天野家長女と日影の少女


【トラックに吹っ飛ばされた衝撃で前世の記憶を思い出したシスコンでブラコンな天野ナツメの双子姉と、人間として転生した紫炎の妹の物語】

・夢主が登場します。
・公式設定の捏造等を含みます。
・安定と信頼のご都合主義。
・自己満足と妄想の賜物。
・誤字脱字は温かい目でお見逃し下さい。

 以上の注意事項をご確認の上で本編へお進みください。

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 私の名前は天野夏菜。
 双子の妹であるナツメを庇ってトラックに吹っ飛ばされたら前世の記憶を思い出した、ごく普通の中学二年生である。

「……暇……」

 神話の果てを見届けたあの日から数週間。
 人間界と妖魔界を救った英雄・妖怪探偵団は、期末テストのために試験勉強に励んでいた。さしもの英雄たちもテストには勝てないようで、今日も図書館で一緒に勉強会をしているらしい。
 そうなると必然的に暇を持て余してしまう。
 最終決戦のために休学したはいいものの、全てが終わって平和な日常を取り戻した今ではもう残りの休学期間は無用の長物となってしまっている。暇つぶしがてら妖怪探偵団の事務所ことアキノリの部屋に来てみたものの、こういう日に限って誰もいない。

「随分と暇そうだな、夏菜」
「だって暇なものは暇なんだもん」
「Y学園・生徒会長の名が聞いて呆れるな……」

 どこか面倒くさそうにこちらを一瞥する鬼。
 今ここに誰もいないのをいいことに姿を見せているその妖怪は、私を尻目にノートパソコンのキーボードを叩いていた。

「もうちょっとしたら相手してやるよ、待ってろ」

 大妖怪・茨木童子──。
 いにしえの鬼族の血を引く鬼族の大妖怪にして、あの酒呑童子の盃兄弟。その昔、酒呑童子と共に大江山の悪鬼として妖魔界に悪名を轟かせていた大悪鬼その人である。
 紆余曲折あって今では完全に私のお兄ちゃんポジションに馴染みきっており、悪鬼としての面影は見る影もなくなっている。今ではY学園の国語科・古典教師としての日々を満喫しているほどだ。

《今日に限って誰もいませんね》
「おかげで茨が堂々と出てこれちゃってるもんね……」
《喜ぶべきなのか悲しむべきなのか分かりませんね》

 それを聞いた茨木童子の手が止まる。
 「どういう意味だ無機物」と茨木童子がツッコんだところ、無機質な機械音声がすげなく答える。

《当然、そのままの意味ですが?》

 妖怪パッドのIちゃん。
 幼少期におおもり山の御神木の下にある妖怪ガシャから引き当てた異世界サポート対応型の妖怪パッドであり、茨木童子と同様に大切な相棒のひとりでもある。
 本来ならば存在しないはずの人物である天野夏菜と茨木童子をこの世界に定義づけるため、世界の修正力によって創り出されたAIアシスタント──意思を持った無機物だ。

《しかし、誰もいないというのも中々に珍しいですね》
「駄菓子屋に行ったりパトロールに行ったりしてて、みんな出払っちゃってるからね。ってか、そういえば茨はさっきからず〜っとパソコンカタカタしてるけど……何してるの?」
「成績処理」
《仮にも生徒がいるところでそれやって大丈夫なんですか?》
「データ関係で夏菜に隠し事したところで秒でバレるしな。なら、最初からフルオープンにしてたっていいだろ」
「その通りだけど潔すぎない??」
「わざわざ無駄な努力はしない主義なんでな」

 そう言いながら、タイピングを続ける茨木童子。
 あまりにも暇だったので胡座をかいて座っている茨木童子の膝の上に後頭部を乗せて、そのまま軽く膝枕をしてもらう。

「……なんでまた膝の上なんだよ」
「寝心地いいから。膝枕して」
「……へーへー、分かりましたよご主人サマ」

 どこかで覚えのある会話をしながら膝の上に寝転がる。
 タイピングを続ける茨木童子の様子を膝の上から暫く眺めていたところ、突然茨木童子の視線がこっちに向いた。
 
「……んだよ。なんか言いたいことでもあるのか?」
「いや……茨木先生の姿じゃなくて茨木童子の姿のままパソコンやってるのクッソシュールだなぁ……って」
「一ミリでもお前のことを気にした俺が馬鹿だった」
「まだ茨木先生の姿なら違和感なかったんだけどね」
《それはそれで事案では?》
「昼下がりの密室で生徒を膝枕する教師」
《成程、絵面がアウトすぎますね》
「お前らマジでそろそろ口縫い付けるぞ」
《私に口はありませんけどね》
「お、Iちゃん上手い!」

 はしゃぐ私たちをよそに、茨木童子は胃を押さえている。

「治りかけの胃潰瘍が……」
「大丈夫?」
「誰のせいでこうなってると思ってんだ……!?」
「私たち」
「自覚あるのかよ!?」
「だって茨の反応が面白いんだもん」
「面白いって理由で胃に穴開けられてたまるか!?」
「あ、胃薬いる?」
「常備してるっつーの!?」

