天野家長女の逢引譚
遂にデート当日。
カイラ様がデートに指定した場所はさくら中央シティの駅前広場にある金の卵の前。以前まではY学園とさくらニュータウンは距離があるものの現在は直通の特急が通っているため、それほど時間を掛けることなくさくらニュータウンに来ることができる。
特急の窓から見える天気は気持ちいいほどの快晴。
到着後にホームから吸い込んださくらニュータウンの空気に懐かしさを感じながら、待ち合わせ時間を確認する。
「ちょっと早く来すぎちゃったかな……」
待ち合わせまで少し時間がある。
何かあった時のために一本早い電車に乗ってしまったけれど、私の杞憂だった。簡単に髪を整えてから駅前広場に出ると、金の卵の前に人だかりができていた。お忍びアイドルでもいるのかな?
「って、カイ──じゃなくて、イザナ!?」
金の卵の前で優雅に本を読みながら立っている人物。
そこにいたのはお忍びアイドルではなく、私の恋人である妖魔界大王・蛇王カイラだった。ちなみにイザナというのは人間界でカイラ様が使っている偽名である。
昔、カイラ様は我が家の飼蛇だった。
空亡戦後に真実を知った私は当然驚いた──まぁ、この話は一旦置いておくとしよう。で、我が家の飼蛇だった頃のカイラ様の名前がイザナだったので、現在も人前ではイザナと呼んでいる。
カイラ様は私の姿に気付いたようで。
持っていた本をバッグの中にしまい、周りの女性を気にかけることもなく一直線に私のところに来てくれた。
「ごめん、遅かった?」
「こちらが早く来すぎてしまっただけだ、気にしなくていい」
カイラ様のフォローのなんと上手いこと。
しかも待ち合わせ時間を確認したところまだ十五分も猶予があるし、カイラ様はいつから待っててくれたの……?
「……似合っているな」
突然のひとことに、思わず「え?」と声が零れる。
「服だ、新調したのだろう。選んでもらったのか?」
「あ、うん! ナツメたちに選んでもらって……」
「成程。本当によく似合っている」
「ホント? よかった……!」
今日のファッションは、かわいい系のコーデ。
全体的に白を基調としたショルダータイプのひざ丈ワンピース、スカート部分は綺麗なライトブルーでウエストを締めるためのリボンがチャームポイント。
靴は歩きやすいヒールなしのパンプス、アクセサリーは以前カイラ様からもらったブルースターという花を模して作られたサファイアのバレッタをアレンジした髪に付けている。
云十万どころか云百万くらいしそうな髪飾りがついていると自然と背筋が伸びる……こりゃ落としたら大変だわ。
ちなみに髪は茨木童子にアレンジしてもらった。
なぜか手先いいのよね、茨って。とりあえず今度お礼に父さんイチオシの大吟醸でも持っていこうと心の中で決意した。
「カイラ様もカッコいいよ」
私からも褒め言葉を耳打ちしておいた。
カイラ様は白いシャツに黒いジャケットを着た姿。
シンプルな格好なのに無駄にカッコいい。凄く様になってるし、自分の姿に自信がなくなる──わけがない。だって世界一かわいいうちの妹が選んだ服装なんだから。
十万年にひとりの美少女とも呼ばれているアヤメちゃんにも太鼓判をもらったのだからかわいくないわけがない。というか妹と全く同じ顔をしてる私がかわいくなかったらこの世の女子が全員醜女になってしまう。それはそれで絵面的に面白そうだけど。
カイラ様は私の言葉に一瞬驚いたような表情を見せてから、照れくさそうに目を逸らしつつも「ありがとう」と返してくれた。
「……疲れていないようなら、少し早いが行くか?」
「大丈夫。行こう!」
◆◇◆
最初に向かった場所はサンセットモール。
「カイラ様、モールで何したいの?」
「このモールにあるシネマで映画が見たいと思ってな」
大王様がシネマで映画鑑賞。
……本人には申し訳ないけれど、字面が面白すぎる。
カイラ様の場合、わざわざシネマに来るまでもなく映画監督を宮殿に呼び寄せて解説させながら鑑賞することもできるでしょうに。
「妖魔界だと私が映画を見に行くだけで騒がれるだろう」
「そりゃそうだけど……でも、何で映画を? カイラ様、そんなに映画好きだったっけ?」
「この前、好きな小説シリーズが映画化されると言っていただろう? 映画は逢引きの定番と聞いたので、私も夏菜と一緒に映画を見に行きたかったのだが……好まなかったか?」
用意していたのであろうチケットを取り出すカイラ様。
私の好きな小説のシリーズが映画化されていたことは知っていたけれどY学園の生徒会業務に追われていたせいで映画を見る機会がなく、随分と前にカイラ様に愚痴ってしまった思い出がある。
けれど、まさかそれを覚えててくれたとは思っていなくて。チケット片手に心配そうな表情をするカイラ様に勢いよく抱きつきながら「ホントこういうところ好きぃ……」と零した。
