過去の遺物たち
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覚醒の世界と夢の世界のはざまにある小さな花畑。
創造主の作り上げた箱庭に、今日もまた客人が訪れる。
コツ、とタイルの貼られた道を革靴が鳴る音がする。歩く動作に合わせて、ふわりとコートが揺れる。
「……ここはどこだ?」
アルゴは辺りを見回しながら、ポツリとつぶやいた。半分だけになった視界でも、そこが花畑だということは理解できた。
だが、理解できるのはそれだけだ。
なぜ今自分がこんな場所にいるのか、それが全く分からない。大きな任務の帰り、急にめまいに襲われたかと思ったらここに来ていた。
「リノはどこに行ったんだ……?皆は?」
「お兄ちゃんもおきゃくさま?」
「っ!」
花畑の中から突如聞こえてきた声に振り返る。
色とりどりの花々が咲き乱れた花畑の中央、セットされたガーデンテーブル。その椅子に、一人の少女が腰かけている。切りそろえられた前髪に赤い目、真っ白な髪は左右に結わえられ東洋の赤いドレスに映えている。ティーカップを両手に持ち、テーブルに肘をついたままこちらを向いている。彼女はアルゴと目が合うと、にっこりと微笑み自らの正面の椅子を促す。
「すわらないの?」
「あぁ……」
少女に促され、アルゴも椅子に腰かける。テーブルの上には、二組のティーカップ。カップからは紅茶のかぐわしい香りが漂ってきている。
「おいしいよ?」
そう言って、少女はカップに口をつける。
年はシルやラポと変わらないだろう。端正な顔立ちの少女は周りの雰囲気と相まって、そのまま絵画のようだ。
「『本日はようこそ、おこしくださいました』」
いつの間に手にしていたのか、少女は手にカードのようなものを持っている。
「『ささやかではありますが、おちゃかいの席をもうけさせていただきました。どうぞごゆっくりとお楽しみください』だって」
文面を読み終えたのか、カードをテーブルに置きこちらに向き直る。
「お兄ちゃん、おなまえは?」
「……アルゴだ」
「あるご?」
少女は「ある……あるご……」と反芻し、パッと笑顔でアルゴの方を向いた。
「じゃあ、あるくんだね!」
「あ、あるくん?」
呼ばれなれない略称と彼女の無邪気な笑顔に戸惑ってしまう。
そんな彼女は自分のつけたあだ名に満足したのか、うんうんと頷いている。
「よろしくね、あるくん!」
「あぁ……」
呼ばれなれない呼び方に戸惑うも文句という文句が出てくるわけでもなく、アルゴはひとりごちる。
「お前は……?」
「エノはエノだよ!」
少女、エノはそう言うと「よろしくね?」と首を傾げた後、またにっこりと笑った。
「エノ……?」
その名前に、アルゴは少し違和感を感じた。一度どこかで聞いたことがあったようなそんな気が。
「あるくん」
違和感の正体について考えていると、すぐ近くから声をかけられる。
はっと目を向けるとエノが身を乗り出してこちらを覗き込んでいる。
エノはカードをこちらに向ける。
「お話ししよう?」
無邪気な笑顔に押されるようにアルゴは「あぁ……」と頷いた。
「うーん、何のおはなししようかなー?」
足をぷらぷら揺らしながらエノはアルゴを見つめている。
視線を受け止めながら、ティーカップに口をつける。紅茶はまだ暖かく、華やかな香りが口いっぱいに広がる。
「……エノは、どこから来たんだ?」
幼い彼女を見ていると、自分のパートナーやボスを思い出す。
エノはうんうんと唸りながら何か悩んでいるようだ。
「うーん……わかんない」
少し悩んみ、コテンと首を傾げる。
「わ、わからないのか?」
「うん、おもいだせないの。みんなと一緒にいたのは覚えてるのに……」
少し寂しそうな顔をしてエノは机に突っ伏した。突然こんな空間にやってきて記憶が混同しているのだろうか。
「みんな?」
「そう、エノのおうちはいっぱい家族がいるの。お父さんとお兄ちゃんたちとお姉ちゃんたち」
家族のことを思い出したのか、エノは楽しそうに笑う。
「……いい家族なんだな」
「うん!みんな大好き」
えへへと笑って、エノはまたティーカップを口につける。
「エノがみんなのごはんを作るんだよ」
「エノは料理ができるのか?」
「うん!みんなおいしいって言ってくれるんだよ!」
そういってまた笑うエノの笑顔は本当に幸せそうだ。だが、幸せそうだったエノの顔が俯かれる。
「どうした?」
