には敵わないかもしれないけど、これでも毎朝セットしてるんだよ? 全然同じじゃないって……」
「え? あ、ああ。わかってるけどよ」
不穏な空気を感じ取ったのか、仗助くんの目に困惑の色が浮かぶ。わたしは握り締めた拳に力を込め、身を乗り出して堂々と宣言した。
「はっきり言わせてもらうと、今日のわたしは最悪だよ!」
「じ、自信満々に言うことじゃあねーだろ……」
彼の意見ももっともだ。プライドも乙女心もズタズタになったが、これでようやく溜飲を下げた。
——明日からは夜の十時に寝よう。おそらく守られないであろう何度目かの決意を固めた瞬間、予鈴が鳴り出した。
みんなが慌ただしく自分の席に戻り始める。しかし、仗助くんは動こうとしなかった。
「どうしたの? そろそろ先生が入ってくるよ」
「……同じって、そういう意味で言ったわけじゃあねーよ」
ざわめきの中で、彼がぽつりと呟く。
よく耳を澄まさないと聞き取れないような、とても小さな声だった。奥歯に物が挟まったような歯切れの悪い態度で、彼はさらに言葉を続ける。
「さっきおれが言いたかったのは、だな……。
つまり、なんつーか……い、いつも通り……か」
最後の言葉は、チャイムの音にかき消されて全く聞こえなかった。
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