長船くんはいつも優しい(燭台切光忠中編)
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
8月14日、深夜2時、□□高速道。
お盆の時期でもこの深夜帯ならば渋滞もなかった。
深い山を切り開いて通されたこの道をラジオをつけることもなく、この小さなワンボックスカーはオレンジの照明灯に照らされながら静かに走っていく。
この時期、この時間帯に実家の車でこの道を走って家族みんなで父方の家の墓参りに行くのは毎年恒例のことだ。
高速道路の外の真っ暗な山も、動物の飛び出しを注意する看板も、外気温を記す電光掲示板も、去年と何ら変わっていなかった。
しかし今年は両親は不在だった。
「須山さん。僕のことは気にしないで寝ちゃってもいいからね。」
そして今年は何故かその車を同僚の長船くんが運転していた。
(どうしてこうなった…)
こんな深夜でも機嫌がよさそうな長船くんを見て、益々私は自分の今の状況がとびきり異常だということを強く感じ、頭の中はまたたくさんの疑問が次から次へと湧き出て止まらず爆発寸前だった。
そもそもの事の発端は1週間前に遡る。
「えー!今年はお父さんもお母さんも行かないのー!?」
毎年恒例の田舎への墓参り、小学生の頃からの家族行事を26歳になった今でも私は年甲斐もなく楽しみにしていた。
田舎の親戚は好きだし、実家の周りの風景も、行きつけの美味しいラーメン屋さんも、都会に暮らしていると普段は見ることがない豊かな自然も、帰る度に私に沢山の元気をくれる存在だ。
普段はほぼほぼ休みがあってもないようなうちの会社もお盆休みの期間の休暇は何故か長めに設定されていることもあり、社会人になった今になっても子供の頃から変わらず田舎へ帰っていた。
「だって当たっちゃったもんはしょうがないでしょ~1週間のペア旅行が当たったのに行かない方がバチ当たっちゃうわよ〜。お父さんもいいって言ってくれてるし、たまには夫婦水入らずでバカンスしてくるわ〜」
お母さんはすっかり浮かれモードでこれ以上まともな返答は期待出来そうになかった。
「まぁそんな訳で俺と母さんは今年は行かないけど、奈子も無理して行くことはないぞ。墓の掃除だって毎年こっちでやってたんだ。1回くらい向こうの奴らに任したって構わないだろ。」
田舎にはお父さんの弟夫婦と従兄弟の家族が残っていて、毎年一緒にお参りはするもののお墓周りの掃除はいつも私たちがやっていた。
「まぁでもおじさん達が向こうでおばあちゃんのホームのこととか色々やってくれるんだから全然こっちは偉そうなことは言えないよ」
「まぁな…、でも1回くらい行かなくたってとやかく言う奴らでもないから本当に奈子も無理することないからな。」
確かにお父さんの言う通りだろう。
むしろ社会人になっても毎年来る私におじさん達は、嬉しいけれど無理してくるなと何度も言われている。
でも私は。
(やっぱり今年もおばあちゃんに会いたいし…)
田舎のおばあちゃんは小さな頃から本当に優しさのかたまりのような人だった。
一緒に農作業のするときも誰よりも優しく丁寧に、物覚えの悪い私が同じことを何度聞いてもずっと何度も優しく教えてくれた。
そんな優しいおばあちゃんの大好きだった旦那さんであったおじいちゃんがもう亡くなってからもう3年も経つ。
ずっと年齢を感じさせないほど元気だったおばあちゃんもおじいちゃんが亡くなってからは塞ぎ込んでしまってついには一昨年からホームに入所することになった。
ホームに入ってからはまた少しずつ元気を取り戻してきてくれたみたいだけど、まだまだ私はそんなおばあちゃんが心配でたまらない。
確かにホームに行っても結局滞在するのは1、2時間で私1人だけならば無理して行くこともないのかもしれない。
でもおじさん達が電話で言う私が来ることをおばあちゃんも楽しみにしているという言葉を真に受けてはおばあちゃんに少しでも元気になってほしいからやっぱり私は顔を見せに行くし、ただ単純に私も直接おばあちゃんの顔を見に行きたいのだ。
と。
そんなありがちな家族会議の末、私は結局1人で
田舎に帰ることを決めた。
それはまぁいいとして、ここで問題が1つ起こる。
それは同期達との盆休み直前お疲れ様飲み会。
言うまでもないが私の家族の家族会議とかめちゃくちゃ関係のない場である。
