長編
「……ふう、」
深く溜め息を吐いて、ちらりとカイトを見やる。
目を閉じて佇む姿はまるで壊れてしまった様で、ひやりと背筋が冷たくなる。
「……兄さん、」
小さく呼び掛けると、ゆるゆると瞳が開かれた。
「ごめんね、俺がもっと早く来とけば良かった」
「レンは 悪く ありません」
「……ありがとう……」
そう言って笑う。
「起こしてごめん。もうちょっと休んでもいいよ」
「………すみません……スリープモード 移行します」
小さく謝る声と微かに電子音が聞こえたかと思うと、カイトの頭がレンの肩に傾いた。
労る様にその髪をゆっくりと撫でる。
「……本当にごめん。兄さん」
きっと、カイトは派生のことなど何一つ知らないだろう。
稀に改造にしたものが裏で出回っている。
先程の帯人も、その作品の一つだ。
「工場の近く通るってのに、迂闊だったな……」
はあ、と深い溜め息を吐いてカイトを見る。
腹部の損傷も酷かったが、全体的に見てもあちこちが破れている。
「……あの野郎。ぶっ壊してやる」
やや物騒な声を聞いたのは、レンの他には誰も居なかった。
それから暫く経った時。
タイヤが擦れる小さな音を聞いて、レンははっと顔を上げた。
薄暗い路地に横付けするように停車した車から、慶介達が降りて来る。
「レン、あんた大丈夫?」
メイコは真っ直ぐにレンの前に行き、しゃがみ込んで目線を合わせて言った。
「……俺じゃなくて、兄さんの方が」
何故かメイコの目を見て会話する事が出来なくて、レンは視線を逸らしてぼそぼそと答えた。
そんな様子を見て、メイコは深く溜め息を吐く。
「そんなのは、自分の表情を理解してから言う事ね。……酷い顔してるわよ。本当に大丈夫?」
気遣っているのだろう、頭にぽんと手が置かれる。
思わず払いのけたくなったが、気遣いを無駄にするみっともない真似はしたくなかった。
「……ごめん、でも本当に大丈夫だから」
暫くして呟かれた声に、メイコは「そう」と返事をしてあっさりと手を引っ込める。
その失われた暖かさを少しだけ残念に思いながらも、レンは壁を背にして立ち上がった。
「問題は……あっちの方よねえ」
またもや溜め息を吐くメイコの視線を追う。そこには、泣きながらカイトに呼びかけているミクと、そんなミクを宥めつつ、ぎゅっと眉を顰めて辛そうな表情を見せるリンが居た。
慶介は項垂れるカイトの被害を調べているのだろう。様々な所を確認した後で、埃を払い立ち上がる。
「死んだわけじゃないんだから、泣くな。逆に縁起悪くなっちまう」
苦笑いを浮かべてミクの頭を乱暴に撫でる。そんな慶介に少し落ち着きを取り戻したのか、ミクは大きく深呼吸をして、目をごしごしと擦る。
「もー、擦っちゃダメっすよ。目が傷つくって」
明るくリンが言い放ち、ミクの手を取って立ち上がらせた。
スカートについた汚れを払ってやる姿を見て、メイコがぼそりと呟いた。
「あれじゃ、どっちが姉なのかわからないわね」
「ミクはほら……感情が豊かだからさ」
「フォローのつもりなのかしら、それは」
「え……どうだろう」
「こらそこの二人。つっ立ってるよりやることあるだろー。早く車に乗れよー」
掛けられた声に二人して頷いた。ここで立ち話をしていても、何の得にもならない。
「無理するなよ、おっさん」
意識を失ったカイトを一人で運ぶのは大変だろう、と慶介に声を掛けた。
「うっせ」
手伝いを申し出るにしても、言い方がある。悪態に慶介は苦笑いを浮かべた。
カイトの膝裏に腕を回し抱きやすい様に体の位置を調整すると、すくっと立ち上がった。
「ほら、さっさと行くぞ」
そのまま歩き出す後をレンが慌てて追う。
慶介は後部座席に座っているメイコ達にカイトを預ける。
レンを助手席へと促し、運転席に座った。
「ミクー、あんまりうろちょろするなよー」
慶介の声が聞こえ、それまできよろきょろと病院内を見回していたミクがぴたりと動きを止める。
今にも泣き出しそうな顔で、慶介に振り向いた。
「だってお兄ちゃんが……」
