天野家長女と日影の少女

 各々準備を整えてから、再度禁忌の屋敷に突撃。
 一階の鏡台には酒呑童子が、二階の鏡台には茨木童子が向かい、各々が鏡台を破壊。瘴気に耐性があり、尚且つ鏡台の引き出しの中身を一度も見ていない二人が破壊役に抜擢された。
 直後、大きな何かが屋敷の軒下から這い出る。
 それは、長い髪をまとった怨念のカタマリ──パンドラ。姿形こそ人間と同じものではあるものの、それが人間でないことは簡単に見て取れるほど異様な様相を成している。

「おいおい、こりゃ予想以上のモンだな……」

 壁を破壊し、屋敷の外に出てきた酒呑童子と茨木童子。
 屋敷から這いずり出たパンドラを茨木童子が視界に収めたところで、真っ先にトウマが前に出ていった。

「憑依! 剣舞魔神・不動明王──!」

 フドウ雷鳴剣を使って憑依召喚をするトウマ。
 同じタイミングで洞潔がアシュラ豪炎丸を構え、アカネちゃんも自身の剣を取り出してパンドラにその鋒を向ける。先陣を切って不動明王がパンドラに切り掛かっていくも、パンドラはその長い髪を伸ばしてフドウ雷鳴剣に髪を巻きつけていった。
 その強度は女郎蜘蛛の糸と同等かそれ以上のもの。
 簡単に切ることはできないようで、膠着状態に陥っていたところに洞潔とアカネちゃんの攻撃がお見舞いされる。

「ッ……!?」

 直後、パンドラが狙ったのはアカネちゃんだった。
 長い髪を首に巻き付けて、そのまま空中に吊るした……が、そう何度も怨念にやられるわけもなく。アカネちゃんは持っていた剣に炎をまとわせて、自身を吊るしている髪ごと焼き切った。
 
「おぉ、お見事」
「言ってるバヤイか!! 来るぞ!!」

 茨木童子に抱えられた状態のまま、その場から飛び退いた。
 上空から改めてパンドラに視線を移してみたところ、あのパンドラは自身の髪の毛を貪っていた。あぁやはり……と、私の立てていた仮説が当たったことを確信すると同時に、パンドラは首をぐるりと回してこちらにターゲットを移した。

「はあっ!!」

 ガキンッ、と金属音のような音が鳴り響いた。
 私たちの元に迫っていた髪の毛をアカネちゃんが弾いてくれたらしい。茨木童子は地面に舞い降りるなり、アカネちゃんの援護に入ってくれた。眷属の能力で全ステータスがブーストしているため、茨木童子が戦闘に入った瞬間に一気に形勢が逆転する。

「おいおい、マジかよ!?」

 しかし、その逆転も束の間。
 パンドラは近くにあった木々をその髪の毛で掴んで根ごと引き抜き、こちらに向かって振り下ろしてきた。

「ミッチーキック!!」

 途端、私たちの背後からミツマタノヅチが飛び出した。
 振り下ろされた木々を蹴り壊して「どうですかナツメさん!」と嬉々とした視線でナツメの方を見遣るも。

「え? ミッチー何かしたの?」

 ちょうどその瞬間をナツメは見逃していたようで。

「日頃の行いの結果でうぃす」
「はひぃん……」
「キンニク、やればできる子!」
「今回ばかりはナイスよミツマタノヅチ!」
「ナツメさんに褒めてほしかったのだが……顔と声が同じなだけに、ヒジョーに複雑な心境だ……」

 その直後のこと。

「小娘!! パンドラに弱点はないのか!!」

 洞潔が剣を振り上げながら叫んだ。

「弱点が分かったら苦労しないわよ!?」

 そう叫び返した直後、あの髪が雪崩れ込んできた。
 咄嗟にIちゃんが結界を展開して守ってくれたけど、今の攻撃のせいで山の地盤が一部沈下したらしい。

(このままじゃまずい……!)

 防戦一方の戦闘なら、不利なのは確実にこちら側だ。
 
「そうだ……トウマ! 義経を憑依させて!」

 トウマに向かって叫ぶナツメ。
 成程、義経の能力があれば弱点も分かる。不動明王の憑依召喚を解いたトウマは、直後に義経を憑依させた。

「パンドラの弱点は、両目と口だ!」
「両目と口!?」
「両目はともかく、口ってどこだよ!?」

 義経が妖術を仕掛け、両目と口の位置を可視化する。
 両目は本体にあるものの口の位置だけは別にあり、髪の中に紛れていて上手く攻撃が当てられそうもない。口を攻撃するにしても口を塞いでいる髪は切っても燃やしてもすぐに再生してしまう。

「となると、同時攻撃するっきゃないな……」

 まずは酒呑童子と洞潔が両目を潰す。
 その直後、茨木童子が口を塞いでいる髪を千切りアカネちゃんが最後の弱点である口を攻撃すればパンドラを倒せるかもしれない。もちろん口を攻撃するとなると真正面から攻撃をするわけだからアカネちゃんの身は危険に晒されるだろう。

「……確実に隙を作ってやる。好きなようにやれ」

 アカネちゃんの肩を叩きながら呟いた茨木童子。
 
「──分かりました」

 ただ一言、アカネちゃんは芯のある声で返した。
 再び剣を構えて、茨木童子に背を預けたと言わんばかりに背後に迫り来る攻撃の対処を委ねている。

「俺たちも行くぞ!!」

 アキノリが声を上げた。
 ナツメは青龍を召喚し、アキノリは朱雀を召喚して各々上空からの攻撃を試みているもののあまり効いている様子はない。こういう時に状況をひっくり返せそうな、何か役立ちそうなもの……と思い返したところで、脳裏にある道具の存在がよぎった。