にも関わらず、私は場違いにもこの「私が田舎に1人で帰ると決めた話」を恥ずかしげもなくペラペラペラペラ話し続けてしまったのである。
そう、つまりは普通に悪酔いしていてそれが会社の同僚に語るべき話題なのかどうかという判断が全くついていなかったのである·····。
でも幸い周りの同僚達は両親の旅行のくだり辺りであぁ酔っているんだほっておこうというムーブになり、大半の同僚達はまた他の話で盛り上がり出したので結果としては場の空気を大きく損なわずには済んだのだけど、いつまでも話を止めない私の傍には何故か長船くんがずっとついてくれていた。
長船くんは厳密に言うと同期ではない。
長船くんは1年ほど前の変なタイミングで何故か中途入社してきた。
長船くんは平々凡々なうちのオフィスにそぐわない超!ハイスペ男子!なので本当に何故うちの会社に·····?と不思議でしかないけどオフィス全体の作業効率まで上がりだした今、長船くんのハイスペパワーは有難さしかないので居てくれているうちはとりあえず有難がっておこうと思っている。
なんて私の感想はとてもどうでもいいけれど、とにかく長船くんは我が社には過ぎる存在のビッグウェーブ·····及びビックバンなのでした。(何処から目線なの)
そしてそんな何かと見逃せない長船くんとド平凡ド平民ド平社員の私。
永遠に交わることがないであろうそんな2人が、気のせいかもしれないけれど、口にするのもはばかられる程思い違いも甚だしいと思うけれど、何故だか最近急接近中·····?な気がするのである。
でもそんな夢見がちなことを思うのには流石に理由がある。
うちの会社は大きい案件や季節ごとの花見やら新年会やら忘年会やら何かと飲み会が多い。
そして毎回なかなかの大人数になるので今までの飲み会では毎回違う色んな人と話をして、会社の思惑通り(?)飲みニケーションを通して昼間とはまた違う社内の交友関係を築けていたと思う。
それが最近、会社の飲み会に出ると何故か必ずいつの間にか長船くんと私はサシ飲み状態に落ち着いているのだ。
1回目はあぁこんな素敵なこともあるんだなと素直に喜んで、2回目はまたまた最高な展開でどうしようとまた喜んだ私も流石に3回目は白昼夢では?自分の頭のバグを疑った。
そして4回目からはだんだん怖くなってきて、飲み会中にほっぺをつねり出したけど普通に痛くて夢ではないとわかった。
飲み会スタート時は確かに皆の話題についていけているのだけど、本当にいつの間にか飲み会の中心から私は離脱しており、あれよあれよと端っこの席に移動しており、そして何故か私は気付けば長船くんに取り止めのない話をしていて、そしてこれまた何故か長船くんはそれを聞いてくれているのである。
そしてまた長船くんは余りにも聞き上手が過ぎると来ている。
涙が出るほどつまらないであろう話を本当に興味深そうに、穏やかな口調でそれも嬉しいそうに聞いてくれるのだ。
私は愚かにもその優しい相槌にまんまとやられてしまってそれはもうズルズル甘え、あっという間にべろべろ手前まで気持ちよく酔わされ、さらには覚束無いところを華麗にエスコートされ、その上スマートにタクシー代を握らされ、優しく微笑みながらタクシーを見送る長船くんを横目に自分一人安全に家路についている。
べろべろの一応手前なので前後不覚になりかけながらも翌日になると事の顛末を割と覚えているため、自分の浅ましさと余りの厚顔無恥具合に死にたくなるけれど長船くんは決してタクシー代を受け取ってはくれないし、謝り倒そうとしてもスマートに土下座を阻止してくる。
そしてまた次の飲み会でも結局前回と同じ展開が繰り広げられ続けていくのである·····。
何故長船くんがこんな学習能力ゼロ女を許しているのかはまったくもって謎に包まれているのだけど、すっかり長船くんにどハマりしている私にそれを積極的に究明していく勇気はない·····。
そして何故サシ飲み状態になっているのかは毎回何故か覚えておらず本当にいつの間にかとしか言い様がないので、明確な急接近の理由にはならないけれど、状況だけでいえばかなり異常なので意識してしまうのも許してほしい。
でも実は他にも理由はある。
長船くんは仕事面でも何かと先回りして色々と片付けてくれていることも多い。
しかも私の仕事を丸ごと片付ける訳ではなく、仕事しやすいようにきちんとルートを整えるような手伝い方をしてくれているので、私の仕事が無くなる訳ではなく、ただただノンストレスで作業が進みまくるという超次元のフォローをしてくれるのだ。
