その他[クロスオーバー小説]


「蒼鏡城本丸・夏姫様に特命調査の任務を命じます」

 私が審神者になってから十年以上の年月が経った。
 加州清光と乱藤四郎の二振りから始まったこの本丸は、あれから鍛刀や戦場でのドロップ刀などをお迎えしてどんどん刀剣男士が増えていき。今では百振り以上の刀剣男士、現在確認できる全ての刀剣男士がいる超大規模な本丸となった。
 練度──刀剣男士のレベルは軒並みカンスト済。
 うち半分の刀剣男士は修行の旅に出て、さらなる強さを得て『極』と呼ばれる刀剣男士になって帰ってきた。極の中でも練度がカンストしているのがおよそ三分の二と言ったところか。

 この十年間、私は刀剣男士たちと共に育った。
 父であり母であり、兄であり姉であり弟であり妹であり……様々な個性を持った刀剣男士たちは、みんな私の側にいない父さんや母さんの代わりに家族として側にいてくれた。
 もちろん刀剣男士としての本分は忘れさせていない。
 時には本丸の主として、たとえ子供の見た目をしていても刀剣男士たちは容赦なく戦場に出させてもらった。茨木童子の発案で私も鍛錬してもらったり時々戦場に出ていた関係で、気付いたら刀剣男士と同じくらい戦えるようになっていたけども。
 たくさんの刀剣男士たちが私を育て上げてくれた。
 この本丸の主として。それから一人の女の子としても、教養から何から何に至るまで何不自由ないまま過ごし──今では立派な京友禅の着物がよく似合う大和撫子風の美少女になっていた。

「特命調査? こんな時期に特命調査なんて……」

 特命調査とはその名の通り政府直々の命令のこと。
 本来、歴史修正主義者が過去にタイムスリップさせた時間遡行軍による歴史改変を審神者が送り込んだ刀剣男士が戦い阻止することが我々の役目だが、阻止に失敗し歴史改変されてしまった世界は放棄された世界と呼ばれるようになる。
 パラレルワールドの亜種みたいなものだ。
 その特命調査は一定の時期に来ていたのだが、前回の特命調査からまだ一月も経っていないのであまりにも時期がおかしい。

「今回の特命調査の行き先は2045年になります」
「……2045年って……」
「審神者様のご家族がいる時代にございます。この世界の時間遡行軍による侵攻は現状この蒼鏡城本丸だけで対応できているのですが……ここ最近、時間遡行軍がこの世界に百鬼夜行を仕掛けようとしていることが判明したのです」
「それは……マズいわね」
「はい。審神者様もご存知の通り百鬼夜行による侵攻が始まれば、いくらこの本丸の刀剣男士がお強いと言えど数で圧倒的に負けているためほぼ太刀打ちができません」

 百鬼夜行にやってくる時間遡行軍の数は底なしだ。
 現在、私たちの世界に侵入した時間遡行軍の数はほんの僅かなものだけなので侵入したらすぐに私たちが出動して倒せばいいだけだから問題ないけれど……百鬼夜行が始まればほぼ無限に時間遡行軍がやってくるので、流石の私たちでもいつか限界が来てしまう。

「時間遡行軍の狙いは?」
「おそらく鬼姫の生まれ変わりである天野ナツメ様……もしくは妖怪探偵団の皆様を狙う可能性が高いのではないでしょうか。羅仙の襲撃と空亡の襲撃さえも退けることができた彼らの力を手中に収めることができれば、時間遡行軍は強大な力を得てこの世界での百鬼夜行に成功する確率が高いでしょうから」

 余談ではあるが、既に羅仙戦・空亡戦は終わっている。
 と言っても私は直接関わっていない。強いてやったことといえば洞潔が死なないように刀剣男士を派遣したり、審神者パワーで空天と朱夏を成仏させず現世に引き留めたりしたくらいだ。
 私の行動は歴史改変に当たらないのかって?
 言ったじゃない、この世界は時の政府がある未来の世界とは別世界に近い世界のようで正史もクソもないって……こういう時に好き勝手できるご都合主義ってホント素敵。

