レン×カイト
「少し重いけど……仕方ないよなあ」
雨の中、両腕に紙袋を下げてレンは呟いた。
しかしその重みが知識となって蓄えられることを考えと、少しはそれもましに思える。
さて何から読もうか。
自室で読むのもいいが、やはりリビングにあるソファで読むのも悪い気はしない。
そう思ってリビングのドアを開けると――
「ちがうよお兄ちゃん。いーい? たん、たん、たたん、たん、たたたん。ミクも一緒にやるからね!」
「……何やってんの?」
「あー、レンくん!」
「…………おかえりなさい」
リビングは即席のダンス会場へと姿を変えていた。
レンのお気に入りとなっていソファやテーブルも隅に寄せられている。
即席のダンス会場へと変化してしまった様だ。
観客はレンが一人。主役はミクとカイトである。
「ごめんね、レンくん。ここの方が音楽に合わせられるし、いいかなって思って」
「……すみません」
「……まあ、別にいいけどさ」
リンやメイコの様に自分の意見を押し通してくれたならば注意も出来るのだが、こうも素直に謝られてはそれも出来ない。
「で、ここで何やってんの?」
「ダンスだよー」
「正確には ワルツです」
ねー、とミクはカイトに笑いかける。それに合わせて、カイトはこくんと頷いた。
「そうじゃなくてさ。何で踊ってんの?」
「参考にしたいんだって」
「参考?」
「次回行う曲がワルツ調なので テンポを覚えようと」
「ふーん……。次にやるって、いつ完成するのさ」
「えーと、それは……」
「……」
苦笑いを浮かべるミクの姿は、どの言葉よりも状況を語っていた。
「随分と気が早いんだね」
「様々な事を覚えた方が 得策かと それに」
「……それに?」
カイトはそこで言葉を止めた。
また自分の考えを表す言葉を探しているのだろうか、とレンは視線を上げる。
「マスターが 喜んでくれる」
「……あぁ、そう」
ほんの一瞬だったが、微かに微笑んだ気がした。
思わずまじまじと見つめるが、先程の表情は消えていて、何時もの無感情な目が、レンを映しているだけだ。
「……あー。姉さんとリンが帰ってきそうだし、そろそろ片付けた方が良いんじゃない?」
その言葉に、ミクが慌てて時計を見やる。
「わっ!ご飯炊かなきゃ!」
そう言うと急いで台所へ引っ込んでしまった。
その慌てように、レンは苦笑いをこぼす。
しかしすぐにリビングへ戻ってくると、視線をうろうろとさ迷わせる。
「どうしたのさ?」
「ええっと……片付けお願いしてもいい、かな?」
「いいよ」
「……わかりました」
「ありがとー。助かるよー!」
慌ただしく台所へ戻るミクを合図に、手始めにテーブルを戻そうとカイトは近寄っていく。
しゃがみ込み、持ち上げようとした。
しかし、このままでは引きずってしまうことに気づく。
「レン 手伝ってくれませんか」
返事は無かった。自室に本を置きに戻ったのか。
そう考えて振り向くと、レンは戻っておらず、立ち尽くしていた。
「レン」
「……ん、ああ。ごめん。手伝うよ。
こっち持つから」
慎重に歩幅を合わせながらテーブルを下ろす。
「何だ。何してんだ?」
素っ頓狂な声がリビングに響いた。
その声を聞いたカイトが顔を上げる。
「マスター」
「おう」
ぱたぱたとリビングから足音が響き、
「マスター!おかえりなさーい!」
勢いもそのままに、ミクが慶介に抱きついた。
「ぐえっ」
あ、鳩尾入ったかな。あれ。
レンが哀れみの目線を向ける。
慶介は腹を庇いながら、頭を撫でていた。
「あのな、ミク……。いい加減飛びかかるのは……」
「今日の晩ごはんはねー」
「人の話聞けよ……」
突っ込みも空しく、ミクはそのまま話続ける。
「晩ごはんはミクだよっ。嬉しい?」
「お前はそんな台詞をどこで覚えて来るんだよ……」
うんざりした様子でため息をつく慶介になおもミクは話かける。
その勢いが止まったのは、レンが声をかけたからだ。
「ミク、米研ぎ忘れてないか?」
「あっ!そうだ時間ないんだ!」
片付けよろしくねー、と夕飯の用意の為に戻った後ろ姿を確認してから、ゆっくりとカイトは慶介に近寄った。
「マスター おかえりなさい」
「ただいま、カイト」
ミクにもそうした様に、カイト頭を乱暴に撫でた。
「ところで、何やってたんだ?」
「…………それ は」
言いよどむカイトに首を傾げた。
目が逸らされていて視線は合わない。
「何でもいいじゃん。片付けよろしく」
「は?よろしく、っておい。手伝って」
「あげないよ。ついでに兄さん借りてくから」
「え?」
ぽかんとしている慶介を尻目に、カイトの手を掴んでレンはリビングを出るよう促す。
暫しレンと慶介を交互に見つめていたが、促されるままにリビングを出ていった。
