禁止令
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その日、私はレイの家でいつも通りくつろいでいた。
「クッキーの欠片がついているぞ」
呆れた声と共に、横から伸びてきた指が私の口元を拭う。お礼を言おうとして隣を向くと、こちらを見つめる優しい瞳と目が合った。
「……」
視線が交わった瞬間、私たちはお互いに同じ期待を抱いた。彼の顔がゆっくりと近づいてくる。高鳴る心臓の鼓動を感じながら、私は目を閉じた——
「あ、ちょっと待って」
唇が触れ合う寸前で、私はあることを思い出し、レイの口を手で押さえた。
「……虫歯ならもう治っている」
「歯のことを気にしてるわけじゃないよ。あなたに伝えようと思ってた大事な話があるの」
「大事な話」と聞いて、訝しげな顔をしながらもレイは姿勢を正す。彼と真正面から向き合った私は、コホンとひとつ咳払いをして、話を切り出した。
「提案があるんだけど……私たち、人前でスキンシップするのを控えない?」
「唐突だな」
レイは困惑したように何度か瞬きをした。
「改まって『禁止令』を出すとは。何かあったのか?」
「まあね。とりあえず、このアカウントの投稿を読んでみて」
私はSNSを開いて、ブックマークしていた見知らぬ人の呟きを彼に見せた。
『◯◯カフェの前で、カップルが熱いキスをしてるのを見かけた。お幸せに。夜道には気をつけろよ!』
先週、私たちは有名なパンケーキを食べるために、このカフェに行った。日付にも、そして「熱いキス」にも……しっかり心当たりがある。
つまり、この傍迷惑なカップルとは——正真正銘、私たちのことだ。
「まさかキスのしすぎで『犯行予告』をされるなんて。もうあのカフェには行けない……」
穴があったら入りたい気分だ。羞恥に身悶えする私に対して、レイはあくまで冷静だった。
「過去の投稿を見たが、このアカウントの持ち主は、私たちだけに『犯行予告』をしている訳ではないようだ。気にする必要はない」
「気にするなって言われても無理だよ! 一度見られてるって意識しちゃうと……」
「大丈夫だ。あの店に行く人間の視界は、基本的にふわふわパンケーキで占領される」
何だか、やけにフォローしてくる。この反応は冷静というより、むしろ……焦っているような感じだ。
得心した私はレイの頬を両手で挟み、彼をからかった。
「あなたって、そんなに私と外でイチャイチャするのが好きなんだね〜」
「……」
彼は目を細めると、無言で私の手を引き剥がした。
「客観的な事実を述べただけだ」
「はいはい。頭が良くて品行方正なレイ先生なら、キスもハグも我慢できるよね。……言っておくけど、私は本気だから!」
こうして、私たちの間に「人前でのイチャイチャ禁止令」が発令された。期限は私の気が変わるまでだ。
この時の私は、自分の体に染みついた「習慣」を変えることがどれだけ難しいか、まだ理解していなかったのだ。
禁止令を出してから一週間。待ちに待った週末がやってきた。
今日は彼と映画を観る約束をしている。待ち合わせ場所に向かうと、人混みの中でも一際目立つ、大きな後ろ姿が見えた。
「レイ、ごめんね。待たせちゃった?」
「私も今来たところだ」
「それなら良かった。じゃあ行こう!」
私はついいつもの癖で、彼の目の前に手のひらを差し出した。一瞬しまったと思ったが、今更引っ込めるわけにもいかない。
奇妙なポーズで固まる私を見下ろして、レイが笑う。
「手を繋ぐことはスキンシップのうちに入らないのだな」
「これは……温情だよ」
「そうか。では、慈悲深い誰かさんの厚意に甘えるとしよう」
レイは私の手を取り、当たり前のように指を絡めた。隙間なく密着した手のひらから、彼の温もりが流れ込んでくる。
先手を取られてしまった。平然とした表情で隣を歩く彼の横顔を、私はじろりと睨みつけた。
……後で絶対にやり返してやる!
