Clap

Answer / フッチ×リリィ



「…ねぇ、フッチ」


リリィが僕の名前を呼ぶ。またいつものように無茶振りや無理難題を押しつけてきて、僕を困らせるんだろう──そう思ったのも束の間、何だか今日は普段と様子が違う。
その瞳が、僕を見つめる瞳がいつになく真剣だったから、少し戸惑いながら僕は彼女の呼びかけに応じた。


「…どうしたんだい? リリィ」
「あなたってさ、将来はどうするつもりなの?」
「え?」


唐突で漠然とした質問だ。将来、と一言で言っても色々ある。彼女にどんな意図があって僕にそう訊いたのか、僕にどういう答えを求めているのか、すぐには見当がつかなかった。
でも、恋人が──大切な人がそう訊いてくる時は、きっとそういう事なんだろう。僕は頭の中で彼女の言葉を勝手に解釈して、こう答えた。


「えぇっと…。結婚の話、だね?」
「へ…?」
「まずは竜騎士の昇格試験に受かって、第三階位に昇進して落ち着いたら…かな。そうしたらブライトに乗って真っ先に君を迎えに行って、プロポーズするからさ」
「ふぁ…っ!? え、えっと…楽しみに待ってます…じゃなくて!」
「え?」
「んっと、その…結婚ももちろん大事だけど、わたしが言ってるのはもっとその先の話よ」
「その先の…?」


どうしようか、これでますます分からなくなった。結婚のその先ってどういう事だ? 子供は何人欲しいかとか、一緒に住むならティントと竜洞どちらにするかとかか? 気が早いなとは思うけど、こう見えて彼女は随分先の未来の事を考えているんだな。
…と、僕が呑気に感心していたら、リリィが痺れを切らしたようで、ようやく核心を突いてきた。


「…あなたもいつかは、ミリアさんの跡を継いで竜洞騎士団の団長になるのかって話よ。どうなの?」
「……!」


……あぁ、そうか。そういう事か。僕はようやく理解できた。
これは…この問いに対する僕の答えは……。


「……さあ、どうだろうね。まだ分からないよ」
「……。そう」


僕の返事を聞くと、彼女はそれっきり何も言わなくなってしまった。その表情には落胆と不安が浮かんでいる。
彼女を悲しませたい訳じゃない。むしろ彼女の事を想うなら、ここではっきり「竜洞の団長にはならない」と告げるべきなんだとも思う。でも、それは僕にとって本当で、同時に嘘にもなってしまう。だから今はそう答えるしかなかった。
きっと以前の僕なら、迷わずに竜洞の長になる事を選んだだろう。竜達が生き長らえるなら自分の人生を捧げても構わない。昔はそう思っていた。

でも、今は違う。今はここに、すぐ側に君がいる。だから…迷うんだ。
愛する竜と君、どちらも大切だから。天秤にかけるのも愚かだと思えるくらい、どちらも僕にとってはかけがえのない存在だから。だから、この答えは簡単には出せない。出してはいけないんだ。
いずれは自分の中で決着をつけなければいけない問題だけれど、まだ分からない。この答えが出るのは、果たしていつになるんだろう──。
そう迷っている僕に、しばらく黙り込んでいたリリィがこう切り出した。


「…ただ、一つだけ言っとくけど」
「?」
「あなたが竜の紋章を継いで団長になるかどうかは、あなたが自分で決める問題。まあミリアさんとの兼ね合いもあるだろうけど。ま、とりあえずわたしには関係ないわ。でも、あなたが自分で決めた結論なら、わたしは一切文句なんて言わないから。…例えあなたがどっちを選んでもね」
「リリィ……」


毅然とそう言ってのけた彼女に、僕は呆気にとられてしまった。突き放すような言い方で一見冷たい印象を受けるけれど、それこそが彼女の優しさだった。
僕の人生は僕にしか選べない。僕は僕だけの道を進んで良いのだと、悩んでいる僕の背中を押してくれている気がした。


「……あれ? てかちょっと待って、もしかして…」
「ん?」
「今思いついたんだけど、もしあなたが真の紋章を引き継ぐなら、わたしも真の紋章を探してきて身体に宿せば良いだけの話じゃない! やっだ、わたしってば冴えてるー! 天才ね!」
「は? な、何言って…」
「あら、心配しなくても良いわよ。その際はリードとサムスを付き人にして身の回りの世話は全部させるし、お金ならお父さんに言えば何とかしてくれるし。問題ないわ」
「い、いや。そうじゃなくて…」
「じゃあ何よ? 何か文句あるっていうの?」
「君、真の紋章をその辺の木に生ってる果物か何かと勘違いしてないかい? 27個しかない真の紋章が、そう簡単に見つかる訳が…」
「そんなの探してみなきゃ分からないじゃない! 本当にその辺に生ってるかもしれないでしょ?」
「いやいやいや、流石にそれはないだろ…」


最初は僕を気遣って、僕の気を紛らわせるために言った冗談なのかと思ったけど、どうやらそうでもないらしい。この張り切りように目の輝きよう、半端じゃない。…これ本気だ。本気で言ってるんだ、これ。

でも彼女なら、リリィなら、真の紋章の所有者に降りかかる忌まわしい呪いや悲しみも乗り越えてしまえるんじゃないか。何故かそんな風に思えてしまうのも事実だ。そう考えたら途端に思いつめていたのが馬鹿馬鹿しくなって、僕は思わず笑ってしまった。
本当に不思議な人だ。彼女はいつでも、僕の常識や想像をたやすく打ち破ってくる。だから一緒にいて新鮮で飽きないし、いや…むしろずっと一緒にいたいとすら思うんだ。
だから──。


「…ありがとう。リリィ」
「……っ!」


僕は彼女を抱きしめた。その破天荒で型破りなところも、不器用な優しさも、ついさっきまで不安で震えていたその肩も、全てが愛しい。そんな君を、これからも守っていきたいんだ。

遠い未来の事なんて分からない。これから自分がどんな道を歩くのか、まだ決心はつかない。
だから今は、今この時は君の側にいたい。君の隣で、君と同じ時間を共に過ごしたい。
きっとその先に僕の生き方が、その答えがあると信じて──。














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