 懐から胃薬の入った瓶を取り出した茨木童子。
 そのまま胃薬をラムネみたいに齧り、治りかけだった胃を優しく撫でながら静かに唸っていた。
 フクロウ印の胃薬は今日も絶好調らしい。
 酒呑童子は知る由もないだろう。役立たずとして捨てたフクロウが妖魔界の中でも名を上げるほどの薬師になり、そのフクロウが作った胃薬が自身の盃兄弟の必須アイテムになっていることなんて。
 
「ところで茨木センセー、まだ終わらなさそう?」
「まだちょっとかかる。つーか、そんなに暇なら帰ってお得意のプログラミングの勉強でもしたらどうなんだ?」
「それができたら苦労しないのよ」
《何か問題が?》
「この前、デスクトップパソコンの掃除をしたでしょ? 改めて確認してみたら経年劣化してる部品が思ったより見つかって、部品交換のついでにCPUを最新のものにするためにパソコンを丸ごとY研に送っちゃったから今手元にノートパソコンしかなくってね」
「あぁ、ノーパソじゃスペック足りないってことか」
「そういうことよ」
《返ってくるまでにどれくらいかかるんですか?》
「丸々一週間。パソコンに使ってる部品の中に一部メチャクチャ高額な部品があるんだけど、高額すぎてY研の面子も取り扱ってなかったみたいで……今、ちょうど取り寄せてる最中なのよ」

 結論・やれることがない。
 
「いっそ、うすらぬらでも見てみようかしら」
「まさか怪奇案件の調査に行くつもりか?」
「何とかなりそうなものならね」

 この世から影の部分が消えることはない。
 神話の果てを見届け、ハッピーエンドの向こうを見届けたとしてもさくら元町に蔓延る怪奇案件が無くなったわけじゃない。

「さ〜て、それじゃあ怪奇案件を見てみましょうか」

 自前のノートパソコンを立ち上げる。
 怪奇サイト・うすらぬらを開いて、新着の怪奇案件が来てないかページをスクロールしてみたところ──。

「……なんもない……」
「だろうな」
《でしょうね》

 現在発生中の怪奇案件がない。
 そうだ。そういえばテスト期間に入る直前に「前に起きた駄菓子屋のウマ男の件もあるし、今のうちに俺たちで解決できる案件は全部解決しておかないか?」って話になって、妖怪探偵団のみんなで手分けして発生中の怪奇案件を一気に解決したんだった。

「そりゃ数日で怪奇案件が発生してるわけないか……」
「これで起きてたら逆に治安を心配するぞ」
「元・裏社会の妖怪に心配されるレベルの治安って……」
《今でも大概怪しい部分はありますけどね》
「ストリートギャングがいる時点で怪しいどころか真っ黒だろ」

 画面上を見ても、表示は変わらない。
 あるのは過去の怪奇案件のログだけである。もう諦めて茨木童子の膝の上で惰眠でも貪ってようかな。

「……ん?」

 不意に、窓の外を見てみたところ。

「…………うわぁぁぁーーーーっ!!?」

 窓の外に真っ黒な何かが貼り付いていた。
 突然の悲鳴に茨木童子も反射的に手を止めて、膝の上にいた私のことを抱えながら窓の方に妖気の塊を向ける。

「って……ケイゾウお爺ちゃん!?」

 窓の外に貼り付いていたのは、妖怪ガッツKだった。

「ガッツ!!」

 妖怪ガッツKこと天野ケイゾウ。
 私の曽祖父に当たる人物であり、詳しいことは聞いていないけど空亡戦にて父さんこと天野ケータが再び伝説のウォッチ使いとして覚醒する時にも妖怪ガッツKが協力してくれたと耳に挟んでいる。
 その妖怪ガッツKがどうしてここに来たのだろうか。
 とりあえず窓を開けて中に招き入れてみたところ、妖怪ガッツKが慌てた様子で叫んだ。

「夏菜!! 緊急事態だ!!」

 先程までの呑気な空気が一変する。
 茨木童子もパソコンを閉じて話を聞く姿勢になり、Iちゃんは盗聴防止のためのステルスバリアを張っていた。

「詳しく話を聞かせてもらってもいい?」
 
 妖怪ガッツKの話は以下の通りである。
 数日前、ケマモト村の奥にあるえんえんトンネルが突然出入口を閉ざしてしまったらしい。代わりにトンネルの出入口には謎の渦のようなものが発生しているそうで、妖怪ガッツKが調べたところによるとその渦の向こうからは妙な気配がするのだとか。
 さらに同時期にケマモト村では異変が発生。
 村にいる十六歳以下の女の子が揃って体調を崩しているらしい。感染症の疑いはなく、こちらも妖怪ガッツKが調べてみたものの何の手がかりも見つけられなかったのだとか。

《場所が場所だけに、調査の必要が出てきましたね》

 茨木童子も深々と息を吐きながら頭を掻き毟っていた。

「発生源がえんえんトンネルじゃなかったら考えたんだがな」

 えんえんトンネル──。
 文字通り延々と続く特殊なトンネルのことである。
 その最大の特徴は様々な空間と繋がっている点。三十年近く前にも似たようなことがあり、異世界と繋がったことで危機を察知したトンネルが自ら出入口を閉ざしたことがあったそう。
 それと同様に今回もトンネルが出入口を閉ざした。
 となれば、再び異世界と繋がってしまった可能性が高いだろう。ただ話の途中に出てきた謎の渦とは何のことなのか。

