未来ifストーリー
Alone in the night
On a dark hill
With pines around me
Spicy and still,
And a heaven full of stars
Over my head
White and topaz
And misty red;
Myriads with beating
Hearts of fire
The aeons
Cannot vex or tire;
Up the dome of heaven
Like a great hill
I watch them marching
Stately and still.
And I know that I
Am honored to be
Witness
Of so much majesty.
──Sara Teasdale・Starsより──
◆◇◆
私の名前は天野夏菜。
双子の妹であるナツメを庇ってトラックに吹っ飛ばされたら前世の記憶を思い出した、妖魔界の王妃である。
「本日の執務は終了とする」
私の夫であるカイラ様の声が執務室に響き渡った。
フウとライに執務室から見送ってもらった後、自分たちの宮である蛇妖宮に向かうための馬車に乗り込んだ。
この閻魔宮殿はとても広い。
しかも王族の場合は同じ閻魔宮殿という敷地内に家──宮という区画がある。そのうちエンマ様の方に与えられている宮は閻煌宮、カイラ様の方に与えられている宮は蛇妖宮と言って、それぞれの宮に移動するだけで時間がかかるため馬車が手配されている。
「今日もお疲れ様、カイラ様」
「あぁ。今日も夏菜のおかげで執務が捗った」
「ありがとう。でも、流石にちょっと疲れたかな……」
「明日は休みだが……宮で休むか?」
「そうね、明日は久々に宮で過ごそうかなぁ」
ちなみに、妖術を使って移動しないのはなぜなのか。
それは私が絶望的なまでに妖術の適正がなく、前に妖術を使って移動しようとしたらなぜか座標をミスってうっかりUSAまで行ったことがあるからだ。尚、その様子を見ていた茨木童子には「ここまで来ると逆に才能だよな」と言われる始末。
カイラ様に妖術を使ってもらって帰ることもできるけれど、やはり夫婦ふたりきりになって話す時間が欲しかったこともあって気付いたらお互い馬車で帰ることが日常となっていた。
そうこうしているうちに蛇妖宮の前で馬車が到着する。カイラ様にエスコートされながら馬車を降りれば、宮の方から可愛らしい足音たちが聞こえてきた。
「お母様! お父様!」
「父上! 母上!」
宮から飛び出すようにして駆けてくるふたりの子供たち。
「「 おかえりなさい! 」」
この子たちは、私たちの間にできた子供──。
長女の名前はセイラ。
今年で五歳になる我が家のお姫様であり、父親譲りの顔面の造形と美しい色彩を受け継いでいる美少女。
父親譲りの美貌だけでなく天賦の才と言えるレベルの体術・妖術の実力、母親譲りの知的好奇心を兼ね備えたサラブレッドである。王女ということもあり普段はお淑やかにしているものの、見た目に反して意外と負けん気が強く頑固なところがある。
長男の名前は蒼炎。
今年で三歳になる我が家の王子様であり、同じく父親譲りの顔面の造形美と僅かに紫がかった色彩を持つ美少年。
父親譲りの妖力を持って生まれた姉を凌ぐほどの妖力を持っており、カイラ様のような立派な大王になることを目標にしている。父親であるカイラ様と一緒に鍛錬をすることを日々の日課としているくらい、真面目で努力家ないい子だ。
「ただいま、セイラ」
「帰ったぞ、蒼炎」
こちらに駆け寄ってきた子供たちを優しく抱きしめる。
