願い事一つだけ


「ちょっとー! 遅いわよ! サムス! リード! 急ぎなさいよねー!」


従者達を呼ぶリリィの声が辺り一面に響き渡る。彼女の強引さと奔放ぶりを表したような良く通る大きなその声に、春を告げるそよ風はたじろいだように一瞬ピタリと吹き止んだ。


「ちょっ、ま、待って…! の、喉渇いた…、み、水…」
「はぁ、はぁ、はぁ…。ま、毎回言ってますけど、荷物持ちの気持ちも考えてくださいよ…。リリィお嬢さん…」


身軽な装いのリリィとは対照的に、付き人であるリードとサムスの足取りは重い。
二人が背負っているリュックサックははち切れそうなほど膨れ上がっており、見るからにずっしりと重そうだ。無論、手荷物のほとんどはリリィの私物である。
二人はひどく息を切らした様子でその場に蹲り、額に浮かんだ汗をハンカチで拭っている。


「まったく、だらしないわねぇ。そのぐらいの荷物で音を上げるなんて」
「そ、そのぐらいって…! どの口が言いやがる…!? 俺らの背負ってる荷物、全部まとめて一体何キロになると思ってんだ!?」
「…止めておけサムス。このお嬢さんには逆らうだけ無駄だ」


リリィの傍若無人な言動にサムスが思わず小言を漏らすものの、当のリリィはけろりとしている。まさに馬の耳に念仏だ。
従者達の不平不満も長旅の疲れもどこ吹く風、リリィはくるりと二人に背を向け、再び前進し始めた。


「さあ、もう少しでビュッデヒュッケに到着ね。ここからはペース上げてくわよ、あんた達!」
「えぇっ!? …どうするよ、リード。マジで死ぬぞ俺達?」
「確かにこれ以上はキツいな。…あ、あの。もう少しだけ休んでいきましょうよ。お嬢さん」
「バカね、何呑気な事言ってるのよ。そんな悠長に構えてたらお祭に間に合わなくなるでしょ? さ、気合入れて行くわよ! レッツゴー!!」
「あ、あぁ…っ! いい加減人の話を聞けって…!」
「ちょっと待ってくださいよ! リリィお嬢さん~!」


こうしてリリィ率いるティント共和国一行は目的地へ向けて歩き出す。
三人の珍道中を見守っていた生温い春風は、彼らのやり取りに苦笑いするようにあるいは彼らの旅路を鼓舞し祝福するように、一瞬だけビュンと大きく声を上げた。

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