長編
「……あっつ」
かんかん照りの日差しの中、頬に垂れてくる汗を拭いながら、レンは呟いた。
隣で歩調を合わせて歩くカイトは、その様子をじっと見つめる。
「暑いですか」
「そりゃ、ね……。くっそ、変なとこ凝りやがって」
小さな声で悪態をつくレンの視界に、青いマフラーがちらちらと目に入る。
暑そうに見える姿に溜め息を吐いた。
じりじりと体を焼かれる感覚に加えて、頬を伝う汗を拭うレンにはそれまでもが暑さを上昇させる要因に思えてならない。
こんな時ばかりは、人間により近く。をコンセプトとして造られた自分の偽体を恨めしく思った。
何故、この二人が外に出ているのか。
その理由は数時間前に遡る。
「あーっ!」
リビングに響き渡る慶介の声に、皆が視線を向ける。
しかし当の本人はそれに気づかず、冷蔵庫を開けたまま溜め息を吐いた。
「どしたんすか、マスター」
ミニチュアを磨いていたリンが半眼で問いてくる。
「飯がない」
「……何だよ、そんなことか」
「そんなことじゃねえっ!」
荒い慶介の口調にミクが肩を跳ねさせた。
「で、マスター。どうしてそんなに怒ってるの……?」
おそるおそると言った感じでミクが問いかける。
真剣な顔をした慶介が、低い声で言った。
「誰が食材買いに行くんだよ」
カラン、とグラスの中の氷が鳴り、遠くから風鈴の音と、五月蝿い蝉の声が聞こえた。
まごうことなき、夏真っ盛りである。
「わたし、イヤっす」
「ボクも、暑いの苦手だし……」
びし、と威勢よく手を上げて言い出したリンに続き、ミクが苦笑いぎみに言う。
「そうね……。レン、あんた行ってきて」
「はあ?」
我関せず、と言う風に我を通しているレンを指差し、メイコは告げる。
冗談じゃない、と反論しようと口を開こうとしたのを感じたのか、メイコが続けざまに話した。
「あんたここ最近本ばっか読んで全然外出てないでしょ。たまには外出て健康的に焼きなさい」
「そんなの」
「わかったわ、ね?」
笑顔でみしりと缶を握り潰した様子を見て、関係ない。と言いかけた口が閉じる。
代わりに出たのは。
「……わかったよ」
と言う、どこか項垂れた口調だった。
それを見ていた慶介が乾いた笑いを溢す。
暫くしてから渡された買い物リストには、明らかに食材とは関係ない物が入っている。それに加えてのの長さに、レンは形の良い眉を上げた。
「ま、釣りでなんか好きなもん買ってきて良いから」
「買うもの多すぎだろ。どんだけ引きこもる気なんだ。つーか、マスターが行けよ」
「仕事がある」
正論ではね除けられ、返す言葉もない。
苛立たしげに舌打ちをした。
「お前一人じゃ大変だろ。カイトも連れてけ」
「別に」
いいよ。と言った声は、慶介のカイトを呼ぶ声に消された。
会話に一言も参加しなかったカイトが、漸くテレビから二人に視線を向ける。
「こいつと一緒に、買い出し行ってやれ」
「了解」
こちらに歩いて来る格好を見て、レンはひっそりと溜め息を吐いた。
彼のトレードマークであるマフラーに加え、両手足を隠す長い服。
それでも彼が眉一つ動かさず、尚且つ汗も流さないのは、やはり性能の違いであろう。
「……じゃ、行こっか。兄さん」
「はい」
軽く身なりを整えてから家を出ようと扉に手をかけると、慶介に呼び止められた。
「気を付けていけよ」
「……わかってるよ」
「了解」
ひらひらと手を振る姿を横目で見ながら、レンはカイトを連れて家を出た。
これが、二人並んで歩いていた理由である。
そしてあれほど皆が行くのを渋っていた理由が一つ。
「……まだ着かないのかよ」
遠いのである。
そんなレンの様子をじっと見ていたカイトが立ち止まった。
「……どうしたの?」
つられて立ち止まる。カイトは路地の向こうの、一つの建物を見ていた。
「あれは 何ですか」
「あれか……」
その建物は大きく、煙突が何本もつけられている。
もくもくと黒い煙を排出させる建物。
それは近代化が進んでいるこの都市から、酷く浮いている様に見えた。
「廃棄工場」
「……廃棄工場」