その場にしゃがみ込んでセイラを真正面から抱きしめる私と、勢いよく飛び込んできた蒼炎を軽々とキャッチして抱き上げるカイラ様。もはや恒例となった光景に、馬車の御者さんや宮を護衛してくれている武官たちはどこかほのぼのとした表情を浮かべていた。
「はいはい。皆さま、そろそろ終わりにしてくださいな」
そう言いながら宮から出てきた桃色の髪の鬼女。
蛇妖宮の侍女頭・シュンラン。
シュンランは鬼族四大家と呼ばれる一族の出身で元々は鬼族らしく酒呑童子たちと同様に王族であるカイラ様のことを忌み嫌っていたのだが、なんやかんやあって現在は蛇妖宮の侍女頭をしている。
同じく他の鬼族四大家の者たちもまたこの蛇妖宮で侍女をしているのだが、とても優秀な子たちだ。歴代の王族に比べ侍女数が圧倒的に少ないこの蛇妖宮で、日々完璧に仕事をこなしてくれている。
「お帰りなさいませ、御二方」
「ただいまシュンラン。今日の晩御飯は?」
「本日は夏菜様リクエストの和風ハンバーグです」
「よっしゃ! 食べたかったのよ〜和風ハンバーグ」
「お母様、ハンバーグがたべたかったのですか?」
「そうそう。テレビでハンバーグ特集やってたから……」
「あぁ、先日やっていたあの番組か」
YHK(妖魔界放送協会)の番組。
その名も『元・伝説のウォッチ使いとその仲間たちが行く! 妖魔界グルメスポットツアー』と言う……名前から察しがつく通り、私の父親である天野ケータの冠番組である。
妖魔界のグルメスポットを父さんたちが巡る番組。
もちろんグルメも見どころではあるが、それ以上に父さんたちの掛け合いが面白いと今妖怪たちに大人気の番組なのだ。尚、行く先々にいる妖怪たちの中に必ず父さんのともだち妖怪がいるため、この番組が放送されると毎週ネットでは『#伝説のウォッチ使い』がトレンド入りする事態となっている。父さん恐るべし。
「わたしもハンバーグこねたんですよ!」
「ぼくもいっしょにこねました!」
「そうなの?」
「えぇ、セイラ様と蒼炎様も一緒にハンバーグを作るのを手伝ってくれました、ソースに添える大根おろしも御二方が丁寧に擦ってくださったんですよ」
「そっかそっか、頑張ったんだね〜二人とも」
よしよしと二人の頭を撫でる。
嬉しそうにしながら照れくさそうに笑っている二人を見ているだけで、周りにいる私たちもつい笑顔になってしまった。
「お母様、お父様。『たなばた』ってなんですか?」
晩ご飯の和風ハンバーグを食べている最中。
柵状に切ったハンバーグを口に運びながら「和風ソースうっま」なんて考えている途中で質問されたものだから一瞬『たなばた』というワードが何なのか分からずフリーズしてしまったものの、それが『七夕』であると理解したと同時にハンバーグを飲み込んだ。
「七夕っていうのは古くから伝わるお祭りで、願い事を書いた短冊を笹に飾り付けて天の川にお祈りするのよ。そうすると天の川の向こうにいる織姫様と彦星様が願い事を叶えてくれるの」
「おりひめさまとひこぼしさま?」
「織姫は神の娘……天帝の娘であり、彦星は牛飼いの青年だ。しかし恋に夢中になりすぎて天帝の怒りを買い、天の川を隔てて引き離されてしまうことになってしまったのだが、それでも悲しみに暮れる織姫を哀れに思い天帝が一年に一度だけ会うことを許した。それが七月七日の七夕だ」
「そういえば明日は七夕だったわね」
カレンダーを見てみれば今日の日付は七夕の前日。
明日は七夕の日だ。せっかくだから、我が家でも七夕をやってみてもいいかもしれない。セイラたちは妖怪だから元人間である私に比べて一年の時間感覚が短く感じるかもしれないけれど、それでもこうやって季節の行事は楽しんでほしいから。
「……我が家でも、七夕をしてみるか?」
「ほんとうですか!?」
