小話メモ
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シンと静まり返った廊下にミシェルは一人佇んでいた。
いつもと同じはずの扉は寒々しくて、まるでそこから先は異世界だとでもいうかのように鎮座している。その先に進むのを本能が拒むような威圧感。
だけど、行かなくてはいけない。ミシェルは重苦しいオーラを振り払うようグリップを握りしめてドアノブをゆっくりと回した。
部屋の主は夢の中にいた。
執務用の大きなテーブルにはいつもよりは少ない量の資料が積まれている。目的の人物、ガルジオは資料の隙間に頬杖をついて静かに目を閉じている。
昨日も遅くまで仕事をしていたなと、素直な関心が頭をよぎる。思えばこの一週間、この人が仕事をしている所は嫌というほど見せてもらったが休んでいる所を見たことは一度もなかった。
見慣れない光景を飲み込んで、ミシェルはゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる。一歩、二歩。カーペットを踏みしめる優しい音ですら、今のミシェルには毒でしかない。
また一歩と机へと近づき、手を伸ばせば届きそうな距離でミシェルは足を止めた。
鳴りやまない心臓を押さえて、ゆっくりと息を吐く。吐息さえいつもより大きく聞こえた気がして、慌てて飲み込んだ。
これ以上、何を焦ることがあるんだ。そうだ、これが終われば。これさえ終わってしまえば。
ゆっくりともう一度、息を吐き終わったところで、ミシェルは拳銃のグリップを両手で握った。
照準は眉間の真ん中。万一にも外さない距離。あとは、引き金を引くだけ。
意味をなさなくなった深呼吸を飲み込み、震える両手を押さえつけるようにグリップを握りしめる。
大丈夫、大丈夫。自分に必死に言い聞かせて、ギュッと目をつぶる。
「ちゃんと見ておけって、言っただろ」
不意に、目の前からかけられた声と共に何かがミシェルの体を傾けた。
積み上げられた紙の束が、ばさりと音を立てて床に散らばる。
「いいか、狙うのここだ。どんな相手だろうと命の重みを背負う覚悟で引き金を引け」
この一週間で聞きなれてしまった声は、間違いようもなく今自分が命を奪おうとしていた人物の声で。
その声は怒るでも、呆れるでもなく。ただ、諭すようにミシェルに投げかけられていた。
「ガルジオ…さん」
「教えたことが1つもできてねぇな」
いつから起きていたのか。どこまで気づいているのか。身体を引こうにも銃身を握る手は、ミシェルがどれだけ力を込めても、ピクリとも動かない。
眉間に向けられていた銃口はガルジオの手の中で、彼の心臓を指示していた。
「武器を手にしたら、迷うな」
ガルジオの眼がミシェルのことを捉える。向き合えば自分がその視線に殺されてしまいそうで、ミシェルはとっさに目を背けた。ずっと、この目と向き合ってきたはずなのに、どうして今はこんなに恐ろしいのだろう。
「ちゃんと教えただろ、ミシェル」
「ぼく…僕、は」
胸の中で渦を巻く言葉は、飲み込むことも吐き出すこともできずに喉の中でとどまってしまっている。喉の奥の言葉が熱くて、ただれてしまいそうなくらいに重たい。
ミシェル、と名前を呼ぶ音が喉の奥の言葉をさらっていく。言葉が抜けた隙間に空気が入り込み少しずつ息を取り込む。そこでようやく息を止めていたことに気が付いた。
「…離してください」
「いま手を離したら撃たれるだろ」
「…今、この状態でも…引き金は弾けます。そうすれば、貴方は死にますよ…?」
「だろうな。修羅場はいくつか渡ってきたが、流石にこの距離で銃弾浴びたら死ぬだろうな」
「…それでも、この手を離してくれないんですか」
握り込まれた銃身の先は彼の心臓から逸れない。それでも、手が離される気配はない。
どうして、なんで。思考が早いことが唯一の取り柄の脳みそは、停止を訴えて真っ白なままだ。
「お前の迷いに答えが出るまでは、付き合ってやる」
視線をあげたのは、咄嗟だった。
考えることを放棄した脳が最後にたたき出した最悪の判断は、ミシェルとガルジオの視線を交差させた。
意思の堅い真紅の瞳。深い、澄んだ赤色の視線に射抜かれてミシェルの手から鉄の塊が零れ落ちた。
「話聞くときは、目を見ろって言っただろ。やっと一つ実践できたな」
持ち主を失った拳銃を無造作に机に放り投げて、ガルジオはミシェルの頭に手を乗せた。
「一人で抱え込みすぎるな。…これも教えておいた方が良かったな」
そう言って、わしゃわしゃと頭を撫でる手が妙に暖かくて。そんな暖かさが存在するのだと気づいてしまったら無性に胸が苦しくなった。
