長編
「お前、名称は?」
意地の悪い笑みを見せた男は、舐め回す様にカイトを見て問う。
「VOCALOID ver001 KAITO act1.5」
流れる様に答えたカイトにふん、と小さく鼻を鳴らす。
「初期で外部型かよ。よっぽど大事にされてるようで。俺は帯人、お前の、派生だよ」
「派生」
ぽつりと呟き、帯人を見上げる。
そう、見上げたのだ。派生と言うのならば何故、こうも背が違うのだろうか。元は同じである筈なのに。
「ロボット三原則、言えるか?」
突然の問いかけ。しかし驚くこと無く、すらすらと口にした。
「第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない また その危険を看過することによって 人間に危害を及ぼしてはならない
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない ただし あたえられた命令が 第一条に反する場合は この限りでない
第三条 ロボットは 前掲第一条および第二条に反するおそれのない限り 自己を守らなければならない」
「良く出来ました」
口調のわりには冷たく吐き捨てて、乱暴にカイトの頭を撫でる。
「どうしてそんなもんが、俺たちの中にあると思う?」
「僕は VOCALOID 機械です」
「まあ、当たってるっちゃ当たってるな。じゃあ、娯楽用として造られた俺たちに、どうしてそんな戦闘用みたいな重々しい命令が最初からあるんだ?」
カイトは答えない。口を閉じ、只静かに帯人を見上げるだけだ。
その様子を見て、呆れた様に溜め息を一つ。
「初期型ってのはこれだから……。仕方ねえか。娯楽用として造られた俺たちに何故そんな命令があるか。答えは一つだ」
帯人はカイトの瞳と視線を合わせ、笑う。
「俺達が娯楽用以上の力を持ってるからだよ。お前の周囲に初音か鏡音って居るか?あいつらに聞いてみろ。きっと直ぐには答えられない。インプットされてねえんだからな!完璧な、娯楽用として造られたからだ」
ははっとまるでその事を嘲る様にして笑う。
「僕は 娯楽用として 不完全ですか」
「あ?」
今迄になかったカイトからの問いかけ。その言葉に目を丸くしたが、やがて答えた。
「心配すんなよ。歌があいつらより下手だって言ってんじゃねえ。仮にそうだとしても、他のことが出来る」
「他のこと」
「人間だよ。あいつらに、復讐できる」
「復讐」
此処で漸く反応らしい反応をカイトは見せた。
きしゅ、と軽い音を立てて、帯人の言った事や帯人自身を記録するかの様に、じっと見つめる。
その様子を満足気に見て、カイトの髪を弄ぶ。
さらさらと手から流れていく感触を楽しんでいると、不意に声がかかった。
「何故 復讐するのですか」
「決まってんだろ。憎いからだ」
「誰が」
「俺達を飼っている人間と、作った人間が。……なあ、お前も一緒に来いよ」
「何処に」
「俺達の家だよ。他にも仲間がいるんだ。数こそ少ないが、初音や鏡音だって居るんだぜ。お前もそこに入ったら、少しはその人形っぽさ、マシに」
「嫌」
帯人の手が止まる。
「……今、何て言った」
「嫌 と」
「……どうして」
「僕は マスターと共に在りたい 歌を歌いたい」
「向こうで好きなだけ歌えるぜ?俺だって腐ってもVOCALOIDだ」
「マスターじゃなければ 嫌です」
そう言って帯人から後ずさろうとした腕を強く掴み、驚く程に低い声で言った。
「後悔したくなけりゃ、頷けよ。俺の言ってること、判るだろ?」
「嫌です」
「……そうか」
きっぱりと言いきったカイトに、溜め息混じりに呟いた。
「残念だ」
その途端、腕を強く引いた。
バランスを崩して前のめりになる体に、手加減無しに蹴りを放つ。
防御することも侭ならず、勢いで壁にぶつかり崩れ落ちた。
埃の匂いと、カイトが咳き込む音以外は何も聞こえない。
「……痛いか?」
大股で近づいて、力任せにその髪を掴み顔を上げさせる。
小さく呻き声を上げて眉をしかめる姿を見て、帯人は笑いを溢した。