「……おーい、一体何なんだ?」
カイトの手を引き、目指した場所はレコーディングルームだった。
『落書き厳禁!!書いたら消す!!』
と読みにくい字でドアに書かれていた。
その下には可愛らしい丸字で
『この先お仕置き部屋』
とも書かれている。
言うまでもなくリンとミクの仕業だった。
少し汚れたドアを開け、カイトと共に入る。
ここなら広さも申し分ない。
そう考えて一人頷くと、マイクスタンドをどかしにかかった。
レンの意図することが理解出来ず、そのまま後ろ姿をじっと見つめる。
やがてメトロノームを手に掴み戻ってきた。
それを手近な台に置き、規則正しい音が刻まれる。
「兄さん」
レンが名前を呼び、同時にす、と手が差し伸べられる。
かち、かち、かち、とメトロノームの音が響く。
やがてゆっくりと、レンの手のひらにカイトが手をおいた。
その行動にゆるく笑みを浮かべると、手を引いてステップを踏み始める。
「……そこは、こう。うん。上手上手」
時折かけられるレンの声。
そのお陰で、覚束ない足取りが徐々にしっかりとしたものに変わっていく。
「……ねえ、兄さん」
度々立ち位置が変わってしまう為に、足元を見つめていたカイトの視線がレンに向けられる。
しかしレンは俯いていた。
「俺が教えてあげるよ」
「しかし」
「ミクに教えてもらうのもいいと思うけどさ、たまには俺も教えたいな」
「僕は レンに沢山の事を 教えていただいています」
「雑学だよ。兄さんが本当に知りたいことじゃない」
急に手が離された。
そのせいで体が揺らぐ。
しかし、レンがしっかりとカイトの手を掴んだことで、倒れはしなかった。
「俺はね、兄さんが知りたがってることやそうじゃないこと、全部を教えたい。
大きなお世話かもしれない。でも、そう思う」
「何故ですか」
カイトにとって、レンがそのような事を言い出すのは初めてに思えた。
だから尋ねる。
それに対し、レンは小さく笑った。
「どうしてだろうね」
本当は知っていた
ただ、それを口に出すのが嫌だった
そんな下らない感情を、自分の感情すらわかっていないカイトに伝えるのが嫌だった
それを言葉にするときっと俺は増長してしまうから
だから、隠して誘うんだ
その行動の理由が、感情が全てマスターに向かうと痛いほど解っていても
「兄さん、俺と踊ろうよ」
雨の中、両腕に紙袋を下げてレンは呟いた。
しかしその重みが知識となって蓄えられることを考えと、少しはそれもましに思える。
さて何から読もうか。
自室で読むのもいいが、やはりリビングにあるソファで読むのも悪い気はしない。
そう思ってリビングのドアを開けると――
「ちがうよお兄ちゃん。いーい? たん、たん、たたん、たん、たたたん。ミクも一緒にやるからね!」
「……何やってんの?」
「あー、レンくん!」
「…………おかえりなさい」
リビングは即席のダンス会場へと姿を変えていた。
レンのお気に入りとなっていソファやテーブルも隅に寄せられている。
即席のダンス会場へと変化してしまった様だ。
観客はレンが一人。主役はミクとカイトである。
「ごめんね、レンくん。ここの方が音楽に合わせられるし、いいかなって思って」
「……すみません」
「……まあ、別にいいけどさ」
リンやメイコの様に自分の意見を押し通してくれたならば注意も出来るのだが、こうも素直に謝られてはそれも出来ない。
「で、ここで何やってんの?」
「ダンスだよー」
「正確には ワルツです」
ねー、とミクはカイトに笑いかける。それに合わせて、カイトはこくんと頷いた。
「そうじゃなくてさ。何で踊ってんの?」
「参考にしたいんだって」
「参考?」
「次回行う曲がワルツ調なので テンポを覚えようと」
「ふーん……。次にやるって、いつ完成するのさ」
「えーと、それは……」
「……」
苦笑いを浮かべるミクの姿は、どの言葉よりも状況を語っていた。
「随分と気が早いんだね」
「様々な事を覚えた方が 得策かと それに」
「……それに?」
カイトはそこで言葉を止めた。
また自分の考えを表す言葉を探しているのだろうか、とレンは視線を上げる。
「マスターが 喜んでくれる」
「……あぁ、そう」
ほんの一瞬だったが、微かに微笑んだ気がした。
思わずまじまじと見つめるが、先程の表情は消えていて、何時もの無感情な目が、レンを映しているだけだ。
「……あー。姉さんとリンが帰ってきそうだし、そろそろ片付けた方が良いんじゃない?」
その言葉に、ミクが慌てて時計を見やる。
「わっ!ご飯炊かなきゃ!」
そう言うと急いで台所へ引っ込んでしまった。
その慌てように、レンは苦笑いをこぼす。