「Iちゃん! あれ、まだ余ってたはずだよね!?」
《あれ……あぁ、あれですか。まだあったはずです》
「あれなら、足止めくらいならできるかも……!」

 Iちゃんの妖怪パッドとしての機能・もちもの。

 その中から取り出したるは、スタングレネード。
 別名・閃光手榴弾とも呼ばれる非致死性兵器であり、着弾後に爆音と閃光を発生させることによって一時的に視覚と聴覚を奪うことができる。通常のスタングレネードは体調が悪くなるほどの影響が出てしまうので、こちらは威力を弱めた劣化版ではあるがパンドラを怯ませて隙を作ることくらいはできるだろう。
 釜ドウ魔の事件の時に一度使った物だ。
 あの時は木衛に投げてもらったけれど、今回は誰に頼もう。茨木童子に頼みたいところだけど、パンドラの髪のせいで進行方向が封鎖されていてこっちに来れないだろうし──。

「うわっ!?」

 そんなことを考えていたところ。
 地中から髪の毛が伸びる。地中からの攻撃は完全に予想外だったため、対応するよりも前に体勢を崩してしまった。

「ッ、大丈夫!?」

 しかし、アヤメちゃんが咄嗟の判断で手を引いてくれた。
 おかげで私は怪我をすることなく無事にスタングレネードを……ってそうだ。こっちの世界じゃどうか知らないけれど、よくよく考えてみたらアヤメちゃんって木衛の従姉妹じゃないの。
 
「アヤメちゃん!! 投擲できる!?」
「え、えっ!?」
「これ!! パンドラに投げてほしいんだけど!!」

 半ば強引にスタングレネードを手渡す。
 あの時は木衛がスタングレネードを投げた。その木衛の従姉妹であり、木衛本人に『ミュータントゴリラ』と言わしめる実力を持っているアヤメちゃんなら投げられるかもしれない。

「こ、これを投げればいいの?」
「そう。このピンを抜いて、思いっきりぶつけて!!」
「っ、分かった。やってみる!」

 スタングレネードのピンを引き抜いたアヤメちゃん。
 そのまま狙いを定め、スタングレネードをパンドラに向かって思いっきり投げてもらった。本来スタングレネードは着弾後に僅かな時間を置いてから爆発するが、このスタングレネードはY研が作った特殊性のものなので着弾と同時に爆発する。

「アンタたち全員目ェ閉じなさい!!!」

 怒号に近い私の叫びが響き渡った。

「「「 ッ!!? 」」」

 刹那、爆音と共に閃光が辺りを包み込む。
 私の言葉を素直に受け取ってくれていたのか、全員あの閃光を直視することはなかったようで。パンドラが怯んだ瞬間、その隙を見逃さなかった酒呑童子と洞潔が動き出した。

「黒煙烈風波!!!」

 全力を込めた一撃がパンドラの目元の髪を薙ぎ払った。
 炎が髪を焼き尽くしているため再生することもない、その直後、酒呑童子が洞潔の背後から飛び上がる。

「鬼時雨!!!」

 盃に溜めた水の妖術が、パンドラの両目を潰す。
 視界を奪われたパンドラはのたうちまわり、辺りの木々を残った髪の毛で薙ぎ払いながら暴れ回っていた。
 
「────我、神に祈らん」

 柏手を打った途端。
 茨木童子の妖力が限界まで引き上がる。地面の上に広がった陣には、鬼族の紋章が克明に刻まれていた。

「『炎獄龍』」

 炎の龍が、パンドラの髪を灼き尽くす。

「『氷塊龍』」

 氷の龍が、パンドラの体を凍て尽くす。

「──離反・相反・相克──」

 炎と氷が辺りを覆い尽くす。
 パンドラの髪は炎の龍に焼き尽くされ、振り上げた手は氷によって固定されている。潰された両目によって視界は奪われ、動き回る術も絶たれ、口を塞いでいる髪だけが残された。

「完全詠唱・炎氷龍!!!」

 炎と氷の龍たちが、パンドラの口を塞ぐ髪を千切った。

「今だ!!!」

 これで舞台は整った。
 最後の足掻きとばかりに振り回される髪をアカネちゃんは剣にまとわせた炎で焼き尽くし、そのままパンドラの口がある部分に向かって勢いよく駆ける。持てる力の全てを込めて、アカネちゃんは自身の剣を振り上げ──。

「はあああっ!!!」

 アカネちゃんの渾身の一撃が、パンドラに直撃した。

[キィィィィィィィ──────!!!]

 直後、パンドラは聞くに耐えない金切り声を上げる。
 茨木童子の氷を破壊して手を振り回し、地面の上でのたうちまわりながら……やがて、空気の中に溶けていく。あれほど脅威だった髪も無くなり、あとに残ったのは満身創痍の面々のみ。
 
「や、やった……やったぁ! パンドラを倒した!!」

 ケースケを始めとする妖怪探偵団の面々が声を上げる。
 茨木童子たちも安堵の息を吐きながら、各々の怪我の治療を始めているけれど……どこか、違和感を覚えてしまった。

(あれほどの業を持ったあれが、そう簡単に消滅する?)

 精々行動不能になるくらいだろう、そう思っていた。
 いくら鬼族とアカネちゃんの連携プレーが刺さったとしても、あの根深い業がまとわりついたパンドラが簡単に消えるわけがない。空亡なんかがいい例だ、あれも倒したって倒したって復活した。
 アカネちゃんも同じことを考えているらしい。
 パンドラがいなくなったにもかかわらず、唯一アカネちゃんだけは警戒心を緩めていなかった。というかアカネちゃんに至っては最後の攻撃の手応え的にまだ倒せていないと確信してい──。

「ッ、夏菜さん!!!」

 なぜか、アカネちゃんが真っ青な顔をして叫んだ。
 その手は私に向かって伸ばされている。直後、足元から伸びてきた長い髪が私の足首を掴み……先程よりも一回り小さくなったパンドラの口元に向かって引き摺り込まれる。
 否、もうとっくに引き摺り込まれていた。
 それに気付くには遅すぎた。パクリと開けた大口に飲み込まれる直前、私の目の前にはやはりアカネちゃんの手が伸びていて──。


