サイト収録・外伝

「ヘェ。狐が起こした事件に僕を連れていかないのかい?」

 夏休み。
 本来であれば今頃夏休みを満喫していたはずなのに、Y学園で孤塚先生にガン詰めされているのは何故なのか。

 時は一週間ほど前に遡る。
 茨木先生もとい茨木童子が出張から帰ってきた──と思ったら、今度は夏休みの間にY学園の教師が参加する教師旅行に連れていかれてしまった。私も本来ならば今頃さくら元町でナツメと一緒に夏休みを満喫する予定だったけれど、未だに女郎蜘蛛の問題が解決していないので泣く泣く帰省は断念。
 ならば生徒会メンバーと夏休みを過ごそう。
 そう思ったものの金園は夏の社交会に出ずっぱりで火宮は全国ライブツアー。もはや夏休みどころじゃない。木衛もお父さんと一緒に女郎蜘蛛に関して調べるため実家に帰省しているし。

「え? 水瀬、帰省するの?」
「父親から一度帰って報告に来い、と」
「大丈夫そう……?」
「上手くやりますよ」

 あまつさえ家族と不仲な水瀬すら帰省するという始末。

《一応、私も着いていきますのでご安心ください》
「Iちゃんも!?」
《心配なので。水瀬さんの安全が保証されたらすぐに戻ります》

 こうして見事ボッチとなった私。
 ややあって寂しさを紛らわせるために、次に起こるであろう怪奇案件の資料を読んでいたところ。

「おや、天野さんじゃないか」

 偶然にも廊下で出会ったのが孤塚先生だった。

「孤塚先生!」

 孤塚稲荷──もとい、大妖怪・キュウビ。
 孤塚先生の正体は紅蓮の親方と呼ばれる狐の一族の中でも最上位に位置するキュウビであり、さくらニュータウンの守り神・おキツネ様として人々に知られている。元々はさくら第一小学校の理科の先生として働いていたものの、今年からこのY学園に配属された。
 ちなみに茨木童子とは絶望的に仲が悪い。
 茨木童子とIちゃんであればまだ喧嘩するほど仲がいいと称することができるけれども、鬼と狐は昔から仲が最悪だそうで(原因はほとんど茨木童子だけど)そのせいで私も昔キュウビに燃やされかけたことがあった。今は多少関係も改善しているそうだけど。

「茨木先生は……あぁ、教師旅行か」
「孤塚先生は行かなかったんですか?」
「あれは国語の先生の集いみたいなものだから。理科の先生は軒並みそういうことに興味がなくってね……それより、天野さんは帰省してなかったんだね」
「諸々と事情がありまして……」
「もしかして、女郎蜘蛛の件かな?」
「知ってたんですか?」
「一応、耳には挟んでいたよ。女郎蜘蛛が封印されていたさくら元町は桜町の隣だろう? もしも桜町に来ようものならすぐ動けるように注視していたんだ」

 成程、そういうことなのか。

「ところで、天野さんは何をしていたんだい?」
「あぁ。さくら元町で起こる怪奇案件に関する書類を見てて……近々またナツメたちが怪奇案件の調査に乗り出すはずなので、父さんにナツメたちのことを記録をしてもらうための書類の確認をしていたんです」
「へぇ、怪奇案件か……どんなものなんだい?」
「え〜っと、稲荷神社の狐が起こした事件で──」

 あ。そういえば、孤塚先生って稲荷狐でもあったわ。

 孤塚先生が桜町を離れるに当たって作られた社。
 守り神の類は基本的に場所に縛られる性質がある。しかし分霊社さえあればどこにでも顕現することが可能で、特に狐の守り神はこの条件に当てはまりやすい。なので、ここにいる孤塚先生は桜町にいる本体によって顕現された分身体と言った方が正しい。
 とはいえ能力も性質も大して変わらないけれど。
 分霊社を作ったことで長時間Y学園に顕現できるようになったキュウビは、こうして今日も孤塚稲荷として元気に教師をしている。

「稲荷神社の狐が起こした事件、ねェ……」

 おっと、これは何だか嫌な予感。

「ねぇ。これの記録、ボクも連れてってくれるよねェ?」
「それなら父さんと一緒に行ってもらって──」
「ボク、夏菜がいないと顕現できないんだけど」
「待って何それ知らない」

 キュウビの分霊社にはお参りが必要である。
 分霊社にお参りをする時に妖気が吸収され、その妖力を使ってキュウビはY学園に顕現している。そのため普通の人間がこの分霊社にお参りをしてもそれほど意味がない。
 しかし孤塚先生曰く、どういうわけか私の妖気は守り神であるキュウビに捧げるにはピッタリなようで。今のところ大半の時間は私の妖気を使って顕現しているため、私の近くであれば分霊社がなくても長時間顕現することができるようになってしまったのだとか。

「どのみち茨木童子もあの不思議な妖怪パッドもいないんだ。ボクほどボディーガードに適した奴はいないと思うよ?」
「孤塚先生が出るほどの事件じゃないのに……」
 
 なんて呟いた次の瞬間、視界が紫煙に包まれる。
 煙が晴れたと同時に私の目の前に現れたのは、孤塚先生の本性たる九つの尻尾を持った妖怪・キュウビの姿で。金色のもふもふに見惚れていると、躑躅色に彩られた鋭い爪が私の頬を撫ぜた。

「ヘェ。狐が起こした事件に僕を連れていかないのかい?」

 意訳:とっとと連れて行け。

「…………ふぁい」

 まったくもってこの世は地獄である。さらば私の休日。

「…………ところで孤塚先生」
「ン?」
「その尻尾モフッてもいいですか」
「……キミ、肝据わってるって言われないかい?」
「時々言われます」
「……まぁ、キミなら別にいいよ」
「よっしゃーーーーッ! 失礼しますッ!!!」

 前言撤回、この世は天国である。ウェルカム尻尾。
8/8ページ
スキ