「喜んでくれたようならよかった」
「ホントにありがとう、カイラ様!」
「……あぁ」
ちょっと嬉しそうに返事をするカイラ様。
気を取り直してシネマに入るとポップコーンのいい匂いが漂っていた。カイラ様が「フードとドリンクは買うか?」と尋ねてくる。
「うん! カイラ様は何味がいい?」
「ポップコーン自体食べたことがないからな……」
「それならミニサイズのポップコーンセットにしない? 全種類頼んでもそれほどの量にはならないし、映画が終わるまでに全部食べて一番好きだった味を教えてほしいな」
「構わない。全種類食べられるというのは楽しみだな」
「こういうワクワクも映画特有だよね〜」
店員さんにポップコーンセットとドリンクを注文。
支払いのためのお金も持ってきているのでサクッと会計しようと思ったら、カイラ様が横から代金を払ってくれた。
「いいの? 奢ってもらっちゃって」
「あぁ。俺も食べるものだから気にしなくていい」
私の彼氏がスパダリすぎる件について。
カイラ様はポップコーンセットのプレートを持ってくれていて、私はふたり分のドリンクだけ持っている……なんか、あれだなぁ。
「……今の状況をウーラさんが見たら爆笑しそうだね」
「……否定はできないな」
◆◇◆
「は〜っ、面白かった〜!」
個人的には大満足の映画だった。
映画化するにあたって心配だった新キャラの声優もどハマりしていて凄くよかったし、何より嬉しいのは──。
「……中々面白い作品だったな」
カイラ様もこの作品にハマってくれたことだった。
「でしょ?」
尚、どのような内容の映画を見たのかと言えば。
時は平安。
陰陽師の一族に生まれた娘と鬼の一族に生まれた息子が禁断の恋愛をする──この話だけ聞けばどこにでもある恋愛小説のように思えるが、登場する登場する陰陽師の娘が筋肉で事件を解決したり鬼の息子が陰陽師の娘に逆求婚を受けまくったり。
さらに登場人物にはドSの帝だったりドMの御隠居だったりと中々に癖が強い人物たちが登場するもので。けれど最終的には様々な伏線も回収されて綺麗なオチがつく物語だ。
「今度、原作の小説を借りてもいいか」
「もちろん!」
布教完了。
前世で妖怪ウォッチオタクだったガチ勢の力を舐めんなよ、と閻魔宮殿へ作品の布教を開始する私だった。
「ところでポップコーンは何味が美味しかった?」
「カレー味だな」
「ブレないわねぇ……」
◆◇◆
「カイラ様、お昼ご飯は何がいい?」
サンセットモール内の全体図が見れるマップの前。
私が昼ご飯について聞くとカイラ様は「そうだな……」と考え込む。私の側に寄ってマップを一瞥した後、何やら申し訳なさそうな表情で囁くように呟いた。
「……前に夏菜が行っていたカレーの店に行きたい」
「駅の近くにあるカレーハウス・ナマステかな? もちろんいいよ、それじゃあ行こっか」
一度サンセットモールを出て、カレーハウスへ向かう。
カレーハウスへの道すがらにカイラ様が私の髪に触れてきたかと思えば、そのまま私の髪飾りへ手を伸ばす。
「髪飾り、付けてきてくれたのだな」
「こういう時以外に付ける機会がないからね。流石におっかない金額の髪飾りを毎日付けていられるほど肝は据わってないわ」
「いずれ俺の妃になれば、そのおっかない金額とやらで全身を着飾った上で大衆の前に出なければならないのだぞ?」
「お妃様やめていい?」
「なぜ断られると分かっている質問をするんだ……」
呆れたように息を吐くカイラ様。
でも普段は私服でいいとして公務で着飾ることになった時、私は云百万どころか云億する可能性のある衣装を纏って人前に立たなければならなくて……うっ、考えるだけで肝が冷える。
というか大前提として財政面は大丈夫なのか。訝しげにカイラ様のことを見てみれば私の言わんとぞすることが理解できたのか、簡単に内情を話してくれた。
「財政面の心配はいらない」
「そうなの?」
「先々代大王以前から続いていた政策を廃止した影響で現在は国庫が潤沢なんだ」
カイラ様によると。
先々代大王──業炎様は後宮と呼ばれる女の園を所有しており、後宮には多くの妃が住まい豪華絢爛な装いをしていた。
しかし先代大王ことエンマが即位した際に後宮は時代にそぐわないとして廃止。そのぶん今まで妃に充てられてきた金は全て国庫にまわされ、さらにエンマには妃がいなかったので国庫には未来の正室のために貯められた膨大な金額があるのだという。
今まで後宮にあてがわれていた金額の十分の一のみ正室費にあてられているというのに現在では膨大な金額になっている辺り、それまでの側室の多さが垣間見えるところである。