「……ん? じゃあ私たちはどうすればいいの?」
「天野ナツメ様を筆頭に妖怪探偵団の方々の護衛ですね。また、現世で刀剣男士様を顕現させる許可……審神者様の場合は自身の行いに政府から文句を言われない制約をつけているのでぶっちゃけ許可はいらないと思いますが、この本丸の刀剣男士を現世に常時顕現させておく許可が出ています」
「ってことはつまり……?」
「夢の学校生活ですよ審神者様」
「ウッソだろマジか」

 この年になって初めての学校デビューですか。
 いや本丸でも勉強していたし、刀剣男士たちに鍛えてもらっていたから運動神経もそこそこある……と思いたい。

「あれ、そういえば私の学歴とかってどうなってるの?」
「その辺りも既に用意済です。詳しいことは担当が作った資料がありますので、こちらをご覧ください」
「杜若さん相変わらず仕事が早いわね。どれどれ……」

 本名・天野夏菜。十四歳。
 幼少期、事故に遭って検査を受けた際に虚紅症(心肺機能の異常により血液が酸素を上手く取り込めず定期的に吐血し衰弱する病・十年ほど前に見つかったばかりの病気なので分かっていることが少ない)であることが判明、祖父の実家があるケマモトにて療養。
 小学校時代は通信教育を受ける。
 長期間の療養を続けていたところ中学校時代になってから完治とまでは行かずとも市街地に出ても問題ない程度には徐々に回復していったため、三年次からさくら元町第二中学校に編入が決定。
 ただし定期的な検査のために住居は実家のあるさくらぎヒルズではなく、さくらぎ総合病院に程近いマンションの十二階になっていて現在も定期的に検査に行っている。

「……う〜ん、作り込まれてるなぁ……」
「最悪ボロが出ても何とかなる設定になってますからね。それと、この特命調査のために蒼鏡城本丸の刀剣男士にはひと足先にさくら元町に行ってもらいます」
「それじゃあ、さくら元町に送り込む刀剣男士の選定をしなくちゃね……偵察関係が得意な刀剣男士を中心にした方がいいかしら。こんのすけ、刀帳を持ってきてくれる?」
「かしこまりました!」





「先の話通り、この本丸に特命調査の命令が下ったわ」

 この本丸の大広間は全員が集合する時に使用される。
 ご飯の時間だったり何だったり。こうやって私から報告がある時はいつも私がお殿様みたいな席に座って、その隣に茨木童子……その隣には清光と乱ちゃんが揃って座っている。
 茨木童子は空亡戦が終わっても相変わらずここにいた。
 何でも「鬼族に戻るよりここにいた方が心地いい」とのことで。それでいいのか元悪鬼とツッコみたいところだけど、本人がそうしたいのなら好きにすればいいとも思っている。茨木童子と一緒にいる生活は悪くないし、やっぱりなんだかんだで楽しいので。

「本日は特命調査に際して現世に赴く刀剣男士を発表します」

 今回現世に赴く刀は七振り。
 呼ばれた刀は前に出てくるように、と告げてから名前が書かれた紙を懐から取り出して名前を呼び始めた。

「一振り目。打刀・加州清光」

 加州清光はこの本丸の初期刀。
 この本丸で一番最初に修行に行き、極になって帰ってきた清光は本丸の中で誰よりも経験があるので妥当の選出だろう。
 現世で使う名前は沖田清光。年齢は十五歳。
 元々ケマモト村の隣の村に住んでおり、父子家庭だったが父親が肺結核になったため祖父のいるケマモト村で過ごしていたものの祖父・父親が立て続けに亡くなってしまった関係で親戚のいるさくら元町に引っ越してきたという経緯がある。
 さくら元町第二中学校の三年生。
 二卵性の双子の弟がいて、その兄共々私とは親交があったためさくら元町でも昔の誼みで仲良くしているという設定。

「へぇ、設定ってこんな感じなんだ」
「そう。できるだけ辻褄を合わせられるよう設定も作り込んであるからちゃんと読み込んでおいてね」

 続きまして二振り目。

「二振り目。打刀・大和守安定」

 安定も同じく清光と同じ沖田総司の刀だ。
 この二人がタッグを組むと中々に凶悪だし私は清光&安定のペアに稽古で一度も勝ったことはない。
 現世で使う名前は沖田安定。年齢は十五歳。
 元々ケマモト村の隣の村に住んでおり、父子家庭だったが父親が肺結核になったため祖父のいるケマモト村で過ごしていたものの祖父・父親が立て続けに亡くなってしまった関係で親戚のいるさくら元町に引っ越してきたという経緯がある。
 さくら元町第二中学校の三年生。
 二卵性の双子の兄がいて、その兄共々私とは親交があったためさくら元町でも昔のノリで仲良くしている……という設定。