どこか苦々しげに口に出すレンの言葉を、カイトが復唱する。
「さ、もう行くよ」
乱暴な口調でそう告げるとすぐに背を向けて去っていく。
早足で小さくなって行く背中を追おうと、歩き出そうとした時だった。
手首を掴まれ、その勢いのまま路地に引っ張られる。
たたらを踏んだカイトの目の前で、男がにやりと怪しげな笑みを見せた。
「話した方が良いのかな。だけど、あんまり良いことじゃ……知識は必要だよな」
腕を組みながら、ぶつぶつと呟きながら歩くレン。
廃棄工場とは名の通り。不必要となった家電を処分する場所である。
流行りとは何時か廃れるもの。
VOCALOIDが有名となり、あそこは家電処理場ではなく、VOCALOID処理場となっている。
カイトは人型になった今、内部型の時には得られなかった情報を積極的に入手しようとしている。
それ自体は好ましいものだが、こう言った知識を覚えさせてもいいものか、悩んでいた。
ニュース番組には酷い報道がされることがある。
カイトはそれを、誰が何処で何をしたか。そう言う形で記憶している。
つまり、行為の名前は知っているが、それがどう言った内容なのかは理解していないのだ。
故に、レンは悩む。
内部型として造り出されたカイトは、世間の事情に精通していても、VOCALOIDについては深くまでは知らない。精々内部型と人型の性能の違いぐらいだ。
プロトタイプとして造られたものや、バクが見つかり手遅れになったものの末路など、カイトは知るよしもないたろう。
「……やっぱり、話しといた方が良いよな」
歩きながらゆっくりと話すことにしよう。
どうせまた、質問攻めだ。
そう思って苦笑した。
「ねえ、兄さん。………?」
返事がない。不審に思い振り向くと、横を歩いていた筈のカイトの姿がなかった。
「兄さん!」
慌てて周りを見渡すが、特徴がある青いマフラーが見当たらない。
思えば感情に任せて随分と歩き通していた様だ。
スーパーが見えていたが、レンは構わずに来た道を引き返した。
かんかん照りの日差しの中、頬に垂れてくる汗を拭いながら、レンは呟いた。
隣で歩調を合わせて歩くカイトは、その様子をじっと見つめる。
「暑いですか」
「そりゃ、ね……。くっそ、変なとこ凝りやがって」
小さな声で悪態をつくレンの視界に、青いマフラーがちらちらと目に入る。
暑そうに見える姿に溜め息を吐いた。
じりじりと体を焼かれる感覚に加えて、頬を伝う汗を拭うレンにはそれまでもが暑さを上昇させる要因に思えてならない。
こんな時ばかりは、人間により近く。をコンセプトとして造られた自分の偽体を恨めしく思った。
何故、この二人が外に出ているのか。
その理由は数時間前に遡る。
「あーっ!」
リビングに響き渡る慶介の声に、皆が視線を向ける。
しかし当の本人はそれに気づかず、冷蔵庫を開けたまま溜め息を吐いた。
「どしたんすか、マスター」
ミニチュアを磨いていたリンが半眼で問いてくる。
「飯がない」
「……何だよ、そんなことか」
「そんなことじゃねえっ!」
荒い慶介の口調にミクが肩を跳ねさせた。
「で、マスター。どうしてそんなに怒ってるの……?」
おそるおそると言った感じでミクが問いかける。
真剣な顔をした慶介が、低い声で言った。
「誰が食材買いに行くんだよ」
カラン、とグラスの中の氷が鳴り、遠くから風鈴の音と、五月蝿い蝉の声が聞こえた。
まごうことなき、夏真っ盛りである。
「わたし、イヤっす」
「ボクも、暑いの苦手だし……」
びし、と威勢よく手を上げて言い出したリンに続き、ミクが苦笑いぎみに言う。
「そうね……。レン、あんた行ってきて」
「はあ?」
我関せず、と言う風に我を通しているレンを指差し、メイコは告げる。
冗談じゃない、と反論しようと口を開こうとしたのを感じたのか、メイコが続けざまに話した。
「あんたここ最近本ばっか読んで全然外出てないでしょ。たまには外出て健康的に焼きなさい」
「そんなの」
「わかったわ、ね?」
笑顔でみしりと缶を握り潰した様子を見て、関係ない。と言いかけた口が閉じる。