「最後まで後宮廃止に反対していた声もあったらしいが……後宮があったところで先々代大王の後継者はエンマ以外に生まれなかったという結果もあり、反対を押し切って断行したと聞いている」
正確には、エンマ様は日影マオという叔父がいる。
本人が言ってないということは敢えて指摘しない方がいいのかもしれない、というわけでお口チャックして「ふ〜ん、そうなんだ」と大人しく空返事だけしておいた。
◆◇◆
「ナマステ〜! いらっしゃいまっせ〜!」
カレーハウス・ナマステ。
映画を見ていたおかげで昼のラッシュタイムは過ぎていたため、カウンター席に揃って座ることができた。
ふたりでメニューを眺めている間もカレーのいい匂いが漂ってきていて、口の中で溢れる唾をゴクリと飲み込んでからカウンターに置いてあったメニュー表に手を伸ばした。
「どれも美味そうだ」
「カイラ様はどのカレーにしたいの?」
「マトンカレーとシーフードカレーで迷っているのだが……どちらも美味そうで迷うな」
「じゃあ私がマトンカレーを頼むから、カイラ様がシーフードカレーを頼む? それなら半分ずつ食べられるから」
「いいのか?」
「うん、全然いいよ」
店員さんにカレーを注文する。
カレー大好きなカイラ様は今にも待ちきれないのだろう、目を輝かせながらカレーの調理過程を目で追っている。
妖魔界の大王様が子供のように目を輝かせながらカレーの調理過程を見ている絵面が面白くって、思わず小さく笑い声が零れてしまった。笑い声に気付いたカイラ様は自分の状況に気付いたらしい。
「……すまない、少し幼稚だったな」
「意外な一面が見れて私としては嬉しいけど」
恥ずかしげに目を逸らすカイラ様。
こういうところ見ると、やっぱりかわいいな〜って思う。普段のイケメンっぷりとのギャップが凄くて、これはこれで好きな部分。
「夏菜はこの店のカレーについて何か知っていることはあるか?」
話題を切り替えるようにカイラ様が話しかけてきた。
「この店のカレーは名物のナマステカレーもそうだけど、素材にこだわってるんだって。特にシーフードカレーに使われている魚介類は港町・ナギサキで取れたものを使ってるの」
「成程」
「あと、さっき私が頼んだマトンカレーのマトン。羊肉ってカタくなりやすいんだけど、それを上手に調理してるからここのマトンカレーは凄く食べやすいのよ」
そうこう話している間にカレーがやってきた。
私の前にマトンカレー、カイラ様の前にシーフードカレーが置かれ、私たちは食べるよりも前に提供されたカレーの素晴らしい見た目に夢中になってしまっていた。
グツグツと煮込まれるカレー鍋から注がれたカレー、スパイスの香りが鼻の奥を刺激するも自然と不快には感じない。こんなもん我慢できるわけがない、食欲を唆る要素しかないのだから。
「「 いただきます 」」
ふたり揃って手を合わせ、カレーを一口食べる。
刺激ある味の後に広がるスパイスの風味、野菜の旨味とルーの刺激ある味が絶妙に絡み合ってバランスのいい味になっている。
歯に挟まらないくらい筋を処理してある羊肉はクセもなくただ肉の旨みだけが溢れ出ていて……ダメだ美味しすぎて語彙力が。
「……美味いな、これは」
「でしょ!?」
「海鮮から溢れる味がルーと合わさることでより深みのある味に変化している。自家製でここまでの質を作り出すことができるとは、相当の研鑽を積んだのだろう……ここは凄い店だな」
「……いやカイラ様の考察も大概凄いよ……」
カレーの感想で研鑽って言葉が出てくるか普通。
でも、的確な食レポをされる度にシーフードカレーも食べたくなってくる。ジッとシーフードカレーの方を見ていると、カイラ様が何かを察してくれたのか私に皿を差し出して──くれなかった。
「え!? ちょ、そこはカレーくれる流れでしょ!?」
「直接渡すのでは芸がないと思ってな」
カレーを一口分すくって私の前に差し出すカイラ様。
もしや、これはア〜ンというものではなかろうか。
やってることはバカップル。でも、色気より食い気の私にとっては目の前のカレーが最優先なのでカイラ様の差し出したカレーを口に入れる。あ、魚介の旨味が染み出してきてて凄くいい味……!
「ん〜っ! 何これ、こんなに美味しいならもっと早くシーフードカレー食べてればよかった……!」
「夏菜のマトンカレーもくれないか?」
「いいよ。はい、どうぞ」
尚、これは第三者視点からの余談だが。
この店にいた非リア充たちはお互いにアーンする恋人たちのせいでカレーがやけに甘く感じてしまったとのことで。この日は甘口カレーの注文はなく、激辛カレーの注文がやたらと相次いだらしい。
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