「僕が清光の弟?」
「茨とじゃんけんして私が勝ったら清光が兄、茨が勝ったら安定が兄って設定にしようと思って……私が勝ったから清光が兄になったのよ。ここら辺は特に考えてなかったからさ」
「ふ〜ん。分かった、しっかり役作り頑張るよ」

 続きまして三振り目。

「三振り目。打刀・和泉守兼定」

 三振り目の兼さんは新撰組・土方歳三の愛刀。
 カッコよくて強い最近流行りの刀を自称するだけあってその実力は打刀の中でも頭一つ抜けている。
 現世で使う名前は土方兼定。年齢は二十四歳。
 元々さくらニュータウンに住んでいたもの清光と安定を引き取るためにさくら元町に引っ越してきた。私とも旧知の仲であり、年の離れたお兄ちゃんとして接してくれている。
 現在は舞台俳優・和泉守兼定として活躍中。
 幼い頃に両親が再婚している関係で継母の連れ子である血の繋がらない弟が一人いる……という設定。

「ほォ〜俺が舞台俳優か!」
「兼さんこういうの得意そうだったから、実際に担当さんに頼んで兼さんのお仕事も用意してもらっちゃったんだけど……いける?」
「おう、任せときな!」
「兼さんの舞台絶対に観に行くからね」

 続きまして四振り目。
 
「四振り目。脇差・堀川国広」

 四振り目の堀川くんも同じく新撰組・土方歳三の愛刀。
 和泉守兼定もとい兼さんの助手であり、闇討ちや暗殺などの裏方任務を得意とする脇差だ。
 現世で使う名前は土方国広。年齢は十三歳。
 両親が海外に転勤することになったため、元々ケマモト村の隣の村に住んでいたものの清光と安定を引き取るために引っ越すことにした兼定と共にさくら元町へ引っ越すことになった。
 さくら元町第二中学校の一年生。
 清光・安定は昔から近所に住んでいたため知り合いであり、血の繋がらない兄・土方兼定がいる……という設定。

「主さんのお役に立てるのならば!」
「よろしくね、堀川くん。あ、堀川くんってうっかり呼んじゃった時は旧姓ってことにして流してもらっていい?」
「分かりました、覚えておきますね」

 続きまして五振り目。

「五振り目。短刀・薬研藤四郎」

 粟田口吉光が鍛えし短刀・薬研藤四郎。
 本能寺の変で消失したこともある織田信長の刀であり、医療の心得がある乱ちゃんと同じ粟田口派の刀剣だ。
 現世で使う名前は粟田口薬研。年齢は十一歳。
 たくさんの腹違いの兄弟がいたため薬研は養子に出されて養父に引き取られ、今年度からさくら元町にやってきた。養子に出てからも元の家族とは連絡を取っており、今でも仲がいい。
 さくら元町第一小学校の五年生。
 私自身粟田口家と親交があったため薬研とは幼馴染であり、私の病を治すために医者を志している……という設定。

「俺は小学校なのか」
「どっちかっていったらケースケの護衛がメインだから。小学校行けそうな短刀の中で偽名・身長・容姿その他諸々を考慮した時に残った候補が薬研だけだったから薬研を選出したんだけど……」
「任せな大将。立派に小学生してやるぜ」
「頼もしいのかそうじゃないのかわっかんないわね」

 続きまして六振り目。

「六振り目。太刀・燭台切光忠」

 独眼竜・伊達政宗の愛刀として知られる燭台切光忠。
 我が本丸の厨番長。食事に関して燭台切の右に出る者はおらず、見た目はホストだけど中身は和洋折衷料理のスペシャリスト。
 現世で使う名前は長船光忠。二十六歳。
 幼少期に火事に巻き込まれ右目を失っていたため長い間人目を避けて生活していたものの、自分の顔面がいいことに気付いた光忠はホストとしてやっていけることに気付いてしまう。
 現在は高級クラブSAKURAのNo. 1ホストとして君臨中。
 昔住んでいた家がお隣さん同士でよく食べ物を交換していたため、その流れで今も私のところに遊びに来ている……という設定。

