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その他

「帰ったらバカラリー見るぞー!」
その声にソーマが振り向いた時には、少年は汚れなど気にする様子もなく、地面に寝転がっていた。
「……またそれか」
呆れながら呟いた。だが、それがしっかりと聞こえたらしい。少年――藤木コウタは不満そうな顔を向けて言った。
「何だよ。面白いんだからなー。……そうだ!一回見ろよ。絶対ハマるって!」
「興味ない」
ちぇ、と残念がる姿は、とてもじゃないが先ほどまでアラガミと戦っていたとは思えない。
集中力に欠けると言った報告はこれが元なのか。
……アラガミと戦っていたと思えない人物ならもう一人いる。
コウタと同時期に入り、チームも組んでいるが、今は姿が見えない。
規定の討伐数を満たし、大きく伸びをしたコウタや軽く息を吐いたソーマを確認すると
「帰るまで自由行動、ってことで。よろしく」と言い残し、あっという間に奥の広場へ駆けて行った。
その早さは、コウタはともかく、あのソーマでさえ呆気に取られた。
……と言うことで、この区画には二人しかいない。残り少ない時間、新人は駆けずり回って素材を集めているのだろう。

「あ!」
「っ、なんだ?」

コウタの声に、素早く神機を構えて再度周囲を見やる。
「あれ、ウサギっぽくね?」
「……何の話だ」
「あれだよ。あれ」
声につられてコウタを見ると、周囲を見渡していたソーマと違い、空を見上げて一点を指差していた。
「どう思うよ?」
「何してる」
問いかけもそうだが、意味がわからない。そう思って言うと、コウタは振り返りもせずに続ける。
「動物の形した雲探してんだ。気分落ち着くぜ。リンドウさんも言ってた」
「……気を緩めすぎるな。お前ならすぐ死ぬぞ」
そこで漸くコウタは振り向いた。斜め後ろに立つソーマと視線が合う。
「お前、一言多いんだよ」
不満を隠そうともしない顔と声。やはり苦手だ。直感的にソーマは思う。
「それに俺は、」
どうやら話には続きがあったようだ。視線をコウタに戻す。
「お前が居るから、安心して気ぃ抜けるんだって」
にっと笑うと、上体だけを起こして変わらず空を見上げる。何の警戒もしていないような後ろ姿が見えた。
「何時もと同じに見えるが、お前は何時も緊張感がないってことか」
「あー、もーいちいち一言多いんだって」
はあ、と大袈裟にため息を吐く姿に、掛ける言葉はなかった。
ソーマはあまり話す方ではない。今回の編成では、コウタが一人で話し、それに対し新人が頷いたり何事かを話したりで、そんな二人を幾分か離れた距離で見つめていた。
もっとも、それはこの編成だから、と言うわけではなく、ソーマの性格上そうなることが多いのだが。
暫くすると、またもコウタが「あ、」と声をもらした。
「……今度は何だよ」
「ガム食う?」
そう聞き、ソーマの答えをまたずにポケットをまさぐっていたが、やがてばつが悪そうに頭をかいた。
「ガム切らしてた。悪い」
「誰もいるとは言ってない」
「う、まあそうだけどさ……」

そこで言葉が途切れた。コウタは空を見上げている。ソーマはそんなコウタを見ながら、周囲の警戒を怠らない。


ぼんやりとしていたコウタ――少なくとも、ソーマの目にはそう見えた――が、突如上体を起こすと、走り出す。
その先を視線で追うと、件の新人が幾つかの収穫物をぶら下げてこちらに向かっていた。
ソーマの視線に気づいたのか、軽く手を振ってみせる。それを受けて、ソーマもそちらに歩き出した。
コウタは、何やら新人に身ぶり手振りを加えつつ話をしている。
会話はここまで聞こえないが、相変わらず賑やかなやつだ。そう思いながら、ソーマは二人の元にたどり着いた。
「お疲れ様。何もなかった?」
「ああ」
「なら良かった。じゃあ帰ろうか」
その言葉を皮切りに三人は支部へ向かう。
二人よりも数歩前を歩いていたコウタは、手を組んで頭に当てた姿勢のまま、振り返って問いかけた。
「なー、俺には大丈夫って聞かねえの?」
その声には、明らかに不満が滲んでいる。
「コウタはなんとなくだよ。大丈夫だろ?」
笑みを浮かべたままそう言い返した新人に「……そうだけどさ、」ともごもご口を動かす。
しばらくそうしていたが、結局は何も言えずに正面に向き直った。