「エノの家はみんなでお父さんのお手伝いをするの。でも、エノはまだお手伝いさせてもらえないの……」
しょんぼりと顔を下げ、いじいじとテーブルの模様をなぞり始める。
「……エノの家は何の仕事をしてるんだ?」
「うーん、お兄ちゃんはお薬うったりしてるよ?」
「薬?……医者なのか?」
「おうちにいっぱいお薬あるの、おにいちゃん、よく知らない人とおうちでお話してる」
医療関係の仕事をしているのなら手伝いをするのも波の苦労ではないだろう。
自分とは違う、光り輝く世界に目の前の少女は進んでいく。
アルゴはふっと自分でも気づかないほどの、小さな笑いを漏らした。
「がんばれ」
エノはぽかんと口を開けていたが、意味を理解したのかにっこりと笑う。
「うん、がんばるよ!」
もうすぐこのお茶会が終わる。どちらからいい出したわけではないが、二人は本能として感じていた。それに応じたのか、はたまた二人の本能がそれに応じたのか。
空から一枚のカードが、はらりと落ちてきた。
テーブルの上に落ちたカードをエノが手に取る。
「『おたのしみいただけましたでしょうか?さて、こたびのおちゃかいもそろそろへい幕でございます。お帰りのさいは、ゲートをお通りくださいませ』……だって」
エノが文面を読み上げると庭園の端から淡い光があふれてくる。
光はアーチを形作ると、壁のように集まって収束する。
「おわかれみたいだね」
アーチに目を向けたまま、エノはぽつりと呟いた。背を向けたままの落とされた声に何が込められていたのか。その後ろ姿からは知ることはできない。
「……そうだな」
席を立ち光の方へと足を進める。
「もうちょっと飲みたかったなぁ」
エノは再度ティーカップを手にしたようで、コクと喉を鳴らす音が聞こえた。
花畑の中、タイルの道を歩く。
光の向こう側は、まるで別の世界にでもつながっているかのように、
様々な景色が映り込んでは消えていく。
「ほんとにここから帰れるのか……?」
恐る恐る光に手を伸ばしてみる。
「あるくん」
光に手が触れる瞬間、背後からの声に振り返る。
「たのしかったね」
エノはそう言ってにっこりと微笑む。だが、その表情は先ほどまでの無邪気な少女のものとは少し違っていた。まるで彼女の姿をした別のものと喋っているようで。
「……エノ?」
アルゴを見据えたまま、エノはゆっくりと近づいてくる。
「ほんとはもっとお話ししたかったな」
表情は笑顔のままだが、声は淡々と語る。
「ジェラートだって」
手を伸ばせば届くまでに距離を詰められる。
「マリさんよりも美味しく作ってあげるよ?」
エノはおもむろにドレスの留め具に手をかける。
「なんで、マリのこと……」
【……襲撃?】
どうして今だったのかはわからない。だが、不意にアルゴは思い出した。
【あぁ、例の香港の連中だ。アルも気を付けろ】
あれは、確かシルが襲撃されたすぐ後、ガルと話をしていたとき。
【……捕まえたのか?】
【いや、逃げられた。邪魔が入ってな】
【邪魔……?】
【奴らの仲間かどうかは知らねぇがガキが一人、な】
【子ども?】
【あぁ……真っ白な髪をしてて、】
やっと気が付いた。最初の違和感の正体は。
「私はあるくんの家族のこと、ちょっとだけ詳しいんだよ」
【『エノ』って呼ばれてたな】
ドレスの首元が開かれる。
胸の中心に描かれているのは赤をあしらった蝶。
「エノ……お前」
目の前にいるのは最初の純真な少女の笑顔ではない。今、あるのは凄惨なまでの笑み。
「お父さんのおしごと手伝ったら、また会えるね」
エノの両腕がアルゴを押す。
その先にあるのは光のゲート。
「次に会えるのを楽しみにしてるね。あるくん」
光に包まれると浮遊感と虚脱感が体を襲う。視界の端に見えたのは極彩色と白。そのままアルゴは意識を失った。
「君……アル君!」
「……!」
自分の名前を呼ぶ声と、体をゆすられる感覚でアルゴは目を覚ました。
「そろそろ帰りの時間でしょ。ほら起きなさい」
「……マスター」
どうやらヴェローナの店内のようだ。
どうやら任務の帰りに眠ってしまっていたのだろう。マスターは心配そうにアルゴの顔を覗き込んでいる。
「でも、めずらしいわね。今日はそんなに大きな案件だったの?」
「あぁ……」
額の汗をぬぐい身支度を整える。
「悪いマスター」
「あら、別にいいのよ。またいつでもいらっしゃい」
手を振るマスターに別れを告げ、店を出る。
先ほどまで何か夢を見ていたような気がする。たくさんの色の中で誰かと話す夢を。