「僕がホスト? というかこの設定は主が作ったのかい!?」
「文句なら茨に言ってちょうだい。その設定、昨日の夜に私がみんなの設定考えてる時に酒飲みながらちょっかいかけてきた茨が『長船光忠? なんかホストみたいな名前だな』とか言い出して悪ノリした状態で作ったのが原因なんだから……まぁ、思ったより設定がちゃんとしてたから採用しちゃったんだけど」
「明日から茨くんの酒のつまみは減らしておくよ」
「は!? おいおい嘘だろ!?」
「最近飲み過ぎだったからちょうどいいと思う」

 続きまして七振り目。

「七振り目。太刀・山鳥毛」

 福岡一文字に名を連ねる名刀・山鳥毛。
 上杉景勝自筆腰物目録にも名を連ねる上杉家伝来の太刀であり、福岡一文字一派を取りまとめている刀剣男士だ。
 現世で使う名前は一文字山鳥毛。三十六歳。
 一文字コーポレーションという政府直轄企業の代表取締役をしており、かつて私に返しきれないほどの恩を作ったことがありその恩を返すために私の協力者をしている……という設定。

「私の出番か、小鳥よ」
「うん。一文字コーポレーションについて詳しいことはまた別途説明するから、とりあえず役作りよろしくね。それと現世では山鳥毛のことはおじ様って呼ぶから、呼ばれたらちゃんと反応してね」
「承知した。しかと任務を遂行しよう」

 任務に出る刀剣男士はこれで全員になる。

「以上七振りが今回の任務に赴く刀たちになります」

 私の目の前には呼ばれた七振りの刀剣男士。
 ただ、分かっちゃいたけども呼ばれていない刀たち──特に、普段私の仕事の補佐をしてくれているへし切長谷部・山姥切長義・巴形薙刀を筆頭に不服そうにする者も散見された。

「はい! 主さん、質問してもいいかな?」

 ここで手を挙げたのは乱ちゃん。

「はい、どうぞ」
「今回の選出の基準って?」
「隠蔽値があってそこそこ現世に紛れられそうな容姿、尚且つ偽名を考えやすい子を選んだってだけよ。大太刀は蛍丸はともかく身長が大きすぎて目立つし槍と薙刀も然り、となれば必然と太刀以下から選出することになる……その中でも判断力が高くて尚且つ隠蔽値も高い子ってなったらある程度は絞れてくるからね」
「じゃあ何で山鳥毛さんを?」

 山鳥毛は呼ばれた刀の中で唯一極になってない。
 本人も最初は自身が呼ばれていたことを疑問に思っていたようだけど、設定を見た山鳥毛は静かに納得していた。

「私が現世で住むマンションを借りてくれてるの福岡一文字ファミリーって設定になってるらしくって……一応その一文字コーポレーションのトップってなると必然と山鳥毛しかいなくて」

 一文字一家・誰が最もまともなのか問題。
 福岡一文字の一派は誰も彼も見た目がその筋の人にしか見えないという問題がある。福岡一文字に属する刀は南泉一文字、山鳥毛、日光一文字、一文字則宗、姫鶴一文字、道誉一文字の計六振り。
 まず南泉は猫耳(?)がついているので除外。
 一文字則宗と姫鶴一文字と道誉一文字は容姿と普段の言動を考えて除外、となると日光一文字と山鳥毛が残るのだが。

「正直、山鳥毛と日光さんのどっちを行かせるか迷ったのよ。でも一文字の頭を名乗るなら山鳥毛さんかな〜って。でも今回はビジネスも関わってくるから、その辺りに強い道誉さんも時々補佐として山鳥毛さんについてきてもらうことになるわ。同様に、他の刀剣男士たちだけじゃ補えない部分は例外的に本丸に残った刀剣男士の中から選抜して来てもらう形になるから……メインがこの七振りというだけで、サブでみんなに来てもらうこともあるから」