 ◆◇◆


「……ここは……」

 気が付けば、アカネは何もない空間の中心に立っていた。
 木もない。花もない。草もない。荒廃した大地はまるで地獄を想起させ、ただ無を感じさせる空間が広がっている。どこまで行ってもこの世界は砂ばかりで、生き物の気配はない。
 しかし、吹き荒ぶ砂嵐の向こうに人影が見えた。
 夏菜だ。天野夏菜の姿がある。何にもない空間の真ん中で、ただ呆然と世界の最果てを眺めていた。

「夏菜さん」

 アカネが呼びかけた瞬間、夏菜は振り返る。
 この地獄のような空間でも正気は保っていたようで、アカネは安堵の息を吐きながら夏菜に近付いて行った。

「アカネちゃん。こっち来ちゃったの?」

 呆れたような笑みを浮かべながら夏菜は言い放った。

「借りを作ったままなのは、割に合いませんから」

 借りというのは、禁忌の屋敷で作った借りのことだろう。
 アカネは禁忌の屋敷で夏菜に助けられている。その時の借りを返すまで、アカネは意地でも夏菜のことを助ける気でいた。

「まぁ、結果的にアカネちゃんが来てくれてよかったわ」

 呑気にそんなことを呟きながら息を吐いた夏菜。

「ところで、ここは……?」
「おそらく話に出てた『楽園』でしょうね」
「楽園……こんなところが、ですか?」

 この荒廃した大地を楽園と呼べるのだろうか。

「悪習に手を染めた母親たちは、この楽園に導かれた。皮肉なものよね、本物の楽園は現世にあるのに……現世を捨ててまで、楽園なんてお粗末な幻想に縋るなんて。そうでしょ?」

 そう言いながら真正面を睨んだ夏菜。
 気付いた時には、アカネたちの周囲を女たちが取り囲んでいた。年齢層こそバラバラではあるものの、三十代から四十代……中年と呼ばれる女性たちの姿だった。おそらく悪習に娘を捧げ、この楽園に閉じ込められた魂の成れの果てだろう。
 愚かにも娘を捧げた母親たちは成仏できなくなった。
 肉体は滅び、魂だけがこの世界に取り残されたまま……輪廻転生することもなく、永劫の時をここで過ごしていたのだろう。それはもはや、地獄と同等の苦しみと言ってもいい。

「……ここを出る方法は?」
「パンドラを形成している母親たちの魂が『楽園』によって成り立っているなら、この楽園そのものを破壊すれば私たち全員元の世界に帰れるんじゃないかしら」
「ここを破壊したら、母親たちの魂は……?」
「解放されるでしょうね。でも、楽園に辿り着いてあの母親たちも十二分に苦しんだ。悔やみ、悔やみ、悔やみ、母親として娘を愛さなかったことを心から反省しているはずよ」
「……本当に、反省したと信じていいんですか」
「えぇ。でなけりゃ、この子が無事なはずないもの」
「この子?」

 夏菜の視線の先には一人の母親が立っていた。
 その背の中では、アカネたちと同年代くらいの女の子が小さく丸まりながら眠っている。おそらくこの子はうすらぬらに書き込みがあった、例の正気を失ってしまった女の子だろう。
 女の子は傷一つない姿のまま、そこにいる。
 本当に反省していなければ、母親たちは八つ当たりとばかりにこの女の子のことを傷付けていただろう。

「あなたたちは娘を愛さなかったことを十分に反省している。過去の悪習に倣い、手を染めてきた己のことを。だから、私たちがここを破壊してもあなたたちは素直に受け入れるでしょ?」

 母親はそっと頷き、女の子を引き渡した。
 女の子の体を受け取った夏菜は、背後に立っていたアカネを振り返りながら尋ねる。

「アカネちゃん。この空間を破壊するだけの妖力はある?」

 アカネは静かに首を横に振った。
 先程の戦闘で渾身の一撃を放ったため、多少の戦闘ならまだしも空間を破壊する一撃など出せそうもない。

「OK。じゃあ、今から私たち全員分の妖力を渡すわ」
「……全員分?」
「母親たちの魂に残った生命エネルギーを私が全て回収して、それを妖力として変換。あとは全妖力丸ごとアカネちゃんに託すから、それを使ってこんな空間ぶっ壊しちゃって!」
「そんなことをして、夏菜さんは……?」
「だいじょぶだいじょぶ! 妖力がすっからかんになっても、茨が妖力を分けてくれるだろうし……最悪ぶっ倒れる程度で済むと思うから。ま、死にはしないでしょ!」

 あっははは、なんて笑いながら宣った夏菜。
 半ば呆れながらアカネがその様子を眺めていたところ、誰かが背後からアカネの服の裾を引いた。

「…………あなたは……」

 振り返った先に立っていたのは、十代前半の少女。
 女の子の背後には他にも十代前半の女の子たちが立っており、その女の子たちは他の母親たちと違って怨念に塗れた目をしていた。しかし、アカネたちを傷付けるつもりはないのか敵意はない。
 少女はジッとアカネたちのことを見据える。
 未だあどけなさを感じさせる少女は、その玉のような双眸から大粒の涙を溢しながら口を開いた。

『ごめんなさい』

 少女はそう告げて、姿を消してしまった。

「…………夏菜さん、今の子は……」

 夏菜は、ただ黙って前だけを見ていた。

「戻ったら調査のやり直しをしましょう。今回の件は、私たちが思っている以上に業が深いみたい。パンドラに根深い業がまとわりついていたのも、それが原因でしょうね」

 直後、夏菜の足元に魔法陣が展開される。
 母親たちは陣の中に吸い込まれるようにして消えていき、怨念を抱いた女の子たちもまた次々にその中に消える。膨れ上がった妖力は塒を巻きながら、やがて夏菜の体に宿っていく。
 夏菜は眉根を寄せ、顳顬に冷や汗を流している。
 そのまま、そっとアカネの背に手を付けた。足元の魔法陣の文字は光の粒となって、夏菜の中に宿った妖力と共にアカネの体の中にゆっくりと流れていく。全ての妖力がアカネに流れ終わったと同時に、夏菜はアカネの背から手を離した。