寒空の町、群衆の中を歩いていく。華やかな香りがかすかに漂ってきた気がした。
創造主の作り上げた箱庭に、今日もまた客人が訪れる。
コツ、とタイルの貼られた道を革靴が鳴る音がする。歩く動作に合わせて、ふわりとコートが揺れる。
「……ここはどこだ?」
アルゴは辺りを見回しながら、ポツリとつぶやいた。半分だけになった視界でも、そこが花畑だということは理解できた。
だが、理解できるのはそれだけだ。
なぜ今自分がこんな場所にいるのか、それが全く分からない。大きな任務の帰り、急にめまいに襲われたかと思ったらここに来ていた。
「リノはどこに行ったんだ……?皆は?」
「お兄ちゃんもおきゃくさま?」
「っ!」
花畑の中から突如聞こえてきた声に振り返る。
色とりどりの花々が咲き乱れた花畑の中央、セットされたガーデンテーブル。その椅子に、一人の少女が腰かけている。切りそろえられた前髪に赤い目、真っ白な髪は左右に結わえられ東洋の赤いドレスに映えている。ティーカップを両手に持ち、テーブルに肘をついたままこちらを向いている。彼女はアルゴと目が合うと、にっこりと微笑み自らの正面の椅子を促す。
「すわらないの?」
「あぁ……」
少女に促され、アルゴも椅子に腰かける。テーブルの上には、二組のティーカップ。カップからは紅茶のかぐわしい香りが漂ってきている。
「おいしいよ?」
そう言って、少女はカップに口をつける。
年はシルやラポと変わらないだろう。端正な顔立ちの少女は周りの雰囲気と相まって、そのまま絵画のようだ。
「『本日はようこそ、おこしくださいました』」
いつの間に手にしていたのか、少女は手にカードのようなものを持っている。
「『ささやかではありますが、おちゃかいの席をもうけさせていただきました。どうぞごゆっくりとお楽しみください』だって」
文面を読み終えたのか、カードをテーブルに置きこちらに向き直る。
「お兄ちゃん、おなまえは?」
「……アルゴだ」
「あるご?」
少女は「ある……あるご……」と反芻し、パッと笑顔でアルゴの方を向いた。
「じゃあ、あるくんだね!」
「あ、あるくん?」
呼ばれなれない略称と彼女の無邪気な笑顔に戸惑ってしまう。
そんな彼女は自分のつけたあだ名に満足したのか、うんうんと頷いている。
「よろしくね、あるくん!」
「あぁ……」
呼ばれなれない呼び方に戸惑うも文句という文句が出てくるわけでもなく、アルゴはひとりごちる。
「お前は……?」
「エノはエノだよ!」
少女、エノはそう言うと「よろしくね?」と首を傾げた後、またにっこりと笑った。
「エノ……?」
その名前に、アルゴは少し違和感を感じた。一度どこかで聞いたことがあったようなそんな気が。
「あるくん」
違和感の正体について考えていると、すぐ近くから声をかけられる。
はっと目を向けるとエノが身を乗り出してこちらを覗き込んでいる。
エノはカードをこちらに向ける。
「お話ししよう?」
無邪気な笑顔に押されるようにアルゴは「あぁ……」と頷いた。
「うーん、何のおはなししようかなー?」
足をぷらぷら揺らしながらエノはアルゴを見つめている。
視線を受け止めながら、ティーカップに口をつける。紅茶はまだ暖かく、華やかな香りが口いっぱいに広がる。
「……エノは、どこから来たんだ?」
幼い彼女を見ていると、自分のパートナーやボスを思い出す。
エノはうんうんと唸りながら何か悩んでいるようだ。
「うーん……わかんない」
少し悩んみ、コテンと首を傾げる。
「わ、わからないのか?」
「うん、おもいだせないの。みんなと一緒にいたのは覚えてるのに……」
少し寂しそうな顔をしてエノは机に突っ伏した。突然こんな空間にやってきて記憶が混同しているのだろうか。
「みんな?」
「そう、エノのおうちはいっぱい家族がいるの。お父さんとお兄ちゃんたちとお姉ちゃんたち」
家族のことを思い出したのか、エノは楽しそうに笑う。
「……いい家族なんだな」
「うん!みんな大好き」
えへへと笑って、エノはまたティーカップを口につける。
「エノがみんなのごはんを作るんだよ」
「エノは料理ができるのか?」
「うん!みんなおいしいって言ってくれるんだよ!」
そういってまた笑うエノの笑顔は本当に幸せそうだ。だが、幸せそうだったエノの顔が俯かれる。
「どうした?」
「エノの家はみんなでお父さんのお手伝いをするの。でも、エノはまだお手伝いさせてもらえないの……」