 私の説明で皆は納得してくれたようだ。
 よかった。普段から私の補佐を務めている補佐刀たちが一人も呼ばれなかったので不満が出てくると思ったけど、乱ちゃんが選出理由を聞いてくれたおかげで素直に納得させることができた。
 補佐刀のメンツもステータスは悪くないんだけどね。
 見た目と……あと人前でうっかり主って呼んできそうだから、ちょっと怖いっていうのもある。

 それと初鍛刀の乱ちゃんを置いていく理由は単純。
 見た目もあるけれど、それ以上に主人が不在になる本丸をまとめられるのが乱ちゃんくらいだからだ。

「それと追加で連絡。これはみんなを心配させないために、予め伝えておくことにするわ。実は護衛対象である私の妹たちに私の持っている霊力が露呈しないよう、政府の術師に呪いをかけてもらって側から見たら霊力をカケラも持ってない人間に見せかけてもらうことになったの。もちろん本丸運営には問題はないのだけれど……」
「何か問題が?」
「呪いの副作用で定期的に吐血するようになっちゃったの」
「「「 はぁ!!? 」」」

 尚、これは本当にただ吐血するだけだ。
 それ以外の副作用は何もない。
 吐血した血が気管に入ったりして咽せ込むことはあるだろうけど、本当に体には何の悪影響もないのだ。ただ現世で無理やり霊力を使って戦闘でもしようものならその分だけ吐血するらしいけど。

「元々病気だったっていう設定だから、寧ろこっちの方が都合がいいんだけどね……で、現世に赴く七振りを筆頭に私が吐血しているところを見てもある程度は慣れていてほしくって」
「それ、ホントに大丈夫なの……?」
「大丈夫だよ、安定。茨にも確認してもらったし」
「あぁ、俺が保証するぜ。吐血の原因は夏の馬鹿みたいにデカすぎる霊力が抑えきれず、反動が生じてしまったせいだからな。言ってもただの反動だからそれほど問題はない、吐血はするがな」

 茨木童子が保証するならば誰も文句は言うまい。
 
「匿名調査の開始は一週間後になるわ。皆、準備を進めるように」

「「「 ハッ!!! 」」」

 下座で一斉に頭を下げる刀剣男士たち。
 私も主らしくなったなぁ……なんて思いながら、私もまた現世に行くための準備をするために執務室に足を運んだ。
 現世における常識や一般教養を詰め直さなければ。
 とか思っている途中で早速吐血したが。予め伝えていたおかげで執務室まで着いてきていた補佐刀たちも狼狽えることはせず「主、大丈夫ですか?」と言いながら手拭いをそっと差し出してくれた。

(これ、吐血した時のための手拭いが必須になりそう……)
 
 ◆◇◆

 空亡との戦いから月日は流れ、今日から新年度。

 天野ナツメ。
 鬼姫・朱夏の生まれ変わりたる彼女は鬼王・羅仙を退け、空亡との熾烈な戦いも終え……この春、中学三年生になった。
 いにしえの神話に決着をつけた妖怪探偵団。
 その一人として妖魔界の歴史にも名を刻んだ彼女は本来であれば順風満帆な日々に幸せを感じながら新年度の始まりに胸を高鳴らせていたであろうが、残念ながらそうもいかなかった。

「姫? もしや……ご気分が優れないので?」

 新学期、初登校の朝。
 別の学校に通っているアキノリを除いた妖怪探偵団のメンツで登校している途中のことだった。

 鬼族の大妖怪たる酒呑童子──もとい酒呑ハルヤ。
 鬼姫の魂が未だナツメの中に残り続けていることもあり、空亡がいなくなり脅威のなくなった今も尚ナツメの側で護衛をしている。護衛を自称するだけはあり、ナツメの様子がおかしいことに真っ先に気付いたのもハルヤだった。
 共に登校していた他の面子の耳にも、その声は届いた。
 トウマとアヤメが振り返ってナツメの様子を伺ってみれば、どこか顔色が悪く元気が無いように見えた。
 