「十六歳以下の女子……」
《年齢に制限がある点がやはり気になりますね》
「それ以上にえんえんトンネルの件が心配ね」
《謎の渦はワープホールのようなものなのでしょうか》
「少なくとも俺が触った時は何も起きなかったぞ!」
「あ、触ったんだ……」
「恐れ知らずだなこの爺さん」
「誰が爺さんだ!!」
「はいはい。年齢的には茨の方がお爺ちゃんでしょ」
《白髪ですもんね》
「お前らそろそろ殴るぞ」
 
 えんえんトンネルは他と違って特殊な場所。
 出入口が閉ざされているとはいえ異変が発生している状態のままなのも危険なので、早急に調査をした方がいいだろう。

「分かった。すぐに調査するわ」
「本当か!?」
「もちろん。いいでしょ? 二人とも」
「まぁ、危険な異世界に繋がってる可能性があるならな」
《早期に対処してしまいましょう》

 普段はともかく、こういう時は本当に頼りになる。

「ケマモト村に行くならYINEで連絡しておこうかな」
「やめておいた方がいいんじゃないか?」
「え?」
「今テスト勉強してんだろ。アイツらのことだから夏菜が調査に行くって言い出した瞬間に『心配だから着いていく』って言って勉強そっちのけで夏菜に着いて行こうとするぞ」
《確かにそうですね》
「でも、事情を伝えられる人がいないのは……」
「なら俺がここで待っててやろうか?」
「いいの?」
「元々俺が頼んだことだしな!」
「なら、お願いしようかな」

 というわけで妖怪ガッツKはお留守番に。
 みんなのことだから妖怪ガッツKの言葉を信じてくれるとは思っているけれど、念のため普段から持ち歩いている手帳のページを切り取って要件を書き連ねたものを持たせておいた。
 それと妖魔レーダーも借りさせてもらった。
 緊急事態とはいえ無断で借りていることは事実なので、一応妖魔レーダーが置かれていた机の上に謝罪文を書いたメモは置いておいたけど……あとでちゃんと謝ろう。
 
「さて、それじゃあ行きましょうか」





 毎度お馴染みのどこでもポケットうんがいでワープ。
 ひいお婆ちゃんが亡くなってしまったことで廃墟となっていた天野家の平屋に到着した。立て付けの悪くなった引き戸を茨木童子に無理やり開けてもらって家の外に出てみたところ、僅かながら辺りの空気が重くなったような感覚がした。
 ただ、行動に支障が出るほどの問題はない。
 茨木童子も平然としているし、Iちゃんも問題無さそうだったのでこのまま目的地まで向かうことにした。

「ここか……」

 えんえんトンネルのある場所まではそう遠くはない。
 平屋を出て、道に沿って毛馬坂を登ること三分ほどで目的地に辿り着くことができた。

「にしても凄いな」
「ホント何なのよ、この瘴気は……」
《これは異常ですね》

 息が詰まりそうになるほどの禍々しい瘴気が漂っている。
 聞いていた通りトンネルは閉ざされていて、代わりに今まで出入口があった空間には謎の渦のようなものがあった。

「……妖魔レーダーに反応はない……」
「ってことは、妖怪の仕業じゃないってことか?」
《そういうことでしょうね》

 妖怪以外でこんなことできる存在なんていただろうか。
 なんて考えながらトンネルを注視していたこともあり、注意力が散漫になっていたのか。足元にあった小石に思いっきり躓いてしまい、蹌踉けた私の体はそのままトンネルの方へ倒れてしまった。

「あ」
「あ」
《あ》

 反射が作用して、無意識のうちに手が触れた先には。

「……え?」

 あの渦があった。

「夏菜!!」

 途端、茨木童子が私の手を引いた。
 半ば引きずられるようにして何とか渦の近くを離れることはできたものの、私が触れたことにより謎の渦は空間そのものに歪みを発生させながら大きくうねりを見せていて。
 やがて、うねり続けていた空間は収束する。
 トンネルの出入口があった場所に現れていたのは、桃・青・緑・紫の既視感のある配色のトビラだった。

「これは……トビラ、か?」

 目の前のそれを見た茨木童子が怪訝そうに呟く。

「もしかして……」
「知ってるものなのか?」
「うん。これ、世界のトビラよ」
「世界のトビラ?」
「過去・現在・未来の世界と繋がってるトビラ」
「そりゃ大した代物だな」
《ですが、妙ですね》
「妙?」
「トビラが出現した瞬間に辺りの瘴気が消えました」

 言われてみれば確かに。
 さっきまで辺りに満ちていた瘴気が綺麗に消えている。ただし、トビラからは未だに瘴気が漂っているけども。

「これが瘴気の原因だったってことか?」
《正確にはトビラの向こう側が原因でしょうね。しかし、なぜマスターが触れた瞬間に瘴気が止まったのでしょうか……》
「確かにそうだな」
「う〜ん。ケイゾウお爺ちゃんが触った時は何の反応も無かったみたいだし……ただ未だにトビラから瘴気が漂っている以上、この件を解決したと見做すのは無理そうね」
「トビラの向こうに行く必要があるってことか」
《とりあえず、一度トビラに入ってみませんか?》