お陰様で仕事でのストレスは極限まで消え去り夜はぐっすり眠れるし肌荒れも減ったしご飯も前よりずっと美味しく食べられる。
しかしこれは急接近の理由としては弱いかもしれない。
何故なら長船くんはスーパーハイスペ男子なので他の皆のフォローもさらさらやってのけた上でちょちょいと私のフォローまで入れてくれている可能性があるからである。
つまり長船くんがどの範囲で魔法のフォローを入れているかは自分のことで手一杯の私には確認出来ないので私の力ではこの件の結論が出せないのである·····。
でも客観的視点がなくてもいいのであれば、私は間違いなく長船くんがうちの会社に来てくれてから本当によかったと思っているし、出会えたことに感謝している。
受け取ったものに対して私が長船くんに返してあげられるものが本当に何一つないので今にバチが当たるのではと恐ろしい気持ちもあるけれど、とにかくせめてこの感謝の気持ちだけはきちんと本人にたくさん伝えておこうと思っている。
こう考えを整理してみるとただただ私の心が長船くんに急接近しているだけなのではと思うけど、そもそもの話に戻らなければならなかった。
そう。
どうして長船くんと私は今、二人きり車に乗っているのか、だ。
そう、あれは同期達との盆休み直前お疲れ様飲み会。(回想2回目)
そんな場で私は「私が田舎に1人で帰ると決めた話」を空気を読まずに話し出してやっぱりいつの間にかいつもと同じように長船くんとサシ飲み状態になっていたんだった。
そしてその話がひと段落ついて、確か私は·····
「でもね、免許取った時の講習以来高速運転したことないし、かなり不安なんだよね·····」
「高速の運転は慣れないうちは確かに緊張するよね。その須山さんのおばあちゃんのところは立地的に車で行かないと不便なところなのかな?」
「そうなの、今からすっごく緊張する···でもホームもお墓も駅からすごく遠いから車じゃないと厳しいんだ·····」
「毎年ご両親と一緒に帰っていたなら心細さもあるだろうし、何だか僕も心配だな。」
「うぅ、長船くんはいつも心配してくれるよね、いつも優しい·····おかげで頑張れる·····とりあえず1時起きするところからがんば」
「1時ってまさか夜中の1時じゃないよね」
さっきまでいつものように穏やかに優しく相槌を打ってくれていた長船くんが急に血相を変える。
「よ、夜中の1時だよ。いつも1時に起きて軽くご飯を食べてから2時前くらいに出発して、休憩しながら4、5時間高速に乗って行くのそれで朝の8時までにお墓の掃除して、8時から和尚さんにお経読んでもらって9時前におじさん達と別れて·····」
「そんな朝早くからなんだね·····」
いつも穏やかな表情を崩さない長船くんの顔が少しだけ曇っていくような気がした。
「えっと、おじさんとおばさんお盆も仕事があるからおじさん達の仕事前にお墓参りするのがうちの定番になの。それで仕事が9時から17時だからおじさん達の仕事終わりに皆でご飯食べて帰る感じかな。」
おばあちゃんに会いに行くのはお墓参りの後、ホームには他の入居者さんもいるのであまり長居せず、1、2時間程で出ておじさん達の仕事終わりまで日帰り温泉やいつものラーメン屋さんなどで時間を潰して17時過ぎになったらおじさんの家か近所のお店に行って19時位で解散。そのまままた4、5時間高速に乗り帰る、というのが我が家のお盆の定番だ。
おじいちゃんが亡くなる前、おばあちゃんがホームに入るまではお墓参りの前後でおばあちゃんの家に泊まり余裕を持ってゆっくり滞在することもあった。
けれどおばあちゃんがホームに入り、住人がいなくなった家は管理に手がかかって持て余すばかり、結局どうしようも出来ずに去年取り壊して今は更地になっている。
おじさん達の家は家族も多く、余っている部屋もないので泊まれない。
結論、今年もいつもに倣って深夜出発の夕方解散弾丸日帰りコースをとろうと思っている。
「おばあちゃんと別れた後に仮眠とれたらとったりして、それでももし帰りの運転中に眠くなったらSAで仮眠とったら大丈夫だよね。」
「須山さん。」
呼び掛けに応えて前を向くと、長船くんは真っ直ぐこちらを見据えていて視線が合う。