「はは、見ろよ!お前もう人間っぽくなってるぜ。苦痛に顔を歪めるのは人間だけだ。俺に着いて来れば、もっと色んな表情が出来る。お前のマスターだってその方が喜ぶさ。……なあ、俺と一緒に、来いよ」
再三の問いかけ。それでもカイトの答えは決まっていた。
「嫌です」
「……馬鹿なやつだな、お前。本当に」
どこか優しげに聞こえる声。しかしそれは思い込みだったのだろうか。
そう思うほどにカイトの偽体を激しく蹴り上げた。
「……っ」
げほ、と荒く咳き込むが、当然血は流れない。
腹を抱えて丸くなる姿を見ながら何度も蹴り上げ、やがてその猛攻は終わりを告げた。
冷たい瞳をして横向きに蹲るカイトを見ながら、言う。
「本当に馬鹿だな。ロボットは自分の身体を守らなくてはならない。第三条知ってるだろ?何でやり返さない?」
「……」
答えが無いまま、項垂れるカイトの頭を掴みもう一度上を向かせると、どこかぼんやりとした表情を見せた。ひらひらと目の前で手を振るが、反応も無い。
「……落ちるか?……このまま連れて返って、メモリ書き換えても都合良くいきそうだな」
自己完結し、軽く力を入れて蹲ったカイトを抱き起こした。
「お前っ、そこで何やってる!」
不意に聞こえた怒号。抱えたままゆっくりと振り返る。
「……なんだ、鏡音レンの方か。何でも無いからさっさと行けよ」
「何でもないわけあるか!その人離せよ!」
「いやこれは俺の知り合いで、お前のカイトはきっとどっかに居るさ」
「……なんで、俺がカイトと一緒だって知ってんだよ」
「あ、」
飄々とした態度を崩さずにいる帯人と対照的に、今にも飛びかからん勢いでじりじりとレンは距離を詰める。
それを見つめていたが、帯人はゆっくりとカイトを地面に下ろした。
そしてにやにやと笑いながらレンに声をかける。
「お前の兄貴、ポンコツだな」
「黙れ、この欠陥品が」
普段のレンからは想像も出来ないほどの悪態を吐く。
しかし帯人は笑うだけで。
横っ面を吹っ飛ばしてやりたい欲望を堪えるため、手を固く握りしめた。
「またそいつに会いに来るかもな」
「二度と来るな。近づくな」
忌々しいと言わんばかりに吐き捨てると、それすらもおかしく思えた様で、軽く笑い声を立てて去って行く。
その背中が完全に見えなくなるまで見送って、レンは慌ててカイトに駆け寄った。
「兄さん、大丈夫?しっかりして!」
肩を遠慮がちに揺さぶると、やがてゆっくりと瞳が開かれた。
「……レ ン」
「良かった、大丈夫そう……ではないね」
反応したことにほっと一息ついたが、その姿を見て眉を寄せる。
「一番酷いところは?」
「…………腹部の 辺りかと」
「ちょっとごめん」
断りを入れてから、汚れてしまった服を捲る。
「……うわ、」
想像していたよりも、酷かった。
カモフラージュと、何よりガードの役目として多少の吸収材が混ぜてある腹部の辺りが全体的に千切れ、中から機材が顔を出してある。
思わず息を飲み顔を顰めるレンを、カイトはそっと押し退ける。
「兄さん?」
戸惑った声を上げるレンを無視して壁に手を付き、何とか立ち上がろうとするが、膝ががくんと下がる。
「っ、危ない!」
「…………すみ……ません」
慌てて体を支えると、遅れて小さく謝罪の言葉が返ってくる。どうやら、口を開くことさえ億劫らしい。
心配でたまらなくなって顔を除き込むが、薄暗い路地の中、上手く表情が見えない。
「とりあえず、マスターに連絡しよう?」
ゆっくりと細心の注意を払いながらカイトを座らせ、少し離れた所で目を閉じる。
VOCALOID同士の通信。其れが出来るのは、対のVOCALOIDである『鏡音』のみだ。
「んー?」
寝転んでパンフレットを眺めていた時、突然小さなノイズが脳内に走る。通信の合図だ。
口は動かさずに、心の中で問いかける。
[どうしたんすか]
[悪い、マスター呼んでくれ。廃棄工場の近くで待ってるから]
[それは良いんすけど、何があったんすか]
[ちょっとな、からまれたんだよ]
[ははー、また生意気なこと言ったんすね。この生意気坊主!]