 とはいえ、トビラを開けるための手段がない。
 世界のトビラを開けるためには世界のアークと呼ばれる世界間を移動するためのアークが必要になる。ただ当然ながら世界のアークなんて手元にないため、トビラを開けることはできない。

「……ん?」

 その時。

「……お守りが……」

 ポケットに入れていたお守り。
 その中に入れていた茨木童子のアークが、まるで月光の如き神々しい輝きを放ちながら目の前に飛び出してきた。

「は? 俺のアーク……?」
「もしかして、これで開けろってことかな?」
「なんで俺のアークなんだよ!?」
《うるさいですよ白髪》
「とにかく、これでトビラの向こうに行けそうね」
「ったく……しかし大丈夫なのか? トビラの向こうに行って帰れなくなる可能性だってあるだろ」
「その時はその時で考えればいいんじゃない?」
 
 最悪の場合は妖怪探偵団を頼ることになるだろう。
 妖怪ガッツKに伝言を任せているとはいえ、よっぽど帰ってこないようならみんなも動き始めてくれるはず。
 
「茨、先行してもらってもいい?」
「元々そのつもりでいた。トビラの向こうに行くのはいいが、絶対に俺の側を離れるんじゃないぞ。あと無機物お前は姿を隠しておけ、何かあった時の保険だ」
《仕方ないですね》
「夏菜。俺がダメな時は無機物の側にいろ、怪我だけはするな」
「もちろん」

 できるだけ善処はする。
 それでも怪我する時はあるだろうけど、そういう時は茨木童子が治療してくれるので心配はしていない。

「今回も頼りにしてるわよ、二人とも」
《お任せください、マスター》
「ま、ここまで来たらとことん付き合ってやるよ」

 茨木童子のアークを片手に、世界のトビラの前に立った。

「それじゃあ、開けるわよ」

 茨木童子のアークを世界のトビラに翳した。
 すると、世界のトビラが開き始める。トビラの向こうの景色は、
眩い光に阻まれて確認することができなかった。
 
「行くぞ」

 茨木童子が先陣を切ってトビラをくぐり抜けていく。

「私たちも行こう」

 その背中を追って、トビラの中に足を踏み入れた。
 眩い光に視界を奪われながらも感じたのは、通り抜けた瞬間から今まで感じていた重苦しい空気が一気に飛散したことだろう。寧ろ、どこか馴染みのある空気が肌を撫でているような気さえした。
 ここはどこなのか。
 そう思って辺りを見渡してみれば、まるで、記憶の中にある景色をそのまま切り取ったような光景が広がっていて──。

「…………ぇ……?」

 どれも記憶の中にあるそれと同じものだった。
 景色も人物も空気さえも、私が知っているものなのに……その中に唯一、異質な存在が紛れ込んでいる。
 妖怪探偵団を背に佇んでいる黒髪の美少女。
 エンマ様によく似た気配をまとっているけれど、覇王の持っているそれとはまた違っていた。その手元に視線を落としてみれば、どこかで見覚えのある剣とよく似た剣が握られていて──。

「……何者ですか」

 少女は、真っ直ぐな視線でこちらを見据え続けていた。
 

 ◆◇◆

 
 あやかしの蜘蛛姫・女郎蜘蛛。
 伝説の霊媒師の子孫である姫乃アヤメにとりつき、その体を依代として操っていた女蜘蛛の大妖怪。イケメンを好む妖怪であり、酒呑童子たちが追い求めている『姫』を騙ることで自身の復活に必要な伝説の霊媒師の骸と若く美しい男性の魂を集めさせていた。
 完全復活を遂げた女郎蜘蛛との決戦。
 戦いは熾烈を極めたものの最終的に女郎蜘蛛は敗れ、妖怪探偵団の勝利で幕を閉じることができた。

 その女郎蜘蛛戦から暫く経った、とある日の出来事。
 諸悪の根源がいなくなったこともあり、妖怪探偵団の面々は平和な日々を送ることはできていたのだが──。

「……暇だぁ……」

 見事に暇を持て余していた。

「ここ最近、怪奇案件が発生しなくなったよね?」
「やっぱり女郎蜘蛛の件も影響していたのかな」
「ここまで怪奇案件が起きないと暇なんだよなぁ……」
「起きなくていいよ怪奇案件なんて!?」

 ベッドに腰掛け、文庫本を読みながら呟くナツメ。
 パソコン用のデスクに電光石火時代のカードを並べながら相槌を打っているトウマ、ミニテーブルに顔面ごと突っ伏しているアキノリ、トウマのカードを眺めながら怯えるケースケ。
 各々が自由に過ごしながらも漫然と会話は続く。
 暫く怪奇案件が発生しなかったせいか、はたまた女郎蜘蛛との戦いの反動か、緩みまくった空気が流れていた。

「でも、平和が一番だよ! ね、アカネちゃん」

 屈託のない笑顔でそう言い放ったアヤメ。
 そのアヤメが隣に座っていた黒髪の少女──アカネに対して話を振れば、アカネもまた小さく頷いて肯定する。
 
「何もないということは平和な証拠ですから」

 日影アカネ。
 その正体は先代閻魔大王こと業炎の末娘・紅蘭の生まれ変わりであり、人の身でありながら剣術を中心とする妖怪としての能力を行使することができる稀有な存在。
 一時期、アカネは妖怪探偵団と対立関係にあった。
 女郎蜘蛛の件に際してナツメたちのことを慮るあまり遠ざけるような行動をとってしまったものの、のちに和解したことで以前と同様に妖怪探偵団の一員として活動を続けている。