「ぼくも、ぼくもたなばたやってみたいです!」
「でも笹なんてどこで取ってくればいいのかしら……?」
「霊剣林はどうだ」
「剣舞魔神の管理区域から笹を持ってくるヤツがどこにいるのよ。っていうかあれ笹じゃなくて竹だし……う〜ん、でも霊剣林に一本くらい笹あったりしないかしらね」
「ものは試しだ。明日、行ってみるとしよう」
カイラ様の言葉に頷きながら、再び箸を動かし始める。
今日頑張ったことを楽しそうに話すセイラたちに相槌を打ちながら、食卓には穏やかな時間が流れる。食後のデザートであるプリンをみんなで味わいながら、取り留めもない会話を交わしていたのだが──その途中で、ふと頭の片隅にひとつの疑問が浮かんだ。
「セイラ」
「はい! どうかしましたか、お母様」
「どうして急に七夕なんて言い出したの?」
去年までは特に何も言っていなかったのに。
いや、去年の場合は七夕の時期に謎に私がインフルエンザにかかってしまったせいで七夕ができなかったのだけど……しかし、七夕のことを知らなかったにもかかわらず突然七夕について言及したことに対して何となく疑問を抱いてしまった。
「今日、茨木先生のじゅぎょうで星の詩をよんだんです」
私のトモダチ妖怪にして眷属の茨木童子。
鬼族の大妖怪である茨だが、数年前までY学園の教師だった実績もあり尚且つ信頼ができるという理由で私によってセイラたちの教育係に任命されていた。要はこの子たちのお目付け役である。
五歳時に詩は難しいかもしれないと思うかもしれない。
しかし、セイラは知的好奇心の塊。私が持っている書物に飽き足らず閻魔宮殿の書庫に所蔵されている書物まで読み始めるほどであり、この子が三歳の頃にウィリアム・ブレイクの『無垢の歌』を自力で翻訳しながら読んでいた時には流石に腰を抜かしかけた。
「星の詩?」
「はい。えいごだったので、にほんごにしながら星の詩をよんでたら先生が『そういや明日は七夕だったなぁ、せっかくだから竹でも持ってってやるか』といっていたので……」
「
だから竹じゃなくて笹だっての。
◆◇◆
「というわけで笹を寄越せ、剣舞魔神・白虎よ」
「いやどういうわけだよ全く分からねぇよ!?」
「御託はいい、子供たちのために笹を分けてもらおうか」
翌日──霊剣林・最深部にて。
林の奥で爆睡していた白虎の元にどこでもポケットうんがいを使ってやってきた私たちはイナホさんから借りてきた妖怪バズーカを使って寝起きドッキリならぬ寝起きバズーカを仕掛けてやった。
案の定、岩の上から飛び起きた白虎。
蛇王剣の鋒を向けながら「笹を寄越せ」と何処ぞのテロリストのように告げるカイラ様を後ろから見守りつつ、早朝から笹を楽しみにする子供たちの頭を撫でてあくびをひとつ。
「どっちかって言ったらここ笹じゃなくて竹だろ!」
「竹は茨木童子が持ってくるらしい」
「どいつもこいつも七夕を何だと思っていやがる……!」
「それはともかく白虎。ここに笹ってあるの?」
「あるにはあるけどよ……ただでやると思うか〜?」
「成程……つまり、バトルすればいいということか?」
「最近トウマに召喚されてなくって体が鈍ってるからな……久々に相手してくれよ、大王サマ?」
「……子供たちのためならば、いたしかたない」
蛇王剣を構え直して、再び鋒を白虎に向けるカイラ様。
白虎もまたビャッコ大霊槍を構える。まさに一触即発──互いの凄まじい妖気がぶつかり合うことで、霊剣林の竹がザワザワと葉音を立てながら忙しなく揺れていた。
次の瞬間、剣と槍が剣戟を繰り出した。
剣戟の鋭い音が響き渡る中、子供たちが目をキラキラさせながら父親のことを応援する一方で『あれは子供たちの前だからカイラ様も張り切ってるわね』なんてあくびをしながら考え事をする私。
(……ん?)