「心配ないって言ったろ? ほら、こっちだこっち」
砕けた口調の割りに、慶介は足早に院内を進む。ミクはその後姿を慌てて追った。
「きゃっ」
「あ、ごめんなさい! 急いでて……」
急いで後を追いかけたのが裏目に出たのだろう。通路を歩いていた看護師にぶつかり、慌てて頭を下げる。
「院内では走っちゃダメよ。気をつけてね」
「はい。ごめんなさい」
その忠告に冷静さを取り戻したのだが、顔を上げてみると慶介の後姿はおろかレン達すら見当たらない。
「おいて行かれちゃった……?」
先ほどとは別の不安感がこみ上げてきて、慌てて駆け出す。
後ろに聞こえる看護師の注意もミクの耳には入らなかった。
案内板を見比べ、何度目になるかわからない角を曲がったときだった。
「わっ」
「ん?」
人にぶつかった。
反動で思わずよろけるミクの肩を、相手が掴む。
「すまない。余所見をしていた。怪我はないか?」
「え? あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
動揺して何度も頭を下げるミクに、男は小さく笑いをこぼした。
「慌てなくても良い。落ち着いて顔を見せてみろ」
一度深呼吸をして、言われた通りに顔を上げる。
その時にわぁ、と感嘆の声をもらした。
「如何した? 某の顔に何かついているか?」
「ううん、かっこいいなあって……」
無意識に呟いた後にあっ、と声を上げる。
「違うんです! あ、別にかっこ悪いって言ってるわけじゃなくて、その、」
わたわたと慌てだすミクを見て、男はまた笑う。
「いやはや、かのような可愛らしいお嬢に褒められるとは、某も光栄だ。
しかし、屋敷内は極力冷静でおるように」
「は、はい」
顔を赤くしたミクが頷くのを見て、男も納得したように頷いた。
「其れに、女子がそう簡単に泣くものではない」
そう言ってミクの頭を撫でると、男は去って行った。
「あー、ミク姉見つけたー!」
夢見心地のミクの意識が、リンの声によって戻される。
「あ、リンちゃん」
「あ、リンちゃん。じゃないよミク。探したんだからな」
「ごめんね、レンくん」
ぶっきらぼうな口調のレンが、リンの後に続いていた。
「そうだミク姉、今カイ兄が診察」
「どうだった!」
掴みかからんばかりの勢いを受け、リンはへらりとだらしない笑みを浮かべた。
「問題なし! 手当てが終わったから帰るっす」
「良かったあ……」
放っておけばまた泣き出しかねないミクの態度に、レンが言う。
「帰ろう、ミク」
「……うん!」
「一安心ってとこかしら」
「そうだな」
病院殻少し離れた位置で、車体に寄りかかりながら三人を待つ。
カイトは車の後部座席に寝かせていた。
すぐにでも目覚めさせるつもりだったのだが、事態を把握するのに時間がかかる。処理が終われば自動的に起動するだろう。と医者に言われれば、無理に起こす事はできない。
お互い積極的に会話をするタイプではない。
静かな空間に何となく居心地が悪くなり、気分を紛らわ為に、持っていた煙草に火をつける。
視界の端でメイコが目を丸くするのが見えた。
「……タバコ吸うところ、初めて見たわ」
「まあ、お前らが来てからめったに吸わなくなったからなあ」
ふーっと息を吐いてから目を細める仕草は、どこか疲れがみえる。
「……心臓止まるかと思った」
やがて慶介がぽつりと言う。
「ミクに向かって大丈夫っていたのは貴方じゃない」
「そりゃ大丈夫とは思う。だけど、それとこれとは別なんだ。……まあ、無事でよかった。」
そう言ってメイコに笑みを見せ、灰を調節する。
「……ねえマスター」
「ん?」
「もしカイトが……ううん、何でもない」
「何だよそれ」
笑う慶介に微笑む。答えは聞かなくとも、わかる気がした。
「……一応言っとくが、俺の家族はお前らだからな」
「あら恥ずかしい」
「うっせ」
恐らく本人も恥ずかしいのだろう。メイコの視線から目を逸らし、手元を無意味に動かす。
その度に、煙草の灰がちらちらと落ちる。