「あ、そうだ! ハロウィンが近いからハロウィンパーティーとかやってみるのはどうだ?」
「ハロウィンパーティー?」
「各々好きなお菓子を買ってシェアするんだよ」
「それってただのお菓子パーティーじゃない?」
「でも楽しそうだね」
「それなら俺も参加したいかな……」
「楽しそう! アカネちゃんはどうする?」
「ぜひ参加させてください」

 似たり寄ったりの反応を見せる面々。
 すると、部屋の隅で話を聞いていたジュニアが近くで妖怪パッドを磨いていたウィスパーに向かって尋ねる。

「うぃす、ハロウィンなに?」
「ハロウィンというのはですね〜。こんなふうにカボチャをくり抜いて作ったジャック・オ・ランタンを飾ったり、魔女やお化けの格好をした子供たちがお菓子をもらいに行くイベントでうぃす」
「おかし! ジーたんもハロウィンやる、だぜ!」

 お菓子と聞いて目の色を変えたジュニア。
 「こんなふうに」とウィスパーが言ったと同時にミッチーがどこからともなく見事なジャック・オ・ランタンを取り出していた。

「そのジャック・オ・ランタンどっから出てきたんだ……!?」
「ナツメさんのために夜なべして作りました!!」
「いらないんだけど」
「はひぃん……」
「ま、まぁ飾りとしては使えそうじゃない?」

 素早くフォローを入れるケースケ。
 ミッチーの手から転げ落ちた無駄に完成度の高いジャック・オ・ランタンが、アカネの近くにまで転がる。何気なく手に取ったそれは驚くほど精巧な造りになっていて、隣に座っていたアヤメもジャック・オ・ランタンを見るなり感嘆の声を上げていた。

「……?」

 その時。
 これまでにないほど異様な気配を感じ取ったアカネは立ち上がり、気配の出どころである窓の外に目を向ける。

「アカネちゃん?」
「どうかしたのか?」

 ナツメたちが声をかけたものの。
 その問いかけが届くよりも先に、アカネはアキノリの部屋を飛び出していた。あまりに突然のことにナツメたちは驚きながらも慌ててアカネの後を追いかける。
 アカネが辿り着いた場所は霧立神社の境内。
 追って到着したナツメたちはアカネに事情を問いただそうとしたものの、それの存在に気付き声を失った。

「トビラ……?」

 そこにあったのは、桃・青・緑・紫に彩られたトビラ。
 神社の光景に混ざるにしては随分と不釣り合いで、まるで日常の中に紛れ込んだ異分子のような存在感を放っていた。

「お、おばばさんが設置したとかじゃないよね……?」
「んなわけないだろ! 第一、こんなヤバい気配がプンプンしてる代物をおばばが置くはずないって!」
「じゃあ、誰が……?」
「それは分かりませんが……」

 トビラの周りには異様な妖気が漂っている。
 トビラそのものが放っているのか、はたまたトビラの向こうにいる存在が放っているのか、ここにいる面々には判別ができない。

「……下がってください」

 炎の中から自身の剣を取り出して構えるアカネ。
 妖怪探偵団もまたそれぞれのウォッチを装着し、ウォッチを持っていないアヤメたちはナツメたちの後ろからその様子を見守る。ナツメたちがアカネの背後に控えているのは、アカネなりの譲歩だ。
 ナツメたちも重々理解した上でその位置にいる。
 それは、それぞれの想いを慮った上でアカネが妖怪探偵団に対して行なえる最大限の譲歩の結果だった。

「……ッ、トビラが……!」

 やがて、ゆっくりとトビラが開き始める。
 溢れ出した眩い光の影響でトビラの向こうを確認することはできなかったものの、そのトビラの向こうから誰かがやってきたことだけは認識することができた。徐々に目が光に慣れたことで、トビラの向こうからやってきたその存在の輪郭が鮮明になる。

「は……?」

 トビラの前に立っていたのは、鬼。
 大柄な体躯に大きな二本のツノ。腰まで伸びている癖のある白髪を軽く手で払ってから辺りを見渡したかと思えば、血で染め上げたような赤の瞳がゆっくりとアカネたちのことを捉える。
 ただの鬼ならばまだよかっただろう。
 その鬼はアカネたちにとって馴染みのある鬼とよく似た相貌で、しかしそれよりも遥かに研ぎ澄まされた気配をまとっていた。

「よっと……ん? ここは……霧立神社か?」

 鬼がそう呟いた直後。
 トビラの向こうから再び人影が現れる。光を伴って現れたのは、アカネたちとも同じくらいの年頃の少女だった。

「…………ぇ……?」

 少女の困惑したような視線がアカネたちに向けられる。
 直後、アカネの背後にいる妖怪探偵団たちのどよめきが響いた。無理もない──あのトビラから現れた少女の顔は、髪型こそ違えど天野ナツメと全く同じ容姿をした人間だったのだから。
 とはいえ得体の知れない存在であることに変わりはない。
 アカネは自身の剣の鋒を向けることまではしなかったものの、突如として現れた正体不明の人物たちに鋭い視線を向ける。