「……たまに抜けてるよなー…」
その言葉にソーマは新人を見つめる。少しの苦笑いを浮かべている視線の先には、何もないところで転びかけているコウタの姿があった。
「ガム」
「はあ?」
「ガム、コウタから貰った?」
「……いや、貰ってないな」
「貰えば良かったのに」
「別にいい。それにあいつガム切らしてたんだよ」
「なんだ、また?」
僅かに呆れを含んだ声色に、顔を向ける。
それに気づいたのか、笑みを浮かべながら新人は続けた。
「最初に会った時にガムくれようとしたんだよ。嬉しかったのに、コウタが食べてるやつで最後でさ、結局もらえなかったんだよ」
それから何度か言ってるんだけどね、貰ったためしがないんだよ。
そう言うと、戦利品の袋を上機嫌であさり始めた。
「そんなにガム好きなのか」
「いや、くれるものは貰う主義なんだ。ただって本当に良い言葉だよね」
物静かな部類に入る新人は、良くて無駄がない、悪くて欲深い人種だったようだ。

「それにさ」
どうやら続きがあった様だ。新人はコウタの後ろ姿を見ながら小声で言った。
「ガムなくて申し訳そうにしてるコウタの顔が好きなんだよねー」
突然の告白に、さすがのソーマも足を止めて新人を見た。しかしそれに気づかずにすたすたと歩いて行く。
やがて横にソーマが居ないことに気づき、後ろを振り向いた。
「何やってんの、早く帰ろうよ」
「あ、ああ……」

律儀にもその場で立ち止まった新人に小走りに追い付き、歩き出す。
ちらりと顔を盗み見ると、人好きのする笑みを浮かべていた。

「………………悪趣味なやつだ」
「いいじゃん。可愛いし」
小さく、それこそ聞こえないように注意した独り言に、声が返ってくる。
おそろしい地獄耳だ。ソーマは少しだけ距離をとった。
それに気づいているのかいないのか。いや、おそらく気づいているだろう。
相変わらずにこにことコウタを見つめる楽しそうな表情に、少し引いた。
それから数日が立った。
ロビー下にはコウタと台場カノン、小川シュンとカレルが固まって談笑している。
任務もない、平和な一日。部屋にこもるのが退屈なので出てきたが、あの中に入るつもりはない。
手すりに体を預けてその光景を見ていると、出撃ゲートが開く音がした。
「ソーマだ。久しぶりー」
「……そうだな」
ソーマに親しく話しかけてくる人物は限られている。リンドウ達は任務中だ。コウタ達は下にいる。ならば後ろの人物は。
「見て。見てこれ。大量」
言葉数は少ないが、その上機嫌は顔を見なくてもわかった。
「嬉しそうだな」
「そりゃね。これで新しい装備が作れると思うと……」
ぶつぶつと、装備品の名前を呟く新人は、ソーマの目線に気づいて手すりに上体をもたれかけた。
「あ、コウタだ」
おーい、と新人が手を振って見せると、コウタもそれに気づき振り返す。
普段の数倍だらけきった笑みを浮かべると、コウタの元へ行こうと階段を下りようとした。
が、その勢いのままソーマに詰め寄る。
あまりの勢いに、ソーマは多少面食らってたたらを踏んだ。

「ちょ、何それ!」
「な、何がだ!」
「何でお前が持ってんの!」
そう言って、ソーマの服のポケットに乱雑に突っ込んであったガムを抜き取った。
スリのプロかお前は。気安く触るな。等と頭を巡ったが、結局は言えなかった。
言葉に詰まったソーマを揺さぶりながらわめいていたが、やがて「ずるい!」と一言小さく叫ぶと自室へと駆けて行った。
嵐のように過ぎ去った後姿を見ながら、ひっそりため息を吐く。
疲れた。
普段の姿からはまったく想像も出来ない荒れっぷりだった。





その後。新人がコウタにガムを要求し、すまなさそうに謝るコウタを見てやたらと嬉しそうに笑う所を目撃してしまい、呆れてため息をつくことになるなど、知る由も無かった。

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