そうこうしていると、私の懐から鶯の鳴き声がした。
そういえばこの前エルゼにスマホの着信音変えられてそのままになってたな、なんて考えながら応答ボタンを押した。
「はいはい、どちらさまー!?」
『もしもしお姉ちゃん? 私だけど……何で大声??』
「今カイラ様と白虎がバトルしてるんだけど、剣戟の音が凄いせいで声が聞き取りにくくって!!」
『なぜにカイラ様と白虎が!?』
「笹の争奪戦!! 目の前で劇場版並みの戦闘してる!!」
『あ、そう……』
電話口の向こうからナツメの呆れた声が響いている。
うん、私たち時々突拍子もないことやり始めるからナツメたちもそりゃ呆れた声くらい出るよね。
『それよりお姉ちゃん、妖怪短冊って知ってる?』
「妖怪短冊……あ〜っ、あの貴重な短冊のこと!?」
『やっぱり知ってるんだね……』
妖怪短冊。
強力な妖気を持っている短冊で、その短冊に書いた願い事を何でも叶えてしまうというトンデモない代物だ。
『実はこの前、お父さんの冠番組の番組抽選に応募したら妖怪短冊が当たって……でもうちに妖怪短冊があると絶対に喧嘩になるから、さっき茨木先生に頼んでそっちに送っちゃったんだよね』
「まぁ、うん……そうね、喧嘩になるわね」
『そういうわけだから妖怪短冊はお姉ちゃんの好きに使ってもらえないかな、使いにくいようだったら燃やしちゃってもいいから。それじゃあよろしくね!』
言うだけ言って電話を切ったナツメ。
人間界にいるナツメたちの元には父さんだけでなく他の妖怪たちもいる、各々が別々の願い事を持っているだろうから絶対に喧嘩になってしまう。となれば、並の妖怪ではまず絶対に干渉できない我が家に妖怪短冊を届けに来るのも何となく頷けるけども。
(妖怪短冊か、どうしようかなぁ……)
な〜んて考えているうちに戦闘が終わっていたようだ。
もちろん勝者はカイラ様。
子供たちがカイラ様に駆け寄りながら「お父様カッコよかったです!」とか「父上、とってもつよかったです!」とか褒めちぎられているので本人ちょっと恥ずかしそうにしてるけど。
尚、子供たちの応援によってブーストがかかったカイラ様にコテンパンにされた白虎はビャッコ大霊槍を握りしめながら悔しそうな表情を浮かべて不貞腐れていた。
「……まぁ、約束は約束だしな。笹はやるよ」
「やったー! ありがとうございます、白虎様!」
「ありがとうございます、白虎さま!」
「コイツら素直だなぁ……」
天を仰ぎながら子供たちの頭を撫でる白虎。
ある程度撫でて満足した白虎がパチンと指を鳴らした次の瞬間に、白虎の背後にあった竹林がまるでモーセの海割りのようにはけていく。その先にあるのは立派な笹で、それを見た子供たちは一目散に笹へ向かって駆け出していた。
「ほら、これでいいんだろ?」
「ありがとう白虎、助かったわ」
「いいってことよ」
カイラ様が笹の根元を蛇王剣で両断する。
回収した笹を持っているカイラ様の足元でわちゃわちゃする子供たち、それを眺めながらあくびをする私。しかしおかしいな、昨日ちゃんと寝たはずなのにどうして異様に眠いのだろうか。
仕事疲れが祟っているのかもしれない。
今日は早めに寝よう……なんて考えながらどこでもポケットうんがいを取り出すと、そのまま家族全員で閻魔宮殿に戻った。
◆◇◆
「お! お前ら帰ってきたのか」
閻魔宮殿・蛇妖宮の中庭にて。
持ってきた笹を庭にブッ刺そうと思って中庭に来てみれば、茨木童子と蛇妖宮の侍女たちが流しそうめんスライダーを作っていた。かなりガチなタイプの竹製スライダーである。
DIYを全力で楽しむ茨木童子とノリノリで作業を手伝う我が宮の侍女たちに夫婦揃って思わず呆然としてしまったものの、子供たちは初めて見る流しそうめんスライダーを見て大興奮。
「茨木先生、これはなんですか!?」
「これは流しそうめんをするためのスライダーだ。有星家の所有してる土地の中に竹林があったからな、アキノリの許可をもらって竹を何本か持ってきたんだよ」