「…ガルジオさん」
無意識だった。気づいても、止めることはできなかった。この判断が間違っていたとしてもいい。大切な半身には、いつかしっかりと謝ろう。そうすることができるのならば。
「どうした?」
「…僕のことを、殺してくれませんか」
ピタリと、ガルジオの動きが止まるのを視界の端に捉える。きっと、怖い顔をしているのだろう。それでもしょうがない。自分は怒られることをしているという自覚はある。
視界に映るカーペットが入ってきた時よりも明るく見える。視界を曇らせていた迷いが消えたからだろうか。それは同時に、気づいてしまったという意味でもあるのだが。
「…お前が、レオンの関係者だからか」
「…なんだ、やっぱりご存知でしたか」
馴染みのある名前に顔をあげれば、想像よりも彼の顔は苦しそうだった。そんな顔をしないで、叱ってください。呆れてくれたっていい。
「物心ついた時には、貴方はあの人たちの敵で…殺さなくてはいけない。そう教えられて生きてきました。疑うような暇は一秒だってなかった。疑う気さえ起きない場所で生きてきました」
微笑んで見せれば、彼はよりその表情を歪めてしまった。おかしいと思っただろうか、殺してほしいと言っておきながら笑うなんて。ガルジオさんは、黙って僕の話を聞いていてくれた。
「だけど、迷っちゃったんです。父と母の敵である貴方を殺すことが正しいはずなのに、そうするべきなのか。分からなくなっちゃったんです。ミーシャも、僕も」
「…今日のことを、ミーシャは」
「…話してません。僕が勝手に作戦を実行して、成功すればそれでいいし、失敗すればガルジオさんは死なずにミーシャはまた家に戻る。殺されるかどうかはわかりませんが、二人でくるよりは生き残れると思ったんです」
そこまで言って、我ながら頭の悪い作戦だとまた視線を落とす。濃紺の床だと血の色は目立つだろうか。言葉とは裏腹に頭はそんなことばかりを考えていた。
「…この任務が成功して戻ったところで、幹部殺しの僕たちを組織が許しておくはずがない。成功しても失敗しても、僕達が生きていられる可能性は相当に低いんです。
それなら、僕は貴方に殺してほしいと思いました」
未完成。ガルに説教されてー( 'ω')
補足。ガルのセリフに出てくる「レオン」はミケ姉弟の父親の「レオンハルト=ケイネック」の略称です。やっちゃんのニコラではありませんのであしからず。
いつもと同じはずの扉は寒々しくて、まるでそこから先は異世界だとでもいうかのように鎮座している。その先に進むのを本能が拒むような威圧感。
だけど、行かなくてはいけない。ミシェルは重苦しいオーラを振り払うようグリップを握りしめてドアノブをゆっくりと回した。
部屋の主は夢の中にいた。
執務用の大きなテーブルにはいつもよりは少ない量の資料が積まれている。目的の人物、ガルジオは資料の隙間に頬杖をついて静かに目を閉じている。
昨日も遅くまで仕事をしていたなと、素直な関心が頭をよぎる。思えばこの一週間、この人が仕事をしている所は嫌というほど見せてもらったが休んでいる所を見たことは一度もなかった。
見慣れない光景を飲み込んで、ミシェルはゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる。一歩、二歩。カーペットを踏みしめる優しい音ですら、今のミシェルには毒でしかない。
また一歩と机へと近づき、手を伸ばせば届きそうな距離でミシェルは足を止めた。
鳴りやまない心臓を押さえて、ゆっくりと息を吐く。吐息さえいつもより大きく聞こえた気がして、慌てて飲み込んだ。
これ以上、何を焦ることがあるんだ。そうだ、これが終われば。これさえ終わってしまえば。
ゆっくりともう一度、息を吐き終わったところで、ミシェルは拳銃のグリップを両手で握った。
照準は眉間の真ん中。万一にも外さない距離。あとは、引き金を引くだけ。
意味をなさなくなった深呼吸を飲み込み、震える両手を押さえつけるようにグリップを握りしめる。
大丈夫、大丈夫。自分に必死に言い聞かせて、ギュッと目をつぶる。
「ちゃんと見ておけって、言っただろ」
不意に、目の前からかけられた声と共に何かがミシェルの体を傾けた。
積み上げられた紙の束が、ばさりと音を立てて床に散らばる。
「いいか、狙うのここだ。どんな相手だろうと命の重みを背負う覚悟で引き金を引け」
この一週間で聞きなれてしまった声は、間違いようもなく今自分が命を奪おうとしていた人物の声で。
その声は怒るでも、呆れるでもなく。ただ、諭すようにミシェルに投げかけられていた。
「ガルジオ…さん」