「あとはよろしくね……頑張って、アカネちゃん」

 その言葉と共に、夏菜は意識を失った。
 最悪ぶっ倒れるとは言っていたものの、その最悪を引き当てた。否、夏菜は最初からぶっ倒れることも想定していたのだろう。あれだけ大丈夫と言っていたのも、アカネに覚悟を決めさせるためだったのだろうか。だとしたら、とんだ嘘つきで、とんだ策士である。

「────────」

 振りかぶった剣は、偽りの楽園を切り裂いた。
 刹那、轟音を放ちながら楽園は崩壊を始め……視界を覆い尽くす眩い光と共に、アカネたちは楽園から弾き飛ばされた。


 ◆◇◆


(…………っ、ここは……?)

 次に目覚めた時。
 目の前には知らない天井が広がっていた。ゆっくりと体を起こして辺りを見渡してみれば、私の隣ではナツメが布団の上で小さく寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。その向こうにはアヤメちゃんもいて、ナツメ同様ぐっすりと眠っているようだった。
 改めて体を見てみれば、怪我が治療されている。
 茨木童子がやってくれたのだろうか。そんなことを考えていたところ、部屋と廊下を繋いでいた引き戸が開いた。

「お目覚めですか、夏菜さん」
「アカネちゃん。ここは……?」
「田園村の公民館です」

 あの後、無事に楽園を消滅させたアカネちゃん。
 現世に戻ってきたはいいものの私の意識がなく、他の面々も怪我をしてしまったため一度禁忌の屋敷を離れ田園村に戻ったはいいものの。偶然にも通りがかった村人たちが死屍累々の妖怪探偵団を見てしまい、今夜は泊まっていくよう勧めてくれたという。
 
「この部屋は女子部屋なので他の皆さんは隣の部屋で眠っていますが、いずれも怪我は大したことはありません」

 思わず安堵の息を吐いてしまった。
 平行世界とはいえ、妖怪探偵団が傷付いているところはあまり見たくないから。
 
「ありがとね、アカネちゃん」
 
 心からの感謝の言葉を口にする。

「アカネちゃんがいなかったらパンドラは倒せてなかった」

 これは謙遜でも何でもない。
 もしもアカネちゃんがいなければ、パンドラを倒すことはおろか楽園から出ることもできなかっただろう。

「本当にありがとう、アカネちゃん」
「……こちらこそ。夏菜さんがいなければ、あの空間を出るための手段は思いつかなかったと思います」
「嘘? そんなことないでしょ」
「あります」

 互いを褒め合い、小さく笑い合った。
 一通り笑ってから布団から起き上がり、手足の調子を確認する。大した怪我もないので、もう動き出せるだろう。

「アカネちゃんはまだ動ける?」
「動けますが……」
「じゃあ、今のうちに行っちゃおっか」
「行くって……どこにですか?」
「決まってるじゃない。調査のやり直しよ」





「で、夏菜が気になった場所ってのがこの井戸か?」

 公民館を抜け出して私たちがやってきた場所。
 それは、アキノリたちが村の東側を調査していた時に村人たちに気をつけるよう忠告を受けていた井戸だった。村人たちが言っていた通り、確かにこの井戸のある道は見通しが悪くなっていたもののスマホのライトさえあれば余程のことがない限り問題ないだろう。
 ここに来ているのは私と茨。
 それから、アカネちゃんと酒呑童子と洞潔の五人だけである。Iちゃんには公民館にいるみんなの護衛を頼んでおいた。万が一にも起きて着いてこないよう茨木童子が深い眠りにつかせる妖術をかけてくれたそうなので、翌朝までは起きてこないだろう。

「えぇ。私の予想が合ってたら、多分……」

 井戸に近付いてから、そっと底を覗き込んだ。
 続いてアカネちゃんも井戸の底を覗き込む。すると、水滴の音と共に井戸の底から僅かな風が吹き上がるような感覚がした。アカネちゃんもそれに気が付いたのか、目を見開きながら底を見遣る。

「夏菜さん、これは……!」
「やっぱりね、おかしいと思ったのよ」

 近くにあった石灯籠。
 それを試しに探ってみたところ、石灯籠が動いた。通常、石灯籠は倒壊を防ぐため地中に埋めるよう設計されている……にもかかわらず、この中で最も非力な私が石灯籠を動かせるということは。
 
「おい、どうなっている……?」
 
 井戸の中を見ていた酒呑童子が声を上げる。
 先程までは井戸の底が見えないくらいには水が満ちていたにもかかわらず、石灯籠を動かした瞬間に井戸の中の水位が減っていた。井戸の底をよく見てみれば、隠し通路がある。

「夏菜、こんなもんよく分かったな」
「ヒントが散らばってたからね。井戸が鍵になってることは一か八かの賭けだったけど、当たってたみたいでよかったわ……じゃあ、早速行ってみましょうか」
「躊躇ねぇな、おい」

 茨木童子に抱っこしてもらい、井戸の底に降りる。
 次いでアカネちゃん、酒呑童子、洞潔の順に降りてきた。茨木童子を先頭に立たせ、岩肌から滴る水滴の音をBGMに真っ暗な道の中を進んでいく。井戸水のせいか、隠し通路の中は寒かった。

「……お聞きしてもいいですか?」

 不意に、アカネちゃんが静寂を切り裂いた。

「なんのこと?」
「誤魔化さないでください。ナツメさんたちの手前、濁してはいましたがパンドラについて詳しく話していなかったでしょう……それも、今回の怪奇案件に繋がる重要な部分を」
「う〜ん……やっぱりバレるかぁ」
「お前のウソはヘッタクソだからな」
「ええ? おじ様にはお墨付きもらったのになぁ」