「クッキーの欠片がついているぞ」
呆れた声と共に、横から伸びてきた指が私の口元を拭う。お礼を言おうとして隣を向くと、こちらを見つめる優しい瞳と目が合った。
「……」
視線が交わった瞬間、私たちはお互いに同じ期待を抱いた。彼の顔がゆっくりと近づいてくる。高鳴る心臓の鼓動を感じながら、私は目を閉じた——
「あ、ちょっと待って」
唇が触れ合う寸前で、私はあることを思い出し、レイの口を手で押さえた。
「……虫歯ならもう治っている」
「歯のことを気にしてるわけじゃないよ。あなたに伝えようと思ってた大事な話があるの」
「大事な話」と聞いて、訝しげな顔をしながらもレイは姿勢を正す。彼と真正面から向き合った私は、コホンとひとつ咳払いをして、話を切り出した。
「提案があるんだけど……私たち、人前でスキンシップするのを控えない?」
「唐突だな」
レイは困惑したように何度か瞬きをした。
「改まって『禁止令』を出すとは。何かあったのか?」
「まあね。とりあえず、このアカウントの投稿を読んでみて」
私はSNSを開いて、ブックマークしていた見知らぬ人の呟きを彼に見せた。
『◯◯カフェの前で、カップルが熱いキスをしてるのを見かけた。お幸せに。夜道には気をつけろよ!』
先週、私たちは有名なパンケーキを食べるために、このカフェに行った。日付にも、そして「熱いキス」にも……しっかり心当たりがある。
つまり、この傍迷惑なカップルとは——正真正銘、私たちのことだ。
「まさかキスのしすぎで『犯行予告』をされるなんて。もうあのカフェには行けない……」
穴があったら入りたい気分だ。羞恥に身悶えする私に対して、レイはあくまで冷静だった。
「過去の投稿を見たが、このアカウントの持ち主は、私たちだけに『犯行予告』をしている訳ではないようだ。気にする必要はない」
「気にするなって言われても無理だよ! 一度見られてるって意識しちゃうと……」
「大丈夫だ。あの店に行く人間の視界は、基本的にふわふわパンケーキで占領される」
何だか、やけにフォローしてくる。この反応は冷静というより、むしろ……焦っているような感じだ。
得心した私はレイの頬を両手で挟み、彼をからかった。
「あなたって、そんなに私と外でイチャイチャするのが好きなんだね〜」
「……」
彼は目を細めると、無言で私の手を引き剥がした。
「客観的な事実を述べただけだ」
「はいはい。頭が良くて品行方正なレイ先生なら、キスもハグも我慢できるよね。……言っておくけど、私は本気だから!」
こうして、私たちの間に「人前でのイチャイチャ禁止令」が発令された。期限は私の気が変わるまでだ。
この時の私は、自分の体に染みついた「習慣」を変えることがどれだけ難しいか、まだ理解していなかったのだ。
禁止令を出してから一週間。待ちに待った週末がやってきた。
今日は彼と映画を観る約束をしている。待ち合わせ場所に向かうと、人混みの中でも一際目立つ、大きな後ろ姿が見えた。
「レイ、ごめんね。待たせちゃった?」
「私も今来たところだ」
「それなら良かった。じゃあ行こう!」
私はついいつもの癖で、彼の目の前に手のひらを差し出した。一瞬しまったと思ったが、今更引っ込めるわけにもいかない。
奇妙なポーズで固まる私を見下ろして、レイが笑う。
「手を繋ぐことはスキンシップのうちに入らないのだな」
「これは……温情だよ」
「そうか。では、慈悲深い誰かさんの厚意に甘えるとしよう」
レイは私の手を取り、当たり前のように指を絡めた。隙間なく密着した手のひらから、彼の温もりが流れ込んでくる。
先手を取られてしまった。平然とした表情で隣を歩く彼の横顔を、私はじろりと睨みつけた。
……後で絶対にやり返してやる!
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