「母上! 父上! これすごくおっきいですよ!」
「あ、あぁ……そうだな」
「笹じゃなくて竹を持ってきたのはそういうことね……」
七夕の食べ物と言ったら、やっぱりそうめんだ。
わざわざスライダーを自作するあたり茨木童子もやっぱり子供たちのことが大好きなんだなぁ……と思っていると、何かを思い出したのであろう茨木童子が懐から高級そうな桐箱を取り出した。
「ナツメから預かったやつだ。話は聞いてるか?」
「妖怪短冊でしょ? にしてもナツメたちも運がいいのか悪いのか……妖怪短冊なんて、そうそう手に入るものじゃないってのに。ところで……Iちゃんはどこに行ったの?」
「無機物はシュンランと一緒にホース取りに行ってる」
「Iちゃん手ないのに???」
《手はなくとも役には立てますよ》
いつの間にやら戻っていたIちゃんたち。
シュンランが「『もちもの』にそもそもホースがあったらしいので、そちらをお借りしました」と言いながら、どこかで見覚えがある青いホースをスッと見せてきた。
「にしてもお前らはどこから笹を調達してきたんだ?」
「霊剣林」
「笹じゃなくて竹じゃねぇか」
「いやだってそれ以外に思いつかなかったし……」
「お前らの財力なら普通に笹くらい買えるだろ」
「王族が笹を買うために市井に降りるってどうよ」
「威厳もクソもねぇな」
「でしょ??」
QED・証明終了。
「さてと。それよりも、本物の妖怪短冊見てみようかな」
桐箱をパカッと開けて中身を拝見。
やっぱり見た目だけなら普通の短冊だな〜と思いながら短冊を手に取ってみる。たった一枚の短冊を空に翳しながら考え事をしていた私が不意に隣を見てみれば、カイラ様が静かに微笑んでいて。
やっぱり、考えることは同じか。
そう思いながら妖怪短冊をそっと握りしめ、流しそうめんスライダーに夢中になっていた子供たちに声をかけた。
「はい。これ、ふたりにプレゼント」
「これ、なんですか?」
「妖怪短冊よ。ここに願い事を書けばどんな願いも叶うの、でも一枚しかないからね。好きに使ってもいいけれど、ふたりでちゃんと考えて決めたお願い事を書くのよ?」
「ふたりでいっしょに……わかりました!」
「ぼく、あねうえといっしょにかんがえてきます!」
妖怪短冊を持ったまま部屋へ向かって駆けていくふたり。
その後ろ姿をカイラ様と一緒に見送っていると、茨木童子が訝しげな表情を浮かべて「よかったのか?」と問いかけてきた。
「あのふたりに妖怪短冊を渡して」
「いいのいいの。私、別に大した願い事が思いつかなかったから。それならあの子たちに妖怪短冊を渡した方が、よっぽどいいお願い事を書いてくれそうでしょ?」
「言うことが母親らしくなったなぁ、お前も」
「そう言う茨は親戚の叔父さんみたいよね」
《本来はケースケさんがそのポジションなんですけどね》
いつものトリオで揃って苦笑いを浮かべる。
ケースケはどっちかって言ったら親戚の叔父さんじゃなくて、いざって時は頼れるけど普段はビビりなお兄ちゃん的ポジションにいるからな……そういえば、ケースケはいつ結婚するんだろう。
確か彼女と付き合ってもう八年目じゃなかったか。
学生時代からの付き合いだったとはいえ、そろそろプロポーズしなきゃ甲斐性無しと思われても仕方がない。
(今度、プロポーズの機会をプレゼントしてあげようかな)
ただのブラコンな元天野家長女からのサプライズである。
「お母様ー! お父様ー!」
「父上ー! 母上ー!」
流しそうめんの準備も完了して夕餉時になった頃。
子供たちが揃って中庭へやってきた。
先に願い事を書いていた私たちの短冊が笹を五色に彩る中、本命とも言える妖怪短冊を持ってきたふたりに皆の視線が集中する。どうやら妖怪短冊はセイラの懐に入っているらしい。
「ふたりとも、どんなお願いを書いたの?」
「まだヒミツです!」