 深々と息を吐いてから、再び口を開いた。

「そうね、黙ってた。気分が悪くなる話だもの」
「……私たちには聞かせてもらえませんか」
「ナツメたちに黙っててくれるなら、構わないわ」

 口の端を吊り上げて、精一杯の笑みを浮かべる。
 アカネちゃんは僅かに逡巡した後、静かに頷いてくれた。酒呑童子は「話す理由もない」と言ってあっさり承諾してくれたけど、ナツメが姫だって分かったら素直にゲロっちゃいそうなのが怖い。
 まぁ、いいか。その時はその時。
 第一こんな気分の悪い話、命令だとしても話したくないだろう。ナツメも無理に強要する性格じゃないし。

「パンドラは、とっくの昔に廃れていたのよ」

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 昔々、ある一族がいた。
 その一族は代々とある儀式を受け継ぎ、その儀式を完遂することによって母親は楽園と呼ばれる穢れなき世界に到達することができるとされている。その儀式に必要なのは自分自身の娘であり、儀式のため娘には隠し名と呼ばれる特別な名前が与えられる。
 この隠し名は母親だけが知っているもの。
 隠し名の読み方を知られると呪術が成立しないため、基本的には漢字と全く違った読み方が当てられる。ゆえに、引き出しの中にあった文字の読み方は私にも分からない。

 隠し名を付けたのち、娘は儀式の道具になる。
 一度目は十歳の時、二度目は十三歳の時、三度目は十六歳の時、それぞれの誕生日に儀式を行う。三度目となる娘の十六歳の誕生日に母親が娘の髪を食い尽くすことによって儀式は完遂され、母親は決して穢れなき世界に到達する──ここまでが、表向きの話。

 ここからは、真実を語ることにしよう。

 この家系において、娘は母親の所有物も同然の存在。
 同時に儀式の材料とされる。母親はまず二人か三人の娘を産み、そこから一人を儀式の材料として選ぶ。選ばれなかった他の娘たちは普通の子として育てられるそう。選ばれた娘には二つの名が与えられ、片方は生涯を通じて母親だけが知る名前として隠される。
 禁忌の屋敷の二階にあった『禁后』という文字。
 あれも隠し名だったのだろう。なので、残念ながら私には読み方はさっぱり分からない。

 隠し名を付けた日には、新たな鏡台が用意される。
 儀式の一環として、十、十三、十六歳の誕生日以外でその鏡台の鏡を見せてはいけないという決まりがあったらしい。
 これで儀式の準備は終わり。
 娘は本当の名前を誰からも呼ばれなくなり、娘を儀式の材料としての価値を高めるための母親からの教育が開始する。その教育の内容がどのようなものだったのか、それは蒼が渡してくれたあの文献の中にそれはもう詳細に記載されていた。

・猫の耳と髭を使った呪術を教え、その呪術で鼠を殺す
・蜘蛛を細かく解体させ、元の形に組み直させる
・自分や他人の糞尿を食事に与える

 見ているだけで気分が悪くなるようなものだった。
 私が文献を途中で見るのをやめてしまったのは、寝落ちしたのもあるけれど内容が内容だったからという理由もある。こんなもの見続けていたら、フツーに気分が悪くなってしまう。
 それと、教育の中に動物やら虫やらを使っている理由。
 これがまた業の深いもので、この家系では、男と関わるのは子どもを産むためだけだったらしい。母親は目的数の娘を産んだ瞬間に男とは一切の関係を断っていたものの、この家系の呪術の秘密を探ることを企てる男も一定数存在したそうで。そのため男と交わった際に呪術を使い、殺してきた動物達の怨念を男に移し災いを起こさせる。そうすることで、この家系の秘密に探りを入れようとする者たちに牽制を行ってきたらしい。

 母親のこの教育は娘が十三歳になるまで続けられる。

 一つ目の儀式は十歳の時。
 娘は鏡台の前に連れられて、母親から爪を自分で剥がして渡すように言われる。娘が剥がした爪を渡すと、母親はその爪と娘の隠し名を書いた紙を鏡台の一番上の引き出しに入れる。その日、母親は一日中鏡台の前に座って過ごすそう。

 二つ目の儀式は十三歳の時。
 鏡台の前で娘は次は歯を渡すように言われる。
 自分で歯を抜いて母親に渡せば、やはり隠し名を書いた紙と共に二段目の引き出しに入れる。それが終わったら一つ目の儀式と同様に、母親は一日中鏡台の前に座って過ごすそう。

 その三年後、三つ目の儀式が行われる。
 その最後の儀式では、母親が娘の髪の毛を食べるという。丸坊主になってしまうほど娘の髪を短く切って、母親は鏡台を見詰めながら無我夢中に娘の髪を体内に取り込んでいく。やがて娘の髪を全て食べ終えた母親は娘の本当の名を口にする。

 娘が本当の名を聞くのは、この時が最初で最後だった。

 これで儀式は終わり。
 この翌日から母親は四六時中自分の髪を貪り続ける廃人となり、死ぬまで隔離される。廃人になった母親はもはや母親ではなく母親の形をした何かで、本当の母親は楽園に到達するのだとか。
 残された娘は、まともに育てられた姉妹に育てられる。
 娘を何人か産むのはそれが理由だろう。普通に育ってきた姉妹に面倒を見てもらい、髪の長さが元に戻る頃に母親から解放された娘は男と交わって娘を産み、今度は自分が母親になる。
 もっとも、この悪習は長くは続かない。
 時代と共に悪習は封じられた。
 ただし、その一族は悪習の戒めとして隠し名と鏡台の習慣だけは残すことにしたらしい。隠し名は母親の証として、鏡台は祝いの贈り物として受け継いでいくようにしたのだとか──。