しかしすぐにリビングへ戻ってくると、視線をうろうろとさ迷わせる。
「どうしたのさ?」
「ええっと……片付けお願いしてもいい、かな?」
「いいよ」
「……わかりました」
「ありがとー。助かるよー!」
慌ただしく台所へ戻るミクを合図に、手始めにテーブルを戻そうとカイトは近寄っていく。
しゃがみ込み、持ち上げようとした。
しかし、このままでは引きずってしまうことに気づく。
「レン 手伝ってくれませんか」
返事は無かった。自室に本を置きに戻ったのか。
そう考えて振り向くと、レンは戻っておらず、立ち尽くしていた。
「レン」
「……ん、ああ。ごめん。手伝うよ。
こっち持つから」
慎重に歩幅を合わせながらテーブルを下ろす。
「何だ。何してんだ?」
素っ頓狂な声がリビングに響いた。
その声を聞いたカイトが顔を上げる。
「マスター」
「おう」
ぱたぱたとリビングから足音が響き、
「マスター!おかえりなさーい!」
勢いもそのままに、ミクが慶介に抱きついた。
「ぐえっ」
あ、鳩尾入ったかな。あれ。
レンが哀れみの目線を向ける。
慶介は腹を庇いながら、頭を撫でていた。
「あのな、ミク……。いい加減飛びかかるのは……」
「今日の晩ごはんはねー」
「人の話聞けよ……」
突っ込みも空しく、ミクはそのまま話続ける。
「晩ごはんはミクだよっ。嬉しい?」
「お前はそんな台詞をどこで覚えて来るんだよ……」
うんざりした様子でため息をつく慶介になおもミクは話かける。
その勢いが止まったのは、レンが声をかけたからだ。
「ミク、米研ぎ忘れてないか?」
「あっ!そうだ時間ないんだ!」
片付けよろしくねー、と夕飯の用意の為に戻った後ろ姿を確認してから、ゆっくりとカイトは慶介に近寄った。
「マスター おかえりなさい」
「ただいま、カイト」
ミクにもそうした様に、カイト頭を乱暴に撫でた。
「ところで、何やってたんだ?」
「…………それ は」
言いよどむカイトに首を傾げた。
目が逸らされていて視線は合わない。
「何でもいいじゃん。片付けよろしく」
「は?よろしく、っておい。手伝って」
「あげないよ。ついでに兄さん借りてくから」
「え?」
ぽかんとしている慶介を尻目に、カイトの手を掴んでレンはリビングを出るよう促す。
暫しレンと慶介を交互に見つめていたが、促されるままにリビングを出ていった。
「……おーい、一体何なんだ?」
カイトの手を引き、目指した場所はレコーディングルームだった。
『落書き厳禁!!書いたら消す!!』
と読みにくい字でドアに書かれていた。
その下には可愛らしい丸字で
『この先お仕置き部屋』
とも書かれている。
言うまでもなくリンとミクの仕業だった。
少し汚れたドアを開け、カイトと共に入る。
ここなら広さも申し分ない。
そう考えて一人頷くと、マイクスタンドをどかしにかかった。
レンの意図することが理解出来ず、そのまま後ろ姿をじっと見つめる。
やがてメトロノームを手に掴み戻ってきた。
それを手近な台に置き、規則正しい音が刻まれる。
「兄さん」
レンが名前を呼び、同時にす、と手が差し伸べられる。
かち、かち、かち、とメトロノームの音が響く。
やがてゆっくりと、レンの手のひらにカイトが手をおいた。
その行動にゆるく笑みを浮かべると、手を引いてステップを踏み始める。
「……そこは、こう。うん。上手上手」
時折かけられるレンの声。
そのお陰で、覚束ない足取りが徐々にしっかりとしたものに変わっていく。
「……ねえ、兄さん」
度々立ち位置が変わってしまう為に、足元を見つめていたカイトの視線がレンに向けられる。
しかしレンは俯いていた。
「俺が教えてあげるよ」
「しかし」
「ミクに教えてもらうのもいいと思うけどさ、たまには俺も教えたいな」
「僕は レンに沢山の事を 教えていただいています」
「雑学だよ。兄さんが本当に知りたいことじゃない」
急に手が離された。
そのせいで体が揺らぐ。
しかし、レンがしっかりとカイトの手を掴んだことで、倒れはしなかった。
「俺はね、兄さんが知りたがってることやそうじゃないこと、全部を教えたい。
大きなお世話かもしれない。でも、そう思う」
「何故ですか」
カイトにとって、レンがそのような事を言い出すのは初めてに思えた。
だから尋ねる。
それに対し、レンは小さく笑った。
「どうしてだろうね」
本当は知っていた
ただ、それを口に出すのが嫌だった
そんな下らない感情を、自分の感情すらわかっていないカイトに伝えるのが嫌だった
それを言葉にするときっと俺は増長してしまうから
だから、隠して誘うんだ
その行動の理由が、感情が全てマスターに向かうと痛いほど解っていても
「兄さん、俺と踊ろうよ」