深く溜め息を吐いて、ちらりとカイトを見やる。
目を閉じて佇む姿はまるで壊れてしまった様で、ひやりと背筋が冷たくなる。
「……兄さん、」
小さく呼び掛けると、ゆるゆると瞳が開かれた。
「ごめんね、俺がもっと早く来とけば良かった」
「レンは 悪く ありません」
「……ありがとう……」
そう言って笑う。
「起こしてごめん。もうちょっと休んでもいいよ」
「………すみません……スリープモード 移行します」
小さく謝る声と微かに電子音が聞こえたかと思うと、カイトの頭がレンの肩に傾いた。
労る様にその髪をゆっくりと撫でる。
「……本当にごめん。兄さん」
きっと、カイトは派生のことなど何一つ知らないだろう。
稀に改造にしたものが裏で出回っている。
先程の帯人も、その作品の一つだ。
「工場の近く通るってのに、迂闊だったな……」
はあ、と深い溜め息を吐いてカイトを見る。
腹部の損傷も酷かったが、全体的に見てもあちこちが破れている。
「……あの野郎。ぶっ壊してやる」
やや物騒な声を聞いたのは、レンの他には誰も居なかった。
それから暫く経った時。
タイヤが擦れる小さな音を聞いて、レンははっと顔を上げた。
薄暗い路地に横付けするように停車した車から、慶介達が降りて来る。
「レン、あんた大丈夫?」
メイコは真っ直ぐにレンの前に行き、しゃがみ込んで目線を合わせて言った。
「……俺じゃなくて、兄さんの方が」
何故かメイコの目を見て会話する事が出来なくて、レンは視線を逸らしてぼそぼそと答えた。
そんな様子を見て、メイコは深く溜め息を吐く。
「そんなのは、自分の表情を理解してから言う事ね。……酷い顔してるわよ。本当に大丈夫?」
気遣っているのだろう、頭にぽんと手が置かれる。
思わず払いのけたくなったが、気遣いを無駄にするみっともない真似はしたくなかった。
「……ごめん、でも本当に大丈夫だから」
暫くして呟かれた声に、メイコは「そう」と返事をしてあっさりと手を引っ込める。
その失われた暖かさを少しだけ残念に思いながらも、レンは壁を背にして立ち上がった。
「問題は……あっちの方よねえ」
またもや溜め息を吐くメイコの視線を追う。そこには、泣きながらカイトに呼びかけているミクと、そんなミクを宥めつつ、ぎゅっと眉を顰めて辛そうな表情を見せるリンが居た。
慶介は項垂れるカイトの被害を調べているのだろう。様々な所を確認した後で、埃を払い立ち上がる。
「死んだわけじゃないんだから、泣くな。逆に縁起悪くなっちまう」
苦笑いを浮かべてミクの頭を乱暴に撫でる。そんな慶介に少し落ち着きを取り戻したのか、ミクは大きく深呼吸をして、目をごしごしと擦る。
「もー、擦っちゃダメっすよ。目が傷つくって」
明るくリンが言い放ち、ミクの手を取って立ち上がらせた。
スカートについた汚れを払ってやる姿を見て、メイコがぼそりと呟いた。
「あれじゃ、どっちが姉なのかわからないわね」
「ミクはほら……感情が豊かだからさ」
「フォローのつもりなのかしら、それは」
「え……どうだろう」
「こらそこの二人。つっ立ってるよりやることあるだろー。早く車に乗れよー」
掛けられた声に二人して頷いた。ここで立ち話をしていても、何の得にもならない。
「無理するなよ、おっさん」
意識を失ったカイトを一人で運ぶのは大変だろう、と慶介に声を掛けた。
「うっせ」
手伝いを申し出るにしても、言い方がある。悪態に慶介は苦笑いを浮かべた。
カイトの膝裏に腕を回し抱きやすい様に体の位置を調整すると、すくっと立ち上がった。
「ほら、さっさと行くぞ」
そのまま歩き出す後をレンが慌てて追う。
慶介は後部座席に座っているメイコ達にカイトを預ける。
レンを助手席へと促し、運転席に座った。
「ミクー、あんまりうろちょろするなよー」
慶介の声が聞こえ、それまできよろきょろと病院内を見回していたミクがぴたりと動きを止める。
今にも泣き出しそうな顔で、慶介に振り向いた。
「だってお兄ちゃんが……」
