その他小話
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皮が金属を叩く音が耳に木霊する。
視界に広がる天井は、意識を落とす前に見たそれと何一つ変わってはいなかった。
監獄104号室。渡り廊下を通った先にある離れの棟に1部屋のみ設置されている特別な檻。
他の檻と違い、此処には白いシーツを敷いたベットとまだ新品の椅子と机が置かれている。
それもそのはず。この部屋には【特別な理由】がない限り囚人を入れてはならない。監獄にいるものならば、看守も囚人も誰もが知る常識だった。
頑丈な鉄の扉で閉ざされたこの部屋には窓がない。そのせいで、清潔な家具ばかり置かれたこの部屋はとてつもなく息苦しい。呼吸すら大きく聞こえる静けさが、閉鎖的な空気に拍車をかけている。
扉を叩く音と微かに聞こえる少女の声で、オルガは目を覚ました。
「……聞こえますか」
どのくらい眠っていたのだろう。今は何時なのだろう。そんなこともここでは何一つわからない。それに今は、そんなことを考える時間すら惜しかった。頭を振りおぼろげな意識を追いやってドアへと歩み寄る。
時間ひとつ分からなくても、彼女の声を間違えるはずがない。
「イオ……?」
分かりますか。
先程よりも小さな声はしりすぼみに返事をする。
きっと、驚いた顔をしているのだろう。名前も言わなかったのにと思っているのかもしれない。君の声くらい顔を見なくてもわかると、きちんといっておけばよかった。こんなことになるのなら。こんなことに、なってしまうくらいだったら。
「どうしたの?……こんなところにいたら看守さんに怒られちゃうよ」
ドアに頭をつけ口を寄せる。冷たい金属の感触が肌に染みる。そろそろお風呂に入りたいなぁと、汗だくの額をぬぐった。
「……わかりません」
聞こえてきた声は、とても小さな声だった。彼女にしては珍しい、はっきりとしない不明瞭な声音。ぽつりぽつりと彼女は言葉を重ねる。
「わからないのです。どうして、私はここに来たのか」
「何もすることはできないと、分かっているはずなのに」
不意に、目頭が熱くなる。拙いながらも、伝えようとしてくれるその言葉がどうにも愛おしくて。見つかったら怒られてしまうかもしれないのに、形容する言葉もないのに。それでも、彼女は自分のところに来てくれた。
「……ありがとう。イオ」
「……どうして、貴方がお礼を言うのでしょう。お礼を言わなければいけないのは、ワタシの方です」
「ううん。僕がイオにありがとうって言いたいんだ」
「……分かりません」
それきり、彼女は黙ってしまった。身体を反転させ、扉に背を預けてもたれかかる。
コンと扉をたたく音が振動と共に伝わる。
「……イオ、看守さんの言うことを……よく聞くんだよ?誰かに、乱暴にされたら……きっと、助けてくれるから……」
ゆっくりと、腕から力が抜けていく。冷たい床に体が倒れ込む。
あつい、くるしい。折角目を覚ましたのに、瞼はどんどんと重たくなっていく。
それでも、一言だけ。
この言葉だけは、彼女に伝えなくちゃ。
「……イオ」
いかないでください。扉の向こうから聞こえた声は、泣いていた。初めて会った時から、一度も見ることはなかったに。最後の最後に泣かせちゃったな。
なかないで。もう、守ってあげられないけど。そばにいるから。
「……だいすき、だよ」
指先から、熱が抜けていく。けれど確かに、胸の奥は暖かかった。
「オルガ……オルガ」
扉をたたきながら、イオは何度も彼の名前を呼ぶ。扉の向こうにいるはずの彼は、返事をしない。
それがどういうことかわからないほど、イオは子供ではなかった。
「……ワタシはまだ、貴方に伝えていません」
ぼろぼろと白い頬の上を幾本もの雫が零れていく。
「貴方が……教えてくれなければわからないのです。自分の名前も、笑うことも、私が生きている意味も……こんなに胸が苦しい理由も、わからないのです」
流れ落ちた雫が、足元の布を濡らしていく。素足でいるのは危ないから、そう言ってくれたのも彼だった。
「ワタシは、貴方にありがとうを伝えていません。……オルガ」
監獄104号室。ここは【治療を放棄された病気を持つ囚人】を収監する部屋。
死を待つだけの部屋の前で、少女の泣き声がいつまでも響いていた。
