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マスター×KAITO

積まれた洗濯物を片付けたり、料理を作ったり、掃除をしたり、買い物をしたり、
つまるところ家事全般を担当するのがカイトである。

ボーカロイドは歌うのが存在意義だ。
家事手伝い、ましてや家政婦ロボットではない。断じてない!

そうレンが講義していたのは記憶に新しい。
しかし、そんな熱意ある講義を受けても知識として蓄えるだけだ。当人は今日も家事に勤しんでいる。
それをレンがどう思っているかカイトは知らない。ただ今日も、同じように仕事をこなす。

いつも何かと騒がしい家だが、今日は違った。

メイコは行き先も告げずに、昼食を食べるとふらりと出て行った。
リンはミクを引き連れて、こちらも行き先を告げずに飛び出した。食後の運動と称してどこかで走り回っているのだろう。
レンは定番の図書館だ。
家にいるのはカイトと慶介の二人で、慶介は自室にこもりきりだった。
おかげで広いリビングにはカイトが一人だけ。
今はテレビもつけていない。
外からたまに子どもたちの笑い声が聞こえる。それを聞きながら、カイトは手馴れた手つきで黙々と仕事をこなす。
全部片付いた。
それを確認し、立ち上がる。
行き先は慶介の部屋だ。
仕事が終わったことを告げるのも、仕事の内の一つだった。


ドアノブをつかもうとしていた手が、ぴたりと止まった。中途半端な姿勢のままカイトは耳を澄ます。

微かだが、確かに聞こえる。自分の知らないメロディーが。


とん、と遠慮がちに肩を叩かれ、慶介はいつの間にかカイトが部屋に入ってきていることを知った。

「おー。何だ?」
ヘッドフォンを外し、振り向いて尋ねる。

「洗濯物が 片付きました」
「ああ、いつもありがとうな」
その返事にカイトは頷く。そのまま部屋を出るのがいつものパターンなのだが。
「……どうした?」
いつもと違い、立ち尽くしたままじっと慶介を見つめるカイトに首を傾げた。
「…………買い物の為に外出するので 許可を」
「なんだ。なら俺も行くからちょっと待ってろ」
そう返事をした途端、何かを言おうとカイトが口を開いた。

断るな。絶対。

そう感づいた慶介は、言葉を発する前にカイトの髪をぐしゃぐしゃと撫ぜる。
「すぐ用意するから、ちゃんと待ってろよ」
「……はい」


(あ? そういやあいつ今まで俺に買い物の許可なんか取ってたか?)
「カイト、お前さ出かける時いっつも書置き残してなかったか?」
歩きながら聞いたが、答えが返ってこない。
不思議に思って隣を見ると、カイトがいない。
足を止めて振り返ると、少し後ろのほうに立ち止まっているカイトがいた。

「おーい、何してんだ?」
来た道を引き返し、カイトの前に立つ。
「……マスターは」
ポツリとカイトが呟く。
「ご迷惑じゃ ないですか」
「……何が?」
質問の意図がわからずに、首を傾げる。
わざわざカイトが聞いてくることなのだから、何かあるのは間違いないのだろうが、心当たりが無い。
「買い物に つき合わせてしまったことです」
それを聞き、つい重いため息をついた。カイトの肩が僅かに揺れて見える。

「お前、そんなこと考えていたのか?」
呆れた口調に、カイトは顔を上げ慶介を見上げる。
「……作業の妨害をしてしまいました」
どこか沈んだような空気を纏っているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
苦笑いして頭をなでる。
「お前の妨害なんて妨害のうちに入らねーよ。それに、荷物持ちがいた方が楽だろ?」
「ですが……」
なおも言いつのろうするカイトの手を取った。
「早く行かねーと、争奪戦に乗り遅れちまう」





「なあ、カイト」
もう手は繋がれていない。代わりに左手に二つ。右手に一つ。カイトは両手に一つずつビニール袋を提げながら歩く。
鈍く伝わる疲労感に、慶介はややうんざりとしながら続ける。
「これ全部一人で持つ気だったのか?」
「はい」
表情も変えずに頷く様子に、ため息をついた。
「荷物を持ちましょうか」
「いや、結構!」
ここで渡したら男が廃る、と小さなプライドがあることをもちろんカイトは知る由も無い。
「……すいません」
「大丈夫だって。車出したらよかったな」
「駄目です」
カイトにしては珍しい断定口調で言われ、ぎょっとする。

「な、何でだ?」
「同年齢の男性の平均運動量と照らし合わせると マスターの運動量は不足しています」
「あー……最近篭りがちだしな。あと、……って、だからお前俺を誘ったのか!」

その問いかけに、カイトは足を止める。

「……すいません」
二度目の謝罪だ。苦笑いを浮かべる。
「謝るなって。お前が俺のためを思ってしてくれたんだろ」
ビニール袋を片手にまとめると、空いた手で頭をなでる。
乱暴にかき回す手つきに、カイトはされるがままだった。
僅かに目を細めて、慶介は言う。
「お前はもっとわがまま言っていいんだよ」

暫く歩いていると、カイトがぽつりと言った。
「……わがまま 言っても良いですか」
「何でもどんとこい」
「……マスター 歌ってくれますか」
「へ? 歌?」
言われて、首を傾げる。
その様なわがままを言われるとは思ってもいなかった。
「うーん……歌、なあ」
「駄目ですか」
「男に二言は無い。……下手でも、笑うなよ」
「大丈夫です」
その大丈夫とは、どういう意味での大丈夫なのか。
「つってもなあ……何がいいんだ。聞かせられるほどレパートリーねえぞ?」
「あの歌が 良いです」

心当たりが無い。そもそも、自分はカイトに歌を披露したことがあっただろうか。

「あの歌ってどれだ?」
「マスターが 今日歌っていた曲です」
「お前、あれ聞いてたのか!」
驚いた表情の慶介に、カイトはこくりと頷いた。
照れ隠し交じりに頭をかき、深呼吸を一つ。

やがて聞こえてくるメロディー。かすかではなく、はっきりと聞こえるその歌声に、カイトは耳を澄ます。
そして、隣に立つ慶介の横顔を見つめる。


気恥ずかしさを追い払うように、咳払いを一つした。どうだった? なんて、聞けるわけが無い。
「マスター」
「……おう」
「わがままって うれしいものですね」
そう言って、カイトは慶介の前で確かに笑った。
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