任務を終えた私は現在霞柱邸に向かっているところだ

もう朝日が昇り始めている

早く帰らないと師範に怒られそうだな……と考えつつ私は霞柱邸へと足を進める

『ただいま戻りました……うわっと』

霞柱邸の扉に手を掛けたのと、それが開いたのは同時だった

そして私の目の前で扉を開けたのは、この霞柱邸の主の師範だ

「……楓、遅いよ」

師範は少し不機嫌そうな顔をしている

これは……少し怒ってるかも？

焦り始めた私は理由を話すことにした

『すみません。複数の任務が入ったので遅くなりました』

私が淡々と理由を述べると、師範の表情が少し柔らかくなった

「それなら仕方ないけど……やっぱり楓、僕のお嫁さんにならない？僕が守ってあげるよ」

さらりと告白のようなことを言う師範

私はそんな師範の言葉を一蹴する

『何馬鹿なこと言ってるんですか。私は師範に守ってもらう程弱くないのでー！』

べっと舌を出して軽くあしらう

そして屋敷の中に入ろうとした私の前に師範が立ちはだかる

「待ってよ、楓。ただいまの抱擁と接吻は？」

その言葉を聞いて私は一瞬顔を赤くしてしまった

ちらりと師範に視線を送ると、彼はニヤニヤとした悪い笑顔を浮かべている

こいつ……！

『師範の変態！私は純情な乙女なんです！いーだ』

私は表情を歪めながら師範の腰を掴み、俵担ぎして屋敷の中へと入っていく

私は馬鹿力だからね！

師範くらい簡単に担げるよ

そう考えていると、師範が何か言い始めた

「楓、また俵担ぎ？こういう時って普通頬を叩くんじゃないの？」

その言葉を聞いて私は黒い笑みを浮かべる

『あれ～師範、もしかして私に叩いて欲しかったんですか？変態ですね！』

私がにんまりしながらそう返すと、師範も負けじと悪い笑みを浮かべる

「変態で何が悪いの？僕が楓を好きな気持ちは変わらないしね」

こいつ……開き直りやがった！

私がぷるぷる震えていると、師範はますます口角を上げる

悔しぃぃ

やっぱり師範はマセガキだ

私は17歳の乙女だよ？

何で年下にこんな風にされてんのよ……

私は溜息を吐き、歩みを進めた

やっぱり師範には私の毒舌で対抗しないと勝てないようだ

私はそう悟ったのだった……

──────

屋敷に戻って来てから数刻

私は朝餉の支度を済ませた

今日の朝餉はふろふき大根と豆腐の味噌汁、きゅうりの漬物に焼き魚だ

私はすっかりこの霞柱邸の家事全般を担当している

まあ、楽しいから良いんだけどさ！

それにしても、半月連続で朝餉がふろふき大根だ

これは師範の要望なのだが、彼は飽きないのだろうかと疑問を浮かべる

そう思いながら料理を運んでいく

ちなみに師範は当然降ろしたよ

流石に俵担ぎしながら料理できる程私は器用じゃないしね

というか単純に危ないし

なんてどうでも良いことを考えていると、師範がこちらにやって来た

「あ、今日も美味しそうだね」

ポツリと呟く師範

そうでしょう、もっと褒めてくれても良いんですよ！

ふふん、と腰に手を当てて誇らしげな表情をしていると、師範がくすりと軽い笑みを零した

あの師範が笑っただと……いや、それよりも！！

……人の顔を見て笑うなんて失礼な！

『ちょっと師範……何笑ってるんですかぁ～？』

私は師範に顔を近づけて迫っていく

すると彼は表情を変えぬまま話し出した

「ごめん。ただ……楓といるのは楽しいなって思っただけだよ」

またまたさらりとかっこいいことを言う師範

……こいつ、本当に年下か？

私の顔にどんどん熱が集まっていくのが分かる

こういう風に言われるのは慣れてないからすぐこうなるんだよな……

何て考えつつ私は思考を切り替えた

『……ゴホン、ほら、さっさと朝餉を済ませましょうよ』

私がそう師範に向けて呟くと、師範は黒い笑みを浮かべている

「あれ、楓……もしかして照れた？」

ニヤニヤといやらしい表情をしている師範

その後、毒を吐く余裕すらなくなった私の怒号が霞柱邸に響いたとか……

師範との朝は、いつも騒がしいけれど、意外と楽しかったりする

あ、これも私だけの秘密だからね


──────

『師範、いつまで抱き着いてるんですか。とっとと離しやがれください』

いつも通り、師範は私にべったりくっついて離れようとしない

「無理。楓と何日も離れるなんて耐えられない」

……そう、実は刀の調子が悪くなってきた為、刀鍛冶の里に向かうことになったのだ

あそこには私の家族がいるので行くのは楽しみだ

むしろ早く行きたい

『隠の人を待たせてるんです。さっさと離しやがれください』

私がそう言っても師範は私を離すどころか抱きしめる力を強くする

それに段々と苛立ちを感じてきた私は、彼を無理やり引きはがすことにした

『だぁぁ！いいから離しやがれぇぇ！！』

17歳の乙女とは思えない程に野太い声を出して師範を引きはがす私

あ、勿論彼に怪我はさせてないよ

もう慣れてるので……

そう考えながら屋敷を出ようとする私

しかし昨日のように無視をするのはさすがに良くないと思った私は、師範の方を向く

『……なるべく早く帰ってくるので、大人しく屋敷で待っててくださいね。帰ったら師範の大好きなふろふき大根たくさん作りますから。それじゃあ、また数日後に』

穏やかな笑顔と声色でそう呟く

そんな私らしくない台詞を言い残し、隠の人の元へ向かおうと足を進める

ちらりと後ろを向くと、師範はポカンとした表情をしている

……そんなに私の言葉が意外だった？

まあ、いつも師範に毒ばかり吐いているからな……

なんて考えつつ、私はもう一度前を向き、パタパタと小走りを始めた

ねえ師範

里に戻るのは楽しみだけど、それ以上に貴方と離れるのは寂しいと思ってる自分がいるんですよ

やっぱり私は、既に師範に絆されてるみたいです

あ、でも絶対に貴方にはそんなこと言いませんからっ！