「教えたことが1つもできてねぇな」
いつから起きていたのか。どこまで気づいているのか。身体を引こうにも銃身を握る手は、ミシェルがどれだけ力を込めても、ピクリとも動かない。
眉間に向けられていた銃口はガルジオの手の中で、彼の心臓を指示していた。
「武器を手にしたら、迷うな」
ガルジオの眼がミシェルのことを捉える。向き合えば自分がその視線に殺されてしまいそうで、ミシェルはとっさに目を背けた。ずっと、この目と向き合ってきたはずなのに、どうして今はこんなに恐ろしいのだろう。
「ちゃんと教えただろ、ミシェル」
「ぼく…僕、は」
胸の中で渦を巻く言葉は、飲み込むことも吐き出すこともできずに喉の中でとどまってしまっている。喉の奥の言葉が熱くて、ただれてしまいそうなくらいに重たい。
ミシェル、と名前を呼ぶ音が喉の奥の言葉をさらっていく。言葉が抜けた隙間に空気が入り込み少しずつ息を取り込む。そこでようやく息を止めていたことに気が付いた。
「…離してください」
「いま手を離したら撃たれるだろ」
「…今、この状態でも…引き金は弾けます。そうすれば、貴方は死にますよ…?」
「だろうな。修羅場はいくつか渡ってきたが、流石にこの距離で銃弾浴びたら死ぬだろうな」
「…それでも、この手を離してくれないんですか」
握り込まれた銃身の先は彼の心臓から逸れない。それでも、手が離される気配はない。
どうして、なんで。思考が早いことが唯一の取り柄の脳みそは、停止を訴えて真っ白なままだ。
「お前の迷いに答えが出るまでは、付き合ってやる」
視線をあげたのは、咄嗟だった。
考えることを放棄した脳が最後にたたき出した最悪の判断は、ミシェルとガルジオの視線を交差させた。
意思の堅い真紅の瞳。深い、澄んだ赤色の視線に射抜かれてミシェルの手から鉄の塊が零れ落ちた。
「話聞くときは、目を見ろって言っただろ。やっと一つ実践できたな」
持ち主を失った拳銃を無造作に机に放り投げて、ガルジオはミシェルの頭に手を乗せた。
「一人で抱え込みすぎるな。…これも教えておいた方が良かったな」
そう言って、わしゃわしゃと頭を撫でる手が妙に暖かくて。そんな暖かさが存在するのだと気づいてしまったら無性に胸が苦しくなった。
「…ガルジオさん」
無意識だった。気づいても、止めることはできなかった。この判断が間違っていたとしてもいい。大切な半身には、いつかしっかりと謝ろう。そうすることができるのならば。
「どうした?」
「…僕のことを、殺してくれませんか」
ピタリと、ガルジオの動きが止まるのを視界の端に捉える。きっと、怖い顔をしているのだろう。それでもしょうがない。自分は怒られることをしているという自覚はある。
視界に映るカーペットが入ってきた時よりも明るく見える。視界を曇らせていた迷いが消えたからだろうか。それは同時に、気づいてしまったという意味でもあるのだが。
「…お前が、レオンの関係者だからか」
「…なんだ、やっぱりご存知でしたか」
馴染みのある名前に顔をあげれば、想像よりも彼の顔は苦しそうだった。そんな顔をしないで、叱ってください。呆れてくれたっていい。
「物心ついた時には、貴方はあの人たちの敵で…殺さなくてはいけない。そう教えられて生きてきました。疑うような暇は一秒だってなかった。疑う気さえ起きない場所で生きてきました」
微笑んで見せれば、彼はよりその表情を歪めてしまった。おかしいと思っただろうか、殺してほしいと言っておきながら笑うなんて。ガルジオさんは、黙って僕の話を聞いていてくれた。
「だけど、迷っちゃったんです。父と母の敵である貴方を殺すことが正しいはずなのに、そうするべきなのか。分からなくなっちゃったんです。ミーシャも、僕も」
「…今日のことを、ミーシャは」
「…話してません。僕が勝手に作戦を実行して、成功すればそれでいいし、失敗すればガルジオさんは死なずにミーシャはまた家に戻る。殺されるかどうかはわかりませんが、二人でくるよりは生き残れると思ったんです」
そこまで言って、我ながら頭の悪い作戦だとまた視線を落とす。濃紺の床だと血の色は目立つだろうか。言葉とは裏腹に頭はそんなことばかりを考えていた。
「…この任務が成功して戻ったところで、幹部殺しの僕たちを組織が許しておくはずがない。成功しても失敗しても、僕達が生きていられる可能性は相当に低いんです。
それなら、僕は貴方に殺してほしいと思いました」
未完成。ガルに説教されてー( 'ω')
補足。ガルのセリフに出てくる「レオン」はミケ姉弟の父親の「レオンハルト=ケイネック」の略称です。やっちゃんのニコラではありませんのであしからず。