 それから暫くした頃、一人の女性が結婚した。

 それが八千代という女性。
 八千代は悪習が廃れた後の生まれである母親の元で、ごく普通に育ってきた女性だった。八千代は妻となって数年後には娘を出産、その娘は貴子と名付けられ、そして自身も母親から教わったように隠し名を付けてから新たな鏡台を誂えたそう。
 しかし、貴子の十歳の誕生日に悲劇が起こった。
 何枚かの爪が剥がされ、歯も何本か抜かれた状態で貴子が死んでいたという。鏡台を見てみればしまっておいたはずの貴子の隠し名を書いた紙が床に落ちており、無理に剥がされた爪と抜かれた歯は貴子の鏡台に散らばっていたという。犯人は、八千代の夫だった。
 
 その晩のうちに、八千代は貴子の傍で自害した。
 それに気付いた住民たちが八千代の両親に知らせたところ、現場の状況を聞いた八千代両親は落ち着いた様子でこう言ったそう。

『想像はつく。八千代から聞いていた儀式を試そうとしたんだろ。八千代には詳しく話したことはないから、断片的な情報しか分からんかったはずだが、貴子が十歳になるまで待っていやがったな』

 犯人である八千代の夫の行方は掴めないままだった。
 しかし、数日後に八千代の夫が口に大量の長い髪の毛を含んだ状態で亡くなっているのが見つかったらしい。八千代の両親は娘と孫の供養の眠りを妨げないように、八千代たちが住んでいた屋敷に呪いをかけた──そう言い残していたという。

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 :
 :

「その呪いを掛けられた屋敷が禁忌の屋敷。で、屋敷に掛けられた呪いの正体がパンドラよ。ね? 気分悪くなるでしょ」
 
 アカネちゃんの顔から血の気が引いていた。
 この場所の気温が低いことも関係しているだろうけど、それだけでは説明がつかないくらい顔色が悪くなっている。

「で、そうそう。あの鏡台の引き出しだったわね」

 禁忌の屋敷に置いてあった鏡台の引き出し。
 あれは一階に置いてあったものが八千代の鏡台で、二階に置いてあったものが貴子の鏡台らしい。八千代の鏡台は一段目に爪、二段目に歯が、隠し名を書いた紙と一緒に入っている。
 貴子の鏡台には、隠し名を書いた紙のみ。
 隠し名は八千代が『紫逅』で貴子が『禁后』……問題となっていた三段目の引き出しの中には、手首が入っているらしい。八千代の鏡台には八千代の右手と貴子の左手、貴子の鏡台には八千代の左手と貴子の右手が、指を絡めあった状態で入っているのだとか。

「あの鏡台は結局、なんだったんだ?」
「八千代の両親が供養のために置いたものらしいわ。二人の眠りを妨げる=あの鏡台の引き出しを開けるって意味だったんじゃないかしら」
「あぁ、成程……」
「あの引き出しの三段目には手首と一緒に隠し名の読み方がび〜っちり書かれてるらしいわ。あと厳密に言えば、あの文字と隠し名の読み方をセットで知るのがマズいっぽいのよね。私たちの前に禁忌の屋敷に来た例の子は『禁后』の文字を見た後に、間違えて三段目の中に書いてあった読み方を見ちゃったのがダメだったみたい」

 アカネちゃんは真っ青な顔のまま俯いていた。
 あの時、アカネちゃんが見たのは八千代の鏡台に入っていた『紫逅』という文字だった。もしも、あの鏡台の三段目の引き出しを開けていたらアカネちゃんが次なる被害者になっていただろう。

「天野夏菜」

 その時、酒呑童子が私のことを呼び止めてきた。

「その話には腑に落ちない点がある」
「腑に落ちない点?」
「仮に八千代の両親が仕掛けた呪いだとして、ただの呪いがああも悍ましい怨念と化すものなのか?」
「う〜〜〜ん、それはそうなのよねぇ」

 おそらく、この怪奇案件はまだ終わっていない。

「まぁ、おおかた見当はついてるけどね」

 先頭を歩いていた茨木童子が足を止める。
 目の前には古びた扉があった。ドアノブは錆びていないため、開けようと思えば容易に開けられるだろう。

「答えは、この先にあるんじゃないかしら?」

 茨木童子が扉を開けた。

「………なんだ、ここは……」

 扉の向こうに広がっていたものは、地下室。
 地下室の中には座敷牢があって、その中にはまた白骨化した遺体が仰向けになった状態のまま転がっていた。私たちが歩いている土の上にも何か違和感を感じてよくよく地面を見てみたら、地面には見るに耐えないほどの赤黒い血の海が広がっている。

「これは、血……ですか……?」
「相当時間が経って酸化してるから分かりにくいけど、間違いなく血痕でしょうね。で、こっちには血の付いたナイフ……あぁアンタたち、下手に触るんじゃないわよ証拠品なんだから」
「証拠品って、これまさか殺人か!?」
「えぇ。だいぶ時間が経っているから時効扱いになるだろうけど、犯人はまだ生きているからね」

 近くにあった隠し扉を開けながら呟く。

「犯人が生きているって、どういうことだ?」
「追々話すわ。それより……やっぱりこの座敷牢は、禁忌の屋敷にある隠し部屋だったみたいね」

 隠し扉の向こうには、禁忌の屋敷の廊下が広がっていた。
 茨木童子たちは訳が分からないと言わんばかりの表情を浮かべていたものの、アカネちゃんは何かに気が付いたのか突然屋敷の廊下を駆け出した。慌てて後を追いかけた酒呑童子たちに続いて私たちも向かったところ、アカネちゃんは昼間に見た白骨化遺体を前にして呆然と立ち尽くしていた。