「ナツメ、大丈夫?」
「もしかして、体調悪いの……?」
「……ううん。そうじゃ、ないんだけどね……」

 苦笑いを浮かべたナツメがギュッと拳を握りしめる。

「……その、お姉ちゃんと連絡が取れなくなっちゃって」

 ナツメの言葉に、一瞬の沈黙が流れたのち。

「ナツメちゃんのお姉ちゃん!!?」
「ナツメ、お姉さんいたの……!?」
「姫に姉君が……!?」
「あれ、言ってなかったっけ? 私双子だよ?」
「「「 双子!!? 」」」
「でも、僕ナツメと幼稚園の頃から一緒にいたけど……ナツメのお姉さんなんて今まで見たことないような」
「お姉ちゃん、幼稚園に入るよりも前……三歳の頃に重い病気が見つかって、親戚のいる空気の綺麗な田舎で静養することになったの。肺に問題があるとかで、田舎じゃないとダメなんだって」

 成程、と納得するトウマたち。
 合わせてナツメから今までは時々体調のいい時に帰ってきていたものの、およそ二年前から帰ってこなくなったこと、毎日来ていた姉からのメールも三日前から途絶えていたことを教えてもらった。

「もしかしたら、お姉ちゃんに何かあったのかもって……凄く心配で。帰ってこなくなっちゃったのもそうだけど、もしも病気が悪化して最悪なことになっちゃったら……って……」
「姫……」
「ナツメ……」
「ナツメちゃん……」
「ごめん、なんか新学期早々暗い雰囲気にしちゃったね」

 そう言って、眉尻を下げながら謝るナツメだったが。

「……大丈夫だよ、なんて無責任なことは言えないけど……でも、ナツメちゃんのお姉ちゃんだもん。まだそうと決まったわけじゃないし、放課後にまた改めて連絡してみよう?」
「うん。それでダメなら、今度は僕たちが会いに行こうよ」
「姫がお望みなら姉君の病なぞ私が治してみせますよ!」

 そう言ってくれる三人は今のナツメにとって何よりの支えで。
 朝っぱらから暗くなってしまった雰囲気を吹き飛ばすように、ナツメは今できる精一杯の笑顔を浮かべながら「ありがとう、三人とも」と震える声でお礼を告げた。



「三年A組の担任・島之内だ。皆、改めてよろしく」

 三年次のクラスは二年の頃と違って結構別れていた。
 ナツメとハルヤがA組に、トウマがB組に、アヤメがC組になってA組以外の担任も変わった。A組は相変わらず洞潔もとい島之内先生が担任を務めることとなっていた……というかナツメとハルヤが同じクラスなのを見るにそうなるように仕組んだのはおそらく、というかほぼ間違いなく島之内先生なのだろうけども。
 新しいクラスでの初めてのホームルーム。
 しかしどうしても姉のことが気になっていたナツメは、真面目に話を聞いているようでも無意識のうちに島之内先生の話を右から左へ流してしまっていた──のだが。

「今年度から皆の仲間になる生徒がいる」

 入ってきなさい、という言葉と共に教室の扉が開いた。

「……ぇ……」

 時間が止まった。
 ただ、目の前の光景を目に焼き付けるかの如く。ゆったりとした足取りで黒板の前に立った一人の人物を、己の魂の片割れを、呆然とした視線で見つめることしかできなかったのだ。
 やがて時はゆっくりと動き出した。
 周囲の生徒たちがざわつきながらナツメのことを見返し、それからやはり困惑したように目の前の彼女に視線が収束し……その最中で薄紅に縁取られた唇が、そっと開かれた。

「初めまして。天野夏菜と申します!」

 ナツメと同じ声。されど、ナツメより朗らかな声。

「天野は重い病気で長い間療養を続けていた。見て分かる通り、もう一人の天野とは双子なので今後の学校生活に関しては妹を頼りにする場面が多いだろう……皆も積極的にサポートするように」

 島之内先生の話が終わり、夏菜も席に案内される。

 その間、ナツメはただ呆然としていた。
 否、そうすることしかできなかったというのが正しい。言いたいことはたくさんあった。聞きたいこともたくさんあった。
 けれど、それ以上に……たった一人の姉に会えたことが、ナツメにとって何よりの幸せで──。

「おかえり……お姉ちゃん……ッ」

 涙が溢れる。止めどなく、溢れた涙がこぼれていった。
 
「……ただいま、ナツメ」

 ◆◇◆

スマホの電池切れて投稿遅れました。
ってか全然進まなかったし……また筆が乗ったら書き進めると思います。

続きは日曜日辺りに出せたらいいなぁ(願望)
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