「ごはんをたべてからおしえます!」
「それじゃあご希望通り、先に流しそうめんを食べましょうか」
ホースを使ってスライダーに水を流していく。
スライダーを流れる水はカイラ様の妖術による水であり、水が流れ出すだけでキャッキャとはしゃぐ子供たちにカイラ様も笑みを綻ばせ、次いで茨木童子が最初の麺を流し始めた。
子供たちはこの年でお箸がちゃんと使える。
しかし流れてきたそうめんを狙ってキャッチするのは難しかったようで、上手くそうめんが取れずに苦戦していた。
「お母様、そうめんとれないです!」
「父上、おみずはやすぎます!」
「む……少し水流が強すぎたか?」
「あはは。ふたりとも、そうめんを取る時はこうやって先にお箸をスライダーに固定して待ってから取ってみるといいのよ。そうするとお箸にそうめんが引っかかってくれるから」
「ほんとうですか?」
「がんばります……!」
アドバイス通りに箸をスライダーに固定するふたり。
流れてくるそうめんを狙って、今度は上手くキャッチすることができた。すだちの香りがほんのり効いたおつゆにくぐらせてそうめんを口にすれば、途端に子供たちの表情が華やぐ。
顔を見合わせながら無我夢中になってそうめんを啜り、私たちにキラキラとした視線を向けながら「とってもおいしいです!」「ひんやりしててつるつるしてますよ!」と次々に感想を口にする。
「よ〜し、それじゃあ私も食べよっと!」
「俺もいただくとしよう」
「薬味なども準備していますので、ご自由にお使いください」
「ありがとう、シュンラン。さぁ、みんなも一緒に食べましょ!」
「わたしきゅうびをいれたいです!」
「姉上、それきゅうびじゃなくてきゅうり……」
「え……これきゅうびじゃないの?」
なんか斜め上の勘違いしてないか我が娘。
「このおつゆ美味しい……!」
「へ〜っ。すだち入りのつゆ、割といいなこれ」
「って、ちょっと茨! そうめん取りすぎ!!」
「ハッハッハ、早いもん勝ちってやつだ」
「Iちゃんやって」
《かしこまりました、マスター》
「おい待てお前ら何しようとして……おいーっ!?」
各々好きなようにトッピングをしつつそうめんを取る。
身長をいいことに上流でそうめんを取りまくって妨害しようとしていた茨木童子のお茶碗をIちゃんの『もちもの』の中に収納してもらった。ざまぁみろってんだ。
お茶碗を取り戻すべくIちゃんに頼み込んでいる茨木童子は置いておきまして、私はお茶碗の中にサッパリしたお野菜──オクラを筆頭に大根おろしやトマトなどを入れていく。
「カイラ様はトッピング何に……って、何それ??」
「キムチと納豆とごま油だな」
「邪道ってレベルじゃないわね」
「思ったよりも合うぞ」
「どーだかね……」
そうこうしているうちに、流しそうめんも終わり。
私たちよりも先に満腹になっていた子供たちはいつの間にやら笹に短冊を付けようとしていたらしく、お姉ちゃんであるセイラがふわふわ浮かび上がって高い場所に短冊を結びつけていた。
子供たちに限って変な願い事をすることはないだろう。
そう思っていたから敢えて願い事を確認していなかったけれど、いざこうやって妖怪短冊が結ばれると願い事の内容が気になった。
「それで、ふたりはどんなお願い事を書いたの?」
さり気なく子供たちに尋ねる。
すると、ふたりは顔を見合わせながら私たちのことを見つめ、どこか嬉々とした様子で口を開いた。
「じつはわたしたち、願い事はいっぱいあったんです」
「父上のようなりっぱなだいおうになりたいとか……」
「お母様みたいなすてきなレディーになりたいとか……」
「でも、それよりぼくたちはほしいものがあるんです」
「欲しいもの? ふたりとも、欲しいものがあったの?」
「欲しいものなら物によるが買っても構わなかったが」
「まえにお母様とお父様にそれをおねだりしたときに、おかねじゃかえないものだっていわれてしまったので」