その眼差しは表面上は微笑んでいたけれど確実に怒気を孕んでいて、視線が絡んだその瞬間、私は本能的に恐怖を感じて油断しきっていた身体は金縛りにあったように固まった。
「それはすごく危ないから絶対に、ダメだよ。」
ほんとに、と呟きながら長船くんは私の頬を撫でる。
こわれものに触れるような優しい手つきに安心して、また目線を上げるといつもと同じ優しい笑顔がそこにはあって身体の力も抜けた。
そうだ、こんなにいつもよくしてくれる長船くんを怖がるなんてどうかしている。
そして長船くんはまた微笑んで子供に言い聞かせるような優しい口調で諭すように話を続けた。
「若い女性が1人で車中泊なんて危険過ぎる。何かあってからじゃ遅いしリスクが高すぎる。申し訳ないけどそれを強行するなら僕は全力で君を引き止めるよ。」
優しいけれどいつになく真剣な表情でかけられた言葉は私の心に真っ直ぐに届いた。
確かに長船くんの言う通りだ、気持ちばかりが先行して色々なリスクを無視してしまっていた。
大人なのだからもっと考えて行動しなくては。
·····でもやっぱり田舎には帰りたい。
長船くんに心配をかけないためにも、もっと余裕がありリスクヘッジの取られた計画を立てなくては·····
ほどよく酔いが回りとてもそんなベターな案が浮かびそうにない(ことにも気づいていない)私に、長船くんはまたいつもと同じ調子で優しく言葉を投げかける。
「須山さん。もし君がよければだけど。」
仕事中もよく聞く台詞だ。いつもこの投げかけの後には程なく困難は立ち消えていく。
長船くんの提案はいつもその場面の最適最善案であり間違いはない。
「僕と一緒に行こうよ。」
何度助けられたかわからない、今まで私が出会った人の中で間違いなく1番仕事が出来るいつも冴えてる長船くん。
「それならスケジュールを変えずに行けるし、運転も僕がするから車の中でも休んでいられる。」
ただ少し頑固なところがあってこう切り出した後の長船くんは実はこちらに選択させる気はなくて、最終確認の意味で話を始めていることが多い。
「ただやっぱり日帰りっていうのは変更した方がいいと思うんだ。寝不足の状態で君を乗せた車を運転するのは気が進まないし、せっかくの長期休暇なんだからゆっくりしても問題ないよね。」
それでも長船くんの提案には間違いがないんだから、そのスタンスでも問題ないし、寧ろそうだからこそスムーズに問題も片付いていい事づくめなんだ。
「お盆直前だけどまだ宿にも辛うじて空きもあるし、向こうで一泊してから帰ろうか。」
僕はこの土地にはあまり詳しくないから須山さんのお勧めの宿があったら聞きたいなとノリノリの長船くんは評判の良さそうな空きのある宿を既にピックアップしていて、ベッドは2つの所で宿泊費は発案者の僕が持つからと言いながらスマホの画面をこちらに向けてくる。
わぁ、あんな所にこんな素敵なお宿があったんだぁ··········って。
いやいやいやいやいやいやいやいや!
流石にそれはおかしい。
またいつもみたいに流されるところだったけど今回は流石に流されない!
第一長船くんは貴重な休みにまで何故私に献身してくれようとするのか。
仕事中に助けてくれるならわかる、仕事の後の飲み会もまぁわかる。
でも今回はうちの会社にしては珍しい長期休暇のお盆休みだ。
たかだか1、2年先に会社に居ただけの、いや寧ろそのくせいつも手がかかる厄介な人間のために何故そこまで·····。
自分の知らないところで彼に何らかの圧力を私はかけてしまっているのではないか。
だとしたら私はなんというパワーハラスメントを··········。
とりあえず社歴がほんの少し長いからといって何にも偉いとかそういうことはないしプライベートを犠牲にすることはないという事をしっかり説明しないと。
あとお泊まりってなんだ。
いや、理屈はわかる。車中泊は危険、寝不足での運転は危険、親戚の家には泊まれない、そこから導き出される解決策は宿泊施設の活用だろう。
急な宿泊というところからまず発生するであろう金銭的問題をこちらが口を挟む隙もなくなかったことにするのもかなり何故なのか案件だけど、というか同じ会社なのにどうしてそんなに経済的格差があるのかも本当に不思議だけど。
そんなことよりまず、パートナーでもない異性と同じ部屋に宿泊することをそんなにカジュアルに提案していいのかというところである。
長船くんは嫌じゃないの?私と2人で旅館とかいいの??いいならそれはなんでなの????