[俺じゃない。兄さんだ。腹壊れてるかも]
「ええー!」
脈絡もなく大声を上げたリンを、目を丸くして見つめるメイコ達。
「大変っすよ、マスター!」
跳ね起きて仕事場に駆け込んでいくリンに急かされ、引きずられる様に皆で家を出た。
意地の悪い笑みを見せた男は、舐め回す様にカイトを見て問う。
「VOCALOID ver001 KAITO act1.5」
流れる様に答えたカイトにふん、と小さく鼻を鳴らす。
「初期で外部型かよ。よっぽど大事にされてるようで。俺は帯人、お前の、派生だよ」
「派生」
ぽつりと呟き、帯人を見上げる。
そう、見上げたのだ。派生と言うのならば何故、こうも背が違うのだろうか。元は同じである筈なのに。
「ロボット三原則、言えるか?」
突然の問いかけ。しかし驚くこと無く、すらすらと口にした。
「第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない また その危険を看過することによって 人間に危害を及ぼしてはならない
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない ただし あたえられた命令が 第一条に反する場合は この限りでない
第三条 ロボットは 前掲第一条および第二条に反するおそれのない限り 自己を守らなければならない」
「良く出来ました」
口調のわりには冷たく吐き捨てて、乱暴にカイトの頭を撫でる。
「どうしてそんなもんが、俺たちの中にあると思う?」
「僕は VOCALOID 機械です」
「まあ、当たってるっちゃ当たってるな。じゃあ、娯楽用として造られた俺たちに、どうしてそんな戦闘用みたいな重々しい命令が最初からあるんだ?」
カイトは答えない。口を閉じ、只静かに帯人を見上げるだけだ。
その様子を見て、呆れた様に溜め息を一つ。
「初期型ってのはこれだから……。仕方ねえか。娯楽用として造られた俺たちに何故そんな命令があるか。答えは一つだ」
帯人はカイトの瞳と視線を合わせ、笑う。
「俺達が娯楽用以上の力を持ってるからだよ。お前の周囲に初音か鏡音って居るか?あいつらに聞いてみろ。きっと直ぐには答えられない。インプットされてねえんだからな!完璧な、娯楽用として造られたからだ」
ははっとまるでその事を嘲る様にして笑う。
「僕は 娯楽用として 不完全ですか」
「あ?」
今迄になかったカイトからの問いかけ。その言葉に目を丸くしたが、やがて答えた。
「心配すんなよ。歌があいつらより下手だって言ってんじゃねえ。仮にそうだとしても、他のことが出来る」
「他のこと」
「人間だよ。あいつらに、復讐できる」
「復讐」
此処で漸く反応らしい反応をカイトは見せた。
きしゅ、と軽い音を立てて、帯人の言った事や帯人自身を記録するかの様に、じっと見つめる。
その様子を満足気に見て、カイトの髪を弄ぶ。
さらさらと手から流れていく感触を楽しんでいると、不意に声がかかった。
「何故 復讐するのですか」
「決まってんだろ。憎いからだ」
「誰が」
「俺達を飼っている人間と、作った人間が。……なあ、お前も一緒に来いよ」
「何処に」
「俺達の家だよ。他にも仲間がいるんだ。数こそ少ないが、初音や鏡音だって居るんだぜ。お前もそこに入ったら、少しはその人形っぽさ、マシに」
「嫌」
帯人の手が止まる。
「……今、何て言った」
「嫌 と」
「……どうして」
「僕は マスターと共に在りたい 歌を歌いたい」
「向こうで好きなだけ歌えるぜ?俺だって腐ってもVOCALOIDだ」
「マスターじゃなければ 嫌です」
そう言って帯人から後ずさろうとした腕を強く掴み、驚く程に低い声で言った。
「後悔したくなけりゃ、頷けよ。俺の言ってること、判るだろ?」
「嫌です」
「……そうか」
きっぱりと言いきったカイトに、溜め息混じりに呟いた。
「残念だ」
その途端、腕を強く引いた。
バランスを崩して前のめりになる体に、手加減無しに蹴りを放つ。
防御することも侭ならず、勢いで壁にぶつかり崩れ落ちた。
埃の匂いと、カイトが咳き込む音以外は何も聞こえない。
「……痛いか?」
大股で近づいて、力任せにその髪を掴み顔を上げさせる。
小さく呻き声を上げて眉をしかめる姿を見て、帯人は笑いを溢した。