「心配ないって言ったろ? ほら、こっちだこっち」
砕けた口調の割りに、慶介は足早に院内を進む。ミクはその後姿を慌てて追った。
「きゃっ」
「あ、ごめんなさい! 急いでて……」
急いで後を追いかけたのが裏目に出たのだろう。通路を歩いていた看護師にぶつかり、慌てて頭を下げる。
「院内では走っちゃダメよ。気をつけてね」
「はい。ごめんなさい」
その忠告に冷静さを取り戻したのだが、顔を上げてみると慶介の後姿はおろかレン達すら見当たらない。
「おいて行かれちゃった……?」
先ほどとは別の不安感がこみ上げてきて、慌てて駆け出す。
後ろに聞こえる看護師の注意もミクの耳には入らなかった。
案内板を見比べ、何度目になるかわからない角を曲がったときだった。
「わっ」
「ん?」
人にぶつかった。
反動で思わずよろけるミクの肩を、相手が掴む。
「すまない。余所見をしていた。怪我はないか?」
「え? あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
動揺して何度も頭を下げるミクに、男は小さく笑いをこぼした。
「慌てなくても良い。落ち着いて顔を見せてみろ」
一度深呼吸をして、言われた通りに顔を上げる。
その時にわぁ、と感嘆の声をもらした。
「如何した? 某の顔に何かついているか?」
「ううん、かっこいいなあって……」
無意識に呟いた後にあっ、と声を上げる。
「違うんです! あ、別にかっこ悪いって言ってるわけじゃなくて、その、」
わたわたと慌てだすミクを見て、男はまた笑う。
「いやはや、かのような可愛らしいお嬢に褒められるとは、某も光栄だ。
しかし、屋敷内は極力冷静でおるように」
「は、はい」
顔を赤くしたミクが頷くのを見て、男も納得したように頷いた。
「其れに、女子がそう簡単に泣くものではない」
そう言ってミクの頭を撫でると、男は去って行った。
「あー、ミク姉見つけたー!」
夢見心地のミクの意識が、リンの声によって戻される。
「あ、リンちゃん」
「あ、リンちゃん。じゃないよミク。探したんだからな」
「ごめんね、レンくん」
ぶっきらぼうな口調のレンが、リンの後に続いていた。
「そうだミク姉、今カイ兄が診察」
「どうだった!」
掴みかからんばかりの勢いを受け、リンはへらりとだらしない笑みを浮かべた。
「問題なし! 手当てが終わったから帰るっす」
「良かったあ……」
放っておけばまた泣き出しかねないミクの態度に、レンが言う。
「帰ろう、ミク」
「……うん!」
「一安心ってとこかしら」
「そうだな」
病院殻少し離れた位置で、車体に寄りかかりながら三人を待つ。
カイトは車の後部座席に寝かせていた。
すぐにでも目覚めさせるつもりだったのだが、事態を把握するのに時間がかかる。処理が終われば自動的に起動するだろう。と医者に言われれば、無理に起こす事はできない。
お互い積極的に会話をするタイプではない。
静かな空間に何となく居心地が悪くなり、気分を紛らわ為に、持っていた煙草に火をつける。
視界の端でメイコが目を丸くするのが見えた。
「……タバコ吸うところ、初めて見たわ」
「まあ、お前らが来てからめったに吸わなくなったからなあ」
ふーっと息を吐いてから目を細める仕草は、どこか疲れがみえる。
「……心臓止まるかと思った」
やがて慶介がぽつりと言う。
「ミクに向かって大丈夫っていたのは貴方じゃない」
「そりゃ大丈夫とは思う。だけど、それとこれとは別なんだ。……まあ、無事でよかった。」
そう言ってメイコに笑みを見せ、灰を調節する。
「……ねえマスター」
「ん?」
「もしカイトが……ううん、何でもない」
「何だよそれ」
笑う慶介に微笑む。答えは聞かなくとも、わかる気がした。
「……一応言っとくが、俺の家族はお前らだからな」
「あら恥ずかしい」
「うっせ」
恐らく本人も恥ずかしいのだろう。メイコの視線から目を逸らし、手元を無意味に動かす。
その度に、煙草の灰がちらちらと落ちる。