大混乱大パニックの私をしり目に長船くんは尚も旅館の提案を続け、ただでさえお酒で回らない状態の私は長船くんに他の提案をすることも長船くんの真意を聞き出すこともまるで出来ず。
結局長船くんが提案した素敵な旅館の良さげな客室を私はひと部屋選択して、そうするや否や長船くんはその場で旅館に電話予約し、笑顔で「お盆直前だからすぐ予約しちゃった。お休みが楽しみだね。」と畳み掛けてきた。
そして訳がわからず回らない頭を回しすぎていよいよ本当に目が回ってきてもうどこに出したも恥ずかしくない(?)完全な酔っ払いになってしまった。
その日のタクシーはいつもと違って長船くんもいた気がする、しかしもう本当にぐるぐる状態であまりもう何があったか思い出せないけれど、とりあえず自分のベッドには辿り着いており、翌朝目が覚めると化粧も落とさずスーツも脱がずタイツは脱ぎかけ状態で頭はガンガン。
頭痛がマシになってからシャワーを浴びる最中に昨日の会話が冷静になった頭にふつふつと蘇りまた頭を抱えた。
結局あの日のことを思い返しても長船くんの真意は全くわからないということがわかってしまった。
詰まるところ、この脳内を埋め尽くす疑問を何とかするには。
今、私が行動するしかないのだ。
所帯染みたうちの車には恐ろしくミスマッチな整った横顔をおそるおそる見つめてみる。
「お、長船くん。今更なんだけど、ちょっと聞いてもいい?」
「どうしたの?僕に答えられることなら何でも答えるよ。」
「あの·····、今日とかもそうなんだけど、」
長船くんの蜂蜜色の綺麗な瞳がこちらにチラりと向けられた瞬間、またどうしようもなく心が騒ぐ。
「えっと··········その、どうして長船くんは、そんなに私に、優しくしてくれる、の?」
思ったよりも踏み込んだことを聞いてしまった。
そうだ、いつも親と田舎に向かうときは決まってラジオだけはつけていた。
それが今日はそれも切ってしまっていて走行音がやけに響いている気がする。
だからこんなに落ち着かないんだろうか。
長船くんは真っ直ぐ進行方向に顔を向けたまま、少し間をあけて話し出した。
「··········確かに、ただの会社の同僚にしては、色々出しゃばり過ぎてるよね。」
「そんな出しゃばりなんて」
そんな、私は長船くんの優しさを訝しみかたった訳ではない。
「やっぱりここまで来るなんて迷惑にだったかな·····」
「そ、そんなことないです!長船くんがしてくれたことで迷惑だったことなんて何一つないです!」
長船くんの悲しげな声色に思わず大きな声を出してしまった。
「す、すみません。私、大きな声を·····。深夜なのに·····。」
「車の中だし、気にすることないよ。でも、迷惑じゃないならよかった。」
長船くんがいつものように優しくフォローしてくれるので何だか余計に恥ずかしい。
「僕も無理して須山さんに優しくしようとしたことなんて一度もないんだ。ただ僕は、いつも自分がしたいことをしているだけで。」
「長船くんの、したいこと?」
そんなことがあるのだろうか。
それは本当?
建前だったとしても私には長船くんの本当の心を見破るなんて絶対に出来そうにない。
「建前で休日まで色々やろうとは思わないよ。」
うう、私、心の声漏れてた?
「他の人に相談されてもここまで着いてきたりしないよ。流石に君じゃなきゃここまでしない。」
「なんでそんな·····」
「僕も聞きたいんだけど、いいかな?」
「えっ、うん。」
「さっき僕がした事で迷惑だったことなんて1つもないって言ってくれたよね?」
「い、言いました。」
「それって今日同じ部屋に泊まることも迷惑じゃなかったってこと?」
「へっ·····」
そそそそそそそこを聞いてくるの!!!?
どうしよう、なんて答えたら、あわわわわ。
あまりに狼狽える私を見て、さっきまで真剣な顔だった長船くんが突然笑い出す。
「ふっ、あははっご、ごめん。ちょっと意地悪したかっただけ。そんなに狼狽えないでよ。」
長船くんも意地悪とかするんだと少しびっくりしつつ、初めて見る素っぽい笑顔に思わず見惚れてしまった。
長船くんはひとしきり笑って、息を整える。
「ふぅ、でもそのことは本当に心配だったから、とりあえず大丈夫そうでよかった。ちょっと強引に話を進めちゃったから。」
ちょっとどころではなかった気もするけどとりあえずこれ以上この話題は追求されなさそうでよかった。
「初めてのお泊まりだし、いい思い出にしようね。」
そう言った長船くんの顔は本当に楽しみそうな笑顔で、さっきと変わらずとても機嫌の良さそうな雰囲気が全身から感じられた。
初めてのお泊まりって次もあるの?
したいことをしているだけって、まさか長船くんのしたいことってまさかまさか。
結局状況は冒頭と変わることなく、いつもとは違う夏休みは、暗い山道を朝日に向かってズンズンと進んでいく。
1/1ページ