「……何者ですか」

 アカネがそう問いかけた直後。

「アカネ様!!」

 突如として神社に現れたのは、酒呑童子。
 その昔、紅蘭の実兄・紫炎に仕えていたこともあって酒呑童子は紅蘭の生まれ変わりであるアカネとも浅からぬ縁を持っている。その直後に、酒呑童子の部下である洞潔が境内に現れた。
 その鬼を認識した酒呑童子たちは言葉を失っていた。
 「ありえない……」と酒呑童子が低く呟いている一方で、洞潔もまた口にはしていないものの苦々しい表情を浮かべている。

「酒呑? なぜここに……!」
「強い鬼の気配を感じまして……ッ、しかし、我が盃兄弟の姿を騙り我々を愚弄する者が現れるとは……!」
「盃兄弟……ということは、まさかあの鬼は……!」

 鬼族が誇る大妖怪・茨木童子──。
 酒呑童子と同様に、妖魔界の中でも最強格の大妖怪。平安の時代に悪逆非道の限りを尽くしたとして、今でもその悪名が轟いている酒呑童子の盃兄弟である。
 その鬼と全く同じ姿の鬼が、目の前に立っている。
 それがどういう理屈なのかアカネには分からなかったものの、少なくとも警戒すべき敵であるとみて間違いはないだろう。
 
「茨木童子?」
「えぇと……茨木童子は千年以上前に人間界・平安京で悪の限りを尽くした鬼族の大妖怪であり、その実力は酒呑童子にも匹敵すると言われているでうぃす!」
「なんだって!?」
「つまり……酒呑くんと同じくらい強い妖怪ってこと?」
「それどう考えたってヤバいヤツじゃん!?」
「ですが、茨木童子は大江山の決戦で亡くなっていたと……」

 アカネの一言を聞いた酒呑童子が静かに頷く。

「だからこそ、目の前の彼奴の存在は『ありえない』のです」

 女郎蜘蛛の時と同じだ。
 目の前にいる茨木童子の姿をしたあれは、茨木童子の姿を騙っている可能性がある──そういうことなのだろう。

「貴様……何が目的で我が盃兄弟の姿を騙っている!?」

 酒呑童子が臨戦態勢になり、鬼族の妖気を叩きつける。
 一方でその妖気をぶつけられている側は平然とした様子のまま、隣にいるナツメによく似た少女と呑気に会話を続けていた。

「……ねぇ茨、これどうするの?」
「どうするもこうするも……あっちは臨戦態勢だしな」
「よし、ガンバ☆」
「言うに事欠いてそれかよ!? どうすんだこの状況!?」
「だって私戦えないもん」
「あ〜っ……ったく、サポートはしろよ?」
「もちろん。でも、怪我させないようにしてね」
「俺が怪我しないこと前提なのか……」

 直後、少女が何かを呟いた瞬間。
 霧立神社の境内を覆い尽くすドーム型の結界が展開された。外界と内界を隔てる結界の境界、その最も近くにいた洞潔が妖聖剣・アシュラ豪炎丸を振り下ろして結界を破ろうと試みるも、結界には傷一つ付く様子がない。

「マジか!?」
「アシュラ豪炎丸でも破壊できないのか……!」
「閉じ込められたってこと……!?」

 茨木童子の姿をした鬼は、深々と息を吐いた。
 ガシガシと頭を掻き毟ったのち「あんま兄者に拳は向けたくなかったんだが、しゃーねぇなぁ……」と静かに呟き。

「ま、久々だしな……いっちょ暴れてやろうじゃねぇか!」

 目の前の鬼の妖気が爆発的に膨れ上がる。
 それは酒呑童子の妖気さえも凌駕するほどの妖気。しかし鬼族の大妖怪の姿を騙っているとはいえこれほどまでに妖力を引き出せるものなのか、とアカネの中に本能的な疑問が浮かび上がった。
 真っ先に動き出したのは酒呑童子。
 地を蹴ったと同時に間合いを詰めて拳を入れようとするも、茨木童子の姿をした鬼はその拳を真正面から両手で受け止めた。

「忘れたのか? 兄者。真正面から攻撃する時は──」

 途端。酒呑童子の鳩尾に容赦のない蹴りがめり込んだ。

「足技に気をつけろ、ってなァ!」

 両手で攻撃を受け止められたことで生じてしまった隙。
 間合いを詰めてしまったことが仇となってしまったのだろう、鋭い衝撃音と共に酒呑童子の体が数メートル先まで吹っ飛んだ。地面を抉りながら境内を転がっていく酒呑童子の姿を見て、妖怪探偵団を始めとする面々の空気が張り詰める。