「…………まさか……」
「あぁ、アカネちゃんは気付いちゃった?」
「…………だから、あの呪いは……怨念に……」

 第一の事件は一族がやっていた儀式。
 パンドラの原型となる母親たちの魂は楽園に閉じ込められていたものの、そもそもこの呪いは他者を傷付けるための呪いではないがゆえにパンドラもただの呪いだった。

 第二の事件は一族で起きた事件。
 八千代の両親がただの呪いを『パンドラ』に昇華させ、八千代たちの眠りを妨げる者たちに災いが降りかかるように呪いをかけた。私たちの前に来た子が受けた呪いはこのパンドラの呪いだ。

 そして、第三の事件。
 白骨化した遺体・村人たちが井戸に近付かないように言っていた理由・アカネちゃんに盛られた睡眠薬・駐在の事件資料・十数年前を最後に途絶えてしまった神隠し。

「行きましょうか。最後のピースを揃えに」





 しかし、辿り着いた時にはもう手遅れだった。

「…………は?」

 昼間、アカネちゃんたちがやってきた場所。
 田園村の長老の家にやってきた私たちが見たものは、口に大量の髪を含んで亡くなっている長老。既に生き絶えている長老の目の前には、両手の爪が全て剥がされ歯のことごとくが抜かれた孫娘が冷たくなった状態で畳の上に転がっていた。
 どうやら最悪の事態を引き当ててしまったらしい。
 顔を青褪めさせているアカネちゃんのことは酒呑童子に任せて、人間に化けた洞潔に駐在さんを呼びに行かせた。

「……どういうことだ、夏菜」

 声色を強張らせながら、茨木童子が問いかけてくる。

「……順を追って、説明しましょうか」

 全てのはじまりは、一族が行っていた儀式。
 この儀式によってパンドラの原型となる呪い、そして母親たちが楽園の中に閉じ込められることとなった。その儀式は時代と共に廃れていったものの、八千代たち母娘に起きた悲劇をきっかけにパンドラが生まれてしまった。
 今回の怪奇案件の根本的な原因は、このパンドラにある。
 ただ、この事件に関してはアカネちゃんが楽園を破壊した時点で全て解決したも同然だった。

 ここからは禁忌の屋敷と並行して起きていた事件。
 禁忌の屋敷の中で見つかった白骨化遺体に関する説明、それから目の前で現在進行形で起きている怪死事件について……私の推測の範疇を出ない部分はあるものの、推理を語ることにする。
 大前提として思い出してもらいたい内容は、神隠し。
 そう。アキノリたちが田園村の村人たちに教えてもらっていた、あの神隠しの事件だ。アキノリが田園村の駐在さんにもらった当時の事件資料を調べてみたところ、田園村に神隠しの噂が本格的に広がっていったのはおよそ八十年ほど前のこと。

 初めて神隠しされたのは、なんと長老の妹だった。
 本人が亡くなってしまったために確かめる方法はない。これは、あくまでも私の予想になるが……若かりし日の長老たちは偶然にも井戸の隠し通路を見つけて禁忌の屋敷にやってきた。
 そして、引き出しの中を見た長老の妹は楽園に囚われた。
 廃人となった長老の妹はその後、あの座敷牢の中で亡くなった。しかし、のちに何かしらの方法でパンドラの呪いについて知った長老は言葉巧みに村の女の子たちを誘い出し、禁忌の屋敷に赴かせあの鏡台の引き出しを見せた後に次々に殺害していった──。

「待て。何のために長老はそんなことしてたんだ?」
「さぁね、とち狂った殺人犯の思考なんて想像できないわ。ただ妹を持つ姉として意見を言わせてもらうとすれば……長老は楽園に囚われてしまった妹を寂しがらせたくなかったんじゃないかしら」
「寂しがらせたく……ッ、まさか……!」
「あの引き出しを開けて楽園に誘い込まれた魂は、肉体が滅びても永遠に在り続ける。だから長老は新たな女の子たちを楽園に送り込んだのよ、楽園に行った妹の相手をしてもらうために」

 つまり、禁忌の屋敷にあった白骨化遺体。
 あれは神隠しの被害を受けた子供たちの遺骨だ。長老によって殺害されたのち、何十年もあの畳の下に放置されていたのだろう。パンドラがあれほどまでにおぞましいものになっていたのも、元々の呪いに非業の死を遂げた子供たちの怨念が混ざっていたから──。

「井戸の件もそう。井戸の秘密がバレないように、長老が井戸に近付かないよう村人たちに言いつけたって考えれば合点が行くもの」

 長老という立場が良くも悪くも作用したのだろう。

「神隠しの対象が十から十六歳の女の子たちだったのも、長老の妹が楽園に引き込まれた年齢が十三歳くらいだったとして……プラスマイナス三歳くらいの子なら妹の相手になるんじゃないかって考えたんじゃない? もしくは例の一族の儀式で、十歳、十三歳、十六歳の子供を使うからか……」

 まぁ、正直その辺りはどうだっていい。

「まさか、アカネ様に睡眠薬を盛ったのは……!」
「最後にアカネちゃんを神隠ししたかったんでしょうね」

 生い先短い長老は、最後の犠牲者を選び始めた。
 そこで偶然にも選ばれた人物が、アカネちゃんだったのだろう。田園村にはもう長老の孫娘以外に十代の子供はいない。そんな折に訪れたアカネちゃんの存在は、長老にとって鴨が葱を背負ってやってきたようにも思えたことだろう。
 だからなりふり構わず睡眠薬を盛った。
 あっちにとって誤算だったのは、アカネちゃんが薬に耐性があったことだろう。とうとう長老は手段を選ばなくなって、自身の孫娘を妹のために捧げた──事件の真相は、こんなところだろうか。