しょんぼりと顔を下げ、いじいじとテーブルの模様をなぞり始める。
「……エノの家は何の仕事をしてるんだ?」
「うーん、お兄ちゃんはお薬うったりしてるよ?」
「薬?……医者なのか?」
「おうちにいっぱいお薬あるの、おにいちゃん、よく知らない人とおうちでお話してる」
医療関係の仕事をしているのなら手伝いをするのも波の苦労ではないだろう。
自分とは違う、光り輝く世界に目の前の少女は進んでいく。
アルゴはふっと自分でも気づかないほどの、小さな笑いを漏らした。
「がんばれ」
エノはぽかんと口を開けていたが、意味を理解したのかにっこりと笑う。
「うん、がんばるよ!」
もうすぐこのお茶会が終わる。どちらからいい出したわけではないが、二人は本能として感じていた。それに応じたのか、はたまた二人の本能がそれに応じたのか。
空から一枚のカードが、はらりと落ちてきた。
テーブルの上に落ちたカードをエノが手に取る。
「『おたのしみいただけましたでしょうか?さて、こたびのおちゃかいもそろそろへい幕でございます。お帰りのさいは、ゲートをお通りくださいませ』……だって」
エノが文面を読み上げると庭園の端から淡い光があふれてくる。
光はアーチを形作ると、壁のように集まって収束する。
「おわかれみたいだね」
アーチに目を向けたまま、エノはぽつりと呟いた。背を向けたままの落とされた声に何が込められていたのか。その後ろ姿からは知ることはできない。
「……そうだな」
席を立ち光の方へと足を進める。
「もうちょっと飲みたかったなぁ」
エノは再度ティーカップを手にしたようで、コクと喉を鳴らす音が聞こえた。
花畑の中、タイルの道を歩く。
光の向こう側は、まるで別の世界にでもつながっているかのように、
様々な景色が映り込んでは消えていく。
「ほんとにここから帰れるのか……?」
恐る恐る光に手を伸ばしてみる。
「あるくん」
光に手が触れる瞬間、背後からの声に振り返る。
「たのしかったね」
エノはそう言ってにっこりと微笑む。だが、その表情は先ほどまでの無邪気な少女のものとは少し違っていた。まるで彼女の姿をした別のものと喋っているようで。
「……エノ?」
アルゴを見据えたまま、エノはゆっくりと近づいてくる。
「ほんとはもっとお話ししたかったな」
表情は笑顔のままだが、声は淡々と語る。
「ジェラートだって」
手を伸ばせば届くまでに距離を詰められる。
「マリさんよりも美味しく作ってあげるよ?」
エノはおもむろにドレスの留め具に手をかける。
「なんで、マリのこと……」
【……襲撃?】
どうして今だったのかはわからない。だが、不意にアルゴは思い出した。
【あぁ、例の香港の連中だ。アルも気を付けろ】
あれは、確かシルが襲撃されたすぐ後、ガルと話をしていたとき。
【……捕まえたのか?】
【いや、逃げられた。邪魔が入ってな】
【邪魔……?】
【奴らの仲間かどうかは知らねぇがガキが一人、な】
【子ども?】
【あぁ……真っ白な髪をしてて、】
やっと気が付いた。最初の違和感の正体は。
「私はあるくんの家族のこと、ちょっとだけ詳しいんだよ」
【『エノ』って呼ばれてたな】
ドレスの首元が開かれる。
胸の中心に描かれているのは赤をあしらった蝶。
「エノ……お前」
目の前にいるのは最初の純真な少女の笑顔ではない。今、あるのは凄惨なまでの笑み。
「お父さんのおしごと手伝ったら、また会えるね」
エノの両腕がアルゴを押す。
その先にあるのは光のゲート。
「次に会えるのを楽しみにしてるね。あるくん」
光に包まれると浮遊感と虚脱感が体を襲う。視界の端に見えたのは極彩色と白。そのままアルゴは意識を失った。
「君……アル君!」
「……!」
自分の名前を呼ぶ声と、体をゆすられる感覚でアルゴは目を覚ました。
「そろそろ帰りの時間でしょ。ほら起きなさい」
「……マスター」
どうやらヴェローナの店内のようだ。
どうやら任務の帰りに眠ってしまっていたのだろう。マスターは心配そうにアルゴの顔を覗き込んでいる。
「でも、めずらしいわね。今日はそんなに大きな案件だったの?」
「あぁ……」
額の汗をぬぐい身支度を整える。
「悪いマスター」
「あら、別にいいのよ。またいつでもいらっしゃい」
手を振るマスターに別れを告げ、店を出る。
先ほどまで何か夢を見ていたような気がする。たくさんの色の中で誰かと話す夢を。
寒空の町、群衆の中を歩いていく。華やかな香りがかすかに漂ってきた気がした。