「酒呑ッ!!」
「酒呑童子様!!」

 酒呑童子に代わり、今度はアカネが剣を振りかぶる。

「はああっ!!」

 強く踏み込んだと同時に、剣が振り下ろされた。
 繰り出された一閃は確かに急所を捉えていたものの、その攻撃はあっさりといなされてしまう。

「甘いな」

 剣に乗せていたはずの力の流れが狂ってしまった。
 そのせいで必然と体勢が崩れ、その直後に振り払うような一撃がアカネの持っていた剣に叩き込まれた。

「──ッ!?」

 剣舞魔神・玄武の攻撃と同等かそれ以上の重み。
 まともに真正面から受け続けることはまず不可能、そんなことを続けようものなら待ち受けているのは死のみ。

「アカネちゃんッ!!」

 アカネを案じるナツメの叫びが響いた。

「ッ……!」

 受け流すか躱すかの二者択一。
 しかしアカネは直前に隙ができていたこともあり、その択を取ることもままならず酒呑童子と同様に宙を舞った──が、何とか体勢を立て直すことに成功した。しかし、攻撃を受けた直後にアカネは僅かながら違和感のようなものを覚えていた。
 あの鬼が酒呑童子を攻撃する時は急所を狙っていた。
 対してアカネに攻撃する時は『剣』を狙っていた。武器を持っているかいないかという差もあるが、だとしても剣を扱っている本体の方を攻撃した方が大きいダメージが入る。ましてや、アカネは体勢を崩して致命的な隙を発生させていたのだから。

 なのに、なぜ狙いを剣に定めていたのか?

「ええっ……? ちょっと、フツーこっち狙う?」

 ちょうどその時──もうひとつの戦闘の狼煙が上がる。

「貴様だな……彼奴の司令塔は」

 洞潔が振り上げたアシュラ豪炎丸。
 その鋒がナツメによく似た少女に向けられていた。しかし、神社の境内に展開されている結界をそのまま小さくしたような結界が少女の周囲に展開されているために攻撃が通ることはない。
 洞潔の言葉を聞いた少女は口の端を吊り上げる。
 天野ナツメと同じ顔であるにもかかわらず、その顔が作り出している笑みは天野ナツメが見せるものとはかけ離れていた。

「それが分かったところで、アンタに私は倒せないけどね」
「何が目的で、茨木童子様の姿を利用しているッ……!」
「いや別に利用しちゃいないんだけど……まぁ、頭に血が昇ってる状態じゃ何言ったって無駄か。それよりも洞潔先生、後ろがガラ空きだけど大丈夫そうですか?」

 会話の流れで洞潔の致命的な隙を指摘する少女。
 少女の言った通り、頭に血が昇っていたのだろう。洞潔が反射的に振り返るまで、自身の元にあの鬼が放った妖気弾が至近距離に飛んできていることにさえ気付けていなかったのだから。回避はままならず、洞潔は真正面から妖気弾を受けて倒れ伏した。

「ッ、洞潔!!」
「誰も肉弾戦だけで戦うなんて言ってないだろ。あとは兄者とそっちの女か……」

 鬼の視線が、満身創痍の酒呑童子たちに向けられる。
 初撃で急所にダメージが入ってしまったために、酒呑童子は未だに本調子に戻っている様子はない。アカネは怪我こそ大したものではないものの、あの鬼の攻撃を受け止めるために妖術による筋力の強化を続けていた影響で徐々に体力が削れ始めている。
 しかし、アカネの中では未だに違和感が燻っていた。
 あの攻撃を受けた時の違和感。それを確かめるために、アカネは自分の持てる限り全ての力を込めて剣を振り上げた。

「……へぇ、人間にしちゃ筋は悪くないな」

 しかし、その剣は容易く受け止められる。

「が、今の俺にはまだ届かねぇ……なッ!!」

 再度、アカネの体がぶっ飛ばされる。
 受け身を取ったので大して怪我はしていないものの、やはりあの鬼はアカネの持っていた剣を狙った。妖怪である酒呑童子たちはともかくとして、もしやあの鬼は人間であるアカネのことを傷付けないためにわざと手を抜いているのではないか。
 
「ッ……はあああっ!!」

 アカネが答えを出すよりも先に、酒呑童子が動いた。
 腰に引っ提げている酒瓢箪の中から出てきた妖術の水流を、自身が生み出した巨大な盃に溜め始める。

「鬼時雨!!」

 酒呑童子の必殺技・鬼時雨。
 鬼の盃に溜めた水の妖術が放たれ、一直線に茨木童子の姿をした鬼に向かって襲いかかる。

「鬼炎龍!!」

 次いで、茨木童子の姿をした鬼は炎の龍を放った。
 両者とも互角の妖術による必殺技合戦。
 炎と水という相反する力が衝突したことにより、蒸発した水が白い煙となって瞬く間に立ち昇っていく。水煙の向こうでは尚も妖術のぶつかり合いが続き、やがて互いの攻撃の余波が飛散した。

「ッ……!」

 水煙によって視界が悪くなっていたこともあるだろう。
 アカネが気付いた時には既に、ナツメたちの目の前まで流れ弾の一部が飛んでいた。しかしアカネは直前に放った攻撃で筋肉を強化するために、ほぼ全ての妖力を使い切ってしまっている。
 あのまま流れ弾が直撃すれば重傷は必至。
 けれど、距離的に間に合わない。アカネが必死に手を伸ばし、なけなしの妖力を込めながら駆け出した──。