視界に広がる天井は、意識を落とす前に見たそれと何一つ変わってはいなかった。
監獄104号室。渡り廊下を通った先にある離れの棟に1部屋のみ設置されている特別な檻。
他の檻と違い、此処には白いシーツを敷いたベットとまだ新品の椅子と机が置かれている。
それもそのはず。この部屋には【特別な理由】がない限り囚人を入れてはならない。監獄にいるものならば、看守も囚人も誰もが知る常識だった。
頑丈な鉄の扉で閉ざされたこの部屋には窓がない。そのせいで、清潔な家具ばかり置かれたこの部屋はとてつもなく息苦しい。呼吸すら大きく聞こえる静けさが、閉鎖的な空気に拍車をかけている。
扉を叩く音と微かに聞こえる少女の声で、オルガは目を覚ました。
「……聞こえますか」
どのくらい眠っていたのだろう。今は何時なのだろう。そんなこともここでは何一つわからない。それに今は、そんなことを考える時間すら惜しかった。頭を振りおぼろげな意識を追いやってドアへと歩み寄る。
時間ひとつ分からなくても、彼女の声を間違えるはずがない。
「イオ……?」
分かりますか。
先程よりも小さな声はしりすぼみに返事をする。
きっと、驚いた顔をしているのだろう。名前も言わなかったのにと思っているのかもしれない。君の声くらい顔を見なくてもわかると、きちんといっておけばよかった。こんなことになるのなら。こんなことに、なってしまうくらいだったら。
「どうしたの?……こんなところにいたら看守さんに怒られちゃうよ」
ドアに頭をつけ口を寄せる。冷たい金属の感触が肌に染みる。そろそろお風呂に入りたいなぁと、汗だくの額をぬぐった。
「……わかりません」
聞こえてきた声は、とても小さな声だった。彼女にしては珍しい、はっきりとしない不明瞭な声音。ぽつりぽつりと彼女は言葉を重ねる。
「わからないのです。どうして、私はここに来たのか」
「何もすることはできないと、分かっているはずなのに」
不意に、目頭が熱くなる。拙いながらも、伝えようとしてくれるその言葉がどうにも愛おしくて。見つかったら怒られてしまうかもしれないのに、形容する言葉もないのに。それでも、彼女は自分のところに来てくれた。
「……ありがとう。イオ」
「……どうして、貴方がお礼を言うのでしょう。お礼を言わなければいけないのは、ワタシの方です」
「ううん。僕がイオにありがとうって言いたいんだ」
「……分かりません」
それきり、彼女は黙ってしまった。身体を反転させ、扉に背を預けてもたれかかる。
コンと扉をたたく音が振動と共に伝わる。
「……イオ、看守さんの言うことを……よく聞くんだよ?誰かに、乱暴にされたら……きっと、助けてくれるから……」
ゆっくりと、腕から力が抜けていく。冷たい床に体が倒れ込む。
あつい、くるしい。折角目を覚ましたのに、瞼はどんどんと重たくなっていく。
それでも、一言だけ。
この言葉だけは、彼女に伝えなくちゃ。
「……イオ」
いかないでください。扉の向こうから聞こえた声は、泣いていた。初めて会った時から、一度も見ることはなかったに。最後の最後に泣かせちゃったな。
なかないで。もう、守ってあげられないけど。そばにいるから。
「……だいすき、だよ」
指先から、熱が抜けていく。けれど確かに、胸の奥は暖かかった。
「オルガ……オルガ」
扉をたたきながら、イオは何度も彼の名前を呼ぶ。扉の向こうにいるはずの彼は、返事をしない。
それがどういうことかわからないほど、イオは子供ではなかった。
「……ワタシはまだ、貴方に伝えていません」
ぼろぼろと白い頬の上を幾本もの雫が零れていく。
「貴方が……教えてくれなければわからないのです。自分の名前も、笑うことも、私が生きている意味も……こんなに胸が苦しい理由も、わからないのです」
流れ落ちた雫が、足元の布を濡らしていく。素足でいるのは危ないから、そう言ってくれたのも彼だった。
「ワタシは、貴方にありがとうを伝えていません。……オルガ」
監獄104号室。ここは【治療を放棄された病気を持つ囚人】を収監する部屋。
死を待つだけの部屋の前で、少女の泣き声がいつまでも響いていた。
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