代わりに出たのは。
「……わかったよ」
と言う、どこか項垂れた口調だった。
それを見ていた慶介が乾いた笑いを溢す。
暫くしてから渡された買い物リストには、明らかに食材とは関係ない物が入っている。それに加えてのの長さに、レンは形の良い眉を上げた。
「ま、釣りでなんか好きなもん買ってきて良いから」
「買うもの多すぎだろ。どんだけ引きこもる気なんだ。つーか、マスターが行けよ」
「仕事がある」
正論ではね除けられ、返す言葉もない。
苛立たしげに舌打ちをした。
「お前一人じゃ大変だろ。カイトも連れてけ」
「別に」
いいよ。と言った声は、慶介のカイトを呼ぶ声に消された。
会話に一言も参加しなかったカイトが、漸くテレビから二人に視線を向ける。
「こいつと一緒に、買い出し行ってやれ」
「了解」
こちらに歩いて来る格好を見て、レンはひっそりと溜め息を吐いた。
彼のトレードマークであるマフラーに加え、両手足を隠す長い服。
それでも彼が眉一つ動かさず、尚且つ汗も流さないのは、やはり性能の違いであろう。
「……じゃ、行こっか。兄さん」
「はい」
軽く身なりを整えてから家を出ようと扉に手をかけると、慶介に呼び止められた。
「気を付けていけよ」
「……わかってるよ」
「了解」
ひらひらと手を振る姿を横目で見ながら、レンはカイトを連れて家を出た。
これが、二人並んで歩いていた理由である。
そしてあれほど皆が行くのを渋っていた理由が一つ。
「……まだ着かないのかよ」
遠いのである。
そんなレンの様子をじっと見ていたカイトが立ち止まった。
「……どうしたの?」
つられて立ち止まる。カイトは路地の向こうの、一つの建物を見ていた。
「あれは 何ですか」
「あれか……」
その建物は大きく、煙突が何本もつけられている。
もくもくと黒い煙を排出させる建物。
それは近代化が進んでいるこの都市から、酷く浮いている様に見えた。
「廃棄工場」
「……廃棄工場」
どこか苦々しげに口に出すレンの言葉を、カイトが復唱する。
「さ、もう行くよ」
乱暴な口調でそう告げるとすぐに背を向けて去っていく。
早足で小さくなって行く背中を追おうと、歩き出そうとした時だった。
手首を掴まれ、その勢いのまま路地に引っ張られる。
たたらを踏んだカイトの目の前で、男がにやりと怪しげな笑みを見せた。
「話した方が良いのかな。だけど、あんまり良いことじゃ……知識は必要だよな」
腕を組みながら、ぶつぶつと呟きながら歩くレン。
廃棄工場とは名の通り。不必要となった家電を処分する場所である。
流行りとは何時か廃れるもの。
VOCALOIDが有名となり、あそこは家電処理場ではなく、VOCALOID処理場となっている。
カイトは人型になった今、内部型の時には得られなかった情報を積極的に入手しようとしている。
それ自体は好ましいものだが、こう言った知識を覚えさせてもいいものか、悩んでいた。
ニュース番組には酷い報道がされることがある。
カイトはそれを、誰が何処で何をしたか。そう言う形で記憶している。
つまり、行為の名前は知っているが、それがどう言った内容なのかは理解していないのだ。
故に、レンは悩む。
内部型として造り出されたカイトは、世間の事情に精通していても、VOCALOIDについては深くまでは知らない。精々内部型と人型の性能の違いぐらいだ。
プロトタイプとして造られたものや、バクが見つかり手遅れになったものの末路など、カイトは知るよしもないたろう。
「……やっぱり、話しといた方が良いよな」
歩きながらゆっくりと話すことにしよう。
どうせまた、質問攻めだ。
そう思って苦笑した。
「ねえ、兄さん。………?」
返事がない。不審に思い振り向くと、横を歩いていた筈のカイトの姿がなかった。
「兄さん!」
慌てて周りを見渡すが、特徴がある青いマフラーが見当たらない。
思えば感情に任せて随分と歩き通していた様だ。
スーパーが見えていたが、レンは構わずに来た道を引き返した。