「Iちゃん!!!」

 その時。

「ッ、え……?」

 流れ弾を止めたのは、ナツメとよく似た少女だった。
 少女は自身を覆っていた結界と同じものを妖怪探偵団の周囲に展開していたようで、おかげで誰一人として傷はない。その様子を見た少女は小さく息を吐き、それから静かに鬼たちを睨んだ。
 これに慌てふためいたのがあの鬼である。
 少女は妖怪探偵団に怪我がないことを確認すると、茨木童子の姿をした鬼の方に視線を移し──。

「茨、正座」
「これ怒られるの俺なのかよ!?」
「正座」
「いや、流石に俺悪……く、は、あるが……!」
「茨」
「弁明の余地はあるだろ!?」
「い・ば・ら」

 とうとう殺気を出し始める始末。
 茨木童子の姿をした鬼は素直に地面に正座した。先程までは散々悪鬼面していた鬼もこの少女には勝てないようで、大人しく地面に座して少女の殺気を浴び続けている。
 異様だったのが、この少女が放っている殺気。
 アカネでさえ本能的な恐怖を感じるほどの殺気。威圧なんて生易しいレベルではない、空間さえも飲み込んでしまいそうな恐怖。場違いなほど緊迫した空気だけが、神社の境内を支配していた。
 
「私を守ってくれたことはありがとう」
「……おう」
「でも、それはそれ。これはこれ」
「……おう」
「酒呑童子たちには個人的な恨みがあるから好きなだけ攻撃したって別にいいんだけどさ、アンタ途中から戦闘そのものが楽しくなって流れ弾のこと考えてなかったでしょ?」
「……おう」
「で、今アンタが言うべき台詞は?」
「マジで悪かったからそろそろ殺気を鎮めちゃくれねぇか?」
「成程、三時間お説教コースがお望みのようね」

 そのまま説教を始める少女。
 しかし茨木童子の姿をした鬼も普通に申し訳ないという気持ちはあったのか、縮こまりながら説教を聞いていた。
 何気に地獄のような絵面である。
 いつの間にやら復活した洞潔でさえ「どういう状況……?」と言わんばかりのスペキャ顔を向ける始末。しかし少女が般若のような形相で説教をしているものだから、誰も口を挟むことができない。

「あ、あの〜」

 延々にも思える説教の最中。
 勇者・アキノリが勇気を振り絞って般若に話しかけた。般若──もとい少女が振り返った瞬間。

「あぁ、ごめんなさいね。こっちのことを忘れてたわ」

 少女の殺気が消える。
 殺気が消えたことでアキノリも話しやすくなったのだろう、普段通りの調子を取り戻して少女に話しかけていた。

「さっきは助けてくれてありがとな。えぇと……お前たちは、別に敵対する意思はない、よな? わざわざ俺たちのことを助けてくれた辺り、話が通じるんじゃないかと思ったんだけどさ」
「そうね。いきなり敵意を向けられたからこっちも茨をけしかけたけど、別に敵対する意思はないわ。できることなら、状況整理を兼ねて一度落ち着いて話し合いがしたいんだけど……」

 少女の視線が酒呑童子に向けられる。
 酒呑童子は必殺技を使ったせいで体力の限界が訪れてしまったようで、ただ少女のことを睨むに留めていた。

「話し合うとしたらどうせ酒呑童子たちも来るでしょうから……アキノリの部屋じゃ無理そうね。神社の本殿……いや、人数的に無理か。アキノリ、屋敷の大広間を借りてもいい?」
「俺のこと知ってるのか!?」
「そこ???」
「その辺りの説明をするためにも、一度大広間に行った方がいいんじゃないか。ここの修復は無機物してくれるだろうしな、兄者たちもそれでいいだろ?」

 茨木童子の姿をした鬼が口を挟んできた。
 正座をしていたせいで足に引っ付いていた小石やら砂やらを軽く払いながら、その鬼は少女の元に歩み寄ってくる。

「……無機物?」

 鬼の言葉を聞いたアカネが、無意識のうちに呟く。

「あぁそっか。Iちゃん、もう出てきていいよ」

 直後、少女の横に現れたのは空飛ぶ妖怪パッド。
 見た目だけならばウィスパーが持っている妖怪パッドとそっくりで、違いという違いはそのカラーリングくらいだろうか。

「さっきはありがとう、Iちゃん」
《お役に立てたようで何よりです。境内はこちらで修復しておきますので、マスターは先に大広間に向かってください。終わり次第、すぐに向かいますので》
「じゃあお願いしようかな」
「え、このボロボロになった境内修復できるのか……?」
《お安い御用です。元を辿ればうちの白髪がやらかしたことが原因なので、お詫びがてら修復させていただきますよ》
「誰が白髪だこの野郎」
《うるさいですよ白髪ハゲ》
「だ〜〜〜れが白髪ハゲだ!?」
《他にいるとでも?》
「アンタたち喧嘩するんなら後にしてくれないかしら??」

 少女が深々と息を吐いた。
 慣れた様子から察するに普段もこんな調子なのだろう。あまりにも不毛なやりとりを見た妖怪探偵団の面々が苦笑いを浮かべる一方で、酒呑童子たちは未だに鋭い視線を向けていた。
 今度はあの鬼にではなく、少女に。
 少女は向けられている視線に気付いていたのだろう。酒呑童子たちを見ながら、ただ静かに不敵な笑みを返していた。
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