「あの時、あの場所で会った女の子たちは……」

 楽園の中にいたのは、長老に殺害された女の子たち。
 そしてアカネちゃんの服の裾を掴んで泣きながら謝っていたあの子は、おそらく長老の妹だったのだろう。

「悪因悪果、天網恢々。ぜんぶ、自業自得なのよ」

 おそらく長老は呪殺されたのだろう。
 楽園から解放された子供たちに。身勝手な理由で未来ある子供たちの命を奪った長老に同情の余地はない。
 けれど、あとちょっと早くここに来ていれば。
 長老の孫娘は亡くならないで済んだかもしれない。とはいえ失った命はもう二度と回帰しない、それは世の摂理だから……どうにもできない事実を前にして、ただ喪失感が胸の奥に燻っていた。

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 長老が亡くなったことで村中が大騒ぎになった。
 禁忌の屋敷で私たちが見たものと井戸の秘密、それを知った村人たちは憤慨すると同時に悲壮感に暮れていた。もっと早く自分たちが真実に気付いていれば、子供たちにこんなものを見せることはなかったのに……村人たちはそう言って、それは深く悔いていた。
 翌朝、田園村には駐在さんが呼んだ応援が到着。
 大規模捜査の末に禁忌の屋敷にあった遺骨が神隠しによって消えていた子供たちのものであることが判明したものの、事件としては時効が成立している上に犯人である長老は既に亡くなっているため最終的には被疑者死亡のまま書類送検という形で決着がついた。

 しかし、これで子供たちはきちんと供養される。
 子供たちのお骨はそれぞれの家のお墓に入れられるらしい。その後、楽園の中にいた母親たちを供養するために禁忌の屋敷は村人たちの同意の上でお焚き上げすることになった。立ち昇る煙に向かって、田園村の村人と共に妖怪探偵団の面々は手を合わせる。

『俺たちにも、できることがあったら教えてくれ』

 白骨化遺体の件はナツメたちには伏せた。
 これに関しては村人たちも快く協力してくれて、ナツメたちには上手いことを嘘を吐いて情報を伏せさせてもらった。この時ばかりはおじ様に嘘の使い方を学んでいてよかったと心から思った。
 口八丁手八丁も使い方次第である。
 それでも私たちの間に流れている違和感に気付いて、遠回しではあるものの私たちのことを気遣う言葉をくれた。あっちの世界の妖怪探偵団もそうだけど、なんでこんなに洞察力がいいんだか。

『それじゃあ、お焚き上げを手伝ってもらってもいい?』
『お焚き上げ?』
『そう。私に続いて祝詞を復唱して』
『俺が唱えるのか!?』
『有星家の人間なんだから、これくらいできるでしょ?』

 ま、そう簡単にボロを出すほど私は甘くないけどね。

(おやすみなさい……八千代、貴子……みんな)

 燃え盛る屋敷に向かって手を合わせ、祈りを捧ぐ。

(生まれ変わったら、今度は幸多からん人生であることを)

 私たちの祈りは天に届くのだろうか。
 それが分かるのは今から遠い遠い未来になるだろう。それこそ、再び悪習の存在が人々の記憶から忘れ去られた頃に──。

 
 

 翌々日・霧立神社の境内にて。

「それじゃあ、そろそろ私たちは帰るわね」
 
 禁忌の屋敷の怪奇案件も無事に解決。
 あの後、うすらぬらに書き込みをした子から『友人が正気を取り戻した』という旨の連絡があった。禁忌の屋敷はお焚き上げされ、あの鏡台も炎の中に消えた。
 もう犠牲者が出ることはないだろう。
 あっちの世界で起きていたケマモト村の事件も、禁忌の屋敷をお焚き上げした時点で収束していたそう。やはり蔓延していた瘴気の原因は禁忌の屋敷にあったようで、どういうわけかえんえんトンネルがその瘴気をケマモト村にもたらしてしまっていたらしい。

「夏菜、もう帰っちゃうのか?」
「あっちの世界のナツメたちが心配してるみたいだから」
《何よりそろそろ戻らないと蒼さんが過労死しますよ》
「過労死???」
「よく分からないけど一刻も早く戻った方がいいと思う」

 妖怪探偵団との別れを済ませていたところ。
 茨木童子も酒呑童子たちと最後の時間を過ごしていたようで、鬼族の三人は境内の外れで何やら話し込んでいた。

「ありがとな。兄者、洞潔。今回はいろいろと助かった」

 最後にそう言ってから、茨木童子は酒呑童子の元を離れる。
 しかし、茨木童子が背を向けて歩き出した瞬間──酒呑童子は茨木童子に向かって口を開いた。

「…………達者でやれ」

 ただ一言、そう告げる酒呑童子。
 茨木童子が振り返った時には酒呑童子と洞潔の姿は消えていた。ホント兄弟揃って素直じゃないというか、デレ要素のないツンデレというか……なんて呆れながら向こうの様子を眺めていたところ、不意にアカネちゃんに呼び止められた。

「……夏菜さんがいないと、寂しくなりますね」

 僅かに眉尻を下げながら、アカネちゃんが呟いた。

「大丈夫だよ。私がいなくても寂しくないって」
「え?」
「だって、アカネちゃんには友達がたくさんいるもの」

 アカネちゃんの後ろにいる妖怪探偵団の面々。
 私の知っている妖怪探偵団と確かに同じ存在だけど、私の知っている妖怪探偵団とは異なる存在。そこにいる仲間たちの顔を一瞥してから、アカネちゃんの手をそっと握りしめた。

「だから笑って。私、アカネちゃんの笑顔が好きだよ」

 それだけ告げて、アカネちゃんの手を離した。

「お前ら、世話になったな」
《いろいろとありがとうございました》

 茨木童子たちは一足先にトビラを潜り抜ける。
 最後にトビラの前に立った私は背後を振り返り、満面の笑みを浮かべながら口を開いた。
 
「またね! アカネちゃん、みんな!!」

 平行世界。それは、今も確かに存在する世界。
 交わることのない二つの世界に生まれた絆は、時を超えてまたどこかで縁を紡ぐだろう──。

 
[天野家長女と日影の少女・完]
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