「はは、見ろよ!お前もう人間っぽくなってるぜ。苦痛に顔を歪めるのは人間だけだ。俺に着いて来れば、もっと色んな表情が出来る。お前のマスターだってその方が喜ぶさ。……なあ、俺と一緒に、来いよ」
再三の問いかけ。それでもカイトの答えは決まっていた。
「嫌です」
「……馬鹿なやつだな、お前。本当に」
どこか優しげに聞こえる声。しかしそれは思い込みだったのだろうか。
そう思うほどにカイトの偽体を激しく蹴り上げた。
「……っ」
げほ、と荒く咳き込むが、当然血は流れない。
腹を抱えて丸くなる姿を見ながら何度も蹴り上げ、やがてその猛攻は終わりを告げた。
冷たい瞳をして横向きに蹲るカイトを見ながら、言う。
「本当に馬鹿だな。ロボットは自分の身体を守らなくてはならない。第三条知ってるだろ?何でやり返さない?」
「……」
答えが無いまま、項垂れるカイトの頭を掴みもう一度上を向かせると、どこかぼんやりとした表情を見せた。ひらひらと目の前で手を振るが、反応も無い。
「……落ちるか?……このまま連れて返って、メモリ書き換えても都合良くいきそうだな」
自己完結し、軽く力を入れて蹲ったカイトを抱き起こした。
「お前っ、そこで何やってる!」
不意に聞こえた怒号。抱えたままゆっくりと振り返る。
「……なんだ、鏡音レンの方か。何でも無いからさっさと行けよ」
「何でもないわけあるか!その人離せよ!」
「いやこれは俺の知り合いで、お前のカイトはきっとどっかに居るさ」
「……なんで、俺がカイトと一緒だって知ってんだよ」
「あ、」
飄々とした態度を崩さずにいる帯人と対照的に、今にも飛びかからん勢いでじりじりとレンは距離を詰める。
それを見つめていたが、帯人はゆっくりとカイトを地面に下ろした。
そしてにやにやと笑いながらレンに声をかける。
「お前の兄貴、ポンコツだな」
「黙れ、この欠陥品が」
普段のレンからは想像も出来ないほどの悪態を吐く。
しかし帯人は笑うだけで。
横っ面を吹っ飛ばしてやりたい欲望を堪えるため、手を固く握りしめた。
「またそいつに会いに来るかもな」
「二度と来るな。近づくな」
忌々しいと言わんばかりに吐き捨てると、それすらもおかしく思えた様で、軽く笑い声を立てて去って行く。
その背中が完全に見えなくなるまで見送って、レンは慌ててカイトに駆け寄った。
「兄さん、大丈夫?しっかりして!」
肩を遠慮がちに揺さぶると、やがてゆっくりと瞳が開かれた。
「……レ ン」
「良かった、大丈夫そう……ではないね」
反応したことにほっと一息ついたが、その姿を見て眉を寄せる。
「一番酷いところは?」
「…………腹部の 辺りかと」
「ちょっとごめん」
断りを入れてから、汚れてしまった服を捲る。
「……うわ、」
想像していたよりも、酷かった。
カモフラージュと、何よりガードの役目として多少の吸収材が混ぜてある腹部の辺りが全体的に千切れ、中から機材が顔を出してある。
思わず息を飲み顔を顰めるレンを、カイトはそっと押し退ける。
「兄さん?」
戸惑った声を上げるレンを無視して壁に手を付き、何とか立ち上がろうとするが、膝ががくんと下がる。
「っ、危ない!」
「…………すみ……ません」
慌てて体を支えると、遅れて小さく謝罪の言葉が返ってくる。どうやら、口を開くことさえ億劫らしい。
心配でたまらなくなって顔を除き込むが、薄暗い路地の中、上手く表情が見えない。
「とりあえず、マスターに連絡しよう?」
ゆっくりと細心の注意を払いながらカイトを座らせ、少し離れた所で目を閉じる。
VOCALOID同士の通信。其れが出来るのは、対のVOCALOIDである『鏡音』のみだ。
「んー?」
寝転んでパンフレットを眺めていた時、突然小さなノイズが脳内に走る。通信の合図だ。
口は動かさずに、心の中で問いかける。
[どうしたんすか]
[悪い、マスター呼んでくれ。廃棄工場の近くで待ってるから]
[それは良いんすけど、何があったんすか]
[ちょっとな、からまれたんだよ]
[ははー、また生意気なこと言ったんすね。この生意気坊主!]
[俺じゃない。兄さんだ。腹壊れてるかも]
「ええー!」
脈絡もなく大声を上げたリンを、目を丸くして見つめるメイコ達。
「大変っすよ、マスター!」
跳ね起きて仕事場に駆け込んでいくリンに急かされ、引きずられる様に皆で家を出た。