「お金じゃ買えないものなんてあったかしら……?」
何のことか覚えていなくて首を傾げていたのだが。
「わたしたち、妹と弟がほしかったんです!」
ブッ──と後ろの方でお茶を吹き出す音がチラホラ。
かくいう私もまた娘の思わぬ発言に咽せ込んでしまい、咳き込む私の背中をカイラ様がそっと撫でてくれた。
「でも、そのお願い事をするときにけんかしてしまって」
「それはまた……どうして?」
「わたしはいもうとがほしくって……」
「ぼくはおとうとがほしかったので……」
「だから妖怪短冊にこうかいたんです!」
私たちの弟と妹が欲しいです──って。
「…………そうね。来てくれるかもね、弟と妹」
「ほんとうですか!?」
「ぼく、おとうとといっしょにたんれんがしたいです!」
「わたし、いもうとといっしょにおべんきょうしたいです!」
「ふたりがいい子にしていたら、きっとその願いも叶うだろう」
「わたし、もっといいこになります!」
「ぼくも! ぼくも、もっとたんれんがんばります!」
満面の笑みで宣言する子供たち。
さて。子供たちが純粋無垢な気持ちで弟と妹を望んでいる姿を横目に、私たちは静かに思案を巡らせていた。
(……弟と妹、ねぇ……)
そっと腹を撫でながら、静かに笑みを浮かべる。
確かに子供たちを産み育てるのはとても大変だけど、経済的にも子供を産むことは難しい話ではない。男女の双子となれば政の方がうるさくなるかもしれないけれど──あまりにもうるさいようなら権力と財力と腕力の全てをもって叩き潰せばいいだけの話だし。
「とはいえ、子供は授かりものだしね……」
「しかも弟と妹ってくれば、双子だろ?」
「流石に、こればかりは難しいだろうな……」
茨木童子を交えて、夫婦共々唸っていたのだが。
《そうでもないかもしれません》
突然、Iちゃんが静寂を破る一言を放った。
「Iちゃん、それってどういう──?」
《マスター。あなた、お腹に双子の赤ちゃんがいますよ》
「っ、え……双子の赤ちゃん!!?」
《流れからすると男女の双子でしょうね》
「途轍もなく既視感がするな……」
《えぇ、似たような展開を見たことがあります》
「っ、夏菜!」
呆然としていると、突然カイラ様に抱きしめられた。
反射的に振り返ってカイラ様の表情を見てみれば、カイラ様は泣きながら笑っていた。お腹に手を当てる私の手に自分の手を重ねながら、その宝石のような瞳から止めどなく涙を零している。
この人は私が子を宿したと知ると毎度これだ。
普段は滅多なことがない限り泣かないカイラ様の涙を見れるのは、ある意味で幸せだなぁ……なんて思ったり。
(……あぁ、でもよくよく考えてみたら……)
ここ最近の異様な眠気。
あれも全部、新しい命がお腹に宿っていたからなのだろう。卵が先か鶏が先か……それと同じような感じで、お腹に宿っている命は必然と訪れた運命だったのかもしれないけれど。
それでも。それでも──七夕の奇跡を信じたい。
お腹の中にいる赤ちゃんが双子であること。
子供たちの願いが通じてくれたおかげで、私たちのところに新しい家族が来てくれたんだって。
「お父様? どうしてないているんですか?」
「ふふふ……お父様はね、私のところに弟と妹が来てくれたから嬉しくて泣いちゃってるのよ」
「弟と妹がきてくれたんですか!?」
「おりひめさまとひこぼしさまがかなえてくれたんですか!?」
「そうね。あと十月十日ふたりがいい子にしていたら、弟と妹が会いに来てくれるわ」
「やったー! 蒼炎、弟と妹にあえるよ!」
「たのしみです! ぼく、りっぱな兄になってみせます!」
意気込む子供たちの頭を優しく撫でて抱きしめる。
まるで命の芽吹きを祝うかのように頭上の星空でひとすじの流れ星が尾を引きながら地の果てへ滑り落ちていった──。
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